第16話 見えない死神と凍り付く【鎌】

 新しいフレンド――『特機兵』の人とは、あれ以降よく、というか毎日出会っている。


 ただ、アドバイスを貰ったり、裏の取り方をレクチャーしてくれたりということはなく、一切の言葉は交わしていない。


「あら、本多君。目にクマができてるわね」

「え? あぁ……すみません、少し寝不足で」


 日課の朝練ですぐに鈴木先輩には気付かれた。


「寝不足はいけないわ。睡眠には疲労の回復以外にも筋肉の成長や記憶の整理、ストレスの発散なんかもあるのよ」


 入会試験の時はほとんど寝ずにいた。


 あの時は寝るのが怖かった。そのせいで、また何も出来ないんじゃないかという不安が、高校受験以上の恐怖を僕に与えていた。


 だけど、今回は少し違う。


「それに本多君はまだ成長期でしょ? しっかり寝ないとダメよ。そうだ! 眠気覚ましに梅干しなんていかがかしら? とってもよくできたから――」


「だだだっ大丈夫です! いやー目が覚めてるなぁ! これなら徹夜でエイリアンハンターのお守り掘り採掘リレーもできちゃうかもなぁ!!」



※それから更に数日後。



「どうだい調子は――」


「じょ、上々です……ようやく筋肉痛も減ってきたし、市街地では鈴木先輩のゴーストも見失わなくなってきましたよ……」


 それにほら、なんか周りがチカチカして綺麗だし、


「だいぶ脳が披露しているようだね。そうだ、今朝育てていた『ハバネロ』が綺麗な赤く染まったんだ。よかったら――」


「大丈夫です! さぁ、今日もゴースト追いかけちゃおうかな! なんか今日は上手くできるような気がするんですよ! サンダードリフト決められそう!」


「いや、セイグリッドウォーにそんなのないんだけど……それ完全に別のカートゲームだよね? ……まぁ、まだそんな風に言えるなら大丈夫そうだね」



※さらにそこから土日を挟んで月曜日。



「おいお前……その辛気臭い顔はどうにかならねぇのか……せっかく入れた紅茶がまずくなる」


 いや、川崎先輩……砂糖の入れすぎで、それはもはや紅茶じゃなくてジェルです。


「……すみません……」


「ったく……仕方がねぇ奴だ。寝不足だか何だかしらねぇが、ようは脳が問題なんだ。ちょっと頭出せ、直接ブドウ糖を注入してやる」


「いや、川崎先輩だけ差し入れのやりかたおかしくないですか! なんで注射器なんて持ってるんですか!」


 なんてやり取りをこの一週間繰り返していたような気がする。

 平均睡眠時間はもう二時間を切り始め、徹夜も珍しくなくなった。


 授業中もほとんど現実と夢を行ったり来たりしている。


 ――原因は、やっぱりあの『特機兵』だ。


 ゲーム内の家屋に身を潜める。今日のモードは最もポピュラーなサバイバルモードだ。


「また、あの人だ……」


 平日の夜、自主練もかねてセイグリッド・ウォーで遊んでいると、必ず彼に出会う。


 というか、おそらく僕がインしたのを見計らって合流してくるのだ。


 今日こそは! と意気込んで僕は家屋を飛び出し正面から勝負を挑む。これまで、どこに隠れても見つかり、裏を取ろうとしても逆に背後に回られた。待ち伏せも効果的ではなかった。


 だから今日は正面突破だと意気込むが、


「あ、当たらない!」


 僕の銃弾が見事に躱される。銃口の向け方が悪いのか? それとも撃つのが遅いのか? いくらスコープを覗き込んで特機兵を追いかけても、それより速い速度で移動されてしまう。


「やばい! また背後を取られた!?」


 この人は本当に背後に回るのがうまい。一度見失ってしまえば、追いかけても逃げても僕の背後を取られる。


 しかも今日はまるでいつでも殺せると言わんばかりに、腸至近距離――手の触れられるようなほどの距離まで背後を詰められてしまった。


 このままでは今日も銃を構えなおし、銃口を向ける暇もなく殺されてしまう。


「まだだ! 超至近距離の武器が僕にはある」

 アサルトライフルとガンブレードを槍のように振り回し、特機兵を突く。


 なんとしても、今日こそは特機兵に一撃でもいいから一矢報いたい。


 その瞬間、特機兵のアバターの目と僕の目――視線が交錯する――はずなのだが、特機兵は不意に目だけを左下に逸らした。


(なんだ? 僕を見ていない?)


 集中していないのか? でもこれはチャンスだ!


 僕は特機兵の頭の位置を確認し、ガンブレードを突き出す。ヘッドアーマーは固いが、この攻撃力特価のガンブレードなら貫ける可能性はある。


 だが、ガンブレードは空を切る。僕の頭部狙いの突き出しにまるでぴったり合わせるように下を潜り抜け、大口径の特機兵の銃口が僕の顔面に向けられる。


「しまった!」


 そして特機兵の容赦のない大銃兵器が火を噴きだし、僕の体をその原型がなくなるまで撃ち続けた。


 僕は今日もその最期の光景を、この目に焼きつけた。



「クソ……またこの人にキルされた……」


 特機兵と出会ってから、彼とは常に戦っている。特機兵は必ず僕の敵側になるので、もしかしたらフレンド機能にはそういった自分と相手のマッチをコントロールする昨日があるのかもしれない。


 サバイバルのPVPはもちろん、拠点取りのチーム戦でも、気晴らしにやるNPCのクリーチャー狩りにも現れて、僕をキルしてくる。


「特にアドバイスをくれるわけでもないし、でも毎回一直線で僕をキルしにくるんだよなぁ」


 おかげで、僕の戦績レートもボロボロになってしまった。彼に出会う前は、あと数戦で初心者部屋から中級者部屋へ移れるくらいのレートだったが、ポイントはすべて失い、0になってしまった。


 もちろん、彼が僕を率先して狙ってくると気付いてからは、やられないように対策をした。


 ドローンをたくさん周囲に配置したり、味方チームの一人に引っ付いてみたり、とにかくずーっと逃げ回ったり。


 だが、そのどれもがまったく上手く行かなかった。


 特機兵は僕が誰かを狙っているときや、気を抜きかけたとき、武器を手に入れたりした時に、背後から現れ、僕を容赦なくキルしていく。


 スタートと同時に家屋に身を潜めじっとしていると、たまに今日のように正面から戦いを挑むことはできるが、それでも彼には一切通用しない。


 やられた数はこの一週間で、優に二百は超えるだろう。


「やっぱり、この人かなりうまい……最初から分かっていたけど、たぶん初心者じゃない」


 僕をキルすることでレートはかなり稼いでいるはず……なのに彼は初心者部屋から昇格していない。それどころか、僕同様にレートが0になっているときもあった。


「クソッ……負けるもんか……もう一度……今日こそは……」


 なんとか一勝を――いや、勝てなくてもいいから別の人を一キル――なんでもいいから最後まで生き残りたい――逃げ切りたい。


 どんどん消極的になる僕の目標と思考に反比例して、彼の猛攻は守りに入れば入るほど容赦なく、執拗になっていく。


「……また……やられた」


 心が折れそうになるのを必死に繋ぎ止める。


 このままでは予選突破なんて厳しい。


 なんとか、この人に勝てるようにならないと……あのようやく手にした居場所さえ失い、元の僕に戻ってしまう。



「もう一度……」



 再び銃をとり、戦場に向かう。

 積み上げられた自分の死体を乗り越える。


 でもそれは、その山の上に、また一つ、自分の死を重ねる行為と同義だった。


 ◇


「じゃあ、今日から少し実践的な練習もしていくわよ」

 寝不足はどんどん酷くなっている。


 だけど、鈴木先輩のゴーストに追いつくことは出来ないが、繰り返してきたおかげか、ほぼすべてのマップでそのゴーストを完全に見失うことはなくなった。


 それを見て、頃合いと思ったのか鈴木先輩から新たなステップが提示される。


 バトル内容は『サバイバー & ザ・ゾンビ』と呼ばれるモード。


 サバイバー側は初期装備に加え、マップの中にいくつかの補給物資がある。ゾンビ側はアーマーなし、補給無しだが、何度でもやられた場所からリスポーンでき、その度に弾薬は初期状態に戻るようになっている。


 規定時間までに生き残れば、サバイバー側の勝ちだが、鈴木先輩のプライベートマッチルールでは、その規定時間が設定されておらず、補給物資にはアーマーや体力の回復アイテムがなく、さらにミニマップというハンデもある。


 つまり、これは僕の心を折るか、制限時間の強制下校時刻まで粘れば鈴木先輩の勝ち。その前に鈴木先輩をキルできれば僕の勝ちというルールだ。


「はい! わかりました!」


 条件は僕が圧倒的有利だ。僕は弾薬も、傷も怖れずにただ攻め続ければ良い。


 ただ、その条件でも鈴木先輩に勝つのは容易ではない。先輩の武器は、マップの熟知、移動の早さ、そして何よりも信じられないほど長時間続く、その集中力にある。


「あの試験の時と違って、これは個人戦。私もあの時以上に粘るから、簡単に終わるとは思わないでね」


 先輩との模擬線―あの試験以来の勝負だ。


 あの朝練や走り込み、筋トレやレーストレーニングの意味――少しでも強くなれたのかが、これでわかる。


『ナインツ・フォール(戦いの鐘の音が鳴る)』


 その音と同時に僕は戦場を飛び出す。

 ゾンビ側はアーマーがない分、移動は早いが、銃弾を頭や急所に一発でも受ければすぐに動けなくなる。


 たぶん持久戦に持ち込むのがセオリーだが、鈴木先輩が簡単に根負けするとは思えない。


「だからこそ、短期決戦だ!」


 僕は迎撃カウンターを怖れずに、攻め続ける。


 鈴木先輩グレモリの姿を見かければ、怖れずに飛び込み、引き金を引く。やられてリスポーンしても、そのまま特攻を繰り返す。


 鈴木先輩グレモリもすぐに僕の作戦に気がついたようで、的確に丁寧に僕の急所を貫き、キルを重ねていく。


「やっぱり鈴木先輩グレモリは上手い。攻め続けているのに、無駄もミスもなく僕を倒してくる。それに、リスポーンするまでのタイムラグを利用して、銃弾を補給して体勢を常に万全に整えている」


 このやり方のままじゃ、いくら続けても僕に勝ちの目はない。


「でも、この二週間、本気で練習してきたんだ! ……負けるもんか!」


 僕だってただ漫然と過ごしていたわけじゃない!


「あの時の感覚を思い出せ。あの時は、こうやって――」


 鈴木先輩の銃口から逃げるように壁に向かって走る。

 壁は度重なる銃撃でダメージを受けている。


 あの試験の時の――袋小路に追いつめられた時と同条件!


「これは、三角飛び!?」

 あの時の行動は僕の戦闘の中で印象が強かった。


 だからこそ、僕の操作を記憶しサポートするAIなら、それを学習しまた再現してくれる!


 壁を蹴り、更に体を捻ることで空中で方向転換。通常では存在しない、僕だけの空中にある『キルポイント』を見つけ出す。


 鈴木先輩グレモリより僅かに上を取る。


 不意を突かれた鈴木先輩だが、さすがに冷静に下から僕の頭を狙う。

 空中では、もう回避することはできない。


 だけど、だからこそ僕は撃つことだけに集中できる!


「これで決める!」


 最低でもダメージ、上手く行けば重傷からキルまで運べる可能性があった。

 だが、僕が引き金を引く刹那、


『――ゾクリッ』


 どこからともなく、染みついた冷たい死の感触が触れる。


 まるで、死神の鎌が僕の首にその刃を当てているかのような、絶望感と恐怖。

 誰かが、僕を見ている?


「なっ!?」


 その感触の正体を知るため、その恐怖から逃げ切ろうと、背後を振り向く。

 だが、背後にも、横にも、死神など影も形もありはしない。


 あるのは僕が蹴り上げた壁の残骸と建物の柱だけ……。


「え? ……誰も――いな――」


 そんな僕の隙を鈴木先輩グレモリは見逃すはずもなく、僕はチャンスを失い、その脳漿を打ち抜かれた。


 ◇


「ちょっと本多君! どうして今撃たなかったの?」


 鈴木先輩との練習の最中だが、僕は強制的に鈴木先輩からゴーグルを外される。。

 そして見たのはあのいつも笑顔で優しい鈴木先輩だが、やや眼光が強く、僕の行動に怒りを覚えているようだ。


「一対一で相手が前にいるのに、後ろを向くなんて問題以前の話だわ。やる気がないなら帰りなさい」


 あれはのシングルマッチだった。山葉部長も珍しく川崎先輩も観戦していたが、それはモニター越しでの話だ。


 ――言い訳なんて、あるはずがない。


「まぁまぁ、落ち着いて。初日で完全にキミから上を取ったんだ。本多君は確実に成長しているよ」


 山葉部長がフォローを入れるが、鈴木先輩はもちろん納得などできるはずもない。

「できても、やれねぇんじゃ意味ねぇだろ」


 川崎先輩が一言付け加える。


 チャンスを得ても、それを活かせないんじゃ意味が無い。それも、さっきのはミスでも何でも無い。


「す、すみません」

 だけど、どうして――あんなこと今まで一度も無かったのに。あの時感じた恐怖が、死神の鎌の冷たさが、今も首筋に残っている。


 プライベートでの負け続きでナイーブになってるのかな……。でも、入会試験前のプレイでだって負け続けてたし、こんなことにはならなかったのに。


 今はゲームを始めると、常に何かの視線を感じ続けてる。



 これでは本当に、何かに取り憑かれてしまった気分だ。

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