第5話 少年は戦場に立ち、そして【死】んだ。

「PCゲームの経験は?」

「少しだけですけど、あります。でも、最近PCゲームって買い切りよりも月額課金系が多くて……」


 僕は山葉部長が用意した少し埃のついたVRゴーグルを被る。

 これが話題の装着型の超ハイヴィジョンモニターか。思ったよりずっと軽くて違和感がない。 


 VRゴーグルは、モニターとヘッドセットが一体になっていて、プロゲーマーの必需品とも言われるものだ。僕も欲しかったけど、これ一台で据え置きハードが二台買える値段ということもあって、どうしても手が出なかった。


 これ以外にも試験のために用意されたのは高性能のマウスとキーボード。最新のグラフィックカードの入ったハイエンドのPCには停電用のポータブル非常用電源まで付いている。


 どれもこれも、僕なんかじゃとても手が出せない代物ばかりだ。


「この『セイグリッド・ウォー』は今時珍しい無料ゲームだよ。もちろん、アバターや特殊デザイン、カラーリングなんかのキャラメイクは課金要素だけど、装備、役職なんかはレベルで解放されるし、今は世界大会前だからすべての兵科、装備がフリー解放されていて、最初からすべて扱えるんだ」


「え! 最初から全部ですか!?」


 それってすごいことじゃないか? 少しずつ解放される兵科が最初から使い放題なんて――カードゲームなら最初からどんなデッキも組めるし、RPGならガチャや練成なしでいきなり最強の武器装備で遊べるってことだよね?


「さらに必要なのは、PCかデバイス――君の持ってるフォン型でもタブレットの奴でも問題はない。ただ、圧倒的にPCのほうが有利とは言われているけどね」


 僕は更に用意された入力機器に目を移す。そこにはあの有名サードパーティ製品の『天秤』の企業ロゴが刻まれている。


「PC有利の理由は、この用意されたマウスとキーボードに搭載されている『深度アビスシステム』だ」


 これが噂の――深度システム……確か、従来のキー入力はON・OFFの二つしかなかったけど、それに強弱――つまり『深さ』を加えた全ボタンに搭載されているタッチパネルシステム。


 更にマウスには体温や握りの強弱も判定されていて、それだけで精巧な動きが表現できるらしい。


「深度システムでは、例えば前に進むという行為に対しても二次的ではなく三次元的になった。ゆっくり進むのに、『しゃがみ』や『ねぞべり』というキー入力を挟む必要があった先時代に対し、深度システムではそれが進むキー入力だけで済むようになったし、その速度も自由自在になった」


 入力方法が一つ減れば、それだけ他の操作が可能になるのか。


「加えて導入されているのが、AIによるゲーム操作補助システム――通称、AIDAアイダ


 ゴーグルが起動すると同時にロゴが現れる。


「こいつは、プレイヤーの行動や傾向、望む動きを学習することで、操作を補助してくれる。これが深度システムという複雑なキー入力や、高度な動きを補助してくれることで、初見のゲームはもちろん、どんなジャンルのゲームでもすぐに馴染むように操作ができる」


 今は様々な企業やインフラにAIが当たり前のように使われているが、たしか国際法によって『判断』をするAIは核兵器と同じように新たな実験・開発・運用は認められていない。


 だから、現代のAIは判断しない。あくまで人間がする判断を最短最速で実行してくれる代物だ。


 例えば、僕が『カフェオレを飲みたい』と思ったとする。AIは僕の動きや体調、脳内物質を感知し、僕の初動に反応して、前もってコップを取り出し、カフェオレを先に入れて用意してくれる。


 現代ではこういったAIシステムが応用され車や防犯システム、福祉などで使われている。


「そして、そのシステムをフルに活用し、世界で現在進行形で最も遊ばれているゲームが、戦術FPSサバイバルゲーム、『セイグリッド・ウォー』さ」


 僕は起動された画面に山葉先輩の指示に従って操作する。

 アカウントを作り連携さえすれば、僕のデバイスでも自宅のPCや据え置きハードでも、データを共有できるし、別種のハードとクロスプレイもできる。


「よし、それじゃあ、まず最初にキャラクターの兵科を決めよう」


 キャラクターエディットから兵科と表示されたアイコンをクリックすると次々とアンロックが解除された。

 山葉先輩の行ったとおり、今はすべての兵科や武器が解放されているようだ。


「そう。君が操るキャラクターの能力がそこで決まる。割り振られたポイントから操るキャラクターのステータスを調整し、武器を決めてくれ」


 兵科には一般的な偵察兵や遊撃兵、支援兵に狙撃兵なんかがある。

 さらに顔は精巧に、装飾はいくつかのペイントが用意されている。装飾については先輩が行ったとおり、少ない。これについてはゲームを遊びながら収集したり、課金購入するシステムのようだ。


「さて、じゃあ、試験の内容もここで言っておくよ」

 おっと、そうだった。僕は試験を受けにきたんだった。


「内容は僕たち三人対キミ一人の対戦バトル。場所はセイグリッド・ウォーで最もポピュラーな『市街地』の『昼』」


 え!? いきなり試合!? まだ一度も操作したことないのに!?


「だから、それも見越しての試験に決まってんだろうが」

 見えないが、川崎先輩の厳しい声が響く。


「大丈夫よ。初めてでもさっき話したAIシステムが補助してくれるから、うまく動けないのは最初だけよ。それにゲーム開始前に簡単なチュートリアルとチューニングがあるから、試合が始まるころには操作が馴染むわ」


 そ、そうだよな。これは試験――たぶん、僕のこれまでの経験やスキル、センスなんかを見るための試験だから、三人に勝つ必要は無いはず。


「ちなみに、市街地はMAPが広いから、行動力が高くステルス性のある偵察兵がおすすめだよ」


 山葉先輩は最後にそう言うと、僕の傍から離れた。おそらく、自分の席についたのだろう。


「わ、わかりました」


 僕は迷わず偵察兵を選び、どこか聞き覚えのある銃のスペックを開いては選んでいき、装備を調えた。

 いくつかのチュートリアルを終え、そしていよいよ試験の対戦がセッティングされる。



 画面が光に包まれ、どこかへ転送されるエフェクトを帯びる。



 辿り着いた場所は、どこか文明の発展を終え人のいなくなった廃墟を彷彿とさせる市街地。

 立ち上がると同時に、重くどこまでも響く鐘の音がなる。 それは、僕がこれから何度となく聞くことになる、このゲームを象徴する戦いの金の音『九つの鐘の音(ナインツフォール)』。


 目の前に広がる圧倒的な映像美せかい

 戦場の風を肌で感じるようなリアルな音圧くうき

 そして、もう新たなもう一つの電子の肉体そんざい


 この日、僕は初めて、『戦場』に立った。



「これが……セイグリッド・ウォー」


 僕の心がこの仮想世界にガッチリを掴まれる。

 市街地はどこか西洋を思わせる街並みだが、白を基調としており、壁や建物に刻まれた細かい傷が歴史を感じさせる。


 街を吹き抜ける風音の圧が凄くリアルで、その風を肌で感じると錯覚するほどだし――何よりも空がどこまでも高い。


 こんなの、どうやって表現しているんだ? とてもテクスチャなんかでは表せないような、本当に一つの世界が作られているかのような仮想現実感バーチャルリアリティ


 僕が視線を動かせば、それに連動してモニターが違和感なく動く。


 おそらく、僕の眼球の動きをこのゴーグルが感知して連動しているんだろう。だけど僕の眼球を見てから動いているはずなのに、映像にラグなんてものもまったく感じない。


「すごい、戸惑うかと思ったけど、思ったように動ける。銃の上げ下げもできるし、しゃがみも構えもスムーズだ……まるでこの操作感をはじめから知ってたみたいに……」


 これがAI補助機能の力か。


 チュートリアルで操作のいくつかを試したが、たったあれだけでもう僕の好みの操作や動きを学習しているなんて。

 プロゲーマー必須のツールというのも納得だ。このシステムと道具を使い続けたら、僕はどんな風になれるのだろうか。もしかして、あのプロゲーマー達のように、素早く、力強く動けるんじゃないのだろうか。


 そんな欲が出てきた頃、戦場に二つ目の鐘がなる。


「しまった――ここは戦場で、今は試験中だぞ!」


 今回のルールでは、鐘の音は一つ鳴る毎に戦場マップの外側区画がランダムで立ち入り禁止になっていく。つまり、時間と共にどんどんフィールドが狭くなり、敵に見つかりやすくなるということだ。


 僕は銃を構え、急いで瓦礫の傍に身を潜ませた。


「まずはこの銃の撃ち方だ。この銃は中距離軽量型で銃弾残数は30発……マガジンは持ってきたのが2つ」


 戦場ではキルされた相手から銃や銃弾を補充できるシステム。だが、今回の場合、僕が銃弾を補充するためにはあの三人の先輩達をキルしないとできない。

 つまり、この90発は僕にとっては貴重品だ。


 続いてモニターに表示されている情報に目を移す。


「視界の左上にあるのが、アーマーの状態、頭部ヘルメット、胸部アーマーを中心に、細部まであるフルメタルジャケットだから、どんなことがあっても一発即死はない。そうだ! 銃の反動を見ておかないと!」


 チュートリアルで銃のレクチャーは終わっているがその時とは武器が違う。選んだこの銃の特徴をしっかりと掴んでおかないと。


「慎重に……何発も無駄にしないように……」


 僕は目の前にある半分割れた窓ガラスに目をやる。

 それを目標に、狙いを定め、引き金を慎重に引くと面白いように簡単にガラスは砕け散った。


「よしっ! 思ったところに命中した! このゲーム、いやこのマウスと深度システムとAIの組み合わせは本当にすごい!」


 できる。最初のゲームにはいつも操作がわからず戸惑う僕だけど、このマウスとキーボード、さらにAIがあれば、想い描いたプレイができる。


 壊した窓の先を覗き込むとそこは袋小路の建物。

 ここは隠れるにはいいかもしれないが、今回のルールなら、立て籠もるのは得策じゃないよね。


 僕は砕けたガラスを徐に欠片に手を触れる。


「す、すごいな。壊したこんな小さなガラスのオブジェクト部分にも判定がちゃんとある。それにこの瓦礫も、ヒビが入った所と無傷の所のくぼみにも凹凸があって引っかかりを感じる」


 今のゲーム技術はここまで進化していたのか。ゲーム好きを自負しているのに、こんな世界があることも知らなかったなんて――なんて勿体ないことをしてたんだ。


 まずい。こんなに凄いと何よりも感動が先に溢れてしまう。


「っと、まずは先輩たちを探さないと……これは試験だ。さすがに初めてなんだから勝つ必要はないんだろうけど、それでも無様に負けたら不合格になっちゃう」


 僕は再び身を瓦礫に隠す。

 そして、つい最近みたゲームのレクチャー動画を思い出す。


「えっとFPSの基本は、まず物陰に隠れて、動きを最小限に……そして、動くときは大胆に、素早く……」


 僕は瓦礫と瓦礫の間を駆け抜け移動するが、これが面白いくらい早く走れる! 鈍足な僕が、この世界では風を切って市街地を駆け抜けている!


「うわぁ! 楽しい! 足の速い人はこんなに走るのが面白いんだ!」

 フィールドは市街地ともあって、遮蔽物が多い。

 そのせいで先輩達を見つけるのは一苦労だけど、スタート地点からかなり移動してるし、簡単に見つかることもないだろう。


 更に辿り着いたのは街の大通り――ここまで来ればもう街の中心だ。

 ここからは、なるべく見晴らしの良いビルの屋上なんかを探そう。


 大通りの脇道から顔を覗かせ、次に駆け抜ける方向を決める。


「よし、次はあの路地裏に入り込もう……」


 慎重に……周りを確認して……。

 左に敵影なし。右にも敵影無し。足音もしない。


「よしっ! 今だっ!」

 と飛び出そうとした刹那――何かを感じる。


「……なんだ?」

 立ち止まって振り向き、辺りを確認するが、先ほど同様何かの気配は感じない。

 でも、誰かに見られていたような感覚があったのに。


「気のせい……かな?」

 そう思った矢先、僕の足下のコンクリートが、音を立てて弾ける。


「え?」


 僕が戸惑い、思考停止した次の瞬間には、再び何かが飛んできて、頭部パーツが光りのエフェクトと共に粉砕した。


 それによって、今まで移っていたマップも銃弾数も、すべてが消えて、むき出された急所である顔面が晒される。


「頭部パーツがはじけ飛んだ!? まさかっ!? 『狙撃』されたのか!?」


 僕は腕で顔をガードしながら急いで元の瓦礫へ戻る。


「いったいどこから……しかも、僕が飛び出したタイミングで……」

 あたりに敵影はなかった。足音もまったく聞こえなかった。なのに、あの一瞬で大切なヘルメットを失ってしまった。次に頭部に一発食らえば僕はゲームオーバーだ。


「そんな……どうして……」


 急いでここから逃げなきゃいけないのに――この瓦礫の場所から動けない。

 僕を撃った狙撃手がどこにいたのかもわからないんだ。動けるわけがない。


「待てよ! 確かアイテムのなかに……あった! 双眼鏡だ」

 僕は伏せながら小さく移動し、瓦礫の隙間からスコープを覗く。


「どこだ……一体僕はどこから狙撃されたんだ……」

 銃弾の角度は二発とも真横という斜め上からび方向だった。つまり高いところから狙撃されたんだ。


「ここは確かに大通りだったけど……周りにはほとんどいないし、偵察兵の僕は索敵感知能力が高いから、音である程度感知できるはずなのに……」

 僕を撃った先輩は僕の索敵範囲より遠い位置、かつこのいくつも脇道がある大通りをすべて見渡せる位置にいるということになる。


「それをすべて見張らせるのは……まさか!」

 僕はマップで一番高い通信タワーがある方向をみる。


 そこだけが、まさに撃ち込まれた方向と完璧に一致する。


「あそこだ! あの通信塔の一番上から狙撃されたんだ!」

 スコープから覗き込むと、そこには確かに何かがいる。黒いマントを靡かせた赤い一つ目の機械兵士。それが銃を構え、じっとこちらを見ている!


「でも、そんな――距離がかなりあるはずなのに!」

 通信タワーはマップの端っこにあった。双眼鏡の設定を弄ると、その対象との距離が表示される。


「推定距離4000メートル!? このライフル射程の十倍以上遠いところから……それも双眼鏡でやっと確認できる距離から撃ち抜くなんて!」


 狙撃兵は持てる武器が他の兵科と大きく違う――あの巨大な狙撃銃は、この超長距離を撃ち抜けるほど高性能なものなのか!?


「まずいまずいまずい! 僕は今、ヘルメットを失いヘッドショット一発で即死する。それに僕が撃たれたということは、先輩たちに僕の位置がばれてるってことだ!」


 先輩達は三人。もし敵に司令官兵(コマンダー)がいれば、通信という手段で僕の位置が他の二人にも伝わってしまう。


「ここに留まっていたら、すぐに他の二人に挟み撃ちにされる。急いでここから逃げなきゃ――」


 先ほどまで恐怖で動けなかった僕だが、狙撃手の位置がわかり、かつこの危機的状況を理解することで、体は本能的に動き出し、瓦礫から駆け出す。


「逃がすかよ!」

 ――が、狙撃手はそんな僕を易々と終わりにしてはくれない。再び一発の銃弾が僕の肩を貫く。


 僕は転がりながら、なんとか大通りを横断し、建物の裏へと逃げ込む。


「また撃たれた! 左肩パーツが壊れてる……持たない……こうなったらイチかバチかだ!」

 狙撃兵は大型ライフルの場合は動きが遅く、持ち込める銃弾の数も少ない。あの通信塔に辿り着ければ、僕にも勝機はあるかもしれない!


 僕はあの機械兵のいる通信塔を目指し、街の裏街道を大胆に駆け上がるが……


「なっ!?」

 僕の背後から、今度は白い市街地用迷彩服を着た兵士が追走している。顔は千切れた包帯で隠されてはいるが、その隙間から見据えた眼光が、僕をじっと見ている。


 兵科はおそらく僕と同じ偵察兵か!


「クソッ! このまま追いかけられながら狙撃兵のところまで行ったら挟み撃ちじゃないか! ここは逃げるしかない!」


 僕の思考を読んだのか、白偵兵の銃弾が後ろから容赦なく撃ち込まれてくる。まだ距離があるからか当たってもほとんどダメージはないが――それでも次々と僕を守るアーマーの耐久値が削られていく。


「だけど、同じ偵察兵なら足の早さはそれほど変わらない。移動し続ければいつか撒けるはず!」


 市街地を右へ左へと何度も駆け抜ける。マップ中心にいたはずが、いつの間にか西の端、北の端、東の振り出しへと戻ってきた。


「おかしい……全然引きはがせない。これだけ逃げ回ってるのに――もうずっと追いかけ回されている!」


 ナインツフォールも、もう三つ鳴った。


 通信塔の狙撃手ももう別のポイントへ移動してしまっただろう。このまま時間が経てば、逃げる場所もどんどん狭くなっていく。このままじゃジリ貧だ。


「なんとか一度体勢を立て直したいのに――」


 それが一番難しい。もう背部アーマーも壊されてるため、立ち止まることもできない。


 ならば、追いかけてくるこの人と撃ち合うか? この正確に、確実に僕を削っているこの人と? そんなの勝てる気がまったくしない。


 十分間逃げ回って、白偵兵は撃つ技術も、避ける技術も、圧倒的に僕より上だとわかった。振り返ってしまえば、撃ち合う前にアーマーの崩れた僕はキルされる。


「せめて、せめて、五分でもいいから撃ち合える環境を作らないと――」

 必死に走りながら逆転の一手を考える。


 この白偵兵を倒してもまだ狙撃手の機械兵ともう一人残ってる。僕がもう三人に勝つのは絶望的なほど難しい。


「なら、ここでこの人に一矢報いないと――」

 このままでは何も出来ずに試験が終わってしまう。


「あれは……?」


 目の前に、見覚えのある割れたガラス窓。確か最初に僕が試しに撃ちで込んだ建物だ。どうやら気がつかないうちにグル血とマップを一周してしまったようだ。


「そうだ! これしかない!」

 僕は走る速度をほんの少しだけ落とし、背後のこの先輩やられないギリギリの距離まで引き付ける。


 振り返らなくても撃たれるタイミングは掴んでいる。相手の引き金に合わせて!

 

「よし! このタイミングだ!」

 既に割れたドアのガラスを突き破り、建物の中に入る。そこは覗き込んだときに、袋小路なのは確認済みだ。


「飛び込んで来い……迎え撃つ!」


 散々追いかけられ、追いつめられた僕だけど、これが唯一のチャンスだ!

 入り口が一つなら、ここに飛び込んでくる相手とは必然的に一対一の短期決戦になる。背中のアーマーは損傷しているが、正面はヘッド以外はほぼ無傷。



 やや不利だが、これで正面からの戦いができる!



 だが、予想に反して、あの偵察兵は飛び込んでこない。


「どうして――来な……あれ?」

 僕の疑問と湧いた不安に呼応して、視界が揺れる。


 何かおかしい――急に体に――操作に違和感……。


「……う、うごけ……ない……」

 まるで糸が切れた人形のように、どうしようもできず、その場に平伏すように倒れる。


「これって……」

 よく見ると、周りに何か装置のようなものが配置され、電流のようなエフェクトが僕の向かって放たれている。



「いい判断だったよ……だけど、それはただ怯えた獲物(ネズミ)が巣に、逃げ帰るような作戦とはとても呼べないものだ」


 誰かが立っている。いつから? 僕が飛び込む前からここで張っていたのか!?


「これは……トラップ!?」

 すごく動き辛い。さっきまで自分の体以上に自由だった体が鉛のように重い。この電流トラップは僕の操作を阻害する効果があるのか!


 辛うじて振り返ると、そこには赤と黒、そして白で彩った、あまりに奇抜な格好の道化ピエロを彷彿とさせる司令官兵。


 おそらく、その声から察するに山葉先輩のアバターが足を組んで座っている。


「ここまでだね……」

 どうしてここに罠が……? 仕掛けるならもっと通りやすい大通りだとかにするべきだし、僕もそれを警戒してマップの外側を回っていたのに。


「そう。キミは警戒していた。だからこそ、追いつめられれば最後はここに――キミが見つけた穴蔵に飛び込むと読んだんだ」


 囚われている建物に、僕を追いかけ回していた白偵兵と狙撃手の機械兵も入ってきた。


「完全に囲まれた。身動きすら出来ない。……これじゃあ……もう……」

 三人が平伏した僕に向けて銃を構える。


 機械兵の大型のスナイパーラーフルが、白偵兵のアサルトライフル、そして道化兵の自動小銃の、三つの銃口が僕の眼前に向けられている。


「おお、しんでしまうとは、なさけない」

 そして、僕の頭を打ち抜かれる瞬間。


 実物と変わらない銃声と飛び交う銃弾の迫力に――


「うああああああああああああああああああああああ!」

 僕は叫び声を上げ、死への恐怖から、走馬燈を見る。


 その光景こそが、僕がヒーローになれないと知った、あの日の夏の風景だった。

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