第28話 終戦―—【夢】を見た追跡者

「どうして……テメェなんかが……」


 初心者野郎ジョン・ドゥの刃は、俺の心臓に真っ直ぐ、深く深く突き刺さった。


 完全に致命傷だ。治療兵でもいればわずかに延命できるのかもしれないが、生憎、俺にはそんな奴はいない。


 目の前の画面が歪み、今は最後の僅かなスタン状態―—ただ負けを待つ……あの時と――小さなゲームの大会でただ負けるまで待つのと同じといったところか。


 ただあの時と違うのは……互いの立ち位置だ。


「クソッ、最悪の気分だ。こんなクソ雑魚に……追い抜かれるなんて――」


 小さな大会では相手は明らかに俺よりも強い奴だった。

 でも、今回は違う。虐める奴が俺で、虐められる奴がこいつのはず。


 思い返せば、この勝負は、圧倒的に俺が有利だった。

 チート能力のおかげで俺は、こいつの動きがすべて先読みできた。


 なのにこいつは、俺の狙いをチートも使わずに避けた。警戒していた互いの距離も、迷宮の壁を破壊すると言う発想で詰められた。


 そして、最後の最後、あの一瞬――奴の渾身の一撃を放つ場所、『画面左下に映ったこいつの見ている映像』を確認した時、その隙で見事に捲られた。


 俺にはわかる。もう二度と俺の攻撃はこいつには通じない。

 あの一瞬で、こいつは俺を完全に追い抜いてしまった。


「ハァ……ハァ……キミの……お陰だよ……。何度も何度も、毎日毎日、いつでも、どこでも、キミが絶え間なく僕に襲い掛かてくれたから……気づくことができた。キミが……僕を鍛えてくれたから――僕は強くなれたんだ」


 なんだよこいつ……満身創痍じゃねぇか。

 それに、こいつはとんでもない勘違いをしてやがる。


「とんだ大馬鹿野郎だ……俺が本気でお前のために襲い掛かってたとでも思ってんのか……」


「えぇ……違うの?」


 なんともマヌケな、捻り出されたような情けない声。

 そして、そんなんだから……取り繕いがない本心からの声だとわかる。


 なるほどな。すぐにフレンドなんて解除されると思っていたが、それをしなかった理由がようやくわかった。


「あぁ……こんな馬鹿に負けるなんて……最悪だ」


 こんなのゲームだから、こいつの刃の感触も、その痛みも何もない。


 それでも、だからこそ――この一撃は重かった。


 負ける可能性を背負い込んで、弱い自分を受け止めて、それでもすべてを燃やし、踏ん張って踏み込んだこいつの一歩。


 俺のようなヒトデナシなんかに、この一撃を受け止めきれるわけがねぇ。


 そしてはっきりと実感する。

 こいつは、俺と同じなんかじゃない。

 何もできずにただ輝かしい人間を、見上げ、妬むしかできない俺とは違う。


 こいつは、もう俺の手の届かないところへ、行ってしまった。


「……ごめん……ね」


 それは俺を予選でこき落としたことからくる謝罪か、それとも別の何かか。

 ただ、それが哀れみからくることでも、侮蔑からくるものないことだけは、その目でわかった。


 こいつは俺を嘲笑ってなどいない。

 こいつは、俺をまだ認めていた。


 俺なんかとの別れを惜しんでくれていた。


「そんな目で見るんじゃねぇよ……俺は別に優勝なんて目指してねぇし、興味もねぇ」


 俺はただこいつの夢を潰すためだけに予選に参加した。

 俺にとって初心者狩り(PK)は、唯一の趣味だった。


 ――趣味だと思っていたんだ。


「……だが、ホントは違ったんだな」


 こいつにやられた今ならわかる。


 俺はずっとずっと……探していたんだ。


「ずっとずっと――あの日の自分の『正解』を、知りたかったんだ」


 俺はあの日、初めて参加した小さなゲームの大会で、意地の悪い大人に弄ばれた時に、どうすればよかったのか――それだけを知りたかったんだ。


 絶望的な力の差で、何もできずただ遊ばれて、虐められている時に、何をすればよかたのかを知りたかったんだ。


「あぁ……そうか……確かにこれが一番いいな……」


 そして、その時の答えを、こいつに貰った。


「馬鹿みたいに、ちゃんと負けを認めればよかったんだ。そして、お前みたいに抗えば良かったんだ」


 あの時、俺は周りの期待に応えられないことから、恥ずかしさを覚えて降参し、その負けを認めることが出来なかった。


 周りが悪いとか、本気じゃなかったとか言い訳ばかりして、弱さから目を背け続けたんだ。あの意地の悪い大人への再戦を諦めていたんだ。


 こいつのように負けを認め、それでもなお挑み、立ち上がることができたなら――こいつみたいにがむしゃらに、馬鹿みたいに、諦めずに勝利に挑んでいれば、『壁』を乗り越えることができたのかもしれない。


 あいつに、一矢報いることくらいはできたかもしれない。


 俺はその可能性チャンスを自ら放棄し、こいつは最後までその希望チャンスに縋り付いた。


 こいつの最期の一撃は、それくらいの『想い』の差があった。


「そうだな……それが一番、カッケェな……」


 体が光を帯び始める。もうこの状態も長くは続かない。


 初心者野郎ジョン・ドゥを見るのは、今日で最後だ。 

 もう、出会うことはないのだろう。



 だからこそ、言いたいことがある。



「勝てよ。勝ち続けろよ――」


 こんな想いが込み上げてくるとは思いもしなかった。

 負かした相手を誇らしくなることなんて、一生ないと思っていた。


 でも、今の俺は、俺と同じだったこいつを――心から応援したい。


「こっからは負けることは許さねぇからな」


 俺もこいつに、夢を見たい。


 こいつなら、もしかしたら……あの無謀に挑んだ大会の決勝で見た怪物達さえも、乗り越えられる――そんな気がした。


「「ありがとう……」」


 最後に、俺とこいつの――二人の声が重なった。

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