第21話 地下墓地に【眠】る怪物を想う

 この巨大な迷宮を、僕と知り合ったばかりの剣闘士は彷徨い歩く。


「怖がらなくてもいいよ。いきなり襲ってキルしたりはしないから」

 僕は突然振り返り、笑いかけてくる彼にビクリとなり、銃を持つ手に力が入る。


 先ほどまではやや会話がわかりにくかった剣闘士だが、しばらくすると翻訳機能が馴染んできたのか、会話は快調となった。


「それとも、信じられない?」


 依然僕の指は引き金にかかったままだったが、その言葉があまりにも悪意のない子供っぽい言い方だったので、


「わ、わかりました。信じます」

 僕は銃口を降ろし、肩の力を抜いて見せた。


 なにやってるんだろう。こんなこと、川崎先輩達に見られたらドヤされるぞ。


 しばらく、言われるがままに彼に付いて歩いていたが、いつ敵がやってくるかわからず、僕は始まってから常に怯えっぱなしだった。


 それなにに、彼はまるで何も怖いものがないかのように、通路も分かれ道も気にせず、警戒もせずにどんどん進み、曲がり続ける。


 それも、決まってその先により多くの分岐点のある道ばかりだ。これじゃあ、いつ背後から追っ手がやってくるかわかったもんじゃない。


「大丈夫。この通路はもうずいぶんと内側だから」

「え? 内側?」


 彼が依然と歩くペースを変えないまま会話を続ける。


「この迷宮の法則さえわかれば内側には割と簡単に行ける。迷宮の奥は広い空間もあるはずだし、そこでならキミも戦いやすくなるよ」


「最奥ってまさか! この迷宮を知ってるんですか!?」


 もしかして、僕の知らないどこかのイベントで使われていたのか!?


「いいや、初めてだよ。だけど、誰か――いえ、『何か』が作ったのは間違いないから、それなら解き方もわかるよ」


 彼はゆっくりと振り向く。

 そして淡々とした口調で――


「人間も機械も、現実世界さえも、所詮はただのアルゴリズムでしか『答え』を出せない存在なんだから」


 その考え方はひどくシンプルであり、どこか文化圏の違いを見せつけられたかのような、センセーショナルな彼の理念だった。


「例えば、この迷宮はね、外側はほとんど一歩道ばかりだけど、内側に進めば進むほど選択肢が増えて回り道しやすくなる。角や分岐を恐れる人は、どんどん外側に誘導されて逆に選択肢が無くなっていく――逆に選択肢を恐れずに、多い方へ進めば、見る方向は増えるけど行動の選択肢も隠れる場所も増えて、逆に戦いやすくなるんだ」


 言われてみれば、最初にリスポーンした場所と違って、脇道の行き止まりはまったくなくなったし、相変わらず壁ばかりだけど、分岐もわかりやすく見晴らしもいい。


 あれほど狭く息苦しかった戦場が、見える視界が増えることでクリアに、広く感じる。


「ロビーで言ってたでしょ? 『臆病者は迷う』って――」

 そうか、あの戦乙女の言っていたことはそういう意味だったのか。


 これはやっぱり『ゲーム』なんだ。この迷宮には確かに法則やルールがあって、制作者がいる。それも、僕なんかが思っているよりも、ずっとずっと考え込まれているんだ。


 壁に刻まれている模様も、どことなく『記号』に見えるし、もしかしたらこれが僕達のいる位置を示しているのかもしれない。


 待てよ……それなら――


「ねぇ、キミはどう思う?」

 剣闘士は僕に問い続ける。


「ここに住んでいた怪物、ミノタウロスの『アステリオス』について」


 ミノタウロスのアステリオス――予選が始まる前にネットで調べたところ、それはギリシャ神話の怪物の名前だった。


「これはゲームだし、アステリオスもただのおとぎ話だけど……父親の不義理で生まれた怪物。怪物って何かわかる? それはね、ただ人間とは違う見た目と能力のせいで、人の輪に入れず、人を傷つけることしかできない存在のことを指すんだ」


 アステリオスはまさに、怪物だった。


 出生は、ミノタウロスの父、ミノス王は神との約束を違え、怒りを買ってしまうことに由来し、ミノス王の最愛の妻は牛の頭をした子供を神から息子として授かってしまう。その子供の本名がアステリオス。


 ミノス王は彼を育てるが、成長するにつれ、アステリオスは乱暴になり、手に負えなくなった王は、息子をダイダロスという職人に作らせた『迷宮』に、ただ一人閉じ込めた。


 そしてアステリオスは、、テセウスという英雄によって『ミノタウロス(怪物)』として討伐された。


「手に負えないからとこんな場所に、生涯閉じ込められ、英雄に殺されたアステリオス。勝手すぎると思わない? せめてミノス王は怪物を子供のうちに自らの手で殺すか、懺悔でもしながら、この迷宮で彼に殺されるべきだと思わない?」


 彼の言うとおり、アステリオスのことを思えば、これは本当に身勝手で、悲しい物語だと思う。


 だけど、僕にはその『アステリオス』がわからない。


「僕は……怪物じゃないからよくわかりません」


 僕には人を傷つけられる力なんてない。

 傷つけるより、傷つく方で、怖がられるより、怖がる人間だ。


「僕は平凡な――平凡以下の人間だから、人より優れたものなんて持ってないから、だからかな、『怪力』なんていう明確な力を持つ彼に、少し憧れちゃうくらいです」


 僕にも、そんなわかりやすい力が欲しかった。


 もしかしたら、これは傲慢で自分勝手で、向こう見ずな考えなのかも知れない。


 彼の自らの力の苦しみを僕は知らない。彼の心情を僕はわからない。アステリオスが、人のことをどう思っていたのか、自分自身のことをどう思っていたのか、わからない。


 そんな僕でも、一つだけ彼のことがわかるものがある。


「でも、この迷宮を歩いてわかったのは……アステリオスは……きっと寂しかったんだろうな――とは思います」


 彼と僕は少しだけ似ている。彼と僕はずっと一人の居場所に閉じこもっていた。

 もちろん、僕は彼のように閉じ込められたわけじゃない。

 僕はただ、自分にとって都合の良い世界に、ずっと閉じこもっていた。


 ずっとずっと――孤独だった。


 誰かに触れられる世界が怖くて、そこで何もできないことが怖くて、ずっと人から避けて生きてきた。


 アステリオスと違うのは、彼にはこの迷宮しかないけど、僕が閉じこもった場所には好きなものがあった。


「僕には『ゲーム』があった。そのゲ―ムの世界の中では、僕は主人公で、周りにはいろんな人がいて――、そこでは僕は誰かを助けることができた。みんなに褒めてもらえることができた。寂しい時は傍に仲間がいて、辛い時は助けてもらえた」


 世界を救う、英雄の追体験ができた。その英雄のように悩み、苦しみ、喜びを共感できた。ゲームの中で、僕は別の自分になって、生きることができた。


「ゲームをクリアしたときは、少し寂しくて……ベッドで自分だけのストーリーを妄想したりもしました。僕が自由に発言して、みんなが僕に欲しい言葉をくれた」


 そうやって温かな物語に包まって眠るのが好きだった。


「だから、僕は一人でも孤独に耐えることができたし、それでいいんだと、自分にずっと言い聞かせてた」


 僕はゲームが好きだった。ゲームは、ずっとそこにいてくれた。

 だから、僕はアステリオスと想いを重ねる。


「少し前ならこう思いました。アステリオス(自分)の傍に、この迷宮に一人でもいてあげればいいのに。もしくは彼(僕)の手を引っ張ってこの迷宮から連れ出してくれる人がいたらいいのに。そんな優しい人がいたら――って」


 僕にゲームがあったように、彼にもそんなものがあったらいいのにと、そんな風に。


「そうだね。そんな人がいたら、アステリオスは怪物として退治されなかったのにね……」


 剣闘士も僕の考えに共感する。



「でも、今は違います」


 僕の答えに、剣闘士は立ち止まった。甲冑の音がガチャリと響き、静寂の中で僕の言葉を待つ。


 誰か優しい人が傍にいたなら――そんな考えは、僕にとっては過去のものだ。


「僕は初めて出会ったんです。彼らは傍にいてくれるような、ゲームに登場するような優しい人じゃなかった。だけど、現実にいるゲームの主人公達のように『強い人』。自分のその夢を堂々と胸を張って語り、否定されてもそれに負けないくらい強い意志と厳しさを持った人たちに」


 あの人達に出会って、すごいと思った。

 あの人たちのようになりたいと思って――あの目を見て――


「僕も、その人たちと同じ夢を見たい。同じ目標を持ちたい」


 だけど、僕はまだその隣に立つことは許されない。

 僕にはまだ、自分で自分を証明するものがない。


「だから、今はこう思います。アステリオスは寂しいのなら、この迷宮を攻略して、外へ出るべきだった」


 この迷宮が、臆病者は出られないものなら、彼は勇気を出すべきだった。

 父の怒りを買ったとしても、怪物だと言われ石を投げられたとしても、


「外の世界で自分より強い怪物を探すべきだったんです。そうすれば、もう『独りぼっち』じゃない」


 この世界は広い。彼を倒す英雄がいたのなら、彼は『手に負えない怪物』なんかじゃなかったんだ。

 自分を変えられるのは、自分だけだ。どんなに優しい人が傍にいても、自分を変えることはできない。


 『変わりたい』と願うなら、自分が行動するしかないんだ。


「それができたなら、きっとアステリオスは『怪物』じゃなくて、強い『英雄』に変われたんじゃないかって――」


 僕の思いをすべて語った後、彼はじっと僕を見ていた。僕の話を最後まで聞き、小さく頷いた。



 それを見て、僕は一気に冷静になる。


(し、しまった! また熱く語りすぎた!)


「ご、ごめんなさい! なんか僕、夢中になるとすぐ早口で語りだす癖があって!」


 どうしてこんなことに! あぁ、ほんとこの癖を早く直したいのに! 見ず知らずの、今日出会ったばかりの人にもこんな話をしちゃうなんて! は、恥ずかしくて死にそうだ!


 僕が悶え、どうしようもない気持ちに苛まれ、この黒歴史をどうにか抹消しようと藻掻いていると


「……わかるよ。その気持ち」


 剣闘士は一言そう言ってから、


「キミの仲間の怪物たちは強い?」


 山葉部長、川崎先輩、鈴木先輩のことがはっきりと頭に浮かぶ。


「はい……すごく、すごくすごく強いです」

 あの人達は強い。きっと、ここにいたアステリオスなんかよりも、きっと、ずっとずっと、もっともっと強い。


「――そっか。じゃあ、きっともうクリアしてるよ。この予選、誰か一人でもキルすると強制的にこの迷路から『ログアウト』されて予選通過になるみたいだから」


「そうなんですか!?」

「うん、見たからわかる」


 そうか。1キルすればその時点で予選通過でこの迷宮から抜け出すことができるのか! ということは、この迷宮に残っているのは、まだ一人もキルできない人だけ……。

 待てよ? ということは、この剣闘士も、まだ予選を突破しているわけじゃないんだ。


「あの……あなたはどうして僕をキルしなかったんですか?」


 この人は、もしかして予選突破を目指していないのかな?


「面白くなりそうだったから……どうせ優勝するなら、なるべく面白い人と戦いたいから」


 ……あぁ、違う。この人は先輩達と同じで、予選突破何て当たり前の、すごい自信と、それに見合うくらいの強さがある人なんだ。

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