第19話 戦場に【解】き放たれた雛鳥は――

「アステリオスの迷宮―ラビュリントス―」


 鍵を受け取ったことで介抱されたイベントアイコンには、確かにそう書いてあった。


 僕達は先ほどの映像と運営のコメントから情報を整理する。


「内容は一万人規模のサバイバル。三十日間行われるイベントか」


「運営のつぶやきから、最初の開始は今から一時間後。そこから常時にマッチングして一万人に達したらゲームが開始される仕組みみたいね」


「もし集まらなかったらどうするんでしょうか?」


「確か、前回の予選も似たようなものがあったわ。その時は調整用のAIが参加していたはずだけど」


 なるほど。確かにトレーニングモードでは様々なレベルのAI兵科が用意されていた。参加者が足りなくてマッチングしないということにはならないらしい。



「どうしますか?」


 必要な情報もある程度揃った。あとは判断するだけ。


「安全策ならmもちろん様子見が一番。予選の開催期間も一ヶ月と長いし、同じ学校に通う僕らは、合わせられる時間が多い」


 これだけ注目されている大会だ。おそらく、予選に参加した人達の内、誰かがSNSや動画配信などを使って対戦内容の詳細を拡散するだろう。


 予選の詳しい内容を知っているのと知らないのとでは、だいぶ違う。

 ならば、誰かが配信するのを待って、攻略法を見つけてから予選に参戦するのが定石――だけど、それじゃダメだ。


「もちろん初戦一択だ。ここで迷うようなら、この先には勝ち上がれねぇ」

 川崎先輩が、僕の予想通りの答えを出す。


「戦う準備はできているし、気が充実している、今このタイミングが一番でしょうね」


「三十日間、ルールが変わらないとも限らないし、資金のある企業が強引な攻略をする可能性もある。やるならば、正確な情報がない――皆同じ条件の初戦が僕らには一番確実……か」


 前に山葉部長は僕に言った。

 誰かが無償で与えてくれる情報には、罠がある可能性がある。予選を通った人が、後から続く人を騙すため、蹴落とすために巧妙な嘘をつくこともあるかもしれない。何しろすごい賞金がかけられているんだ。やれることは何でもやる人がいるはずだ。

 でも、逆に言えば最初の予選はそれがない。


 先輩達みんなが僕を見ている。僕の意志をんだ。


「やりましょう!」


 ここで引くわけにはいかない。このすごい人達の隣に並ぶには、僕はこの負けられない戦いに挑み続けるしかない。


 すぐにVRゴーグルを装着し、僕達は大会予選ロビーへ移動する。


 そこはいつも僕がマッチ戦するロビーとは様子が違う。真っ白い床と壁が正方形に区切られた、このゲームではひどく稀で、簡素な風景だ。


「ロビーはまだまちまちだな……開場と同時に参加したのは、全世界でも千人程度か。本戦参加で百万円ってのか効いてるな……初心者や中途半端な奴は当然見送り……有名企業グループは様子見か偵察チームの参戦っぽいな。まぁ、一発勝負ともなれば、慎重にもなるか」


 メニュー画面に番号が割り振られる。開場同時に入ったにも関わらず、僕の№は五百二十一番だ。


 そして、その№が腕章となって、僕のジョン・ドゥキャラクターの右腕に取り付けられる。


 先輩達を見ると、山葉部長バアルは四百五十五、川崎先輩バルバトスは四百九十一、鈴木先輩は五百四十二番だ。


「おい、なんかおかしくねぇか?」


 川崎先輩バルバトスが僕らの番号を見てから疑問を上げる。


「俺たちはそれぞれこのロビーに飛んできたよな。みろよ、割り振られた番号がバラバラだ」


 それに続いて鈴木先輩グレモリがメニュー画面を見ながら


「それに、セッティング画面になければいけないものがないわ。これじゃあまるで――」


 セッティング画面になければいけないもの? いつもクイックマッチをするのと何も変わらない気がするけど……


「あぁ、それについては後で話すよ。今はそれぞれ集中するか、参加するプレイヤーに有名なプロがいないか見ておこう」


 山葉部長バアルが二人の質問を遮って僕を見る。

 この状況で、山葉部長は何かに気付いたようだ。


「見て、掲示板に推奨の兵科が入っているわ」


 ロビーの頭上には大きくいくつかの兵科が並べられていた。ロビーにいる人達はそれを念入りにチェックし、装備を整え直している。


 推奨兵科は偵察兵、遊撃兵、守矢兵、狙撃兵、技巧兵、剣鎧兵、斧兵、サムライ、シノビなどだ。


「ふむ……主に近接系が多いね。それに、車両などの大型兵器を使う兵科は禁止になってるね」


「つまり、戦場は『狭い』ということでしょうか……それだと――川崎先輩(バルバトス)の狙撃兵は不利になるんじゃ……」


 川崎先輩の狙撃兵は長距離攻撃が可能だが射程が広ければ広いほど、移動が難しく武器の扱いが大変になる。乱戦ともなれば、一番に狙われかねない。


初心者テメェなんかの心配はいらねぇ。俺は近接でも対応できるように準備してある。自分の心配だけしてろ」


 川崎先輩の近接戦は見たことがないが、自分の弱点を補う方法くらいは持っているはず。先輩の言うとおり、予選の不安材料は自分だ。


「それじゃあ、僕は周りを偵察しつつ、装備を変えてくるよ。みんなははぐれないようにここにいてくれ」


 僕らは各々その場で待機しながら、周りを見張る。

 僕は有名プレイヤーなんてわからないので、その場に膝を抱えて座り込む。


 ゲームだから立っているだけでもつかれないのだが、この姿勢と目線が一番落ち着ける。


「……怖い?」


 鈴木先輩グレモリが僕を見下ろす。

 ゲームの世界なのに、現実の僕の手に連動して、小刻みにキャラクターの手が揺れていたのを、見られてしまったようだ。


「……すいません、落ち着きがなくて。こういうの――久しぶりなんです」


 僕はその手の震えを反対の手で止めるが、その手も震えているせいか上手く抑えられない。


「ゲームは好きだったけど、大会に出たいとかは思ったことなかったし……体育祭とか球技大会では迷惑が掛からないように、よく仮病を使ってました。情けない話なんですけど、そうすると得意な子が僕の代わりに走ったり掛け持ちしたりしてして――それで、あっさり優勝とかしちゃうんです」


 それでいいと思っていた。僕が参加しないことでいい結果に繋がるのなら、それが一番なんだと言い聞かせてきた。


「でも、こんな日が来て、こんな風になっちゃうのなら、やっぱりちゃんと参加しておけばよかったのかな……」


 これが逃げ続けてきた人間の代償。誰にも期待されず、裏切られないように避け続けてきた僕の惨めさだ。


「……怖いのはみんなそうよ」


 鈴木先輩から『怖い』という言葉を聞いて、少し驚いた。だって先輩達は他の人にはない凄い力があるのに。


「それでも怖いわ。私たちはね、負けられないの。私も川崎君(バルバトス)も――たぶん山葉部長(バアル)だって、少し怖いと思ってる」


 そうなのか……でも、それなら――


「すごいですね。全然そんな風には見えないです」


 やっぱり先輩達は、僕とは違う人間だ。僕はその恐怖を、隠すことすらできはしない。情けない。


「私たちは怖いからこそ――負けられないからこそ、強くなれた」

 鈴木先輩が震える僕の手を掴む。


「だからあなたも自分を信じて。あなたは自分で思っているよりもできるはずよ。一緒に二週間特訓してきたんだから、私にはわかるわ」


 その時、確かに先輩の手は――ほんの少しだけ震えていた。


「ありがとうございます」

 その姿と言葉を見て、『こんな人に僕もなりたい』と思った。


 ただ冷静に、自分の恐怖に立ち向かえるような、その恐怖を受け止めつつ、誰かに優しい言葉をかけてあげられるような――そんな強い人間になりたい。


「お待たせ、僕の準備もできたし人数も丁度全員集まったみたいだよ」


 山葉部長バアルが視察を終えて戻ってきた。その装備がいつもと少しだけ変わっていた。

 それを見て、鈴木先輩グレモリは僕の心に、深く深く、祈るように繰り返した。


「もう一度言うわ。どんなことになろうとも、――」


 ◇


 ロビーの参加人数が一万の数値でピタリと止まった。


 それと同時に、セイグリッド・ウォーの代名詞とも呼べる大聖堂の音がなり響く。


『九つの鐘の音(ナインツ・ウォール)』――開戦の合図だ。


「さて、時間だ……鬼が出るか蛇が出るか……」


 ロビーにいるほぼ全員が、仕舞ってあった武器を手に戦闘態勢に入る。

 僕達も、それぞれ瞬時に動ける体勢を整える。


「そのまま戦闘態勢を崩すな……ここから全員で移動するのか、戦場にリスポーンするのかはわからないが、一万人規模のPVPだ。さすがにラグがあって、スタート直後にいきなり乱戦ってこともあるからな」


 普段の百人・千人規模の対戦なら、ほとんどラグなんてものはない。


 だけど、一万人規模は超光速通信の現代、どのゲームでも聞いたことがない。つまり、これから行く場所は本当になんだ。


「本多君。キミは僕のそばを離れるな。もし単独になった場合、キミは独力で予選を勝ち抜かなきゃいけないくなる」


「……わ、わかりました」


 僕は指示されたとおりに山葉部長バアルと背中合わせに立つ。これなら、いきなり乱戦になっても互いの死角を補える。


 鐘の音が鳴り止む――と、同時に大地が揺れ初め、地鳴りが響く。


「これは、地震!? Dヴィジョンと音だけなのに、まるで本当に揺れているみたいに……」


 普段頻繁にくる地震と大差が無い。映像を見ているだけなのに、現実でも揺れているように、視覚情報だけで脳が錯覚し、感覚を失う。


「おい、なんかやべぇぞ。どんどん周りのプレイヤーが消えていく――もう始まってんのかっ!」


 言われてみると、目の前のプレイヤーが次々とどこかへ転送され始めている。


本多君ジョン! 僕から離れないように――」


 再度、山葉部長からの指示に従おうとするが、揺れがどんどん増すばかりで、平衡感覚はもはや機能していない。自分がいま、どこにいるのかがわからなくなる。


「これは……立っていられない……」

 こんな状態では戦えない。


 僕は先輩達がどうしているか気になり、後ろを振り向くが――そこにはすでに、誰もいなかった。


山葉部長バアル!? 川崎先輩バルバトス! 鈴木先輩グレモリ! みなさん、どこに――」


 まずい! みんないなくなった! それに急に目の前が眩しくなって――目も開けていられない!


 だが、その刺激もほんの一瞬で止み、慌てて目を開くと――


「こ、これは……これが、迷宮!?」


 それは直線で入り組まれた巨大な壁の空間だった。

 一面に大理石に似た湾曲した模様の入った壁が続いている。


「み、みんな! どこですか!」


 そして僕は、どうやらその迷宮の入り口なのか、それとも行き止まりなのか、広い一本道の脇道にぽっかりと空いた場所にリスポーンしてしまったようだ。


『予選通過条件――1キル。セイグリッド・ウォー基本戦闘協定に加え、ログアウト禁止――違反した場合、即時失格とする』


 画面にそうメッセージが表示されるとすぐに消え


『特記事項:敗者復活戦も、やられた際のリスポーンもなし。 be killed, game over(死んだら、おわり)』


 最後のその文字が表示されると同時に 武器のセーフティロックが外れる。

 そこまでして、僕はようやくこの予選のルール、その本質に気がついた。


「まさか、これは――この予選は――なのか!?」

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