第5話 葵、登校する
「いってきまーす!」
「いってらっしゃい! くれぐれも気を付けてね!」
「うん!」
十月初日。わたしは久しぶりに登校することにした。
天気は晴れ。夏の時よりも澄み切った青空には、小さな雲が少しだけある。
まだまだ学校を休みたいというのが本音だ。けれども、このままずるずると休み続けると、二度と学校に行けなくなってしまう気がするので、わたしは踏ん切りをつけることにした。
休みすぎると留年しかねないので、出席日数に余裕があるうちに決心したのだ。
十月――衣替えの時期――この月から堂々とブレザーを着用できる。十月から登校しようと決めた理由でもある。
あの一件以来、外出時に、体のラインが出やすい服を着る気になれない。
ブレザーを着用すれば、体のラインが出にくくなる。この時期だとまだ暑いけど、仕方がない。
スカート丈も標準の長さにした。個人的には気休め程度でしかないと思うのだけれど、お父さんがうるさいし。あのスカート、丈を短くすると可愛いのになあ……。スカート丈を短くしていない女子は少数派。真面目か、親がうるさいか、服装に頓着していないかのいずれかだ。
家を出てから約十分。緑野国小学校の前に差し掛かった。
あの時、わたしはここで――
「!?」
いきなり空が暗くなった。空には月も星も見える。
服装を見てみる。ブレザーが無い。ネクタイも無い。ワイシャツが半袖になっていて、スカート丈も短くなっている。
まるで時間が”あの時”に戻ったかのようだった。
『時をかける少女』――筒井康隆の小説並びにそれを原作とした映画。ひょんなことから時間を移動する能力を身に着けてしまった女の子の話。
わたしは、その作品の主人公になったような錯覚を覚えた。悪い意味で。
好きな作品の一つで、特にアニメ映画版が気に入っている。映画館で見たわけではないけど、テレビで放送していたのを見て感動した。けれども、こういう形で実現して欲しくない。
わたしは、うろたえた。視線を再び下の方に移すと、両脇の下に”あの男”の浅黒い腕が見える。
「ひっ……!」
恐怖が体の底から迫り上がり、口から悲鳴が出かかった。わたしは僅かに後ずさりする。すると――
周囲が明るくなった。見上げると青空が広がっている。服装を見ると元に戻っている。先程の出来事なんて無かったかのようだ。
目の前には緑野国小学校がある。何の変哲もない、普通の小学校。けれども、わたしには、そこが魔界とつながっているように思えてならなかった。
「うっ……! うわあああああーっ!!」
”緑野国小学校の前”という場所に恐怖を覚えたわたしは、悲鳴を上げながらまわれ右をした。そしてダッシュ! 分岐点に差し掛かった所で左に曲がる。再びダッシュ! また分岐点に差し掛かった所で左に曲がってダッシュ!
こうして、わたしは緑野国小学校前の道を
「はぁ……はぁ……」
わたしは息を切らした。疲れた。
――もう、緑野国小学校の前は通れない。
閑静な住宅街をしばらく歩くと学校に到着した。遅刻はしなかったが、余裕というほどでもなかった。今度からは少し早めに家を出よう。
昇降口にて上履きに履き替えたわたしは、階段を上って三階にある自分の教室――二年三組――に向かう。
そして、わたしは二年三組の扉を開き、「おはよう」と挨拶をした。
クラスがざわつき、みんながわたしの方に振り向く。その中から一人の女子が、わたしに近づいてきた。
「おはよう! 葵!」
小百合だった。彼女は、わたしに挨拶した。元気かつ
「おはよう。小百合」
わたしも挨拶を返した。
「葵、もう大丈夫なの?」
小百合が少し心配そうな表情でわたしに尋ねる。
「まあ、なんとか」
「あまり無理しないでね。もし辛いことがあったら、あたしに言って」
小百合が、わたしを励ますような口調で言った。
わたしは自分の席に着く前に、ブレザーを脱いだ。通学途中で走ったりしたから体が熱い。
するとどうだろう、男子たちの視線が、わたしの方に向かった。視線がわたしにまとわりついてきているような気がする。
何? これ? 男子たちが、わたしを見ている?
しかも、何というか……好奇心に満ちているような……いやらしいような……
いや、わたしはそこまで男子にモテない! 彼氏いない歴イコール年齢であるわたしが! 自意識過剰は良くない!
わたしは雑念を振り払いながら着席した。
授業は現代文、数学II、世界史、体育……
現代文、数学II、世界史は何とかついていくことができた。
これでも大学を目指す身。学校を休んでいる間も、ある程度の勉強はしてきたのだ。
体育の授業内容はバレーボール。体がなまっていそうだから、心配だったけど、小百合たちのサポートもあって、何とかついていくことができた。
五時限目、六時限目、七時限目も特に問題なし。
わたしの学校は月曜日のみ七時限目があって、ロングホームルームに割り当てられている。なので月曜日は遅い。掃除を終わらせたら、さっさと退部届を提出して帰ろう。
帰りのホームルームと掃除当番を済ませ、退部届を提出しに向かっている時、男子トイレから声が聞こえてきた。トイレの外まで聞こえるのだから相当大きい。
「体育の授業の時、見ちまったよ」
「何を?」
「日和塚の乳揺れ」
――!?
わたしは血の気が引く感覚に襲われた。
「ああいうの見ると、触りたくなってくるよな」
「なんだか日和塚のオッパイ、見てみたくなってきたな」
「ケツの方にも注目しようぜ。なかなかのもんだと思うけど」
「というか、一発ヤりてー」
男子たちのエッチな話は、まだまだ続く。悪寒に包まれ、震え出すわたし。
いくらエッチなことを口に出していても、男子たちが襲ってくることはないだろう。”あの男”と違って。理性の上ではきっと、そう考えている。もし襲ってこようものなら、それはれっきとした犯罪だ。退学になる上、警察に捕まる。
それにもかかわらず、わたしには男子たちが襲ってくるように思えてならなかった。
”あの時”の恐怖が
階段を一階分だけ下りると、わたしは近くの教室を背にして、体育座りをした。
わたしは気を落ち着けたかった。けれども、
――わたしに襲いかかる男子たちの無数の手。それがわたしの服を裂く、わたしを弄くり回す。やがて、魔羅が毒蛇に変身して、わたしに襲いかかる――
「あ……あ……あ……」
わたしは頭を抱えた。あまりの恐ろしさに気が狂いそうだった。
やがて、わたしはダンゴムシのようにうずくまってしまった。
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