第8話 蓮をご招待
――二日目――
帰宅した後、昨日と同じように、わたしは公園で蓮とバドミントンをする。
けれども、バドミントン一辺倒では、わたしも彼もつまらないと思う。そこで――
「蓮、ケンケンパしない?」
「……いいけど。なんで?」
彼は少し考え込んでから、わたしに尋ねた。
「バドミントンだけでは飽きてしまうかな~、と思って」
わたしは彼とケンケンパをしてみたくなった。ここにいると、つい幼い頃を思い出してしまう。公園という場所が、わたしをそういう気分にさせているのかしら。
わたしは、その辺に落ちている木の枝を拾ってきて、広場の地面に枠を描いた。枠はトータルで十一個。行数は八行ある。一番手前から順に「スタート」、「1」、「2」、「3」、「4」、「5」、「6」、「7」、「8」、「9」、「10」と書いてある。ちなみに「2」と「3」、「5」と「6」、「9」と「10」については一行につき二つの枠を描いてあり、それ以外は一行につき一枠のみ描いてある。これらの枠内に片足だけ着地するのだ。
その辺から石ころを二つ拾ってくる。一つがわたしの分で、もう一つが彼の分だ。
ケンケンパを開始する。わたしは「1」の枠に石を投げ入れた。この場合、「1」の枠は飛び越さなければならない。要するに、石のある枠を踏んではならないのだ。
そして、ジャンプと着地を繰り返しながら、手前の枠から奥の枠を往復しなければならない。
「パ、ケン、パ、ケン、ケン、パ……」
片足でのジャンプと着地、両足での着地を繰り返しながら、無事に手前の枠から奥の枠を往復することができた。
次は彼の番。彼が「1」の枠に石を投げ入れる。
「パ、ケン、パ、ケン、ケン、パ……」
彼も無事に往復できた。必要最低限の身体能力と運動能力はあるようだ。
こうして、わたしと彼は「2」~「10」の枠について同様な運動を繰り返した。
幼い頃に戻ったようで楽しかった。彼も、なんだか楽しそうな表情をしていた。
バドミントンだけではつまらないと思ったら――別にケンケンパじゃなくてもいい。鬼ごっこでも、かくれんぼでも、だるまさんがころんだでも、何でもいい。要は楽しみながら体を適度に動かすことができればいいのだ。
もちろん、公園にはブランコやシーソー等の遊具もあるので、それらで遊ぶのもいいだろう。
――三日目――
帰宅した後、これまでと同じように公園で彼とバドミントンをした。
彼がシャトルを打ち漏らした数は、僅かながらも少なくなっており、少しばかり慣れてきているようだった。
空はまだ夕焼けに染まりきっていない。けれども、今日は早めに切り上げる。なぜならば――
「蓮、お願いがあるんだけど」
「何だい?」
「わたし、通信講座で勉強しているんだけど、添削してもらっても、わからない箇所があるんだ。それで、あなたに教えて欲しいの。もちろん、わかる範囲でいいから」
「……別にいいけど、教材は?」
少しの間、考え込んでから彼が質問してきた。もちろん、教材はここには無い。
「持ってきていない。なので、家に来てくれるかしら」
彼が一瞬、呆けた表情になった。そして、頬を赤らめた。彼が異性の家に行くのは、初めてなのかもしれない。だから、赤くなっているのだろう。
わたしも異性を家に招待するのは初めてだ。だから、わたしも少し緊張している。
「いいの? きみの家に行って」
「いいってば。それでは行きましょうか」
この時間帯ならば、家にいるのはお母さんのみ。お母さんなら、彼について詮索するような真似はしないだろう。
家に着いた。
「ただいま」
「おかえり。あら? 蓮くんも一緒?」
「ええ、そうよ。これから蓮と一緒に勉強をしようと思って」
「そう、わかったわ。いらっしゃい、蓮くん」
お母さんが彼に笑顔を向ける。
「……お邪魔します」
彼は頬を赤らめている。緊張しているようだ。
「さあ、入って入って」
わたしは彼を和室に通し、テーブル近くの座布団の上に座らせた。
台所に行く。冷蔵庫からジュースを取り出して、グラスに注いで、お盆に載せる。ワゴンの中からお菓子を取り出して、これもお盆に載せる。
お盆を彼の所に持っていく。世話になるのだから、これくらいのもてなしはしないと。
「どうも」
彼がわたしに向けて礼を言う。
わたしは二階の自室から通信講座の教材を持ってきて、これをテーブルの上に置いた。
わたしは添削してもらった解答用紙を彼に見せた。そして、添削してもらったにもかかわらず、いまいちよくわからない問題について指さした。
「数学IIの微積分のところか、どれどれ……」
彼は少しだけ考え込んだ後、彼なりのやり方で問題を解き、少しだけ添削内容とにらめっこした。
「これでどうかな」
彼は今解いた方法と添削内容について説明した。
「なるほど……」
わたしは理解することができた。数学に関しては彼の方が得意なようだ。
この調子で他の問題についても教えてもらった。中には彼でも苦戦するようなものもあったけど、一通り解決した。
「ありがとう、蓮」
わたしは彼に礼を言う。彼のおかげで、わからなかった問題が、色々と理解できた。
「どういたしまして。もし、また何かわからないとこがあったら、ぼくに言って」
「うん」
一階のダイニングキッチンで、お母さんが夕食の準備を進めている。ことことと音がする鍋からは、いい匂いがする。今夜はシチューかな?
彼が帰った後、わたしは、ここで彼のことについて、お母さんと話している。
「ついに家に連れ込むようになったのね」
お母さんはニコニコと微笑みながら話している。
「勉強でわからないところがあったから、教えてもらっただけよ。それと、お母さん」
「何かしら」
「今日、蓮が家に来たことについては、お父さんには黙っといてくれる? お父さんに知られると、うるさそうだから」
「はいはい」
わたしは、お母さんに口止めをした。お父さんが今日のことを知ったら、色々と面倒臭いことになるのは必至だ。
彼のことは嫌いではない。ここ最近、彼には何かとお世話になっている。彼は、わたしの頼みを聞いてくれる。彼には、いくつもの恩があるし、いつか返さなければならないと思う。
けれども、彼との仲は、お母さんが思っているほどのものではないと思う。
なぜなら、彼とは公園や自宅では話すけれども、学校ではほとんど話さないからだ。要するに、周囲にクラスメイトや友達がいる場所では話さない。
学校にいる場合、どうしても個人的なことで彼と連絡を取りたい時は、スマホを使うなどしてこっそりとやる。
なぜ、彼にこういう態度を取るのか、自分でもよくわからないところがある。
学校内――周囲にクラスメイトや友達がいると、彼との間に見えない壁を感じてしまう。この壁は自分で作り出したものか、それとも周囲が作り出したものか、それはわからない。
彼の方もこのことを察しているのか、わたしに合わせてくれる。
ここ最近、彼と一緒に過ごした時のことを思い出してみる。
公園でバドミントンやケンケンパをしたこと、自宅で勉強を教えてもらったこと……
楽しかった。
彼と堂々と付き合いたいと思うことも、しばしばある。もちろん、恋人としてではなく、友達として。けれども、学校ではその勇気が出てこない。
――四日目――
ある出来事のせいで、蓮は公園に来ることができなくなった。
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