第27話 その一瞬にすべてを【燃】やせ!

「もうお前に俺を殺せる武器はねぇ! 俺の勝ちだ!」


 特機兵の勝利を確信した声が、この壁の先に響く。

 残弾は0。持ってきた手榴弾も使い切った。


 頭部アーマーは砕け、この顔は晒されている。

 それでも――絶望的な状況で、わかったことがある。


「……僕は間違っていた。僕は川崎先輩バルバトスじゃないし、鈴木先輩グレモリでも、山葉先輩バアルでもない」


 僕は精密射撃も、長時間集中も、心理戦もできない。

 できないことを強請っても、できるようになるわけじゃない。


 僕には――もう武器はないと、キミは思っているんだろう?

 僕は決してキミとの距離を詰められないと思っているんだろう?


「テメェの――絶望の顔を俺に見せろ!」


 僕はこの戦いにすべてを懸けた。


 今でも、理屈はわからないだけど――一つだけ、わかったことがある。

 これが本当に最後の最後。


「おい! 負けを認めて自分から出てこい! お前みたいな弱い奴に何かを成し遂げられるわけねぇだろうがっ!」


 特機兵が迷宮にその声を轟かせる。


『もう無理だ。こんなのはただのゲームじゃないか。諦めてしまえば楽になれる』


『凄い人達を眺めるだけでいいじゃないか。その姿を見ているだけでいいじゃないか』


『きっと、僕には何もできないし、何も期待できない』


 ――そんな声は、もう聞こえない。


「そんなことを考える僕は――あの試験の日に、この手で殺した」


 まだ手に残るあの日の感覚。

 自分を殺すという――その『快感』。


 聳え立つ僕らの目の前にある『壁』が――突如、ガラガラと音を立てて崩れていく。


 それは、僕が手榴弾を仕掛けた壁だ。壁は銃弾には耐えられても、埋め込まれた手榴弾の爆発には耐えられなかった。


 そして、その瓦礫の先に立つキミを――特機兵は僕の姿を、はっきりのこの目で捉える。


「馬鹿な! こいつ、『壁越えショートカット』しやがっただとっ!?」


 これが僕が最後に思いついた奇策。壁が銃弾で崩れたとき、僅かに浮かんだインスピレーション!


 壁は壊せる。壊してしまえば、遮蔽物はなくなる。


「うおおおおおおおおおおおおおお!」


 僕は崩れる壁と同時に突撃する。最大の問題だった距離という『壁』は目の前で崩れ去り、完全に相手の虚を突いた。



『ヤメロォォォォォオ!』



 その時、確かに目の前に死神が現れ、絶叫し、僕の額にその冷たい刃の感触が刺さる。


 負ける恐怖が僕の体を縛ろうとする。


「うるさい……引くもんか……」


 この死神の正体は、もうわかっている。

 その鎌刃を避けるように、体を左に回避すると、特機兵の銃弾はその切っ先を通り抜けていく。


「こいつ、躱しやがった!? どうして俺の狙いがわかった!?」


 わかるよ。何度キミに殺されたと思ってるんだ。


 僕がしたあの日から、キミは僕にずっと付き合ってくれた。

 何度も何度も弱い僕を殺し続けてくれた。


「今ならわかる。今なら見える。僕を常に襲い掛かるあの冷たい刃は――死神は――『僕』の声だ!」


 この死神は、僕が産み出した死への『恐怖心』であり、その鎌は僕を殺そうとするキミ達の『視線』だ。


 それが証拠に、死神はいつも背後から現れるのに、今は僕の目の前に現れた。

 キミが今は、正面にいるからだ!


「それなら、そうとわかれば、怖れる必要はない!」


 冷たい死の境界に沿うように、このデッドライン死線を駆け抜けて、その先にある勝利を掴み取る!


「うおおおおおおおおおおおおおおお!」


 今日までずっとキミに負け続け、死に絶え、横たわり続けた僕の無数の屍の上に、今度こそ僕は立つ。


 ――何のために? 誰のために?


「今日、この予選で僕は君に勝つために! 勝って僕は、みんなと『優勝』を目指すためにっ!」


 銃の切っ先、その刃を前に突き上げる。


「ガンブレードか! やべぇ! アレをまともに貰ったらやられるっ!」


 この刃が、キミに届けば勝てる!


「ちぃっ!」


 バックステップ!? ここで距離を取られた!


 互いに出来た僅かな距離。僕が踏み込めばその間は詰まる。

 だが、タイミングを間違えれば左右どちらかに躱される。


 狙う部位がバレてガードされても僕の打つ手はなくなる。

 一度躱されるか、防がれりかされたら、もう僕に再びこの距離を詰める術はない。


 張り詰められ、ピンと伸びた糸が見える。

 それは、僕と相手の極限状態。


(だけど、これが――最後の勝機!)


 踏み込むべき最後の一歩。その力をぐっと溜める。


(まだだ。まだ溜めろ――『あの一瞬』を見逃すな!)


 剣の切っ先が、彼との距離が、また少し開く。

 それでも、ここはまだ僕の間合い。


 糸はさらに強く、強く引き絞られる。

 糸が切れてしまうのが先か、それとも緩むのが先か。


(なぜかは分からない。理屈はわからないけど、何度も殺され続けてわかったことがある)


 それは、積み上げられた死の山が、恐怖から背けずにみた僕の屍が見た残照。

 何度も負け続けて、何度も死ぬ続けて、そうやって積み上げた勝利の公式。


「させるか! テメェの狙いなんざ。すぐにわかんだよ!」


 僕には未来なんて見えない。

 この一瞬、一瞬にすべてを懸けて、燃やすことしかできはしない。


 だからこそ、僕はその一瞬だけは見逃さない!


 キミの目が見える。ガスマスクに付属する赤いゴーグルの先に、怨敵を見るような、血走った眼がくっきり僕には見えている。


(この特機兵には、がある!)


 僕が攻撃を仕掛けるとき、僕が反撃するとき、キミが何かの選択を迫られた時に――必ずキミは、その視線を目の前の僕からそらし、『左下』に視線をを移す!


 その瞬間、張り詰められた糸が、わずかに緩んだ。

 特機兵が、左下の何かを確認するために――僕から目を逸らした。


「ここだあああああああああああ!!」


 僕はその瞬間にすべてをかけて、最後の一歩を踏み込んだ。

 特機兵が視線を戻すときには、もう僕達の間合いは詰まっている。


 交錯する刃と体。主のいなくなった迷宮に、僕の叫び、咆哮が轟く。



「馬鹿……なっ……」



 僕の銃に、特機兵の鮮血が滴り落ちる。


 刃は特機兵の胸を貫き、戦いを終えると同時に――鐘の音が、響き渡った。



 本多君の刃が、ストーカーを貫いた。


 その光景を見て、僕はあの入会試験の時のことを思い出す。

 彼の渾身の最期の一撃が、僕のこの胸を貫いたあの一瞬を。


「あの時、僕は動けないはずの彼が立ち上がり踏み込んできたとき――その気迫に気おされた」


 思いも寄らない初心者の反撃に、僕は僅かに動揺した。

 だが、頭と体は、その状況を整えるために、近距離武器に対してセオリー通りに、自分のリズムにするために、バックステップした。


 まだ僕の方が圧倒的に有利だった。

 距離を置き、間を制していた。

 あとは銃を彼の晒された顔面に向け、引き金を引くだけでよかった。


「だけど、その刹那――彼の姿が突然、目の前に迫ってきたんだ」


 それこそが、僕が見出した本多君の持つ特別な武器。

 本多君にある『特殊な能力』。


「まるで映画フィルムが『コマ落ち』したかのような錯覚だったよ」


 そうとしか表現できなかった。

 古くツギハギだらけになったフィルム映画のように、ワンシーンだけ突然飛び越ええて映像になるような――そんな現象だった。


 あの後、原理を分析しようと、映像リプレイを繰り返しみてもわからなかった。


 映像には僕が後ろに避けたとき、彼は単純に一歩踏み込んだだけのように見えた。

 ただ、その距離の詰め方、タイミングが独特だった。


「何度も思い返して、やっと――理屈だけはわかった」


 コマ落ちなんて例えをしたが、僕達に問わず、動物は日常的にそんな風景を常に体感している。


 ただ、あまりにも一瞬であり、当たり前すぎて気がつかないんだ。


「ヒトの集中力は高いものがあるが、極限の持続力は数秒と持たない。だから、人間同士でやるスポーツの世界には、集中力を切らすことができる『間』というものがある」


 それは野球ではキャッチャーからボールが戻ってくる僅かな間だったり、バッターのルーティーンだったり、ファウルと宣告されたホイッスルから、プレイの再開の僅かな間だったりが、『スポーツ』にはある。


 それがあるからこそ、スポーツでは人は高い精度の技術を維持し続けることができる。


「だがあの時、思い知ったよ。戦場で、その間は命取りとなる。僕はあの時――彼の気迫に押された時、自身の優勢から、わずかに余裕があった」


 本多君の特殊な能力とは。

 それは、時に――クラスメイトが彼を見つめているときに、その目が合ってしまうような。夜道で自分に声をかけようとする友人に気付いてしまうような。


 彼独特の、特質なもの。


「あの時、そのわずかな余裕で、僕は自分を落ち着かせ息を整えるために、僕は『まばたき』をしたんだ」


 僕の答えに一冬が繰り返す。


「……まばたき?」


 そう、それこそが本多君がバックステップで距離を取った僕が彼の渾身の一撃に反応できずに受けてしまった現象の根本。


「まばたきは生理現象だ。日常では一回につき0.3秒ほど視覚情が報遮断される。そんなものは無意識の生理現象だが、その0.3秒を彼は見逃さず、そのタイミングで最後の一歩を本多君は狙って踏み込むことができる」


 わずか0.3秒間の行動――その間にされる行動を僕達は知覚できない。


 だから、本多君の姿を見失ってしまう。


「かつて武道の達人は、目にも止まらぬ早さをこう表現したそうだ――たゆまぬ努力と、命を取り合う極限の集中の中で、ようやく到達できる絶技・瞬地フェイタル・エラーだ」


 縮地とは仙術の一種と言われている。相手と自分にいくら距離があっても、その間を一瞬で埋めてしまう御業。距離と言う概念が無効になるワープのようなもの。


 セイグリッド・ウォーにはそんなスキルはない。セイグリッド・ウォーにできることは現実でもできると言われるほど、精巧な物理エンジンと調整が成されている。


 だから本多君は、人間が無意識にしてしまう生理現象を利用して、自分の姿をその一瞬に集約させることができる才能を持っていた。


「そしてストーカーはそのチート能力が裏目に働いた」


 ストーカーは本多君の奇策で距離を詰められ、反撃を躱された時に不利になった。このままではやられると感じた。


 だから、バックステップしたときに本多君の渾身の一撃を躱して、反撃しようとした。チート能力を使って――本多君の渾身の一撃がどこに向かって放たれるのか、本多君の見ている映像から判断しようとした。


 だが、それこそが――フェイタル・エラー……つまり『致命的な一撃』だった。


「本多君は他人の目線に恐ろしく敏感なんだろう。常に他人の目が気になり、無意識に誰に見られているかを感じ取ってしまう性質がある。ただ、それは日常生活においては特に力は発揮しなかった」


 だが、戦場では違った。そして、入会試験の時に、変わりたいという精神的極限状態で彼は勝利に執着し、その個性が、才能が、その芽を息吹き始めた。


 そして、その後、このストーカーに狙われ、殺され続けることで、大きなストレスがかかり逆にその芽が刺激され続けた。


 彼にはストーカーのように、他人の視線を見るのではなく、感じることが出来る。


 だから、隙だらけの状態で狙われても、その視線を感じることができ、今ではその攻撃を躱すことができるようになった。


 近接戦に置いては、極限状態では相手の目の前から姿を消し、正面からでも間を詰めることが出来るようにもなった。


 まさに攻防一体にして唯一無二の本多君にしか持たない武器だ。


「だけど、これを手に入れた一番の敬意は、やっぱり本多君自身にある。彼は、一度たりとも、自分の死から目をそらさなかった」


 だからこそ、ストーカーの癖……チート行為をするための『隙』に気がつくことが出来た。


 彼はすべての死に抗い続けた。

 ただの一度も、諦めて死ぬことはなかったのだろう。


 それこそが、僕が一番欲したチームの要。

 絶望的な状況に置いても、活路を見出す才能。


「チームに足りなかった最後のピース『不利マイナスを0に戻す力』。それが彼の最も力を発揮できるスタイル。『フィクサー』、『ストライカー』、『サポーター』……そして最後のピース――」


 それこそが本多 秋良の持つ本質。


「『ブレイバー』が揃った」

 

 未知と逆境に抗う、救世の物語の主人公、『勇者』としての役割だ。

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