第11話 あの【夏】に、置き去りにしたものを
「作戦通り、また追い込むことには成功したわね」
ドローンがノイズ混じりに二人の足音と先輩達の声を捉える。
「大丈夫かい?」
「えぇ、傷は浅いわ。でも、バアルが言うように前回よりも防御よりにアーマーを振っていてよかったわ」
僕の攻撃はどうやら有効だった。だが、やはり僕の作戦はすべて読まれていたようだ。
「もちろん。ここまでは想定の完全に範囲内――バルバトスも待機させているし、彼は完全に詰みだ」
バルバトス――それがあの機械兵の名前か。
おそらく声から察するに白偵兵が鈴木先輩で、機械兵は川崎先輩。
「ここで終わるのか――それとも何か突破口を見出せるのか」
予想通り、手榴弾と閃光手榴弾が投げ込まれる。
僕は目を守るために、腕で頭をガードし、壁に張り付く。防御寄りに振られたアーマーとこの距離ならギリギリ手榴弾の威力は耐えられる。
だが、僕はすぐに反撃はできない。
僕の位置がバレれば、反撃のチャンスはなく――僕はやられる。
(これが最後の賭けだ!)
二人の兵士が、互いの死角を補う合うように同時に飛び込んでくる。爆煙はすぐに止み、建物の中がはっきりと二人の目に映る。
「…………いない?」
やった! 先輩達は完全に僕の位置を見失っている!
「そんな馬鹿なこと! 確かにここに入るのは見たわ。壁に穴も開いていないし、諦めてログアウトしたわけでもないのに……」
引きつけろ。せめてあと一歩でもいい、教会の中に……。
「これは……」
山葉先輩が落ちてきた埃に注目する。
だが、それは埃ではない――崩れた壁の破片だ。
僕が意を決して手を離し、自然の力に身を任せる。
二人は、僕が攻撃するまで決して僕の姿は見えない!
「……グレモリ! 上だ!」
僕が落ちるように二人に向かって飛び込んだと同時に――山葉先輩が僕の位置に気がつく。
「まさか! 天井に張り付いていたの!?」
そう、僕はこの教会建物内にいた。
ただ、下にいたんじゃない。壁を使って上へ登ったんだ!
このゲームはアタリ判定が細かくある。判定は撃ち込んだガラスの破片や、壁の損傷にもあるならば、当然壁の装飾品――灯りをともす燭台や、凹凸のある模様にもある。
普通は登れないような判定でも、手榴弾によって損傷して凹凸が強くなった場所ならばと、試してみて正解だった。
僕は教会の高い天井の上の方へと移動し、投げ込まれた手榴弾と閃光弾に壁に張り付くことで耐えることが出来た。
古風な技であり「壁蹴り」というバグ技の一種だが――そのおかげで二人の死角と上を取った!
「うおおおおおおおおお!」
銃弾を文字通り雨のように降らせる。相手はこちらに向かって銃を構える余裕さえない。
山葉先輩の完全に虚を突いた!
銃弾は近距離かつ無防備ということもあって、見事に命中した。特に白偵兵を庇った道化兵の山葉先輩にはヘッドに数発命中したようで、そのまま倒れ、エフェクトが発光する。
「一人やった! あと二人!」
白偵兵にも銃弾が何発も当たった。
肉眼では胸部、頭部、そして脚部アーマーの大半が破壊され、軽傷以上の傷も負わせた。
だが、それでも反応が早い。山葉先輩の虚は付けても、二人まとめては仕留めきれず、鈴木先輩を教会の外へ逃がしてしまう。
「っく! バアルがやられた! これで、バルバトスとの通信はできなくなった!」
これで、戦場はどこかに潜んでいる機械兵と白偵兵で二対一の構図になる。
「出てこい! ここで仕留める!」
外からする声は、初めて出会ったあの優しい鈴木先輩のものではない。
その言葉には不意打ちによる怒りがあり、人を怯ませるほどの敵意がある。
その強い意志に、僅かに僕の心が躍る。遙か格上と思っていたあの鈴木先輩が、本気で僕に対して『敵』として認識してくれている。
ライフルから残弾を取り出し残弾を確認――残り、十五発。
教会内に投げ込まないところを見ると、鈴木先輩は手榴弾を使い切っている。
これなら、僕にも勝ちの目がある!
二人の予想通り、僕は一直線に教会から飛び出す。
それと同時に当然、狙撃手の銃弾が僕に向かって撃ち込まれるが、それを僕は予測し、左腕で防ぐ。
「頭部狙いが読まれた!? 自分の左腕のアーマーを盾に! 片腕のみ固くしていたのはこのためか!」
指揮官がいなくなったことで遠くにいる狙撃手は、今の僕の状態がわからない。
だからこそ狙撃兵が狙う一発は、先ほど一度撃ち抜き、一撃で仕留められる場所、この
そして、その様子を見て動揺していた鈴木先輩に向かって、僕は銃弾を撃ち込む。それをみて鈴木先輩も即座に反撃に出る。
鈴木先輩の銃弾が僕の左腕に当たると、さすがに耐えきれず左腕の装甲が弾け飛ぶ。これで、もう狙撃手の攻撃は防ぎきれない。
だけど、代わり僕の3発の銃弾が鈴木先輩の武器に当たり、彼女の武器が誘爆―—これにより鈴木先輩はメインウエポンを失った。
「侮った――この子、前回とは別人!」
鈴木先輩が負傷した足で走り、僕はそれを必死に追いかける。
狙撃から川崎先輩の位置はわかった。
南西にある商業ビルの屋上――その方向に注意さえしていれば、容易く狙撃はされない。
「動きならまだ私のほうが上。武器はなくても、また誘導してバルバトスに狙撃してもらえれば彼はもう終わり!」
僕が勝つには、ここで鈴木先輩を仕留めるのが最低条件。鈴木先輩にはサブウェポンはないようだが、ハンドガンくらい持っているかも知れない。
ここで逃がすわけにはいかない。僕が勝つには、ここで鈴木先輩の走力に勝たなくてはいけない。
だが、先ほどとは条件が大きく違う。
「ひ、引きはがせない――そうか――あの防御重視はブラフ! この子、相当上手くなっている!」
さっきは防御重視の装甲が重くて早く走ることは出来なかった。
でも、今はその大半を失い、代わり速度は偵察兵並みにある。
将棋で言う飛車・角行・桂馬・香車の六枚落ち――傷を負い、武器を失い、指揮官のバックアップも、狙撃手のサポートもないのなら――こんな僕でも
「バアルのバックアッププランに従うなら、バルバトスはすでに移動を始めているはず。そのポイントまでこの子を引き連れれば通信無しでも連携できる!」
「おそらくバックプランが先輩達にはある。ここは先輩達のホームで、だからこそ対応策や作戦案はいくつもあるはずだ」
僕と鈴木先輩、互いの思考が重なり合う。
そして、だからこそ、奇しくも僕達は同じ結論がでる。
「「でも……そのキルポイントまでは距離がある!」」
僕の残弾は少ないが、おそらく先輩の使っていたライフルはガリル。
ガリルの使用銃弾は5.56mmか7.64mm。
「私の銃は彼と同じ銃弾。ここで私がやられれば、この予備カートリッジを彼に奪われる」
鈴木先輩を倒し、その銃弾を補充できれば、狙撃手とは一対一。
走りながら、慎重に、容赦なく銃弾を撃ち込む。
鈴木先輩は何発も受けながら、それでも必死に走り続ける。
「あのドローンは撃ち落としておくべきだった。彼にはまだ、あれがある。万が一、バルバトスの移動が彼に知られれば、勝負はバルバトスが不利――」
先に見つけることが出来れば、互いの間合い同士なら、小回りの効かない狙撃手が圧倒的に不利!
「この子の追い詰められた時の爆発力は無視できない――ならば、私にできることは――何が何でも、次のキルポイントまでたどり着くこと!」
鈴木先輩の勝機は、目指しているポイントに先に辿り着くこと。
僕の勝機はその前に倒すこと!
「「うおおおおおおおおおお!」」
銃弾が飛び交い、兵士が走る。風を切り裂き、互いの着るポイントを目指す。
鈴木先輩も必死に障害物のある道や、曲がり角の多い小道を使い、僕に容易には狙いを絞らせてくれない。
これ以上長引かせるわけにはいかない。ならば、ここでさらに賭けにでるっ!
この人たちに勝つためなら――
「よし、ここまでくればあと少し! この直線の路地を抜ければ、キルポイントに入る!」
鈴木先輩の目前に、勝利の光が差す。その光に飛び込みさえすれば、僕を引きずり出しさえすれば、先輩達の勝利は確実だっただろう。
鈴木先輩が最後の確認をするために、背後に振り向く。
だが、必死に走るあまりに、僕の行動に気付くのが遅れていた。
「――い、いない! いったいどこに!」
僕はビルの中を突っ切りガラスを破り、鈴木先輩のルートを塞ぐ。
読み通り! 鈴木先輩の目指したキルポイントは、市街地北東にある噴水公園!
「まさか! 最短を進むあまり、目的地を先読みされた!?」
この路地で、噴水公園に辿り着く脇道はこのルートしかない。
そして、それを分断できるのは、ビルの窓を破るこのルートのみ!
「まずい! やられる!」
鈴木先輩が思わずガードを固める。だが、それでも僕の残り残弾すべてを受ければ、とても耐えきれない。
「これで、決まり――」
僕は引き金を引く刹那――負傷した鈴木先輩は耐えることも避けることもできない状況だった。
ここは路地で、両脇は壁があって、狙撃の心配も少なかった。
この引き金を引き切れば、勝てるはずだったのに。
「なっ!?」
最初の試験でやられた時と同様、視界に電流のエフェクトが走る。
「そ、そんな馬鹿な!」
ここに電流トラップなんて仕掛けられてないのに……どうして!
「……おしかった――君にもう少し、ほんの少しだけ冷静さがあれば、キミが勝っていたかもしれないね」
僕はなんとか背後に振り向き倒れる。
そこにはいるはずのない
その手には、電撃銃が握られている。
殺傷能力は少ないが、アーマーを無視して、一時的に相手を行動不能にできる強力な武器だ。ただし、残弾は一発しかなく、コストが高すぎるため、実戦向きではない。
「どうして……山葉先輩が……」
確かにあの教会で、頭部にダメージを受けて倒したように見えた。やられたときの、光りの消失エフェクトも確認していたのに!
「やられたフリだよ。万が一のために、僕はやられた時に出るエフェクトに近いデコイ弾を用意していたのさ」
デコイ弾? そ、そういえばネタ装備にそんなものが合った気がする。
「普段は全く役に立たないデコイだが、ギリギリの勝負にはこんな風に役に立つこともあるのさ」
そんなものを使って死んだフリなんて――予測できるはずがない。
「自分が生き残っていたことを、私にまで黙っているなんて……」
そうか。鈴木先輩も知らなかったんだ。
「それくらいしないと今の彼には勘づかれる可能性があった。グレモリの必死さが、余計に彼の視野と選択を狭めたのさ」
あんなに必死になっている鈴木先輩だからこそ、僕は何も疑わなかった。
あの時――あっさりと山葉先輩を倒したときに疑うべきだった。
あの三人の先輩の中で一番予測できず、一週間かけても対策できなかったのは山葉先輩だけだったはずなのに……。
「チェックメイトだ……君はよく頑張った。だが、それでも届かないのが『現実』だ」
山葉先輩の言葉に心が打たれる。
(よく頑張った……そうか。僕はやれたんだな……先輩に少しは認められたんだ)
動かすこの体が、また鉛のように重い。
極度の緊張の連続で、もう集中力も切れかけている。
(これでも届かなかったのならしょうがないよね)
(でも、間違いなく一週間前の僕とは変われたはずだ。)
(一週間前の僕なら、追い詰められた時に諦めて――いや、そもそも二度目を受けようとも思わなかった)
やっと吹っ切ることもできた。
これでちゃんと、松田さんの目をちゃんと見て、彼女の誘いに応えることができる。
これで僕はようやく――高校生活を始められる。
「ダマレ!!」
僕は再び、自分の言葉でその意識をねじ伏せる。
震える体で立ち上がり、切れかけた集中力を繋ぎ止め、歯を食いしばって『敵』を見る。
「まさか……」
「そんな、どうして――どうして立ち上がれるの!?」
僕は間違っていた。
この人達に勝つには、試験に合格するには……まず、
「この子、自動モードを解除して、AIすら切って――すべて自分の操作で!?」
AI補助が無くなっても、立ち上がることはできる。
ただ、足の操作、腕の操作、腕も、体の姿勢制御もすべてこの深度マウスとキーボードを扱う両手指でやらなければいけない。
全身を指の操作だけで操作する。ただ一度の操作ミスも許されず、力加減も難しい。
それでも――歪でも、うまく動かせなくても、こうして立ち上がることは出来る。
「まだ、負けたわけじゃない! まだ僕は、やられたわけじゃない!」
あぁ、やっとわかった。僕はあの時――ヒーローになれなかった夏の日に、それでも立ち上がるべきだったんだ。
今みたいに歯を食いしばり、痛みに耐え、それでもあの女の子を守りたかったのなら、立ち向かうべきだったんだ。
それができていれば、ここまで僕は苦労しなかった。
それだけできていれば、僕はこうはならなかった。
負けそうになればすぐ諦める。難しいと思えばすぐ答えを知ろうとする。すぐ誰かに甘え、すぐ言い訳を考える。
変わりたいと泣き、悔しいと自分を憐れみ、褒められれば敵わなくても満足して別の道を考える。
「そんな人生を、僕は生きたいわけじゃない!!」
震える足で立ち上がる。
今度こそ、完全に山葉先輩の不意を突いた。
トリガーに掛かった指に力は入らない。それほど細かい操作は、AI補助のない僕にはできない。
だけど、大雑把な動きくらいはできる! 敵に向かって突撃することくらいはできる!
そして武器なら、
背後の鈴木先輩は完全に不意を突かれ、動けてない。
目の前の山葉先輩が電気銃を捨て、ハンドガンを構える。
体勢をできる限り低く、相手の銃口にから逃れるように、もっと低く! そして前に!
山葉部長が距離を取るためにバックステップ、引き絞られた糸が、僅かに弛む。
その刹那――その最後のチャンスに、足を突き出し、腕を伸ばす。
僕の一番の『敵』に向かって突撃する。
「とどけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
殺すべきは先輩達じゃない。こんな弱いボク自身だ!
山葉部長の――道化兵と僕の姿が重なり合う。
銃弾と銃剣が交差する。
「――調子に乗りすぎだ、
銃弾が僕の顔面を捉え、弾け飛ぶ。
山葉部長が跳んだ先――狭い通りを抜ければ、そこは川崎先輩の狙うキルポイント。
機械兵の銃口が向けられ、僕の頭に向けて容赦なく凶弾は放たれていた。
「……届かなかったのか……」
途切れ始めた意識、画面の映像が僕の結末を映し出す。
歪む世界と視界――震えるピントが一瞬だけ整う。
「いいや……ちゃんと、届いているよ」
僕の
それは確かに道化兵の胸に深く貫くように突き刺さり、僕より先に山葉先輩の姿が光と共に消失した。
「やった……やっと…………」
その瞬間、僕の支えていた糸は途切れ、仮初めのこの体は消失し、意識は真っ暗な世界へと連れ去られた。
何もない闇の中。どこまでもどこまでも沈んでいく中で。
あの炎天下で失った何かを、確かにこの手に取り戻したことだけを、僕は実感していた。
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