第14話 青春の【味】は人それぞれ

「さて、それじゃあ、お待ちかねのゲームをしましょう」


 そして、セイグリッドウォーゲーム内にて。

 鈴木先輩が開いたプライベートサーバーに入ると、なじみ深い市街地が選択され、白偵兵(鈴木先輩)と同じ場所にリスポーンした。


「次は、ゲームの反復練習よ。私が走るコースに、設定した装備でついてきて」


 おっ! これはすごくeスポーツ部っぽい。


 鈴木先輩から新たなマップデータを受け取ると、装甲ルートが強調して表示され、左上にタイムがカウントされる。


「これっていわゆるレースみたいなものですか?」


「えぇ、でも公式コースじゃなくて、歩兵クラスがよく使うポイントを通過するルートになってるわ」


 セイグリッド・ウォーは試験でやったサバイバルPVPが一番メジャーではあるが、その他にも異形な怪物クリーチャーと戦う協力プレイCOーOPモードや、規定のコースを車両やバイクで滑走するレースバトル、国同士で分かれて領地を奪い合うストラテジーバトルまである。


 そして、それらを独自のルールで行えるクリエイディブモードもあり、個人大会を開くことも認められている。


 鈴木先輩はその機能を利用して僕のスキル向上のために、いくつかのカリキュラムを組んでくれているようだ。


「本多君(ジョン・ドゥ)の遊撃兵や私の偵察兵は、川崎君(バルバトス)の狙撃兵や山葉部長(バアル)の指揮官達とは違って最もフィールドを移動する兵科。索敵で敵を見つけたり、司令兵の指示でキルポイントに早くたどり着かないといけない――だから私たちは、何よりも機動力が必要とされるわ」


 そういえば、もう一つルールがある。このチームでの特別な、そして重要なルールだ。


 それは、普段は構わないが、ネットゲームの最中は個人名ではなくそれぞれキャラクターネームで呼び合うこと。


 これは、山葉部長が言うには個人情報を守るためとのことだが――まだ僕にはそれが与えられていない。


 なので、仮ネームとして山葉部長が皮肉(?)も込めて身元不明(ジョン・ドゥ)という名前が与えられた。


「本多君(ジョン・ドゥ)は遊撃兵だから、偵察兵や支援治療兵をやる私ほどマップを走り回るわけじゃないけど、その装備で私と同じくらいには動けたほうがいいと思うわ」


 確かに、前の試験の時はマップを駆け回りその重要性は痛感した。チームプレイなら尚のことだし、僕を苦しめ続けた鈴木先輩にそれを教われるのなら、これ以上のことはない。


「建物なんかの角を曲がるときの詰め方があるの。まず、敵の位置がわからないとき索敵も兼ねる走法。FPSはTPSと違ってドローンやスコープを使わない限り、自分の視点だけが情報のすべてでしょう? だからとにかく映った画面を一点ではなく全体でとらえ、そのうち必要な情報だけをインプットするの」


 なるほど。確かに僕は視点が狭くなりやすいから索敵は苦手だ。それを克服できずドローンに頼ったんだった。


「それに合わせて今度は音。敵の足ととか銃声の音をしっかり聞き分け、方向を把握する。ゲームでは嗅覚や触覚は使えないから、それもすべて視覚と聴覚に充てる意識を持って見て」


 本多 秋良のローカルディスク空き領域残り15%。空き領域が少なくなってきています。


「移動のセオリーは左回りで円を描くように。それと角を曲がるときは、送り足――つまり壁側を前足にしてすり寄り、壁に沿う。姿勢は常に前景にして、視界は一点ではなく全体を絵でみるようにして、敵の位置を判断する」


 空き領域5%――動作に影響が出る場合があります。ディスクのクリーンアップを実行しますか?


「例えば、敵が前方――二時から十時の方向にいる場合はなるべく対角に距離をとる。距離があまり離れていない時は逆に詰めて障害物や建物を死角にする。建物の場合は立体を意識する。頭の中でパースを描いて、敵の行動範囲も3Dで考える。なるべく上を取ることが一対一では有効。でも、それは相手もわかってることだから、どちらが先に優位になれるキルポイントに移動できるかが勝敗を分けるわ」


 要領が少なくなっており、システムに重大な障害が出る場合があります。ゴミ箱を空にして容量を増やしますか?


「そして自分の有利なポイントにたどり着いて攻撃するための移動法が、索敵走法と対をなす襲撃走法。索敵走法では武器を構えて走るけど、襲撃走法は武器をサブに切り替えて全力で走る。セイグリッド・ウォーでは装備の積載量やステータスポイントの割り振り以外に現在装備している武器の種類によって移動スピードが――」


 記憶領域の増量をおすすめします。今すぐ改造手術を受けて、内外部のHDDを増設してください。


「走り方も一種類じゃないわ。長く一定の速度で走る長距離走法や体力をガリガリ削って走る短距離走法。あえてすべての武器を格納して手をフリーにすることで、障害物を乗り越えて移動するパルクール走法なんてのもあるわ。他にも追いかけられながらも反撃できるバック走法もあるわ」


 <ブルースクリーン>A problem has been detected and windows has been shut down top prevent damage to your computer.


「大事なのは頭で考えてプレイするんじゃなくて、筋肉や神経に刷り込ませてプレイするの。頭で考えたんじゃラグがでる。行動を反射で行えるようになれば、それだけ速度は上がるわ」


 ゲーム画面が終了し、鈴木先輩がVRゴーグルを外して振り向く。


「どう? 結構簡単でしょ? あら? 本多君大丈夫? 目が白めになっているわよ?」


 おきのどくですが ぼうけんのしょが きえました。


 

「キツい――一番慣れ親しんでる市街地ですら、あっという間に先輩の姿が見えなくなってしまう」


 鈴木先輩が与えてくれたプライベートサーバーで自主練習用のゴースト(鈴木先輩の残像)を負いかけ続ける。


 だが、やはりというか、併走することすら難しく差を付けられる。


「大丈夫よ。あなたが追いつけないのは、まだあなたのAIがあなたの望んでいる動きを覚えきれていないからよ。体を動かすのと同じよ。それに本多君も今は体中が痛くて筋肉痛だらけでつらいでしょ? でもその痛みや苦しみに耐え続ければ、体が筋肉を太くしたりして、その訓練に耐えられるように本多君を作り変えてくれる。今はそのための準備期間よ」


 と言ってくれたが、難度やってもなかなかタイムも縮まらない。プレイすればするほど、僕のやりたいプレイをAIDAが理解し、最適化していってくれるらしいが――僕がどんなプレイをしたいのか大雑把だから、同様に戸惑っているのだろうか。


 走法以外にも他にもセイグリッド・ウォーのレティクルの合わせ位置やタップ撃ち、手榴弾の使い方も覚えなきゃいけない。


 やること、できなきゃいけないことが山ほどあるのに。


 このままじゃ足を引っ張ってしまう。先輩達の目指している世界大会の一次予選まで時間がないのに――


「クッソ――このままじゃ……」

 不意に冷たい感覚が首筋に触れ、声が飛び出す。


「なんだ!? ゲームの中なのに何かに触られたような――」

 と慌てているとVRモニターが外され、戦場から現実世界へと戻ってくる。


「今日はこのあたりにしよう。鈴木さんも一冬も、今日はもう先にアガったよ」


 どうやらあの山葉部長が僕の無防備に晒された首に触れたようだ。効き過ぎたクーラーでキンキンに冷えた手を僕に見せつけアピールする。


 山葉部長と僕、二人っきりのサーバー室。


 そういえば、山葉部長と二人っきりで話をするのは、チラシを貰ったあの日以来だ。


 だからこそ、聞きたいことがあった。


「あの……」


 先輩は川崎先輩の反対を押し切って僕の入会を認めてくれた。だけど、僕にはそれがわからない。


 あの時、僕は山葉先輩に勝つことが出来た。でも、それは不意をついただけだし、まぐれみたいなものだ。全体で見れば僕は常に山葉先輩に振り回され、踊らされていただけだった。


 だから、どうして僕の入会を最初に認めてくれたのか聞きたかった。だけど、それを聞くのが――怖かった。


 不安な顔持ちで、質問するのを躊躇う僕をみて、山葉部長が笑う。


「鈴木さん、元格闘家だから結構ハードでしょ? 昔僕らにも朝練を奨めたことがあって、その時はメニューを見て一冬が激怒したんだ。 こんな科学的根拠のない練習なんて馬鹿のすることだ――って」


 脳内で再生されるような台詞だ。


「まぁ確かに、元帰宅部の本多君にはハードワークだね。辛いようだったら僕から鈴木さんに言ってあげるよ?」


 山葉部長、まだ僕を試しているのかな。


「だ、大丈夫です。体とか鍛えたことなかったから、新鮮で楽しいですよ」


 これは半分見栄で、半分本心だ。キツいし、この生活を毎日なんてとても慣れるとは思えない。だけど、それ以上に――誰かと何かをやるのは楽しい。



 とはいえ、例外はあるが……。


「でも、先輩の差し入れには慣れる気がしません」


 これだけは山葉部長から鈴木先輩にそれとなく伝えて欲しい。僕にはあの鈴木先輩の笑顔を曇らせることができそうにない。


「ははは、あの二人は味覚が偏ってるんだよ。一冬は『極甘党』、鈴木さんは『狂酸党』と僕は裏で言ってるんだ」


 おぞましいネーミングだけど、まぁ間違ってはいない。


「あっ、僕も辛い食べ物は好きですよ。カレー、スンドゥブ、あとエビチリとか……」


 ただ、味覚は人によって全然違うし、僕も好き嫌いはあるから人のことは言えない。


「そうか! それは気が合うね。僕も辛いものが好きなんだ。じゃあ、激励も込めて、キミにはこれをあげよう」


 にこやかに、上機嫌に笑う山葉先輩が、自分の鞄から何かを取り出し僕に手渡す。

 渡される小さな小瓶は、赤と黒にドクロと炎。どこからどうみても、『危険』を表すデザインだ。


「なんですかそれ……」

 ……あぁ、しまった。見えているはずの地雷フラグを踏んでしまった。


「ん? 『デスソース』だけど? キミも飲んでみるといい? こいつは実は日本では買えない海外製の貴重品さ。手に入れるのに苦労したよ」


 鈴木先輩と川崎先輩が同類ならば、山葉部長が例外とは限らない。

 この先輩達は思想も理念も、味覚もスタイルもまったく違うが、どれもこれも安全装置リミッターが外れている。


「……僕、そういえば辛いの苦手でした」

「……おいおい……そこは遠慮するなよ」


 そのあと無理矢理その原液を一口舐めさせられ、それから三日間、舌に後遺症を残すことになる。


 僕にとってはこれも、新鮮なエピソードとなるのだった。



 いつかの放課後。


「おい、お前……」

「…………」


「鈴木と山葉のは飲めて、俺のは飲まねぇってのは筋が通ってないよな?」


 そして差し出されたのは、大量の砂糖が溶かされたアク〇リアス。


「…………飲め」


 川崎先輩が夕日の逆光に照らされる眼鏡をカチリと鳴らす。


「い、いただきます」


 社会人がお酒を強要されるのを『アルハラ』というのなら、差し詰めこれは差し入れの強要ということで「サシハラ」とでもいうのだろうか。

 

 青春とは俄に甘く、折々酸い、誠に辛い味がする。


-------


「おやおや大変だねぇ? 本多君、ちなみに私は――」

「松田さん、これ以上はホントに無理……」

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