第20話 迷宮に【潜】む剣闘士

(まずいまずいまずい! これはチームの予選じゃなくて、個人の予選。たぶん、この世界大会は、初めてチーム登録できる仕組みなんだ!)


 そうか! だから一緒にログインした僕らの予選番号が違っていたんだ……チームなら連番か統一番号になるはずだ!


 ロビーのセッティング画面には確かに、チーム選択のマッチング画面がなかった。


(なんであの時気がつかなかったんだ……いつものクイックマッチでみる画面のかわらなかったら、おかしいじゃないか! いつも僕がやっているクイックマッチは個人戦なんだから!)


 落ち着け。冷静になれ。


(確か、この予選で誰かをキルしないと脱出できない。つまり、誰かをキルすれば予選通過なんだ。ということは、このモニター画面の左上で少しずつ数が増えているのは、通過者の人数か!)


 カウンターは既に五十を回り始めている。つまり、この数分間で五十人が通過し、五十人が敗退したんだ。


 ペースが早い。みんなルールに気がついて索敵し、戦闘を始めているんだ。ボーッとしていたら、あっという間に誰かに見つかって、先手を取られてしまう。


 僕は幸いにも、長い通路の小さな脇道の交差点でリスポーンしたようで、急いで行き止まりの道へ入り、身を隠した。そのおかげか、それともこの迷宮が予想以上に広いのか、まだ誰もこの通路を通ってはいない。


(僕も動かなきゃ……急いで索敵を開始して、相手を見つけないと――)


 この場合、おそらく急いで行動したほうがいい。


 なぜなら、予選の人数はじっとしていてもどんどん減っている。銃声が遠いこと、一万人が参加していてまた誰もこの通路を通っていないと言うことは、かなり広いマップなのかもしれない。


 だから、キルされて人が減れば、誰かにやられるリスクは減るかも知れないが、相手を見つけることも容易ではなくなるし、初心者や弱い人からやられていくのなら、残った人は必然的に敵から逃げ切った人か僕のように隠れている人ばかりになる。


 逃げ切れる人ならば僕よりも強い可能性がある。隠れている人なら、僕が見つけられず先手を取られて負ける可能性がある。



 それならば――まだ人が多い撃ちに一キルをなんとかもぎ取る方が僕にとっては有利。


 だが、僕はその行き止まりの道から、飛び出すことが出来ない。頭ではわかっていても、足が動かない。


(怖い……この角から誰か出てくるんじゃないかって恐怖と、一度でもやられたら終わりっていう恐怖が同時に襲ってくる)


 もし、この通路の角から飛び出して出会い頭に敵と出会ったら、僕はすぐさまこの銃を構えられるだろうか。


 今、混戦になったら……パニックになっていつものように動けなくなるかもしれない。


山葉部長バアルと通信はできない――そうか。これは個人戦だからチームと通信ができてない設定なんだ……」


 ということはこの条件は山葉部長バアルが不利だし、どこもこんな見通しの悪い分かれた通路になっているなら、川崎先輩バルバトスの長距離射撃も難しいじゃないか!

 だが、その不安はすぐにかき消された。

(そんなわけない。あの人たちがこんなところで終わるとは思えない)

 なら、ここで待つべきか……先輩たちなら――山葉部長バアルなら僕が今どんな心理状態になるかわかるはず。

 それなら、ここに潜んでいれば先輩達の誰かが僕を見つけてくれる可能性もあるのか?最善手はここで隠れイモることじゃないのか……ここは覗き込まなきゃわからない小道――ここで伏せて銃を構え、あの角を過ぎる人を打つことができれば……。いや、そもそも息を潜めてさえいれば気付かれないかも……。


(ダメだ! なんて僕は甘えた考えが出てくるんだ!)


 もし角を曲がるときに相手が慎重にミラーなんかのオプションを使って確認してきたら、ボクがいるのがバレる。その後、手榴弾を投げ込まれたら、こんな逃げ場のない場所では回避のしようがないじゃないか!


 それに、ここを自分の力で勝ち上がることができなくて、この先あの人たちのチームで戦うことはできるわけがない。


 認められたいなら――あの人たちに認めてもらうためには、ここで自分の力を示すしかないんだ!


(恐怖心に勝て――あの角を曲がって……状況をこの目で確かめるんだ……)


 それでも、わかっていても怖い。


 負けられない状況で、みんなが予選を通過するために自分の命を狙っている。これじゃ、まるで本当に戦場にいるみたいだ。

 ゆっくりと、慎重に小道を出て、リスポーンした位置まで歩き、通路の様子を少しだけ覗う。


「誰もいない……」

 そこは先ほど見たときと同様、誰もいない通路。銃声の音もまだ全然遠い。


「よかった――誰もいな――」


 ゾクリッとまた、あの寒気がする。

 何かが、猛スピードでこちらに向かってくるような……いや、確かに音がする。


 重厚なアーマー同士が擦れ、地を蹴る音だ!


 見ていた通路の反対側を確認すると、真っ赤な古代戦史が着ているような布の腰巻きと黒い甲冑のような無骨な鎧を纏ったキャラクターが一直線にこちらに走ってくる。


 その手には、そのプレイヤーよりもはるかに大きな両刃の斧が握られている。


「あれは大型バトルアックスか!」


 銃を構えようとするが、その間にあっさり距離を詰められる。このプレイヤー、かなり速い!


 完全に相手の間合いだが、大型バトルアックスは一撃の威力が高く近接武器の中では間合いが槍同様に広いが、動作が遅い。相手の構えて撃つのは不可能とみて、僕は振り下ろされた斧を避けるようにくぐり抜け、回避する。


 自分がとっさに、頭ではパニックになりながらも、この緊張感の中でいつものように動けることを自覚する。


「よしっ、大丈夫――すぐに反撃を――!」


 避けると同時に銃を構え、引き金に指をかけた瞬間に。また先ほどと同様に冷たい、どうしようもなく恐ろしいという感情が湧き出し、体が硬直してしまう。


 クソッ! どうして引き金が引けない――今チャンスだってゃずなのに……なんでこんな時に僕の変な癖がでちゃうんだ!


 相手は長重武器を振り下ろしたばかりで、その背中ががら空きだ。今撃ち込めば、当たるとわかっているのに――その斧よりも大きな大きな威圧感が僕の体にのしかかってくる。


(チャンスだって? ……違う。あれは紛れもなくチャンスなんかじゃない。そう、まるで蜂の巣だと知っていて、その巣の中に手を無理矢理入れようとする忌避感。注射針の山にダイブするようなおぞましさだ)


「なんだこの人――今まで相手をしたことがない――先輩達よりも異質な……」


 赤い甲冑の剣闘士がゆっくりとこちらに振り向く。


 よく見れば、胸には魚の記号のようなものが入っている。どこかのチームエンブレム? それともトレードマークかなにかだろうか。


 そしてゆっくりと振り向いた後、再び武器を構え直す。


 緩慢で隙だらけのような動きなのに、なぜかそれがチャンスに見えない。まるでわざと晒して誘って、呼び込んでるようにも見える。


(怖い……怖い……負けるのが……怖い……)


 これは僕のあの悪い癖だ。見えないもの、いるはずのない何かに怯え、決定的な瞬間を逃す。それは、きっと恐怖だ。僕の恐れが、見えないものを映し出しているんだ。


 ゆっくりと赤い剣闘士が左に斧に力を込める。

 先ほどの振り下ろしではなく、剣道で言う左切り上げを狙った構え――


 でも、その構えなら右側が空いている。相手の間合いに入る前に撃つか、それとも相手の攻撃を躱してから、空いた左側に飛び込べきか。


 僕の迷いを読んでか、剣闘士が間合いに飛び込む。


(斧の攻撃速度はさっき見えた――)


 僕はそれをスライディングで滑るように躱し、滑りながら銃を構える。


「よしっ! 今なら隙だらけだ! 今なら倒せ――」


 瞬間、剣闘士の目はこちらをはっきりと見ていた。


 それに気づくと同時に、剣闘士の姿がフードを被った姿が重なる。

 いつもとは違う――死神の手は、千手観音かと見間違うほど増え、それぞれに大きさも形状も異なる鎌を持っている。


(怖い! 無理だ! やめろ、撃つな! すぐに逃げろ!)


 その幻影に体が硬直し、僕は再び撃つのを止めて、距離を取る。

 距離を取って再び顔を上げたときには、死神の姿などどこにもなく、ただ剣闘士がじっとこちらを見ているだけだった。


 なにをやってるんだ僕は――勝つ気がないのか僕は!


 自分の臆病さに腹が立ち、相手に銃口を向ける。

 僕でも撃てば当たるくらいの距離、相手はこちらを覗っている状態なのに――



「возбуждающий」



 不意にその人の方から声が届く。


「え……?」

 なんと言ったのかはわからない。少なくとも聞いたことがある日本語や英語ではない。


 僕は戸惑い、それでも銃をしっかりと構え標準を頭部に合わせると、


「ア…レ……あんまり……使ってない……カラ……翻訳の、調子ガ悪い」


 これは、翻訳機能が動いているのか? まさか、戦闘中に僕に話しかけてきているのか?


「これで……どう? ちゃんと聞こえる?」


 籠もった声で、剣闘士が僕に尋ねる。


「は……はい」


 僕は照準を相手の頭に合わせたまま、応答に答える。


 わけがわからない。見敵即殺のこの戦場で、どうして話しかけてくるんだ? そもそも、どうして通信ができないこの迷宮で、どうしてそんな機能が残ってるんだ。


「あの……僕たち、予選通過のために――その――殺し合うんですよね?」


 いつでも引き金は引ける。なのに、なぜか撃つ気になれない。

 ここで引き金を引けば、どうしようもない結果になる気がする。


「そう……だったね。忘れてた」


 呆気にとられる。相手はまるで、この予選になんの恐怖も感じていないような気楽な声に、子供のような無邪気さを覚える。


「さっきの……、面白いね……」


 相手は完全に構えを解いている。あろう事か斧を地面に突き刺し、その手を武器から手を放してしまった。


「キミにも……見えないものが……見えているんだね」


 何を言ってるのかわからない。


 面白い動きだとか、見えないものがみえているだとか……今の戦闘の動きは間違いなく不格好だし、不器用だ。川崎先輩バルバトスが見たら絶対に呆れるし、鈴木先輩グレモリが見たらまた怒らせてしまうような内容なのに。


「そっか。まだ……自覚ないのかな?」


 そして彼は、その両手をまるで招くかのように前に差し出してから


「ねぇ……せっかくだから、ここは休戦にして共闘……しない?」


 サバイバルの戦場で、あろうことか僕を迎え入れるように、そう提案してきた。

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