第10話 二度目の命で、戦場を【駆】ける

 再試験が始まる。


 チューニング画面が映され、キャラカスタマイズ、装備を再確認する。

 選んだのは兵科は遊撃兵。アーマーはやや防御重視。特に利き腕とは逆の左腕は防御籠手アーマーを厚めにした。


 武器はMFA1カービンライフル+銃剣。これは精密射撃のライフルではないが、連射速度が早く数を撃って当てるフルオート。銃剣付属モデルにしたのは分配ポイントが端数とピッタリ当てはまったからだ。


 サブウェポンは秘策を積むために削った。


 その代わり、オプションで手榴弾と閃光弾を二つずつに、カートリッジマガジンを一つ。ハンドガンはポイントが足りず省いた。


 キャラステータスは、速度と跳躍重視。筋力ポイントが少なく、重火器は使えないが防御重視のアーマーでも、かなり速く戦場を動くことが出来る。

 これが一週間考え、練習し、一番馴染んだスタイルであり、間違いなく今の僕のベスト。


「さて、準備もできたようだし始めようか。ルールは前回と同じ、三対一のサバイバル。場所は旧市街。日時は昼」


 市街地以外のマップも雨や嵐、夜間、霧の天候での練習もしてきた。だけど、この前回と同じ試験内容のパターンを一番練習してきた。


 ここまでは完全に想定通りで、ちょっと怖いくらいだ。


「さぁ、ゲームの開始だ」

 これがおそらく最後のチャンス。


(ここでダメなら――たぶん、それはもう僕の限界――)


 そこまで思いかけて、そんな考えを振り切った。

 迷うな、怖がるな。そんなものに負けて、また諦めるようなら、僕は一生変われない。それだけの話だ。そこまでの人間だったということだ。


 でも、もし――もしも、前回の結末から、何か変えることができたのなら、その時こそは……


『バトル・イレギュラーマッチ・サバイバルPVP スタート!』

 VRゴーグルのモニターに開始の合図が移り、あの市街地へとスポーンする。

 相変わらずの美しい画面に、もう心奪われたりはしない。


「まずやることは――ドローン散開!」


 僕はバックパックにある六機のドローンを展開・出撃させる。

 こいつらには、僕を中心にそれぞれ別方向に飛び出し、索敵範囲を広げる役割をAI装置に学習させ命令してある。


 だが、このドローンは映像情報は届けることはできない。その機能のものもあるが、それではコストの関係で二機までしか積めず、二基では広い範囲を索敵しきれない。


 その代わり高い集音能力がある。ドローンは僕の第二の耳となり、敵の足音、アーマーの擦れる音を検知する。


 もちろん、僕の居場所を先輩達に知らせるリスクもある。空中を飛ぶドローンは目立つし、騒音もする。


 ドローンの動きは僕を中心にして多少は歪な円になるような陣形にしてあるが、先輩達なら、このドローンの役割と僕の考えは容易く読み切るはずだ。


「だからこそ、まずは『待つ』――不用意に動いてしまえば、僕に連動して移動するドローンを見て、僕の位置を正確に予測する確率が高くなる」


 リスポーンした位置はルール上先輩達と多少距離があるはずだ。

 そして、たぶん僕を見つけるのは――あの黒マントの機械兵スナイパーでも、道化兵コマンダーでもない。


 わずかに無線機に足音のノイズが走る。


「こっちだ!」

 予想通り、あの無駄のほとんど無い走法で僕を苦しめた白偵兵が僕を見つけた! 


「やっぱり来た! 僕がドローンを複数散開させたと気づいて、一直線に突撃してきたんだ!」

 前回の試験では僕の位置は機械兵にバレていた。おそらく、その時はこの人が僕の位置を索敵し、司令兵を通してキルポイントまで僕を放置した。


 だけど、今回狙撃兵に狙わせる暇はない。


 時間をかけてキルポイントまで僕を泳がせれば、ドローンによる索敵能力が高い僕が、移動する狙撃兵の位置を先に知られるリスクがある。


 かと言って、ドローンを落としに行けば自分の位置がバレ、僕の位置を見失う可能性がある。


 だからこそ、僕の選択肢を削るために強襲突撃ブリッツを仕掛けてきた。


「だけど、これこそが想定通り! こっちは向かってくる方向がはっきりわかる! 対応は僕のほうがやや早い!」


 熟練度は圧倒的にあっちが上――だから、状況はこの時点で、五分五分程度!


「そして、状況が五分五分なら、接近戦は偵察兵よりも遊撃兵のほうが強い!」

 互いの銃弾が交錯する。偵察兵のライフルは狙って撃つ単発式。こっちは面で撃つ自動小銃!


「「うおおおおおおおおおおおおお!」」

 互いの雄叫びが重なり、容赦なく撃ち込み合うノーガード対決!


 互いの画面に、ダメージのノイズが走る。


「やるわね!」

 相手は不利とみると転進の判断。


 これは強襲突撃と同時に相手は威力偵察も行ったのだろう。僕の武器、兵科を確認し、既に司令官を通して仲間に伝えているはず。


 だけど、その分だけ踏み込みが浅い。

 それに対し、僕はここで全装備戦力の半分――1カートリッジ分すべてを使い果たした。


「ここで仕留められれば最良だけど、それは望みすぎだ。こっちは胸に1ヒット、でも相手には足に二発、腕に一発の3ヒット――最低限の結果だ! こうなったら相手のすることは――引きの一手!」


 白偵兵が、僕から距離を取る。

 体勢を立て直すためか、それとも僕を誘い出しているのか。


「僕は迷わずそれに乗る!」

 ここでこの先輩を見失えば、僕に次の一手はない。


 市街地で二人の兵士が疾走する。


 前回とは逆のパターン。僕が追いかける側で、白偵察兵が逃げる側だ。

 先ほどの交戦――僕は仕留めることよりも、攻撃を足に当てることを重視した。あの白い兵士の最大の武器はあの走法――それを削ることができれば、僕にも勝機がある。


「……傷を負っていても、この差を詰められない!」


 白偵兵の背中は見えている。だけど、僕の銃の必殺の間合いには僅かに遠い。今撃てば当てることは出来ても、逃げ切られる。


 なぜここまで有利でも、追いつくことが出来ないのか。


「たぶん、僕の動きにはまだ無駄が多いんだ」


 角を曲がる度に徐々に差が広がる。これだけは一週間では決して埋められない差。

 いずれは、その姿さえ見失うだろう。


「だけど足跡、血痕から追うことができる」

 ここでアーマーを削り、足に二発当てたのがここで効いてくる。精巧なゲーム故に、痕跡さえも表現されている。これさえ追えば、見失うことはない。


 油断はできない。なぜなら……


「この絶妙な間で、不用意に大通りに飛び出せば――」

 見えない気配が僕の頭部を叩く。


 それと同時に足元のコンクリートが弾け跳ぶ。

 それを確認し、振り向く刹那――二発目が僕の顔面に命中する。


「そう、狙撃が来る! しかも、またヘッドショット!」

 前回はこれでパニックになった。


 でも、今回は覚悟していた分、冷静になれている。

 狙撃手の方向はわかる。この位置から南側、高く見晴らしが良い場所は一つしか無い。


 公式説明では、オフィスビルとして建設された超高層ビル(セントヴォルス)! ここからの推定距離は約三四〇〇m!


「そして、こうなったときに僕がやるべき次の行動は――これしかない!」

 間を置いての三発目が僕に向かって飛んでくる。


 これを僕は転げ回り、飛び上がり、不格好で非効率でまるでふざけた子供のような情けない動きで躱す!


「よし! 外した!」

 飛んできた二発が僕の足下、腕を掠めて着弾する。


 これだけ距離があるんだ。おそらく撃ってから敵に着弾するためにはラグがある。

 そのため、狙撃手は僕の動きを予測している。


 だからこそ、こんな意味不明な動きが有効になる!


「不格好でいい。ダサくていい。下手に引けば狙われる。かといって無視しても意味がない。僕にできるのは僕にさえ予想できない無茶苦茶な動きをして、相手の追撃を外させ――その隙に、あの白偵兵を追いかける!」


 再び遮蔽物のある脇道に入り、足跡と血痕を見つける。

 僕はもう、狙撃手の射程範囲には入らない。それを見越して、あの機械兵も次の狙撃ポイントに移動を始めるはずだ。


「狙撃手は圧倒的攻撃力と超広範囲の攻撃ができる。だけど、万能じゃない。長距離武器は重量・サイズが大きく、どうしても動きが制限される。だから、すぐに別の位置へは遊撃兵や偵察兵のように、すぐに移動できない」


 これで狙撃という一方的な攻撃も防いだ。

 ただ、このヘッドショットは僕の事前想定よりひどい。

 できれば、もう少し浅く抑えたかったけど――それでもここは攻めるしかない!


 再び、戦場を走り続ける。


「足跡の後がくっきりとしてきた。たぶん近い」

 狙撃兵の攻撃で仕留めるつもりだったのか、それとも深手を負った僕に追撃を仕掛けるつもりだったのか。


 どちらかはわからないが、ただあの先輩は逃げる足を一度止めたはずだ。

 そして、狙撃で仕留められなかったことを聞いて、再び走り出したんだ。

 先輩達の作戦は、おそらく別のプランに切り替わった。


「たぶん、この足跡の先――そこに道化兵の罠がある!」

 足跡は、奇しくも前回僕がやられた場所と似た、袋小路の建物へと続いている。

 間違いなく、これは誘いだ。


「だけど、それにあえて乗る。山葉先輩の、その罠だけは想定も回避できない――でも、あの先輩のことだ。絶対にそこで姿を現す!」


 僕には、そこにしか勝機はない。

 三対一の状況を打破するには、僕には勢いしかない。

 ダメージを負っている偵察兵を倒し、指揮官に深手を与えて、それでようやく狙撃兵とは五分五分!


 僕の作戦が成功する可能性はどれくらいだ?

 30パーセントくらいか? もっと少ないか?


「――それで十分だ!」


 その可能性が僅かでもあるのならば、迷う必要なんてない。

 僕は走りながらバックパックにある手榴弾と閃光手榴弾を一つずつ、起動させて建物に向って投げ込む。


 手榴弾で前回のような設置型の罠は破壊できる。

 閃光弾で偵察兵を無力化できる。


 爆発を確認し、そのままの勢いで飛び込む。前転しながらすぐさま銃を構え、急いで先輩達の姿を確認するが――



「…………い、いない!?」



 間違いなく足跡はこの建物の方へ向かっていた。

 なのに、建物の中はまさかの無人で、どこにもいない。


 どうやら、建物の中は教会のようで、長椅子がいくつもあるが、僕の手榴弾によって祭壇も長椅子も粉々に砕け、隠れられる場所など、どこにもない。


「どうして! いるはずなのに、姿がどこにもない!」

 この時、僕は混乱し、なぜ偵察兵がここにいないのかはわからなかった。


 後にこれは『バックトラック』というキツネやイタチ、ウサギ等が天敵に狙われ、追跡を逃れる技だと知る。

 予め足跡を残し、その足跡の上を戻った後、その場から茂みなどにジャンプして追っ手を巻く逃走テクニック。


 僕が追いかけていた足跡がはっきりしていたのは、二度目の足跡を残したから。

 つまり、先輩は僕が狙撃兵の攻撃を凌ぐことを想定していた。偵察兵の先輩は足を止めてはいなかった。


 僕が狙撃兵の攻撃を躱している時間に、この罠をしかけていたのだ。


 だが、それをその時の僕は想像すらできはしない。


「これは――まずいまずいまずい!」

 混乱する。想定外の、まったく思考の外の出来事に僕は次の一手を失った。


「ここは完全に密閉空間に天窓のステンドグラス。階段もなく、天井までも高い塔型の建築物。市街地では珍しい装飾が多い」

 完全な袋小路。急いでここからでなければいけないけど――誘い込まれたということは完全に、入り口は見張られている。


 今、飛び出せば、道化兵と白偵兵の二人に狙い撃たれる。


「だけど、ここに立て籠もっていても、先ほどの僕のように手榴弾を投げ込まれれば、ヘッドアーマーを失っている僕は耐え切れない」


 どうして、なんでこんなことになった。


 足跡と血痕が残ることは先輩たちならわかっていたはずだ。それを利用して僕を誘き出すところまでは読めていたのに――それを使用して、逆に僕を袋小路に追い込むなんて、発想の次元が違う。


「このままじゃ――また負ける」


 僕は今回、何をした? 前回同様に結局、ほとんど何も出来ていない。

 偵察兵に傷を負わせた? 違う――あれはきっと、わざと負ったんだ。そうやって僕の作戦が上手く行っていると思わせたんだ。


 結局、僕はまた何もできなかった。


「……もう……手はない……」


 やっぱり、僕には無理だったんだ。結局無駄な足掻きだったんだ。

 何もできるわけないのに、無駄な一週間の努力だった。


 僕は手に残ったアサルトライフルを見つめる。


(全部諦めよう。全部、忘れよう)


 また楽しく一人でゲームでもしよう。優しい、英雄の物語をやろう。


 その時だけは、ゲームの登場人物は主人公である僕をほめてくれる。称えてくれる。


 それで良いじゃないか。もう辺に自分に期待なんて――


!」

 僕は自分の言葉を自分の意志で遮った。

 浮かんでくる甘えた考え、嘆きを一蹴する。


「黙れ黙れ黙れ! 二度とその声になんて乗るものか。騙されるものか!」


 それは、僕の弱さだ。それは僕の短所だ。


(僕には何もできない。何も期待するな……)


 そして、この声は決して本心なんかではない。

 なぜなら、今の僕には明確な答えがある。


「僕は、!」

 これこそがが僕の本心だ! これが僕の出した答えだ!


「足掻いてやる。最後の最後まで、みっともなくても足掻いてやる! 何かあるはずだ。このゲームは精巧なゲームだ。システムが複雑なら、管理者の想定にないバグやギミックがあるはずだ!」


 再び建物の中を見る。壁は手榴弾で若干損傷しているが、厚い。防壁は損傷が激しくて作れない。


 マガジンは残りカードリッジ一つ分。手榴弾と閃光手榴弾が一つずつ。ドローンは無傷だが、武器は詰んでいない。


「何か――何か――」


 何かないのか。僕がやられたように、ここから僕が外の先輩達に気付かれずに抜け出す方法。

 もしくは、せめて、相手の手榴弾の攻撃を耐え、追撃の際に姿を隠せるような、とっておきの秘策ウルトラC


 時間は無い。今すぐにでも先輩達が飛び込んでくる可能性がある。

 僕が焦り苛立ち、僅かに表面が砕けた壁を叩く。


 そんな僕の行動にも物理判定があったのか、壁が割れパラパラと壁の素材が床に落ちる。

 その時――このゲームを始めてやったときの――あの最初の試験の出来事を思い出す。


「これは……」


 そして、脳内にはっきりとわかるほどの電流が走り、答えに辿り着く。



「みつけた……とっておきのウルトラC!」

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