仮面少女

Cipec

第1話

「なあ、亘知ってるか?」


「何が?」


 とある日の昼休み。

 光り輝く晴天が窓から差し込み、じんわりとした暑さを感じる頃。

 亘の視線の先にいる知り合いが声をかけてきた。名前は知らない。僕は記憶力が乏しいので、覚えてる気が無いのが重なり意味を為している。


「何がーーって、決まってるだろ。最近話題になっている〈仮面少女〉だよ!」


〈仮面少女〉ーー中には幽霊殺人鬼と呼ぶ者もいる。

 言葉通り、素顔を仮面で隠している少女のことだ。けど、実の両親を殺害した殺害者。


〈仮面少女〉は素顔を見た者が一人もいないという。


〈仮面少女〉に会いに行こうとしたマニアたちは誰一人として戻ってこなかったーーいや、姿形を変えて戻って来たという方が正しい。


 僕たちが住む前坂町の隣町である西部町にある数年前に廃校になった小学校の校門前に黒いビニール袋が複数置いてあり、中には肉塊が入っていたという。


 現実では到底あり得ない残虐非道な殺人事件。

 実は、この事件は過去に起きた殺人事件に似ていた。


 5年前。ある一軒家で発見された殺人事件。家主であろう夫婦は原形を留めないほど壊されていた。頭は潰されて、手足はバラバラになり飛び散っていた。一面に広がる血飛沫。傷ついた身体からうっすらと見える臓器。腐敗臭が漂う紅く染まった空間。兇器であろうハンマー、包丁、ノコギリ、全てに夫婦の血痕が付着していた。


 その犯人が仮面を被っていた少女だった事から〈仮面少女〉と名付け、日夜報道が繰り返されていた。


 あるであの日の光景を繰り返して見ているようだ。


 5年前に起きた〈仮面少女〉の再来、とメディアは報道したことから世間に再び『仮面少女』の名が戻って来たのだ。


 あの時とは内容は異なっているのに、一番重要な箇所は同じである。

 ーー〈仮面少女〉。だから、それだけしか合ってないのに世間は事実を少なからず捻じ曲げて繋ぎ合わせたのだ。


 大してそう言うのに興味がないこいつでさえ、現に語っている。

 想像以上に、その名は広まっていることを示していた。


「で、その〈仮面少女〉がどうしたんだよ?」


「知ってるか?今回の死体発見場所〈仮面少女〉が通っていた小学校なんだぜ」


「ふーん、ネットの力は凄いんだな……」


「それに今回はあの事件が多発しているし、犯人だって皆、廃校になった小学校に立ち寄ったって話だ。5年前の少女もあの事件後直ぐに行方不明になったらしいし、これって絶対関係あるって」


 廃校になった小学校はちょっとした心霊スポットとして知られていた。ーー〈仮面少女〉の居た学校、そう言った記述で。


「そっか、偶然が重なることもあるんだな……」


「なんだよ、興味なさそうだな?」


「興味なんて湧くかよ。内容がB級映画ぽいし、僕には関係ない話だ。有りもしない幻想に縛られる時間は僕には無駄な時間にしかならない」


「おいおい、釣れないな。俺は知っているんだぞ。亘が過去に〈仮面少女〉に会ったことがある事をーー」


 気づけば、知り合いの胸ぐらを掴んでいた。

 刹那、知り合いは衝撃により息を吐き出し、僕の身体は熱を帯びていた。胸ぐらを掴む右手には限界を超える圧力が掛かっていた。


「ーーその話はやめろ」


 冷たい背筋が凍る一言を吐く。

 そして、手を離すと知り合いは咳き込みながら蹲っていた。


 直ぐにでも、この感情を何処かにぶつけたい。


 嫌な過去を思い出した。僕にとって凄く嫌な過去を……。


 思い出すだけで頭痛と吐き気がする。


 僕たちの一連の動きを見ていた周りがざわめき始める。突然教室内で胸ぐらを掴む生徒が現れたらこうなるのも当たり前だ。


「ゲホッゲホッ、亘お前……」


 僕を見つめる知り合いの視線は複数の感情が入り混じっていた。

 現実を理解出来ていない部分も少なからず影響しているのだろう。


「………」


 僕は無言でその瞳の奥を覗くように見つめ返した。覗いても何も無かった。あったのは僕に対する感情だけ。


「ごめん」


 謝罪の一言だけ伝えて、荷物を持って教室を出た。


 僕はこの空間に居たく無かった。


 ▼△▼△▼△


 僕にとってこの世界は歪だ。僕の瞳から写るもの全ては同じに見える。

 知り合いも家族も赤の他人も全て同じ顔。大きな口だけしかない。もちろん、比喩表現ではあるが要は『わざわざ見分ける必要がない』。そもそも、僕は人に対して興味がない。暇さえあれば子供のようで馬鹿みたいな発言ばかりを繰り返す阿呆共だ。


 だから僕は独りを好む。


「あぁ、やってしまった……」


 あれからと言うもの、僕は学校を出て路地にいた。学校に引き返す事は嫌だったし、かと言って暇を持て余す娯楽はない。


 今どき皆が当たり前のように持っているスマートフォンを持たずにガラケー派として生きている僕。


 ガラケーでは娯楽にならない。あっても画面の開き閉じを繰り返すことぐらい。暇を持て余す内容としては余りにも薄い。


 視線を空へと移動させる。変わらない晴天が広がっている。


 後悔の念と複雑に絡み合った感情が纏わりつく。


「これからどうしようか……」


 時間を確認すると、一時を過ぎた頃。

 昼飯を食べずに出てきたからな。腹も空腹感を覚えてきた。

 場所がない問題については、公園のベンチにでも座って食べればいいし、軽いピクニック気分にでもなるだろう。


 その後が一番の問題だ。

 家に帰ってたら、事情聴取はされるだろうし。

 ここら辺にはゲーセンや漫画喫茶などの娯楽施設もない。


「考えても仕方ない。腹が膨れたら思いつくかな」


 そして、近所の公園ではなく少し離れた公園に移動することにした。

 近所だと顔見知りに見つかる可能性があるのでそれを考慮する判断だ。


 目的が決まると、直ぐに移動を始めた。考えることは先程の一件。〈仮面少女〉のことだけが脳内を駆け巡る。


 彼の話したことは真実だ。

 僕は過去に〈仮面少女〉に会ったことがある。


 中学生の時の遠足。

 まだ明るみを持った世界にポツリと佇む独りの少女。

 場所はあの廃校ーーまだ小学校としての役割を担っていた時。


 僕の視線に写ったのは仮面を被っている少女。校内の窓からこちらを眺めるようにそこに居た。僕は立ち止まり少女と見つめ合う。


 ーー不気味。少女に対して抱いた感情。僕が〈仮面少女〉を見て思ったことだった。


 ふと、隣を歩いていた子から声をかけられたので視線を外して会話に答えた。

 それが終わると、直ぐに視線を戻す。が、そこに少女は居なかった。


 移動してしまったのだろうか。 会話時間にして10秒に満たなかった。あんな短時間で姿を消すのが可能なのか?

 それに、不気味すぎる子が居てどうして誰も気づいていないのか?

 普通なら何かしらの反応を示しても可笑しくないのに、少女の後ろを通る子供はまるで少女の姿が見えてないかのように通り過ぎる。


 でも、その〈仮面少女〉の幽霊的な存在を見ることは無かった。それでも、一度記憶に刻まれた瞬間的かつ圧倒的な出来事を忘れることは不可能だった。


 その出来事が現実に具現化して型を成した時、あれは幻じゃないことに気づいた……。

 ニュースとしてそれを知った時、驚きと言うより恐怖感を抱いた。


 一度も忘れなかった影に潜む〈仮面少女〉が再び光の表舞台に顔を出した瞬間だった。この場には有りもしない〈仮面少女〉の幻想に日々怯えるようになったのも、その言葉に過剰に反応してしまうのもあの日があるから。


 僕は〈仮面少女〉に縛られている。


 ▼△▼△▼△


 あれから僕が選択したのは図書館で勉学に励むこと。僕にとって勉強とは一つの逃げ道。嫌でも集中力が必要になるし、他のことを考えなくなる。


 先程の出来事を忘れる為には一番良かった方法。


 僕は勉強は好きじゃない。でも、すれば楽になれる一種の麻薬みたいなもの。それに、勉強で成績を上げれば誰も何も言わなくなる。


 だから、僕は全てから逃げ続ける。


 気づいた頃には夕陽が顔を覗かせていた。図書館の時計を確認すると4時になっていた。ちょうど学校も放課後を迎えた頃。


 勉強道具を鞄に閉まって、図書館を出た。先程まで青色に染まった世界は紅葉色に変わっていた。


 昼時よりも人混みが多くなっている。学生たちが放課後で遊びに出かけているのだろうか。


 部活動に所属していない帰宅部である僕はこのまま家に帰っても怪しまれることはない……多分。


 帰宅する際にはわざと人混みの少ない裏路地を通る。万が一の可能性を考慮した考えだ。


 特にこれと言った問題はなく、家に到着した。


「ただいま……」


 覇気のない言葉を吐くと、聞こえてきたのは慌ただしい足音。


「ちょっと!亘これは何なの!?」


 おかえりの一言もなく、母親の罵詈雑言が僕の耳に届く。

 手に持っていたのは先日のテストの結果。


「なんでこんな点数なの!?」


「これでも、学年トップの成績なんだけど……」


 答案用紙の点数は96点と記されていた。ただ怒りが収まる訳が無く、熱を注いだだけに過ぎなかった。


「言い訳なんてどうでもいいのよ!取るなら満点ぐらい取りなさい!」


 いつからだろう。両親との会話の際、視線を常に下に向けているのは……。顔を合わせることも無く、日常会話すらしなくなったのは……。


 両親は自らが叶えなれなかった夢を僕に押し付けている。

 勿論、拒否はした。

 けど、聞き入れて貰えなかった。反抗的な態度だと怒られた。


 僕の人生は決められた道の上にしか存在しない。変えようにも強制的に戻される。僕には個人的な意思など有りはしない。操り人形と同じだ。


 ▼△▼△▼△


 そこからの記憶はぼやけている。肉体も精神も窶れてしまった僕はベッドで横になっていた。気怠げでやる気すらも湧かない。


 暗闇の空間の中で空っぽになった抜け殻のように動かない。金縛りに合っているかのように……。


『………………て』


 突如として脳内に響く声。驚きの余り飛び上がる。

 不思議な現象に戸惑いを隠せない。


『……に……きて……』


 少し、また少しと声がはっきりとしてくる。集中して一語たりとも聞き漏らすな。僕はこのテレパシーに何故か集中した。


『わたしに……にきて……』


『わたしにあいにきて……』


 聞こえてきた言葉は理解不明な内容だった。


「はぁ?意味が分からない……」


 思わず声を出した。


『ばしょはあのはいこう……』


 僕の疑問には答えず、言葉を続ける不思議な声。


「お、おい!」


 思わず声を荒らげるが、テレパシーは返って来ない。


 テレパシーから聞こえた声は妙に幼い子供のように感じた。


「あの廃校って一つしかないよな……」


 廃校ーーそれはかつて〈仮面少女〉が居たという場所。


 あのテレパシーを無視しても何の問題も無かった筈なのに僕はこのテレパシーを拒否してはいけないと思った。

 拒否すれば必ず後悔すると思ったから。


 気づけば行動していた。

 忍び足で階段を降りて、外に出て自転車に跨がり勢い良く漕ぎ出した。


 隣町と言えど距離はそんなに離れていない。

 20分あれば到着する距離だ。


 夜の涼しい風が心地よい。

 自然を感じながらスピードを出して漕いでいく。


 僕は自由を感じた。縛るものは何も無い。

 この時だけは、そう感じた。


 ▼△▼△▼△


 夜遅くにも関わらず、警察に補導されることも無くこれと言った問題は起きることなく廃校へと到着した。


 錆びた門扉を開けて、校内へ足を踏み入れる。自転車は小屋らしき建物に止めさせてもらった。


 玄関前にたつと、またそれは聞こえてきた。


『いっかいの……ほけんしつ……』


 その言葉に従うように保険室に向かう。校内について詳しく書かれている案内表らしきで、場所を確認する。

 電力は通じてなく、明かりは無くスマホのライト機能を使って、慎重に目的地に移動する。


 暗闇の保険室の扉を開けると、そこに居たのは一人の少女。

 仮面を被り、こちらを見つめている。僕はその少女を一度見たことがある。



 中学校時代の朧気な記憶でも、鮮明に残っていた。だから、急に驚いたり、逃げ出すことも無かった。


「僕を呼んでいたのは、君だよね?」


 僕の言葉に少女の首は縦に揺れる。肯定の意思を示していた。


「それで、僕を殺すのか?〈仮面少女〉」


「えっ……そんなこと……しないけど……」


「じゃあ、その手に持っているのと背後にある物の説明をしてもらおうか?」


 少女の右手に持たれているのは血塗れの包丁。衣服も血で汚れていた。後ろに乱雑に転がっているのは

 凹み傷が目立つ紅いハンマー、錆びいているノコギリが幾つもあった。


「だって……私の存在がバレたら、私殺されちゃうから……」


「だから殺したのか……?」


「うん。私は望んでないのに、お馬鹿な人はやって来るし、私がどんな思いでここに居るのかも知らないくせに、私もこんな事ーー」


「ーーしたくなったのに……か?」


 少女の言葉を遮り、言葉を発す。


「確かにお前もやったことは悪いことだ。でも、理由があるんだろ?」


 少女は頷く。仮面から溢れている水滴は涙だろうか?


「人前では偽善者を気取り、仮面を外せば暴力。だから、小学校でも、傷顔を隠すために仮面を被って生活していた。地獄だった日々。あの日死んでいたのは私かもしれなかった。だから、殺したの。私なりの復讐で……。でも、後悔したの。もっとやり方があったんじゃないのかなって、けど気づいた時には全てが終わっていたの。だから、似た境遇の君に同じ思いをして欲しくなくて、それを知ってほしいからここに呼んだの」


「………」


 それに最適な解答を僕は知らない。

 その問いに幾つも疑問を持つのは当然だった。

 人の心理を読む事は難しい。それに〈仮面少女〉は、本当に人間なのか?


「なぁ、お前ってーー」


「ーーさよなら。君は選択肢を間違えないでね」


 僕の意識はここで一度途切れた。


 ▼△▼△▼△


 次に意識を取り戻した時、僕は家の前にいた。


「ど、どう言うことだ……?僕はさっきまで……」


 記憶を思い出そうとしたら僕は痛みを覚えた。ズキッ、と鈍い痛みを頭から感じる。


 でも、何故か一つの言葉だけが残っている。


『選択肢を間違えないでね』


 その言葉の真意が分からないまま、僕は家の扉を開けた。


「ちょっと、何処に行っていたの!?」


 母親の声が玄関に響く。言葉には心配の文字は無く、呆れだった。表情にもそれは表れていた。


「全く、ふざけないで!貴方は高校生なんだから親に心配かけさせないで!」


 もう限界だった。両親の言いなりにあるのも辛かった。


「貴方はもう私たちの子供じゃない!」


 この一言が引き金となった。


 ………

 ……

 …


「はぁ……はぁ……はぁ」


 母親の胸に突き刺さっているガラス。血塗れの床に立っている僕。僕は誤った選択をした。人を殺したのだ。もう後戻りは出来ない。


〈仮面少女〉も同じだったのかな?


 次の日、一人の少年は行方不明となった。少年の自宅から母親らしき死体が見つかったと言う。


〈仮面少女〉の名はまた世間に知られる事となる。

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