第6話 死んでしまうとは【情】けない

「はぁ……はぁ……」


 被っていたゴーグルを慌てて取り外し、サーバー室の床へと投げる。

 たった数十分ゲームをしただけなのに、学校のトラックを何周も走らされた気分だ。


 それに三人に撃ち抜かれた瞬間の映像が、妙にリアルで今も手が震えている。


「……お疲れ様。試験はこれで終わりだよ」


 現実に戻ってきた後、山葉先輩が僕の顔を覗き込む。

 平和な日常に戻ってきた安堵からか、胃から酸っぱいものが溢れて口一杯に広がる。


 脂汗が止まらず、クーラーの風が冷たくて心地良い。

 これがゲームで死んだ感覚? こんなの僕の人生で味わったことがない。ゲームは、リアルを追求すると、ここまで死を再現できるのか。


「えっと……あの……」


 僕はやれることはやった。結局先輩達には一発も当てることは出来なかったが十数分間は逃げることが出来た。マヌケな最後だったけれど、初め手にしてはよく動けたし、続ければもう少しマシになれる自信もある。


 次が――次があれば――


「さて、それじゃあ結果発表だけど……聞くまでもないよね」


「え……」

 三人の先輩達が同じ目で僕を見ている


 その目の意味を、僕はよく知っている。


「あんなみっともねぇ姿晒して、合格してるとでも思ってんのか? そもそも、お前は試験を受ける資格さえねぇだろ」


 試験を受ける資格?

 そもそも、合格の基準ってなんっだったんだろうか。

 健闘すること? 三人の内誰かをキルすること?


「君が合格しなかった理由は明確だ。君には、技術も、センスも、覚悟も、そして何よりもゲームに対する情熱すらなかった」


 技術、センス、覚悟? それに情熱もだなんて――


「まず、技術だけど、これは初心者だから当然ない。AIに補助されているから動けはしているけど、それだけで特にいい部分はなかった」


 確かに、僕のあの動きは僕のスキルじゃない。


 AIが補助してくれたから想像以上に上手く動けただけだ。そして僕がしたことは逃げ回ることくらいだった。


「次にセンスだけど――これも貴方にはないわね。まず、多数対一で戦う上で偵察兵は不利すぎるわ。選ぶなら初心者でもそういった戦いができる遊撃兵が防御力を活かして拠点に立てこもれる盾兵なんかが、最適解だったでしょうね」


 優しかった鈴木先輩にまで厳しい言葉をぶつけられる。


「そんな、だってあの兵科は先輩に勧められて――」

「だからセンスがねぇって言われてんだよ」

 僕の反論を川崎先輩が寸断する。


「確かにあのアドバイスは山葉部長のイジワルだったわね。でもね、今の世界は情報社会が定着して久しいわ。だからこそ、私たちはそれが真実か嘘か見極める能力が不可欠よ」


 真実を見極める? 確かに、今はSNSなんかで上方が拡散され、それに踊らされた報道番組が、デマ情報だと判明して謝罪なんかをしている。


 でも、それとゲームになんの関係が――


「いや、カードゲームなんかは謙虚だよ。全国大会でこのデッキが強い、このデッキが主流になるなんて言って、それに対抗できるカードをデッキに忍ばせておく……そうやって大会を勝ち抜く人が本当の猛者なのさ。テンプレや人の見識、常識なんかを常に疑うセンスが上の大会で勝ち上がるうえでは、何よりも重要になるんだ」


 確かに、僕は与えられる情報に対して盲目すぎた。

 いくら先輩達が有利であり、僕が初心者だからといって与えられた情報が正しいとは限らない。


 現に僕が遊撃兵だったなら、あの偵察兵に追いかけられたときに迎え撃つだけの攻撃力があったかもしれない。

 そもそも、馬鹿正直に偵察兵を選ぶなんて、先輩達に事前に自分の兵科を教えているのと同じ事じゃないか。


「でも……でも……!」


 納得はできる。だけど、言われっぱなしではいられない。確かにアウェーの状況で僕は不用意なことばかりをした。試験中もゲームに夢中になりすぎていたかもしれない。


「でも、こんなの勝てるわけないじゃないですか! 初めてのゲームで、いきなり言われた条件で開始して! そもそも、普段やっている先輩達三人対初心者の僕一人が対戦して、勝てるわけが――」


 僕にある精一杯の正論による反撃。

 だが、それを三人は真正面から受けてもなお、まったく動じることはない。


「もし大会中、チームが同じ状況になったらキミはそう言ってしまうんだね」

 僕の言葉が止まる。その意味を一瞬で理解する。


「覚悟が足りないというのはそういうところだよ。大会中、僕らが先にやられることもあるかもしれない。それでもね、生き残った者は諦めることだけは許されないんだ」

 僕は何てことを言ってしまったんだ。


「……僕らは決して諦めない。負けない限り、やられない限り、戦い続ける。だけど、キミは今みたいに言い訳をして、諦めてしまうんだろうね……」


 言葉がない。最初から諦めていて、こんな言い訳するような、僕みたいな奴を誰がチームに求めるっていうんだ。


「そして最後に情熱……君はゲームが好きだと自分に嘘をついていたのさ」

 もう、僕に何かを言える権利はない。


「君は本当はゲームなんか好きじゃない。ゲームが好きだなんて他人に言うなんて恥ずかしいことだと思ってるのさ」


「お前は、ここに来た時に、ここがエレクトロニック・スポーツ同好会だとわかっていたくせに、その言葉を言いたがらなかった」


「もし、ここがサッカー部の部室だったら? 放送部の部室だったら? あなたは普通に尋ねることができたでしょう? だけど、あなたはそう尋ねなかった。もし、万が一間違っていたら、『恥ずかしい』と思った」


 その通りだ。僕は自己紹介でも『嘘』をついた。

 新しく始まる新生活で、少しでもみんなに好印象を持ってもらいたかった。高校になってもゲーム好きなんて子供っぽすぎて馬鹿にされると恥ずかしがったんだ。


 誰よりも、何よりも、僕は大好きなゲームを卑下していたんだ。


「そして、僕がこの同好会の目標がセイグリッド・ウォー世界大会の優勝だと言ったとき――君は明らかに困惑してたね。そんなのただの高校生の――しかもこんな同好会にできるわけがない――と、はっきり顔に書いてあったよ」


 僕は拳を固め、歯を食いしばり顔を上げる。


 きっと僕を蔑んだ目をしているんだと思った先輩達の目は、そんな稚拙な僕の想像などかき消してしまうくらいに、どこまでも真っ直ぐな目をして、僕を見ていた。


「そういう奴らは何人もやってきた。だから、そんな奴らにはいつもこの言葉を言ってやったよ」


 そこには、何の気恥ずかしさも、後ろめたさもない。


「それを決めるのは、お前らじゃない。僕たちは本気で、人生かけてやってるんだ」

 これが、真摯に、真剣に、目標に挑んでいる人の姿だ。


「高校球児が死に物狂いで甲子園を目指し、プロを目指すのは許されるのに、なぜゲームでプロを目指しちゃいけない。女優を目指して高校を中退し、劇団や事務所に入るのは許されて、なぜゲームでプロチームを作ろうと仲間を集めようとすると馬鹿にする。漫画家も、ノベル作家も、ゲームデザイナーも、芸人も、ミュージシャンも皆真剣だから許される。売れれば褒めたたえ、あいつは昔からすごかったなんて言われる」


 世の中は理不尽だ。そんなの僕が一番よくわかってる。許されるのは選ばれた人間だけだ。


「才能と努力で成り上がれるのに、いまだにプロゲーマーだけは理解されない。遊んでいるだけでだとか、変人集団だとか、子供を騙して楽して儲けてるだとか揶揄される」


 山葉先輩はゆっくりと歩き出す。

 いつの間にか拾い上げられた僕の鞄を掴みながら


「だけどね、ゲームの勝敗はシビアだ。それこそ、老若男女問わず誰にでもできるからこそ、どんな競技よりも厳しく、そして明白なことに、勝敗こそが全てだ」


 胸が痛い。打ち抜かれた頭が痛い。

 何よりも心が痛い。

 今の僕には、三人のその目を受け止めきれない。


「君は、ここにいるべきじゃない。というか、こんなところにいたところでなんの価値もない」


 拒絶するように押しつけられた鞄を、僕はなんとか受け止める。


「なぁに、別にここにこだわる理由なんてないだろう? 君はここではない別の場所で、友人でも先輩でも作って、楽しく過ごせばいい」


 山葉先輩は笑って僕を見送った。


「別の部活動ができる場所でも探すとか、適当に仲間を見つけてみるとか、それが嫌なら、自分の楽なことだけするといいさ」


 ここで何か言わなければ、本当に終わってしまうと、心ではわかっていた。


「『誰でもいい』場所を見つけて、そこで穏やかに過ごせばいいんだ」


 だけど、頭も体も動かなかった。


「ここは戦場だ。君のいる場所は――ここじゃない。それだけの話さ」


 そう言うと、重たいサーバー室の扉は閉まる。



 僕は夕暮れの校舎に、たった一人置き去りにされた。

 校庭で聞こえる運動部の生徒のかけ声と、まだ練習中なのか吹奏楽の生徒の歪な音色が響く。


 この学校にいる誰もが、スタート地点から歩み始めているのに、

 僕の冒険は始まらることなく、ここで終わってしまった。

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