第2話 ある男子生徒の放課後

 帰宅途中の女子生徒が痴漢に遭った。犯人はその場で逮捕されたが、帰宅する時は充分に気を付けるように。

 ホームルームの時に担任の夏長なつなが先生が、このように話していた。この事件が後に波紋を呼び、ぼくまで巻き込むことになるとは思いもしなかった。


 ぼくには二人の友人がいる。文芸部の芥木翌檜あくたぎあすなろくんと漫画部の旧海誠司きゅうかいせいじくんだ。ぼくはどの部活にも所属していないけれど、放課後は時々、彼らの部室に遊びに行っている。これが学校でのぼくの楽しみだ。彼らの作品を見せてもらったりするのは楽しい。

 彼らと知り合ったのは、高校一年の仮入部の時。文芸部と漫画部に仮入部したのだが、どちらかに決めることができなかった。ぼくにとってはどちらも魅力的で、甲乙つけることができなかったのだ。そういうわけで、ぼくは今も帰宅部のままだ。

 帰りのホームルームが終わると、ぼくは自分の教室――二年三組――を出る。

 階段を一階分だけ下りると、その階には文芸部の部室と漫画部の部室があるので、それらを目指す。



 文芸部の部室に入った。部室には五人の生徒がいて、それぞれが創作活動に勤しんでいる模様。文化祭はまだ先だが、文芸部を含め文化部全体でその準備が始まっている。忙しくなり始めているけれども、翌檜くんとしては、ぼくが遊びに来るのは大歓迎とのこと。ちなみに、翌檜くんはここの部長だ。少数とはいえ、部員をまとめなければならないから大変だろう。

 部員が少ないからか、部室が広く感じられる。部室の中央に小柄な男子がいる。翌檜くんだ。パソコンのモニターに顔を向けながら、キーボードをカチカチ叩いている。何か小説でも書いているのだろうか。ぼくは翌檜くんに声をかける。

「翌檜くん」

「おお、れん君か」

 翌檜くんが、こちらに振り向く。

「何書いているのかな?」

 ぼくは翌檜くんに尋ねる。彼が書いているものが気になる。わくわくしてくる。

「大したものじゃないけど、短編小説」

 なるほど、やっぱりな。ぼくは彼が書いたものを見せてもらった。

 大まかな内容はというと、二人の女の子が出会い、少しずつ仲良くなっていき、最後に口づけをするというもの。いわゆる百合という奴だ。気になったのが、この作品の登場人物だ。誰かに似ている気がする。

 メインとなる登場人物は二人。

 まずは一人目の特徴――

 女子の中では背が高めでプロポーション良好。二重瞼ふたえまぶたのアーモンドアイ、整った顔立ち。髪型はウェーブのかかったセミロングで少しだけ茶色っぽい。気が強くて運動神経も良い垢抜あかぬけた美少女。

 もう一人は――

 背は普通。プロポーションは決して悪くないが、前者には及ばない。丸くて素朴な顔立ち。髪型はストレートのセミロング。常識的な性格。これといった特徴は無いけど、微笑むと可愛い少女。

「翌檜くん、これって箱根はこねさんと日和塚ひよりづかさんじゃない?」

「そうだよ。この二人がモデルだよ。だってこの二人、仲良いし。それに、見た目の組み合わせとしても様になっている」

 垢抜けた美少女の方が箱根さんで、微笑むと可愛い少女の方が日和塚さん。

 けれども、今日、日和塚さんは欠席。そのためか、箱根さんは寂しそうな顔をしていた。

「本人がこれ見たら怒るんじゃない? これを文化祭に出すの?」

「これは出さないよ。出すのはこちら」

 翌檜くんがパソコンを操作して、文書ファイルを開き、モニターを指し示す。

『半沢クリスト伯 ~勇者パーティーを追放された銀行員、島のダンジョンで核融合スキルを手に入れる~』

 内容は「乞うご期待!」だそうだ。一体、どういうストーリーなんだろう。

杉菜すぎな、そっちの方はどうだい?」

「ぼちぼちってところね」

 翌檜くんが小柄な女の子に声をかけた。女の子は眼鏡を掛けていて、左右の髪を三つ編みにしている。文芸部の副部長にして翌檜くんの彼女である矢追杉菜やおいすぎなさんだ。

 言っちゃ悪いが、文芸部は地味なイメージが強い。翌檜くんも矢追さんもその例に漏れず。だから、文芸部なのに彼氏持ち、あるいは彼女持ちと聞くと、意外に思うかもしれない。けれども、二人は馬が合う。だから、付き合い始めた。実際に二人を見れば、多くの人が納得できるのではないだろうか。

 彼女も、文化祭に出すための作品を書いているらしい。どのような作品を書いているのかというと、企業秘密らしい。大のBL好きと聞くから、そっち系の作品かもしれない。


 部室に一人の女性が入ってきた。お団子頭で眼鏡を掛けている。顔立ちが某アクションゲームの黒髪眼鏡魔女に似ているが、妖艶さという点では今一歩及ばない。

 ぼくたちのクラスの担任にして文芸部顧問の夏長文目なつながあやめ先生だ。三十二歳の既婚者だ。

 先生は部活に付きっ切りというわけではないけど、時々こうして様子を見に来ることがある。

「芥木君、文化祭の準備はどうかしら?」

 先生が芥木くんに声をかけた。顧問として文化祭の準備状況を知っておきたいらしい。

「順調です」

「そう、期待しているわ」

 翌檜くんがはっきりと答えると、先生はにこやかな表情になった。

「ところで……麦穂星むぎほぼし君、また遊びに来たの?」

 今度は、ぼくに声をかけてきた。

「ええ、おじゃましています」

「時々遊びに来るくらいなら、入部すればいいのに」

 先生としては文芸部を盛り上げるために、少しでも多くの生徒に入部してもらいたいらしい。

「すいませんけど、ぼくは放課後を自由に過ごしたいので、お断りします」

 ぼくは、できるだけやんわりとした口調で断った。

「そう、入りたかったら、いつでも言ってね」

 先生は眉を八の字にして、残念そうな口調で話した。



 漫画部の部室に入る。漫画部は誠司くん率いる部活だ。部室には四人の生徒がいる。ここも少数精鋭主義だ。ここの部室も広く感じられる。

 漫画部だから、主に漫画を描いているけど、イラストも描く。文芸部と共同で作品を作ることもある。

 部室の壁にアニメ調のイラストが、いくつも貼られている。ビビッドな色合いのものからパステルカラーの幻想的なものまで様々だ。このイラストの内、半数が誠司くんの作品らしい。彼は美術部の連中に負けないくらい絵が上手い。部室の奥の方に小太りの男子が座っている。彼が誠司くんだ。ぼくは彼に文化祭での展示作品について聞いてみる。

「今年も文芸部と共同で作品を展示するの?」

「そうだよ」

 彼は今、一生懸命に漫画を描いている。そう、翌檜くんが書いた小説の漫画版だ。この小説と漫画を一緒に収録したものを展示するらしい。

 ところで、彼の机の上には、アニメやゲームのキャラクターのフィギュアが、置かれている。いずれも彼のお気に入りだ。

 以前、ぼくは女の子の好みについて彼と話したことがある。

「きみは二次元の女の子にしか興味ないの?」

「ああ、そうだね。三次元の女の子って、色々と面倒臭いだろ。身長がどうとか、後、大人になってからだと、年収がどうとか。けど二次元の娘は、そんなこと言わない。おまけに年も取らない。素晴らしいだろ。で、キミは?」

「ぼくは可愛ければ、どっちでもいいかな」

 彼は二次元至上主義者だ。学年に何人か綺麗な娘がいるけど、彼はあまり興味を示さない。先述の通り面倒臭そうだからだ。

 もちろん、ぼくにも女の子の好みがある。やさしくて可愛い子だ。だからといって、積極的に彼女を作ろうとは思わない。彼女なんてできなくても、平和で楽しい高校生活を送ることができれば御の字だ。

 ――中学と比べると、ここは天国だ。陰キャだの、キモオタだの、ぼくたちの陰口をたたく人はいるけど、それは些細ささいなことだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る