第23話 約束の【証】

「勝ちたい……試したい……僕にできることを、僕の武器を見つけたい。あの人達みたいになりたい」


 僕を執拗に狙い続ける、この『特機兵』は強い。

 だけど、これは失礼なのかもしれないが、間違いなく先輩達や先ほどの剣闘士ほどじゃない。


 あの先輩たち達なら、絶対にこの人に勝てるという確証がある。


 手にした銃をM4を掴み直し残弾を確認する。


 敵はどこかに潜んでいるが、入り組んだこの通路なら、おいそれと追いつめられたりはしない。

 まずは基本に立ちかえろう。鈴木先輩グレモリとの練習を思い出せ。


「いま、回りのプレイヤーは、この特機兵以外は剣闘士が引き連れてくれた。この場は少なくとも一対一だ……鈴木先輩グレモリならどうする? もちろん、相手よりも早く移動して優位を取る!」


 セオリー通り、左回りで空間を丸く使う。壁に寄るときは送り足、前足をつけてすり寄ってから壁に沿い敵に忍び寄る。


 この地点には僕達の方が先にたどり着いていた。だから僕の方が地の利はある。

 迷宮戦場を駆け抜け、より早く、より正確に特機兵の背後へ回る。

 だが、そうして辿り着いた場所には、あの敵影がない――と、確認と同時に背後に気配が刺さる。


「見えてんだよ!」


 特機兵が僕より早く移動したのか、それとも僕が来るのを予測したのか、僕の方が逆に背後ウラを取られてしまう。


 慌てて近くの遮蔽物に飛び込むように回避し、急いでその場から離脱する。


「ダメだ……僕の動きじゃ、この人の死角へ潜り込めない――」


 理由はわかる。僕は、鈴木先輩グレモリはもちろん、この特機兵より遙かに思考、行動が遅いんだ。


「ダメだ。これじゃあ、何度やっても通じない!」


 それなら、次は川崎先輩バルバトスのようなピンポイント射撃だ。


 正面からの撃ち合いは弾数×威力×精度がそのまま結果に繋がりやすい。追いかけてくる彼を待ち受けて、壁に隠れつつ迎え撃つ。


 遮蔽物から僅かに飛び出す特機兵の顔をしっかり狙い、引き金を引く。

 だが、飛び出した弾丸は簡単に特機兵の腕ガードで弾かれ、防がれる。


「なんだこりゃ? ずいぶんお粗末な射撃だなぁ!」


 これもダメだ……川崎先輩バルバトスなら間違いなく今の撃ち合いで決めてた――僕には、川崎先輩バルバトスのような精密射撃はできない。


「それなら!」


 これは予選に挑むに当たって山葉部長から貰った秘策。

 虎の子のたった二発の『時限式』手榴弾――その一つを敵前に投げつける。


 相手は、それを回避するために壁に隠れ、僕の姿を一瞬見失う。


(その僅かな隙に展開させるのが、この『切り札』だ!)


 前回の入部試験の際は偵察機ドローンを持ち込んだが、今回はタイプが違う。そのポイントを使って今回積んだ武器は、この二機の『映写自動機デコイドローン』!


 爆発と同時に展開されるホログラム映像を伴ったドローンが、敵にジョン・ドゥとまったく同じ姿見せ、前もって入力したプログラムの行動をする。


山葉部長バアル命名! 『外法 影分身』!」


 当然、このホログラムには攻撃力はない。


 ただ、一瞬で相手には僕が三人に見え、その内の二人が囮になって相手に向かって突き進み、後方に一人が銃を構えて狙う。


 初心者ならば、この二人に釣られ発砲して隙を見せる――だが、中級者以上なら瞬時に見破り、攻撃してこないデコイは無視するだろう。


 そこに山葉部長直伝――相手の心理の裏を読んで仕掛ける『罠』がある。


 この飛び出している二人の内、本物である僕が紛れ込んでいる。この特機兵は間違いなく初心者じゃない。無視してくれれば、距離を詰められる!


「こんな見え見えの罠にかかるわきゃねぇだろ! クソザコ!」


 僕と同時に飛び出した一方のドローンがあっさり撃ち落とされ、本体の僕も追撃を貰ってしまう。


「どぉうしたぁ!? こんなんで俺に勝てると思ってんのかよ!」


 危機一発だった――飛び出した僕の二択の内、最初に狙われたのがドローンの方じゃなかったら、僕はやられていた。


 だが、数発受けた弾丸によるダメージで、アーマーの一部が弾け飛んでしまった。しかも弾け飛んだのか――


「……頭部をやられた……」


 この作戦を、見破られた代償が重い。


 飛び出した僕の動きが露骨すぎたのか――山葉部長バアルなら、きっともっと上手くこなしたのだろう。


「ダメだ……僕にはあの人たちのようにできない――先輩たちのような武器が――僕にはない」


 やっぱり借り物の武器じゃあ、ダメなんだ。


「これじゃ――特機兵この人には勝てない……」


 ならどうする。頭部アーマーを失った今、これで本当に後がない。次に顔面に銃弾を受ければ即ゲームオーバーだ。


 そうなったら、僕はどうなる? 先

 輩達に見捨てられ……また独りぼっちに戻るのか?

 結局、僕には何もできないのか? 何も変わっていなかったのか?


 あの日殺したはずの自分が、ゆっくりとまた泥の中から戻ってくる。

 そして、次の手を失い、具後家無くなった僕にしがみつき、この地の底へと引きずり下ろそうとする。


(怖い……怖い……怖い……)


 絶対に負けられないのに、こんなに負けたくないのに。


「それでも勝てなくて……あの弱い自分に戻るのが怖い」


 マウスを掴む、現実にある手が振るえる。

 それを抑え込もうと、負けまいと、再び力を込めなおすと――


 不意に指先に何かが当たった。


 それは、ゲームではない、現実にある、『約束の証』。


 ◇


「なんだいそれは?」


 予選が始まる前、席に着き、準備を整える僕に山葉部長が尋ねた。


「えっと……『お守り』みたいなものですかね……」


 学校に来る途中、誰もいないはずの通学路で、僕はある人に出会った。


「本田君がやってるゲームを調べたら、参加する大会の予選、今日だったんだね……応援するっていったじゃん」


 松田さんだった。ゴールデンウィークは、進学校ということもありあまり運動部が活溌的ではない赤藤高校では、ほとんどの部活が休みだった。


 だから、学校に行く一年の生徒はほとんどいない。


「ごめん……でもまだ予選だから……言い辛くって」


 鈴木先輩との朝練の時に、ふと松田さんの部活を覗いてみたことがある。


 丁度、松田さんは先輩とダブルスの試合をしていて……部活で大変そうだった。

 だけどその姿は先輩をサポートし、先輩たちに食らいつき、もう立派なチームの一員になっていた。


 それを見て、自分との差を思い知った。

 僕はまだ、みんなが目指す場所の、スタート地点に立ってすらいない。


 だから、そんな僕が休みの日まで松田さんに気にかけて貰うのは、気が引けた。


 だけど松田さんは僕の不安や後ろめたさなど気にも留めないように


「……考えたんだけど、あんまりいいのが思いつかなくて……でも、これしかないって思ったんだ」


 そう言って、僕に手渡したのは一枚のお菓子の包装紙だった。


「前に話した駄菓子屋のアタリ突きガムの引換券。これね、私が子供の時に、どうしてもアタリが欲しくて、たくさん勝ったの全然当たんなかったときに、そこにいた男の子に貰ったものなの」


 その包装紙の中には、確かに『アタリ』と表記さっれていた。これを持ってこれを買った駄菓子屋に行くと、一つオマケが貰える代物だ。


「だからね、いつか自分が『変われた』と思ったときに――その人みたいに『見ず知らずに人に優しくできる』――そんな人間になれたら、この手で引き替えにいくんだって思ってたけど……その機会はなくなっちゃったから……」


 松田さんがこれを買った駄菓子屋は、もうなくなってしまった。これを引き替える機会は、松田さんの中で失われてしまった。


「……ごめん」


 そんな思い出が松田さんにはあったのに、僕はあの夜、無神経に真実を伝えてしまった。


「ううん、別に――もういいの」


 松田さんは僕に握られたその思い出を、僕の手ごとしっかりと握り込んだ。


「その人は忘れてるかもしれないけど――その人にとっては忘れてもいいものかも知れないけど……でも、私にとっては、絶対に色あせることのない思い出だから」


 松田さんが僕の目を見る。その視線に、強い思いを感じる。


「――負けないで、本多君」


 そのは――



 現実に戻る。今この瞬間の自分を思い出す。


 僕には、こんな僕を、応援してくれる人がいる。

 僕の勝利を待っている人達がいる。


 僕はもう、あの部屋に閉じこもる独りぼっちなんかじゃない。

 この手に触れた感触の――このお守りが、いまここにいることが、その証明だ!


 僕はあの入会試験の日に殺した――足にしがみついた物言わぬ骸となった『弱い自分』を踏み砕く。


「……諦めるな……こんな絶体絶命の状況は前にもあったはずだ。あの時はどうした……あの時は……!」


 僕にあるものをすべて総動員しろ。僕にできることを整理しろ。

 僕にあって、他の誰かにないものはなんだ。


んだ。その何かを――」


 自分の中にあるものを掻き回し、記憶をひっくり返していたとき、引っかかったのは山葉部長バアルの言葉だった。


「だからこそ君は、まず『気づけ』。『自分だけの武器』を――」


 この言葉は、何かおかしい。なんで山葉部長バアルは僕に『見つけろ』ではなく、『気づけ』と言ったんだろうか。


 単純に言葉の選び間違い? いや、そうじゃない。

 『気づく』と『見つける』の違いはなんだ?


 それは至極当たり前な違いだ。


「……あるんだ。僕はすでに、僕だけの武器を持っているんだ」


 山葉部長は僕の『武器』が何か知っている。どこで、どのタイミングで知ったのかはわからないが、僕より先に、それを見つけているんだ。


 主観的と客観的の違いか――それでも、山葉部長が『ある』と言うのだからもう暗闇を探す必要はない。


(それなら、やるべきことは簡単だ!)


 僕は再び、自分の持っているものを再確認する。

 僕にしかないものがある。それがどんなに突飛なものでもいい。おかしなものでもいい。それがきっと、僕にしかない『何か』なんだ。


 そして、おそらく……僕はそれを知っていて、使っている。


「キミにも……見えないものが……見えているんだね」


 これは先ほど出会った剣闘士の言葉だ。

 見えないもの、見えないはずのもの。見たくないもの。


「……そうか、あの――死神だ……」


 考えてみれば、あれは僕にしか見えていない。僕しか感じ取ってはいないものだ。


 なら、死神が見えることを大前提に考えろ。あれが僕にしか見えていないのなら、アレはきっと僕の中の『何か』なんだ。


 そういえば、死神の気配を感じたのは、ゲーム以外でも一度だけあるぞ……。


 それは確か――


「わかった……あの死神の正体が……」


 この予想が事実ならば、死神は怖れるべきものじゃない。利用するべきものだ。


「これをもし利用できれば、見て、狙って、撃つ銃撃戦なら僕の方が有利になる」


 それが解れば、あとは特機兵についてだ。

 有利なだけじゃ特機兵には勝てない。散々有利な状況でも特機兵に僕は負け続けてきたんだ。


 何度も何度も彼には殺された。殺され続けた。

 ただ、一度だって諦めたことはない。


 思い出せ。あの積み上げた自分の屍の山を――その死体が見た、すべての光景を。


「そういえば……あれはなんだったんだろう」


 いつかは忘れたが、特機兵について気付いたことがある。

 そう、たしか僕が待ち伏せをして、近距離まで迫った時――


 それは取るに足らないことなのかも知れない。

 だけど、あの行動は過去にあった明確な事実だ。


「あるかもしれない……特機兵に近づきさえすれば……隙を撃つことができるかもしれない」


 ただ、問題は特機兵と自分の距離だ。

 この気づきを利用するためには、距離をできる限り『詰める』ことができなければならない。それも、手を伸ばせば『0』にできるような距離だ。


 だが、裏取りも奇襲もうまくいかないなかで――どうすればあの特機兵に近づくことが出来る?


「この迷宮の『壁』が邪魔なんだ……この場所は遊撃兵には有利な条件だけど、それはあの特機兵も同じ。なんとか僕達の間を挟んでいる壁を……」


 その時、不意に触れた目の前の壁が僅かに砕け墜ちた。


「これは……」


 特機兵が撃った弾丸で崩れたのか? 分厚く硬いイメージがあったが、銃弾でこんなに簡単に傷つく代物なのか?


 それと同時に、脳内に電流が走る。


「そうだ。あの時は――入会試験の時に、袋小路に追いつめられた時は――急に頭にアイディアが浮かんだんだ。それを信じて実行したらうまくいったんだ」


 そして脳内に、一つの思いつく作戦を思いつく。


「できる。この壁を利用して――あの特機兵の不意を突くことが……」


 このインスピレーションを、僕は信じる。


 だが、同時に、これが本当に最後の賭けだ。

 賭けに負ければ、僕は本当に打つ手が無くなる。


 僕の恐怖心が再び顔を出し、壁の前に立つ。


(……怖い。これが失敗したら、またあの場所に戻ることになる。先輩を探そう。本当にそれしか方法はないのか?)


(まだ試してないことがあるんじゃないのか? 僕は頭部がやられただけだ。頭部だけなら、左腕の装甲でガードできる)


(負けたら松田さんをがっかりさせることになる。それでここから離脱して他の弱いプレイヤーを――)


!」


 僕は銃を壁に向かって撃ち続ける。


「消えろ! 消えろ! 消えろぉぉぉ! 消えて無くなれ!」


 残弾なんて気にしない。これができなかったら、もう僕に手はない!


「失敗を口にするな! 先輩達に強請るな! 迷いを口にするな! 松田さんを言い訳に使うな!」 


 怯えた自分の幻影をその銃弾で何度も何度も、跡形もなくなるくらいに撃ち殺す。


「目の前に勝機があるのに――挫けて、恐怖で竦むお前なんて、僕はいらない!」


 迷宮中の隅々まで届くように、激しい銃生と咆哮を響かせる。


 あっさり銃弾を撃ち付くし、そんなの構うもんかと、すぐに最後のマガジンを装填し、その銃弾さえも自分の影とその背後の壁に向かって撃ち続ける。


 銃口が熱で赤くなる。煙を上げ、それが狼煙のように僕を包む。

 僕の恐怖に竦む死骸が、崩れた壁に捨てられる。


 そこにはもう、自分の幻影はなく、崩れかけた穴だらけの迷宮の壁があるだけになった。


 僕は息を整え、心の底にあったものを空にして、静かに笑う。


「……殺した。殺し尽くした。これで僕は、戦える!」


 弱気はすでに殺した。恐怖も今ここで殺した。

 だから、不安も恐れももう何もない。


 今あるのは、心躍る躍動だけ。自分の思いついたこの作戦を試したいという衝動と、この勝負に勝ちたいと言う純粋な本能のみ。


「来い、特機兵! これが本当に、最後の決着だっ!」

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