第4話 男子の雑談

 ――朝のホームルーム前――

 ぼくは眠い。あくびが出てくる。ぼくだけじゃなく、翌檜くんと誠司くんもまた同じことだろう。なぜならば、ぼくたち三人は昨晩、深夜アニメを見ていたのだから。それで今、ぼくたちはその話に花を咲かせている。

 ――その時だった。


棕櫚しゅろ、オマエ目測に自信あるか?」

「あるぜ。女のスリーサイズ当てで、外したことは一度もねえ」

「よっしゃ! それじゃあ、日和塚のバストって、どれくらいだ?」

「八十二センチだな」

 クラスでも男子たちの声が聞こえてきた。鬼瓦蘇鉄おにがわらそてつくんたちのグループだ。彼らはよくゲラゲラと笑いながら話す。内容はほとんどの場合、卑猥ひわいな内容を含むくだらない雑談だ。

 クラスの人間は人間と人間に大別される。

 似た者同士は気が合いやすい。よって、似た者同士で集まって、グループとグループが形成される。

 前者が鬼瓦くんたちのグループで、後者がぼくたちのグループだ。

 前者はぱっと見、明るく元気なので人気者になりやすい。本来、生徒たちに序列は無いのだけれども、人気者の方が格上扱いされやすい。

 格差のようなものがあるからといって、前者と後者が面と向かって、いがみ合うことは無いし、前者が後者に対して、ちょっかいを出すことも無い。中学時代と違って。

 いわゆるスクールカーストというものは存在するけれども、いじめが発生するような深刻なことにはなっていない。

 中学時代と違って、皆わきまえている。鬼瓦くんたちのように派手で悪ぶっている人間は、男女問わず何人もいるけど、中学時代の連中と比べると皆、紳士淑女だ。


「何カップだ?」

「Cだな」

 思春期の男子たちが女子についてのエッチな話をするのは、よくあることだ。けれども、何か様子がおかしい。

 離れた所から「けっ」という小さい声が聞こえてきた。誰かよくわからないけど、女子のものであることは確かだ。もしかしたら、胸にコンプレックスを抱いているのだろうか。


「八十二のCかー。それなりに揉みがいがあっただろうな」

「痴漢野郎がうらやましいな。おれも揉んでみてーぜ」

「というか、一発ヤりてー」

 日和塚葵ひよりづかあおい――ぼくたちのクラスメイト。あの事件の被害者が彼女らしい。

 ホームルームでの話やニュース記事だけでは、彼女が被害者であることはわからない。この事件の真相を知った誰かが関係者に話しているのを、無関係な人が聞き耳を立てていて、その人が別の人に話したりといったことを繰り返しているうちに「彼女が被害者である」といううわさが広がったのだろう。

 彼女が受けた被害は、ニュース記事のものよりも酷いと専らの噂だ。

 エッチなことを考えたくなる気持ちはわかる。それについて話したくなる気持ちもわかる。けれども、この場に彼女がいたら、傷口に塩を塗ってしまうのではないか。鬼瓦くんたちに何か言ってやろうかと思ったその時――

 バン! という大きな音が聞こえた。

「いい加減にして!!」


 声の主は箱根小百合はこねさゆりさんだった。机の上に手を乗せて起立している。恐らく、仲の良い友達がエッチな話のネタにされていることに、怒りを覚えたのだろう。

「これ以上、葵についてのエッチな話は、しないでくれる?」

 箱根さんが鬼瓦くんをにらみながら注文を付けた。その声からは怒りを感じ取ることができる。

「別にいいじゃねえか。本人は休みで、この場にいないんだしさ」

 鬼瓦くんがのたまった。何やら彼女の言ったことを鬱陶うっとうしく感じているようだ。

 箱根さんが鬼瓦くんたちに近づいて行く。女の子なのに、あの強面でガッチリした鬼瓦くんに向かっていくとは! その勇気に、ぼくは感心した。

「本人がいないから、していいってもんじゃないの! 女子たちはみんな、あなたたちの話に不快感を覚えているわ! セクハラよ! セ・ク・ハ・ラ!」

「そんなのテメーの主観じゃねえか! 親友の話をされるのが、気に入らないだけだろ!」

 鬼瓦くんが箱根さんに反論する。

「みんなー! 公共の場でエッチな話をするのは、良くないよねー!」

 箱根さんが大きな声で、クラスの女子たちに呼びかけた。ほとんどの女子が、こくりとうなずいた。

「わかったよ! しなければいいんだろ!」

 鬼瓦くんたちは不満そうだ。

「それと、鬼瓦くん」

「何だ?」

「もし、今度そんな話をしたら、獅子城さんに言い付けてやる」

 鬼瓦くんたちの顔色が変わった。獅子城さんを恐れているのだろう。ちなみに、獅子城さんは隣のクラスの女子で、鬼瓦くんの彼女らしい。かなりの美貌の持ち主であることと、おっかない人であること以外、詳しいことは知らない。

「……それだけは勘弁してくれ」

 鬼瓦くんが震えそうな声で、箱根さんに頼み込んだ。

 箱根さんは自分の席に戻って着席した。この時、彼女は苦虫をみ潰したような表情をしていた。


 それにしてもなぜ、日和塚さんなんだろう。確かに、日和塚さんの素朴でやさしそうな顔立ちは魅力的だし、微笑むとさらに可愛くなる。個人的には好みだ。プロポーションも悪くはない。

 けれども、鬼瓦くんたちに文句を言った箱根さんは、かなりの美人だ。目鼻立ちの整った顔、背は女子の中では高め、スレンダーな体形でありながら、出ている所は出ている。プロポーションの良さは日和塚さんを上回る。

 獅子城さんに至っては身長、プロポーション共に箱根さんを上回る。

 ――なぜ、箱根さんや獅子城さんには目もくれず、日和塚さんの話ばかりしているのだろうか。



 ぼくは帰宅途中、コンビニに立ち寄った。本棚に週刊誌が置いてある。何の気も無しに立ち読みすると、例の事件に関する記事が、目に入ってきた。

 ――帰宅途中の女子高生を襲ったわいせつ教師――

 これが見出し。

 新聞や今までに見たネットの記事よりも詳しく、犯行の酷さを強調するように、その記事は書かれていた。読み進めると「胸をオモチャに」という文章が目に入った。概ね噂通りの内容だった。

 ぼくはその週刊誌を購入して持って帰った。



 ベッドの上に寝そべりながら、買ってきた週刊誌を読む。

 もし、ぼくが日和塚さんの立場だったらどうだろうか、と考えてみる。確かにこれは怖い――嫌なことを思い出した。

 暗黒の中学時代――クラスメイトからいじめられた日々――思い出すだけで怒りと悔しさと恐怖が込み上げてきて、反吐が出そうになる。それと似たような仕打ちを彼女は受けた。

 ここ最近、彼女は学校に来ていない。一体、どういう思いで過ごしているのだろうか。

 特に用事のない限り、彼女と話したことは無い。けれども、他人事とは思えない。だんだん彼女のことが心配になってきた。

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