VS 追跡者<ストーカー> INVISIBLE LOSER

第15話 空を見上げる雛鳥を【狙】うもの

 僕と鈴木先輩の特訓が始まってから少し経つ――

 毎朝のランニングや放課後の筋トレには慣れてきたけれど、未だに鈴木先輩のゴーストにはギリギリで追いつけていない頃。


「そういえば、家でも練習をやっているのかい?」


 練習中の小休止で何気なく山葉部長に尋ねられる。


「家で……ですか?」


 そういえば、最近は帰りも遅くなったし疲れていることが多いから、すぐに寝てばっかりだったかも。少し前までは誰よりも一番に帰ってRPGばっかり遊んでいたのに。


「視野を狭めて一つのことだけをするのはよくないぜ? セイグリッド・ウォーは競技でもあるが、大前提は『ゲーム』。しかも、サッカーや野球と同じで、多人数で遊ぶものなんだからね」


 そう言うと山葉部長は僕用に与えられたPCのマウスを操作する。


「ほら、サバイバルのPVPでは対戦前に皆、ロビーに集められるだろ? 実はあれ、不特定多数のランダムロビーじゃなくてサーバーごとのロビーなんだよ。つまり、その時間帯で遊んでる同じサーバープレイヤーとはそこで交流できるんだ」


 へぇ、そうだったんだ。そういえばロビーはやけに広いし、同じ場所に何時間も同じ人がいるなと不思議に思ってたんだ。


「上手いなって人がいたら話しかけてみるのもいいし、仲良くなったらフレンド機能を活用すると良いよ。他にも、セイグリッド・ウォーでは初心者コミュニティなんてのもあって、初心者レクチャーをしてくれる『教官』と呼ばれるAIがいるんだ」


 へぇ、やっぱりこのゲームはすごいな。

 そういえば、据え置きのRPGでもAIが受け答えしてくれるNPCがいたっけ。


「まぁ、所詮はプログラミングされた自己判断のないAIだし、質問しても定型文テンプレートでしか答えは返ってこない。やっぱりコツは人に聞くのが一番だし、自分の理想のスタイルを見つけるのは、その目で見た方が早い。本多君の場合はやっぱり遊撃兵の人と一緒になったら、そのプレイスタイルをよく見てみるといいと思うよ」


 なるほど。確かに、鈴木先輩の動きは僕の目標ではあるけれど、そこに辿り着くまでにはまだまだ時間が掛かりそうだ。


「よっと……とりあえず、僕をフレンド登録しておいたよ。フレンドになるとメッセージの他に、お互いのログインや遊んでいるサーバーなんかも確認できるようになるんだ」


 ゴーグルの画面を覗いてみると、確かにリストに『バアル』という名前が追加されている。


「ちなみにフレンドの逆で、交流したくないプレイヤーにはNG登録や、一方的にお気に入りにするフォロー登録なんてのもあるし、未成年向けの『プロテクション』とかもある」


 おっと……この間オーバーヒートした脳内HDDがまたショートしてしまうところだ。


 だけど、山葉部長の言う通り、せっかくネットゲームを始めたのなら同じフレンド同士で情報共有してみるのもいいかもしれない。



 なんてことがあった数時間後。今日の食事を終え、思い立ったら吉日とも言うので、少し『セイグリッド・ウォー』で遊んでみた。


 一〇〇人で行われ、たった一人の生き残りを決めるPVPがメジャーだが、それだとあまり他人のプレーを見ることはできないよね。


 そういうときに良いのは赤国と青国に分かれて行われるチームバトルRVR(山葉部長奨め)。


 これは同チームメンバーが同陣営からリスポーンし、一つの領地を規定時間奪い、防衛するゲームだ。


 これなら同じチームの人のプレイを見ることができるし、ゲーム終了後はロビーに戻されるので頑張ればその人を見つけることができるかもしれない。


「あぁ、それにしても久しぶりのゲームは楽しいな」


 最近は練習ばっかりだったし、少し焦っていたからあまり余裕もなかったように感じる。


 それに、こうしてゲームのことを教えて貰ってからみると他の人のプレイスタイルの違いもはっきりわかる。


 攻撃重視の人、エイムが上手い人、鈴木先輩のように位置取りを重要視して動く人や、僕のように自分の役割が見つけられていない人。


 セイグリッド・ウォーにはレベル制限やレート制度がある。僕のレベルはまだ低いから、ここにいる人もほとんど初心者なであり、僕のように自分のスタイルを探している最中なんだ。


 ふと、移動していると僕の目の前を走る遊撃兵に目を奪われた。


 真っ黒いアーマーと光る赤目。何よりも特徴的なのはすべてがガスマスクと一体型になっていて、厚いアーマーに守られ、重装備になっている。


「見たことあるぞ、この格好デザイン

 確かかなり古い特撮とアニメのキャラクターで、内容は治安改善を目的としたパワードスーツの容赦の無い部隊、『特機隊(ケリベリオス)』だ。


「この人……動き方も堅実で、迷いがない。それに裏取りがすごく上手い」


 鈴木先輩は上を取るように動くけど、この人は上ではなく相手の背後を取ることに重点を置いているようだ。


 セオリーではないのかもしれないけど、エイム精度ではなく、僕と同じ連射で確実に仕留めるているので、これはこれで勉強になる。


 プレイヤーの頭上にはキャラネームが表示されるはずだが、そこには


「16sahifogah」という文字が表示されている。


 読み方があるようではないようだ。文字化けか? まぁ、全世界で行われているゲームらしいし、名前を決めるのが億劫なタイプの人なのかもしれない。


 試合が終わり、ロビーに戻った僕は辺りを確認する。


 広いロビーだが、試合後は次の試合が組まれるまで数分かかるし、装備などを見直す人も多い。すぐに走り回ればみつかるかも――っといた!


 先ほど一緒に戦ったガスマスクに迷彩のキャラクターが酒場に座り、マスターに飲み物を注文していた。


 これには特に意味の無い行動ではあるけれど、だからこそ、どこか歴戦の兵士の小休止という感じがする。


 ふぅ……緊張するけど、よ、よし! 勇気を出して!


『あ、あの! 僕最近このゲーム始めたんですけど……』


 僕はキーボードにメッセージを撃ち込んでチャットを送る。


『?』


 その人が振り向き、短いメッセージが送られてくる。

 おっとしまった……翻訳機能がOFFのままだったのかも――もう一度打ち直して……。


『あの、チャット通じてますか?』

 数秒のラグがあってから


『……ハイ』


 よかった。通訳プログラムが今度はちゃんと動いてる。


『もしよかったら、僕とフレンドになってくれませんか?』

 勇気を出して送ったメッセージ。


 だが、今度はいくら待っても返事が返ってこない。


 そ、そりゃそうだよね。いきなりこんなこと送られてきたら、僕だって困惑するよね。変な奴だと思われたよな……だけど、こんな上手い人初心者部屋以外ではなかなか会えないし……。


 ええい、ままよ。ここは攻めるあるのみだ!


『僕、今度のセイグリッド・ウォー世界大会で、ゆ、優勝を目指しているんですけど!』


 まだ優勝という言葉にはなれない。先輩達と目指すとは言ったけれど、僕にはその資格があるとは思えない。


 それを手に入れるためには、今のままじゃたぶんダメだ。僕も……あの人達と同じ場所に立てるようにならないと。


『もっと上手くなりたいんです。だから、よかったらいろいろと教えてくれませんか!』


 メッセージが相手に届く。


 言葉足らずだし、文章もめちゃくちゃだけど……このまま何もしないでいるわけにはいかない。


 その文章の翻訳が終わり、読み切ったのか――すぐに目の前からログアウトされたり、文句を言われたりするのかと身構えたりもした。


 でも、その人からされたのは、僕の予想外のことだった。


「え? ……今……この人笑った?」


 確かに、ガスマスクの赤く発光しているゴーグルの奥に見える目が、笑ったように見えた。


 それも……山葉先輩や鈴木先輩、松田先輩達とは何か、根本的に違う不気味な笑顔だ。


「……イイヨ」

 メッセージが届く。


 簡素で、それ以上読み取りようのない言葉だけだ。


 その後、僕がその文章の意味に戸惑っていると、フレンド申請を送られてきた。

 こういうのはたぶんお願いする僕から出さなきゃいけないのにと、申請を許可し謝ろうとするが、


「ジャア、マタ……」

 そう言って目の前からログアウトしてしまった。


「え? あれ? この流れなら一緒にプレイするとか、アドバイスをくれるんじゃないのか?」


 いや、単にからかわれたのだろうか。でも、それならどうしてフレンド申請なんて……。


 リストには確かに『バアル』と『16sahifogah』の文字が刻まれている。



 これが……僕と――この追跡者ストーカーとの出会いだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る