第7話 公園にて

 学校での授業を終えて帰宅したわたしは、私服に着替えて、近くの公園に出かけた。公園まで徒歩で二分くらい。

 ――公園にて麦穂星くんを待つ。

 昨日の夜、わたしは例のSNSで彼とやり取りした。わたしの家から遠くない所に大きい公園があるから、そこでバドミントンでもしないかと。もっとも、バドミントンと言ってもコートが無いから、やることはほとんど羽根突きだけど。

 彼は、すんなりとOKしてくれた。

 わたしはバドミントン部に所属していた。けれども、辞めてしまった。だから、その代わりを彼と一緒にやるのだ。

 部活の代わりと言っても、ガチガチにやるつもりはない。元々、部活の方も軽い気持ちで――勝負よりもエンジョイすることを重視して――活動していた。このような考えで活動している部員は何人もいる。

 部活の代わりをやる理由は、楽しみたいからだけではない。健康のためでもあるし、美容のためでもある。


 公園には広場がある。広場には、これといった設備は無いものの、適当なスポーツをするのに充分な広さがある。

 広場のベンチに座って、少しだけ待っていると、彼がやって来た。スニーカーにジーパン、チェック柄のシャツを着用していて、小型のリュックサックを背負っている。わたしの方はスニーカー、ジーパン、ブラウス、薄手の上着という服装だから、似たようなものか。ガチガチにやるわけではないから、ジャージなんてわざわざ着ない。だからといって、スカートを穿くわけにはいかない。丈の長いものやタイトスカートだと動きにくいし、丈が短いものだと大きく動いた時に下着が見えてしまいそうだから。

「麦穂星くん」

 わたしは彼に声をかけ、手を振る。

「日和塚さん」

 彼が、わたしに向けて手を振った。

「それでは始めましょうか」

 わたしは上着を脱いで、それを手提げバッグに入れた。上着と入れ替えるようにラケット二つとシャトルを取り出し、ラケットの一つを彼に渡した。頼み込んだのはわたしの方だから、道具はこちらで準備したのだ。


 わたしが彼に向けてシャトルを打つ。シャトルは緩やかな放物線を描きながら、彼の近くに向けて飛ぶ。

 彼が、それを打ち返す。シャトルは同じような放物線を描いて、わたしに向かって飛んできた。

 それを、わたしが打ち返す……

 こうしてラリーがしばらく続いた後、麦穂星くんがシャトルを打ち漏らした。

 エンジョイ勢とはいえ、元バドミントン部だからか、わたしの方が上手のようだ。もっとも、彼はスポーツが苦手なのかもしれないが。

「ドンマイ!」

 わたしは彼に声をかけ、軽く励ました。

 この後も同じようにラリーが続いた。わたしも何回か打ち漏らしたけど、彼の方が打ち漏らした回数は多かった。

 部活に行けないから、わたしは彼と公園でバドミントンをやっている。そう、部活代わりの。部活代わりの割には大雑把だし、はたから見たら、お遊戯に見えるかもしれない。もし小百合たちが、この光景を見ていたら、どう思うのだろうか。う~む。

「そろそろ休憩しましょうか? 

 そろそろ疲れてきたし、それは彼も同じみたいだったから、声をかけた。

 この時、わたしは彼を下の名前で呼んだ。

 まともに口をきくようになって、日が浅いけれども、こうして、わたしの頼みを聞いてくれる彼とは、友達になっておきたいと思った。シャトルを一生懸命に追う彼の姿を見ていると、何だか愛おしくなってきたというのも、あるかもしれない。

 彼がほうけている様子なので、再び声をかける。

「蓮、わたしは友達を下の名前で呼んでいるの。だから、あなたもわたしのことを下の名前で呼んでくれないかしら? もちろん、呼び捨てでいいわよ。現に、あなたのことを呼び捨てにしているし」

「それじゃあ、葵と呼ばせてもらうよ」

「そう、それでOK」

 こうして、わたしと彼は下の名前で呼び合うことになった。



「そういえば蓮、あなたは部活に入っていないみたいだけど、放課後、何しているの?」

「そのまままっすぐ帰る時もあれば、文芸部や漫画部に遊びに行くこともあるかな」

「文芸部や漫画部に遊びに行く?」

「そう、遊びに行く。ぼくの友達が所属していて、しかも部長をやっているんだ。翌檜くんが文芸部で、誠司くんが漫画部」

 クラスメイトの芥木翌檜くんと旧海誠司くんだ。そう、彼とよくおしゃべりしている男子二人。

「時々、二人の作品を見せてもらったりするけど、面白いよ。今度の文化祭では、文芸部と漫画部が共同で作品を作り上げて、それを出品するらしい」

「どんな作品かしら?」

 これまで、文化部の活動に興味が無かったわたしだが、彼の話を聞いていて、少しだけ興味が湧いてきた。

「それは、まだ秘密らしい」

 うーん、残念。どういう内容か気になる。

「でも、出品した作品は、冊子として何冊も展示することになっていて、持ち帰りもOKだから、文化祭の時にもらってこようか?」

「本当? それじゃ、お願いしようかしら」

 痛い作品、恥ずかしい作品になっていないかという不安も少しあるけど、楽しみだ。

「ところで蓮、話は変わるけど、あなたの家はどこらへんにあるの? ちなみに、わたしの家は、ここから二分くらいの所だけど」

 先程から気になっていたところだ。わざわざ遠くから来ているのであれば、彼に申し訳ない。

「ここから十数分くらいのところかな」

 思ったよりも近い。ちょっとだけ安心した。

「蓮、わたしの出身中学校は、緑野国中だけど、あなたは?」

笹久戸ささくど中」

 彼の家は、わたしの家からそんなに遠くないみたい。けれども、出身中学は違う。そう遠くない所に、中学校の学区の境界があるらしい。

 笹久戸中――彼は、そこでいじめられていた。荒れているという噂は聞かないものの、いじめ等の問題は多少なりとも存在するのだろう。

「笹久戸中か。わたしの小学校から行った子は、いないな」

 彼の通っていた中学校に、わたしの知り合いがいたら、彼のことについて少し聞いてみたい気もしたが、それはできないようだ。


 今、わたしと彼は同じベンチに座って、雑談をしながら休憩を取っている。

 さて、充分に休んだら、プレイ再開だ。



 充分に休んだわたしたちは、シャトルを打ち合った。


 空は鮮やかなオレンジ色に染まり、太陽は西の地平線に、ほとんど沈んでしまっている。雲が適度にあるので、夕焼けが美しい。そろそろ帰宅しよう。

 わたしは手提げバッグから上着を取り出して、それを着た。そして、ラケットとシャトルを片付けて、帰る準備をした。

「それじゃあ、そろそろ帰りましょうか。蓮、今日はありがとう」

「どういたしまして。ところで葵、きみの家は、ここの近くだったよね」

「そうだけど」

「家まで送ってあげるよ」

 家まで送る――わたしのことを心配しているのだろう。気持ちは嬉しい。けれども、親に見られたらどうしよう。お父さんは帰りが遅いから問題ないけど、お母さんは……

 わたしは彼の厚意に甘んじようかどうか少しだけ迷った。けれども――

「そうね、それではお願いしようかしら」

 わたしは安全性の方を優先した。一人よりも二人の方が怖くない。



 自宅の前に着いた。玄関先にはお母さんがいた。どうやら庭いじりをしていたらしい。

 ――早速見られた。ある程度、予想はしていたけど。

「こんばんは」

 少し迷ってから、彼がお母さんに向けて挨拶をした。微妙な時刻なので「こんにちは」と言うべきか「こんばんは」というべきか迷っていたのかもしれない。

「こんばんは」

 お母さんが彼に向けて挨拶した。その表情はニコニコしていて、何かを喜んでいるみたいだった。

「ありがとう、蓮。それじゃ、また明日」

「それじゃあ、また」

 わたしと彼は互いに手を軽く振った。彼は帰路に就いた。



 わたしは家に上がり、手を洗う。すると、お母さんが話しかけてきた。相変わらずニコニコした表情だ。

「あの子、誰? アイドルみたいで可愛いわね。もしかして、葵の彼氏?」

 言うと思った。

「わたしのクラスメイト、麦穂星蓮くん。最近話すようになったばかりだから、彼氏とかそんなんじゃないよ」

「そう。でもあなた、下の名前で呼んでいたわね」

「とりあえず友達になっておこうと思って。だから、互いに下の名前で呼ぶことにした」

「友達に?」

 わたしは、これまでの経緯を説明した。クラスの男子たちがするエッチな話に怯えて泣いたこと、そこで彼が慰めてくれたこと、部活の代わりを手伝ってくれたことについて。

 エッチな話に怯えて泣いた――この話をした時、お母さんの表情が一瞬曇った。けれども、その表情はすぐに、にこやかなものとなった。

「いい子じゃない。葵、彼氏にしてしまいなさいよ」

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