第18話 機械仕掛けの戦乙女は【高】らかに宣誓する
自分の武器を見つけるとはいったものの、そう簡単にはいかず、結局僕は今日という日を迎えてしまった。
僕は目の前の松田さんから預かった『お守り』を最後にしっかりと目に焼き付けてから、VRゴーグルを付け、戦場へと向かった。
「話していた通り、今日がセイグリッド・ウォー『第一回』世界大会の予選の日だ」
第一回? 先輩達の話しぶりだと、前回、先輩達は参加したとのことじゃなかったっけ?
「前回の大会は
試験大会でも世界大会ができるなんて、やっぱりこのゲームってすごいんだな。
「確かに、ここの運営はやり手だね。小規模の大会でも、毎回面白い試みをしてくるのが特徴だね」
「新しいルールやマップを大会で追加したり、兵科を入れたこともあったな。……今ではバトルの定番ともなっているハイドアンドシークや
殺し合いだけじゃないのか。これはますますどうなるかわからないぞ。
「じゃあ、今回も新しいルールのものが追加されるんですか?」
「その可能性は高いと思うけど……どうだろうね。僕はもっと斜め上の予想をするけど――」
セイグリッド・ウォー内でも、外の情報は検索できる。むしろ、こっちの方が楽なくらいだ。
「過去の運営者のコメントでは、今大会は多すぎる参加プレイヤーを予選一選ごとに半分くらいにはしていきたいという話だ」
半分――つまり、運だけで考えれば二分の一。
この予選だけでこの中の二人が脱落するという計算だけど、たぶんそうじゃない。この予選の中で『平均より下』のプレイヤーが脱落するんだ。
「ど、どれくらい参加するんでしょうか」
「そりゃ、セイグリッド・ウォーをやるプレイヤー……いや、たぶんやったことないプレイヤーも参加するだろうな」
「やったことのない人も? それってどういう……」
僕はその理由を尋ねると、
「ったく……お前、この大会がどんな規模かも調べてねぇのかよ」
規模? 世界大会ってことは前に聞きいたけど、文字通り世界中のセイグリッド・ウォープレイヤーが参加するという意味ではないのだろうか。
僕の疑問に山葉先輩が代わりに答える。
「この世界大会の魅力は『国』じゃないのさ。今回の大会はね、セイグリッド・ウォーの運営者の年間売り上げの15%を今大会の賞金に挙げると宣言しているんだ」
そうか。規模っていうのは『賞金』の話か。
確かプロゲーマー達はプロゴルファーやテニスプレイヤーのように獲得したポイント――つまり年間獲得賞金の数値を争っている。シーズン終わりの年末に結果が発表され、その時点での獲得賞金ランキング一位が名実共にこの年の『キングオブプレイヤー』となる。
「15%……ですか」
ただ、この大会の賞金はどれくらいなんだろうか。確か偉業の四連覇を成した現在のキングオブプレイヤーである『クライスト』は、五月の時点で獲得賞金は三億円くらいだっけ?
「運営会社……ロゼ社の今期の売上はおよそ五十億だ」
ご、五十億円!? そ、それは――えっと億の15%だから……七億五千万円!?
「馬鹿が! 円じゃねぇよ、五十億『ドル』だ!」
ドル!? そ、そりゃそうか。ってそんな大金がゲームの大会で!?
「驚くのもしょうがないよね……この金額は花形メジャーリーガーの長期複数年契約の十倍だ。そんなのを賞金に出すなんて、どんなスポーツ分野でも前例がない。さらに、本選に行くだけでそのユーザーすべてに、公平に百万円ほど配るとも明言している」
ひゃ、百万!? それだけあればあのシリーズのゲームも、気になっていたあのハードも……ずっと欲しいものリストに入れてる夢のレトロ筐体だって買い漁れる!
「優勝者の賞金は現状レートで三十億円――これは、プロゲーマーの賞金ランキングを完全に一変する金額だと言われている」
そうだ。そんな金額が優勝者に入ったら……
「つまり、この大会の優勝者が今年のプロゲーマー年間賞金ランキングの一位になることになる」
逆転優勝なんて話じゃない。どんな大会で優勝を積み上げても、どんな無名選手でも、この世界大会に優勝するだけで世界一になれる。
「本選に出るだけで、百万も貰えるんだ。そりゃ、運で行ける可能性もあると考えた『にわか』が参加するには、充分すぎる話題だろ」
セイグリッドウォーは、デバイスでもやれるゲームだ。僕達のように深度入りキーボードやVRゴーグルも有利ではあるが、必須じゃないし、このゲームは通常は15Rだけど、『セーフモード』を起動すれば演出が抽象化されて低年齢でもプレイできるようになる。
今の時代、小学生だってデバイスは持ってる。やろうとさえ思えば、本当に世界中の――どんな年齢層の人でも参加できるんだ。
「前回の本線参加者は全世界でちょうど一万人。おそらく今回もそれくらいだろうね」
僕達の目標は優勝――つまり、その一万人に入るは最低条件。僕は全世界の中の一万位以内に入らないといけないのか。
ヒエラルキーならこの学校でも下から探した方が早いような僕が?
「決勝戦はスケジュール通りなら年末まで。つまり予選から終了までおよそ半年のスケジュールで優勝賞金が三億ドル。優勝すれば人生を何度もやり直せるし、その一回で比喩でもなく、なんでもできる金額だ。当然、日本だけじゃない、世界中の企業が、この大会の参戦を宣言している」
相手は、プロゲーマーだけじゃない。そんな彼らを抱え、サポートする集団組織さえも相手にしなきゃいけないのか。
「つまりは、今、世界が最も注目されているもの……それが世界最高峰のチームスポーツ、サッカーでも、アメリカンフットボールなく、歴代の超人達の記録を相手にする陸上競技でもない。このモニターの中にある仮想空間で戦う新世界――『ゲーム』なんだよ」
僅かに胸が昂揚する。
すごい。ゲームは今、そこまでのものになっていたのか。
「そこで僕たちは優勝を目指している――その意味、わかるかい?」
改めて示される目標。僕達の叶えるべき夢に圧倒される。意識すればするほど、今日という日の重要性がはっきりする。
怖い――そうか、長く忘れていた感情。
これが……負けられない戦い。
手が急に震える。考えないようにしていた敗北の恐怖が、体を支配する。
そんな僕を見て、鈴木先輩がこの手の震えを止めるように握りしめる。
「大丈夫よ。前回の予選はそれほど難しいものではなかったし、チームで戦うんだから私たちがフォローするわ」
「何勝手なこと抜かしてんだ。足手まといになるようならやめろ。間違っても邪魔だけはするんじゃねぇぞ」
そうだ。僕は一人で戦うわけじゃない。チームで戦うのだから、弱点は補い合える。
ただ、僕がこのチームの弱点にもなるわけにはいかない。
「やってきたことをすれば、何とかなるさ」
この一ヶ月、真剣にゲームに向き合ってきた。これほど好きなもので頑張ったことは、僕の人生ではなかった。
「さて、そろそろ情報が公開される時間だ。ログインしてロビーの配信を見てみよう」
悔いがないわけじゃない。準備も万全なわけじゃない。ただ、それでも負けたくない。負けて、終わりたくない。
「さて、そろそろ告知PVが公開される時間だ」
◇
数多の朽ちた剣、銃、斧が突き刺さる荒野に光が差す。天から使わされたのは鎧に身を包んだ女性だ。
「生を駆け抜ける
朽ちた兵士の残骸が眠る大地が地割れのように割れる。砕けた兜が、折れた剣が、熱を永遠に失った薬莢が、地の底の闇へと飲み込まれ、その代わりに地下から巨大な壁が聳え立ち、屍を埋蔵する。
その巨大な平たい建築物の前に、髭を生やした眼の光る老獪な王が嘆き、その場に頭を垂れる。
「彼は、かつてクレタ島を収めていたミノス王。彼は神に祈り、神と契約し、それを不義理にした。その罰として生まれたのが、かの有名なミノタウロス。牛の頭を持ち、星・雷光を意味する怪物」
現れた壁の奥から雄牛の叫び声が響く。その声だけで、その怪物が屈強な厚く鋼の蒸気する肉体と、何者も怖れない野獣の心を持っているとわかる。
肉牛や乳牛などの家畜ではない。奪い喰らう肉食獣の重圧だ。
「そして、ミノスは
老王の姿が霧に消え、建物の巨大で重たい扉が地響きと共に開く。
「そこは入ったら最後、脱出不可能と言われた空間だが、敵の命と引き換えにでることができる」
暗く先の見えない扉の先。そこから銃声が、鋼のぶつかる音が、人の雄叫びに、悲鳴、あらゆる命を燃やし、散らす音が響き渡る。それはまさしく戦場の音楽。
「入れる人数は一度に一万人まで。日に何度か行い、それを三十日間続ける」
天空に火時計も表示される。おそらく、それが一ヶ月間のスケジュールとなるのだろう。
「――ただ、気を付けたほうがいい。ここはすでに英雄が訪れた後だが、怪物がいなくなったとは限らない。だが、破れるのか怪物であり、勝った者が英雄であることもまた変わらない」
戦乙女が剣を振り下ろすと、避けた雲の隙間から光が差し込み、僕達を包み込む。迷宮は儚く消え、プレイヤー一人一人に、『鍵』が贈られる。
「戦争に臆病者はいらない。その手を血に染めない卑怯者もいらない」
それを受け取ると、メニュー画面に新たなルーム選択権が与えられる。どうやら、この映像を見ることで、予選大会の参加資格が与えられる仕組みらしい。
「そして、すべての戦場の頂に立つもの。それこそが新たなる英雄の中の英雄! 英雄を志す新たなる鬼子たちよ! 迷い狂い、目指して戦え!」
戦乙女が天に帰る。
その光の中で――その始まりの鐘がなった。
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