第22話 好奇心と言う【名】の衝動
もう大分迷宮の奥へと進んできたようだ。周りはもうほとんど通路の壁とは呼べない理路整然とされたものにかわっている。
「大分、開けてきたね……ここなら見通しが良いし、迷宮の曲がり角の間隔からして、不意が突かれにくく、壁を利用しやすい。このあたりが一番、遊撃兵にはちょうどいいんじゃない?」
確かに、ここなら壁を生かしつつ回り込みもできるかも。
分岐の間隔が狭いから、感じとしては図書館の本棚の通路のように思える。規則的で構造が理解しやすいから、感覚的に回り込みができるし、敵の方向も音で十分わかる。
「どうする? もっと奥へ行く? それともここで後から来る人達を迎え撃つ?」
ここに辿り着いたのが僕達が一番なら、ここで後から来る人達を迎え撃つのが得策だ。こちらは二人だから、挟み撃ちに合っても、背後を取られることはない。
だけど……なんだろう。この奥には何かが――このアステリオスの物語の続きがあるような、そんな予感がある。
「ミィツケタ……」
不意に不気味な迷宮に声が響く。
既視感のある感覚。冷たい刃物のような非情さと、粘りけのある、こびり付いた死の視線。
「なっ!? まさか、この感覚は――!」
僕らが来た通路の先に、見慣れたガスマスクの迷彩アーマーをきた遊撃兵が立っている。
間違いない、あれは僕のフレンドの――『特機兵』だ!
特機兵が僕の姿を確認してからか、すぐさま銃を構え、容赦なく撃ち込んでくる。
「キミ……何かあるなと思ったけど、ずいぶんめんどくさいのに憑かれてるんだね」
剣闘士が斧を振り上げ、僕の目の前にその刃を突き刺す。その大きな斧刃の部分が縦のようになり、銃弾から僕らを守る。
「バトルアックスを即席の遮蔽物に!? こんな使い方があったなんて!」
こんな手法聞いたことがない。というか、そもそもバトルアックスを使う人なんて、セイグリッド・ウォーではほとんど見たことがない。
銃撃が有効ではないとわかった特機兵が、今度は斧を飛び越すような放物線で、何かを投げ込む。
「あれは! やばい、手榴弾がっ!」
こんな狭い空間で爆発したらダメージを負ってしまい、最悪キルされる!
「……慌てないで」
剣闘士はそういうと、突き刺した斧の斧筋を足場に跳び上がる。更に、空中に放られた手榴弾をあっさり片手で掴み、そのままバックステップで投げ返す。
「空中でキャッチして上に、そのまま投げ返した!?」
今の動作で、一体どれだけの高等テクニックが合わさってるんだ!
特機兵も不意を突かれ別の通路へ逃げ込み、爆発を回避する。こんな技術をあっさりと見せられたら、もう同じ手は使えない。
「これなら、迷宮の内側にいる僕達が有利になる」
この迷宮の壁の間隔は掴んでいる。特機兵の位置さえわかれば――こちらは二人、簡単に挟み撃ちにもできるし、逆に手榴弾で追い込みをかけてもいい。
と、そう考えた矢先、返した手榴弾の起こした砂塵の中から、彼とは違う兵士の姿が現れる。
それも、一人や二人じゃない。軽く見積もっても、二十人以上はいる大部隊だ!
「いたぞ! 本物だ!」
「やれ! やっちまえ! そうすりゃ、俺たちは大金持ちだ!」
大部隊の先頭の二人が、僕達を指さす。一人はかなり醜悪で特徴な『ブタマスク』の兵士だ。
かけ声に合わせて、後ろの数人が銃を構え、こちらに向かって雨や霰のように容赦なく撃ち込んでくる。
「どうして急にこんなに人が――それに何かおかしいです! 予選を通過するだけなら、こんな大人数で共闘する意味なんてないのに……どうして……」
盾にしている剣闘士の斧も、これだけの猛攻では、どれほど持つかわからない。
それに、先ほどのように手榴弾をあの人数で、一つではなく複数投げ込まれたら、さすがにこの剣闘士でも、どうにもならない。
「どうやら扇動した人がいたみたい……」
扇動? もしかして、あの特機隊の人が連れてきたのか! そうだとしたら……
「すみません――たぶん、僕のせいです」
理由はわからないが、あの特機兵は『僕』を狙っている。もしかしたら、あの大部隊の人達は、彼の知り合いや仲間なのかもしれない。
なんてことだ……僕の事情に、剣闘士を巻き込んでしまった。
「謝らなくていいよ――だって、まだ『共闘契約』は続いてるんだから――」
僅かに銃声が止む。手榴弾を投げ込む動作に入ったのか、それともリロードをしているのか。
だが、確かにそこに一瞬の活路があった。
「私が道を開いてあげる――だから」
僕は不意に蹴り飛ばされ、別の通路に押し込まれる。
彼は、そんな僕を蹴った勢いと共に
「絶対に……また、会おうね」
突き刺さった斧を地面から引き抜き、大隊に向かって駆け出していく――
「あっちからきたぞ! やっちま――」
大部隊には完全に優勢だった。だから、慢心があったのか――それとも剣闘士の動きが、この場にいた誰の予想よりも遙かに早かったためか。
剣闘士は、先頭に立つ敵兵の間合いに易々入ると、そいつのかけ声を寸断するようにそのまま胸を蹴り上げ、そのままそいつの顔を踏む。
そして、その人物を土台に、大隊の兵士の肩や頭を、まるで石段でも跳び越えるかのように跳ね駆ける。
そして数秒後にはあっさりとその大隊の後ろをとると、呆気にとられた僕達の僅かな驚き(ラグ)に、別ルートから迷宮の奥へと吹き抜けていった。
「と、突破されたぞ! 逃がすな! 追いかけろ!」
なんて人だ……あの人数に囲まれたのに、手榴弾もなしで……あのバトルアックスだけで、あっさり切り抜けた。
「こんな人が――先輩たちみたいな人が、たくさんいるのか!」
絶体絶命のピンチにさらされた恐怖からか、それとも、彼の絶技を目の前で見た興奮からか。
自分の心臓が激しく高鳴り、頬が上気する。
手に熱が籠もり、触るキーボードやマウスに力が入り、軋む。
「なんだろう……この感じ――先輩たちと初めてセイグリッド・ウォーをやった時と同じ」
この感情は……怖い――? 違う。この感情は――そんな後ろ向きなものじゃない。
心が躍る。初めてこの世界を知った時みたいに、初めて先輩たちと戦った時みたいに――ワクワクする!
「すごい!」
楽しい。面白い。自分の世界が、認識が、価値観が根底から覆されるかのような、そんな視界が広がる痛快さだ。
世界は広い。世界はすごい。自分の想像が――自分の常識が――どれだけちっぽけかを教えてくれる。そしてそれは、決して――届かない妄想なんかじゃない!
だが、その熱い感覚を、あの粘っこい視線が邪魔をする。
「……これで邪魔者はいなくなった」
出会ったときに聞いたきりだった、ガスマスクのフィルターを通った擦れた声。あの特機兵のものだ。
「お前のくだらない夢は――俺が踏みつぶしてやるよ」
そして、マガジンを装填仕直し、リロードする音。
間違いない。大隊の人は剣闘士を追いかけていったが、特機兵だけは、まだこの近くに潜んでいる! いつもと変わらず、僕を狙っている!
僕は――手にした銃を、力強く握り直す。
恐怖に振るえるはずの手が、高鳴る心臓の振動で掻き消される。
そして、一つの感情が衝動となり、僕を突き動かす。
「勝ちたい……試したい……僕にできることを、僕の武器を見つけたい。あの人達みたいになりたい」
そして、はっきりと自覚した。
僕がこの予選でキルする相手は、あの特機兵しかいない!
◇
一方、サーバー室にて。
僕は鼻歌交じりに本多君の戦いをVRゴーグルに接続されたPCモニターで見守る。
「山葉、何を知っている――いや、何を企んでいる」
そう僕に語るのは、うちのエーススナイパー。
川崎 一冬(バルバトス)『第一次予選突破タイム、二十一分 十六秒』。
「面白いことに気づいたんだ……きっかけは、僕が彼にフレンドではなく保護者登録したことからだ」
「保護者登録(プロテクションモード)?」
フレンド登録と違って保護者登録は主に子供のゲーム状況や課金なんかを監視するセーフティーリミッターみたいなものだ。
それは親が子供の戦績やプレイ時間、他人とどんなやりとりをしているのか監視、観察、確認ができる。
「ちょっと……それはさすがに、プライバシーの侵害じゃ――」
僕らの会話に割って入るは、戦場を懸ける僕らの猟犬。
鈴木 夏輝(グレモリ)『第一次予選突破タイム、三十分 五十二秒』
「確かに、これがバレたら僕は裁判で負けちゃうかもしれないね。まぁ、その時はその時さ」
鈴木さんのもっともな意見を流し、僕は話題を戻す。
「彼のプレイを監視している時に、このプレイヤーの存在を知った」
本多君を狙うあのガスマスクのプレイヤーを指さす。
「あれを僕は『ストーカー』と名付けた。こいつは、いわゆる初心者専門のPKプレイヤー……まぁ、
本多君の自宅でのプレイは、僕もちょくちょく確認していたから知っていることだ。『ストーカー』は常に本多君がログインしたのを確認すると自分もログインし、本多君を狙う。更には、違反行為を繰り返して自身のレーティングを下げ、本多君のいる初心者部屋に居座り続けた。
「つまり、プライベート中は常に本多君は彼にプレイを邪魔され続けていた」
そんなことをされ続けたら、そりゃあ本多君のプレイスタイルも崩れる。セオリーを無視して狙われ続けるんだからね。
彼は僕達には一度も相談しなかったが、かなりのストレスがあっただろう。
「もちろん、このストーカーは間違いなく悪意を持って行っている。彼は本多君を追い詰めて、セイグリッド・ウォーを辞めさせようとしているようだ」
おそらく、きっかけは本多君がストーカーに送ったメッセージだろう。それがストーカーの何かを刺激し、本多君は標的にされてしまった。
「……そうだったの」
鈴木さんがその事実を聞いて少し陰る。
おそらくは、彼女が以前、本多君と対戦した際に強く叱責したことを悔いているのかも知れない。
まぁ、それを伝えなかった僕が一番悪いんだ。鈴木さんがそれほど気にすることじゃないけどね。
「おい、俺が聞いてるそんなことじゃねぇ……俺が聞いてんのは――」
一冬が僕の眼前で指を指す。その表情には強い怒りがあった。
「それを知っていてどうしてテメェが一番にキルして出てきてんのかって話だ!」
山葉 小春(バアル)『第一次予選突破タイム、“二分 五十二秒”』
「お前、わざと
一冬の言うとおり、僕は開始と同時に迷宮を走り、明らかに戸惑っていたプレイヤーを有無も言わさずキルして予選を通過した。
当然、これがチーム戦ではなく、個人戦だということは開始前からわかっていた。本多君が突然のことで戸惑い、怯えることもわかっていた。
わかっていた上で、僕はできるかぎり最速で予選を突破した。
「鈴木、テメェも同じだろ! あいつの教育係なら最後まで面倒見やがれ!」
一冬の言葉はもっともだ。だけど、少しだけ間違っている。
「これは彼に対する最終試験だ。これに合格できないようでは、僕たちの仲間にはなれないさ」
その言葉に、一冬の眼光がまた鋭さを増す。
「試験だと? 人を試してばかりでテメェは何様だよ! あいつを最初に引き入れたのはお前だろうがっ!」
これは紛れもなく一冬が本多君のことを考えて出た発言。
だが、僕はこの一冬の言葉に疑問を持たない。
一冬は本多君の参加を反対していた。
だからこそ、常に本多君にはキツい言葉を投げつけていた。
その言葉は彼の本音ではないことを、彼の友達でもある僕らは知っている。
「あいつがどんな思いで俺たちについてきたのかわかってんだろっ! 山葉! お前はいつも人の気持ちを――」
「一冬……キミは優しすぎる」
一冬の眼光の光が揺らぐ。
僕の言葉に、心の奥底を見透かされた動揺が表に出る。
本多君には一冬のような役目の人間が必要だった。
本多君を現状で満足させず、常に緊張させるような役目の人物が、彼の成長には不可欠だった。
それは僕も鈴木さんも理解している。
だけど僕も鈴木さんも本多君を認めてしまった。
一冬だけが彼を認めなかった。そして、いつだって、憎まれ役を迷うことなく、誰に言われるわけでもなく担ってしまう。
僕が頼むよりも前に、誰よりも早く、彼はその答えに至ってしまう。
「……それに一冬、キミは勘違いしている」
先ほどは最終試験なんて言ったが、これは僕が本多君に与えたものじゃない。
僕も鈴木さんも、一冬だってもう腹は括ってる。
本多君と共に、世界大会優勝を目指す。
だけど、このチームで、一人だけ――その一員として納得していない者がいる。
「これは、僕たちの試験ではなく、本多君が自分自身に課した最終試験なんだ」
入会試験の時、僕達は彼の力を認めた。
あの試験は僕達三人を倒して合格と表向きにはしていたけど、そんなことは僕達でも、おそらくできはしない。
本多君はそれを知らない。
いや、例え知っていたとしても、本当の意味で納得することはないだろう。
「今は僕たちは黙って見届けよう。彼の――この最初の戦いを――」
彼は『証明』が欲しいんだ。
自分が僕達の仲間だと、胸を張って言える――『なにか』が欲しいんだ。
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