旅人は日記を書いた

@Uchia6ktk

第1話 旅人は少女と出会った 前編

 草原、荒野、海原、山岳、街道、墓地、洞窟、森林。

 世界には、ありとあらゆる光景が広がっていて。そしてそれらは、往々にして誰かの目にしか留まらない。何故なら人の時間は有限であり、人の生活は有限の選択肢から成り立っている。

 ある探検家は、一生をかけてとある大陸までの海路を完成させ、ある探検家は、一生をかけて小さな大陸の地図を完成させた。そうして出来た地図が、今では街の人間に行き渡り、人々は世界中の光景を“知っている”。

 人の時間は有限だから。人生で出来ることは限られているから。人々はそう笑い、世界のすべてを見ることなんて不可能だと口々に言った。しかしただ1人、笑った者の地図を破り捨て、バッグひとつとバイク1台で人間だけの世界から飛び出した男がいた。


「んー……今日は良い風が吹いてるな」


 海沿いを走る、バイクが一台。長い黒髪を後ろで結った青年が、海原に微笑みをかける。彼の名前はアルフ。旅をすることを生きがいとして、世界を股にかける旅人だ。故郷を飛び出して早数年。山を越え谷を越え、魔物の群れを越えて各地をバイク一台で走り抜けてきた。


「おっと、分かれ道か。今日はどっちに行こうかねえ」


 あては無く、土地勘もない。地図を持ってきたわけでもなければ、道案内をするガイドもいない。それが彼の望んだ旅路。地図に頼らず、人に頼らず、ただ自身が選んだ道を進み、その道に待つもの全てをこの目にする。


「今日は、右だ。風がこっちから吹いてる」


 ハンドルを切り、木々が生い茂る林道に入る。先程まで全身を照らしていた陽光は、木々に隠れ地面に斑模様の絨毯を敷いているようだ。揺れる木の葉と巻き上がる砂を、音楽代わりに耳にしながら、林道を抜けた先にある光景に想いを馳せる。


「こんなに立地が良いと、エルフの村でも見つかるかもしれないな。森に住むエルフなんざ、滅多にお目にかかれない」


 発した声が上機嫌であることを、アルフは自覚した。旅の楽しさは、未知と期待にある。一度心が躍ると、その高揚はそう止められるものではない。数秒もしないうちに、無意識の口笛が風に乗り始めた。

しばらく走っていると、視線の先に林道の終わりが見えた。斑模様の地面は無くなり、陽光が辺り一帯を輝かせているのが分かる。


「さてさて、この先は竜が出るか蛇が出るか」


 一筋の迷いもなく、バイクをまっすぐ走らせる。林道の終わりへ向けて、スピードを上げて――


 視界が光で埋め尽くされ、アルフは少しばかり顔を伏せた。伏せた視線の先に見えた地面は、砂の一粒一粒が眩いほどに輝いている。ようやく慣れてきた明るい視界に、何とか顔を上げると。目の前には、またしても林道があった。


(何だ。この一部だけ木が無いのか)


 小さな溜息をついて、さらにスピードを上げようとして。

 

 アルフの視界は、右端に映る違和感を逃さなかった。


(……!)


 スピードを落とし、右に視線を向ける。直後、アルフは息を呑んだ。そして自分の違和感を、違和感を逃さなかったその直感を、誇りに思って微笑んだ。


「これは、見て行かないわけにはいかねえな」


 バイクを近づけ、止める。遺跡は陽光に照らされ、白を眩しいほどに輝かせている。それは、幾百年という歴史が生み出したであろう息を呑む神秘。

 入口は闇に包まれ、中を覗くことが出来ない。何が待ち受けるか分からない危険が、アルフの足を自然と遺跡の中へと向かわせた。


(見たこともない文字だ……図書館のどの蔵書にも、載っていない言語……)


 壁には文字や絵画が規則的に並んでおり、少し不気味な雰囲気を醸し出している。音はなく、ただ床に散った砂を踏む音だけが、反響してアルフの耳に届いた。


――その場に立ち尽くしているはずの、アルフの耳に。


(誰か、いる……?)


 闇の向こうから聞こえてくる足音に、アルフは目を凝らした。こんな森の奥に潜む遺跡に用があるのは、獲物を探し求める魔物か、はたまた宝を求める盗賊か。それとも――


「……え?」


 アルフの視界に人影が現れると同時、アルフは緊張を解いた。彼の前に現れたのは、腹を空かせた魔物でも、屈強な盗賊でもなく。


「どちら様……ですか?」


 白髪碧眼の、若い少女だったからだ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

旅人は日記を書いた @Uchia6ktk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ