VS 三人の悪魔<ゴリティア> A NEW WORLD

第4話 その言葉の【重】さを、僕は知らない。

「このサーバー室って、どこにあるんだ?」


 放課後、大成君に丸められやや読みづらくなったチラシを見ながら、松田さんに貰った勇気が消えないうちにと、あの先輩のいる部室を探した。


「なにしてるのかね?」


 eスポーツ同好会の活動場所、『サーバー室』を探すため、職員室前の掲示板を何度も見て右往左往している僕を不審に思ったのか、中から一人の白衣を着た教師が出てきて尋ねた。


 猫背だが背が高く、特徴的な猫背で、前髪が伸びきり、顎にやや髭のそり残しがある。


 胸の名札には『豊田先生』と黒プレートの金文字掘られていた。


「あ……えっと……サーバー室を探していて」

 この進学校は私立だし、設備も整っているから絶対にどこかにあるのはわかる。だけど、何度見ても、それらしきものが学校の地図のどこの棟の地図を見ても見つからない。


 最初はパソコン室のことかとも思って教室を覗いたが、そこには授業の復習にとストリーミング授業を受けている上級生と、パソコン同好会と思われる先輩達がいただけで、声をかけてくれたあのおかっぱの先輩の姿はなかった。


「パソコン室じゃなくてサーバー室?……あぁ、そういうことか」

 小さい僕を隠れた目で見下ろすように覗いた後、先生は曲がった背をただして指を指す。


「サーバー室はあの鉄扉のところだ。普通はそんな場所に生徒が行くことなんてないから、構内地図には略称でしか書いてないんだ」


 そう言うと今度は掲示板の学内地図をタッチパネルで操作して説明した。

 確かに指出した場所は簡素に細い文字でSV室と記してあった。

 SV――つまりサーバーの略称だ。


「……あぁ、なるほど!」


 変に大声で納得する僕を見て、豊田先生はボリボリと頭を掻いてから


「別に止めるつもりではないんだがね……君は学生なんだ。そんなことよりも、もっと違うことをしたほうたいいと思うがね」

 とだけ言い残して、自動ドアのボタンを押して曇りガラスに覆われた職員室へと戻っていった。


「まだ授業でもあったことない先生だったな……」


 一年生の授業では見たことはないが白衣を着ていると言うことはたぶん二年になったら受ける化学か生物の授業教師だろうか。


 僕は豊田先生に教えて貰った場所へと辿り着く。


「し、失礼しまーす」


 僕は普通の教室とは違う重い緑の鉄扉を開けて、ゆっくりと慎重に中を覗き込む。

 そこは確かにサーバー室で、いくつもの僕の背丈より大きい黒い箱に入った機械が音を鳴らしている。


 さらに、一番奥の隅に二つ、その手前に二つ、まるで正方形の角になるように四台のパソコンと、繋がるように長い机が辺として設置されていた。

 それに、サーバー室だからだろうか、春にも関わらず空調がよく効いていて、やや寒い。


 そして、左隅とその手間のパソコンの前に、二人の学生が座っていた。


「…………なんだ? お前は」


 一番奥から、保温タンブラーを片手に、タブレット型のデバイスで何かを読みながら、一人の先輩が僕に尋ねた。


 銀縁の細いメガネの奥に鋭い目を持った人だ。


 高校生という寄りもやり手の企業セールスマン――いや、少女コミックのヒロインをドギマキさせるドS系俺様彼氏みたいな印象の人だ。


「えっと……あの……今日の朝にこの勧誘のチラシを貰って……」

 僕は若干の逃げ口を残すため、少し扉を開けたまま身を乗り出して、その先輩の質問に応えた。


「それがなんだ。俺は何しに来たんだって聞いたんだ」

「えっと、あの……だから……」


 ここまで話したら個人的には察して欲しいのだけれど……いや、はっきりと試験を受けに来たと言えない僕が悪いんだけど。


「もう、川崎君。あんまりイジワルなことしないの! そうよ、ここはエレクトロニック・スポーツ同好会よ」


 手前に座っていたもう一人の生徒。

 長い黒髪を一つにまとめた優しそうな顔立ちの女子生徒が、僕をフォローしてくれた。


 どちらも青い校章――あの先輩と同じ二年生だ。


 チラシをくれた先輩はゲーム好きと言われれば納得できる人だったけど、ここにいる二人の先輩はあまりそう感じない。


 銀縁眼鏡の先輩はいかにも優等生って感じだし、背もスタイルもよくて読者モデルなんかが似合いそうだ。

 隣の優しそうな先輩もゲームよりも甘いお菓子作りが似合うどこか家庭的なお姉さんって感じがする。


 この二人があの先輩が言っていた少数精鋭のレンジャー部隊? あんまりイメージと合わないな。


「はじめまして。私は二年の鈴木 夏輝です。そして彼は同じく二年の川崎 一冬。私も川崎君も見たことないってことは、チラシを渡したのは山葉部長ね。もう少ししたら来ると思うから、とりあえず座って」


 僕は鈴木先輩から奨められ、空いているキャスター付きの椅子に腰をかける。


「あ、ありがとうございます」

 鈴木先輩が僕の校章を見た後、僕の顔をまじまじと見つめる。年上の女性としっかり目を合わせたこと何てないので、気恥ずかしくなり目をそらす。


 ――が、今度はその先輩のやや強調された胸に、目が行って慌てて別の方向へ目をそらした。


「一年生よね。一般と推薦、どっちで入ってきたの?」

「い、一般です!」


 赤藤高校は私立の進学校だが推薦入学もある。

 ただ、スポーツ推薦はなく全国模試上位が条件だったと思うが、僕にはまったく関係のない話だったのであまり詳しくは知らない。


 目線を戻すと、先輩はいつの間にか背を向けており、僕はホッとして胸を撫で下ろす。


「そう。えっと……いくつかしら?」

 先輩が何かしながら僕に尋ねる。


「え……あの……十五ですけど……」

 あれ? さっき僕の校章の色を確認してなかったっけ?


「ほぉ、なかなかいい味覚センスを持っているな。どけ、鈴木。この一年、味覚だけは見込みがある。俺と同じセンスの持ち主だ。光栄に思え、手ずから俺が入れてやる」

 と声を出して持っていたデバイスを置いて立ち上がる。


「ちょ、ちょっと待って、川崎君……」


 そして、鈴木先輩から強引にカップを取り上げると、僕の目の前で白いキューブをいくつも放り込み始め、黒い液体が茶色に変わるまでそれを続けた。

 そして、やや粘性を帯びた黒茶液体に最後の止めに白い液体を注ぎ込み、スプーンでぐるぐるとかき混ぜる。


 運ばれたときはさらりと揺れる液体だったが、今はドロリとした雨の日のグラウンドを彷彿とさせる液体に変位している。


「あの……なんですかこれ……」

 僕は川崎先輩に、泡が弾ける液体を一気に飲み干せと言わんばかりに差し出され困惑する。


「俺のおすすめは砂糖二十のミルク四杯だが、初見でコーヒーの濃さがわからないなら、まぁ最初はこれくらいで様子を見るほうがいいだろうな」


 さっきのキューブは砂糖!? いや、これ絶対に体に悪いでしょ!


「ほれ、追加用の砂糖とミルクだ」


 いや、追加用ってなに! すでに過剰だよ! もはや液体(コーヒー)より固体(砂糖)の方が割合が上になってるよ!

 これってどういうことなんだ!?


「その……コーヒーに入れるお砂糖の数を聞いたのよ?」


 え……あぁぁぁぁぁぁぁ!? は、恥ずかしい! あの質問はそういう意味か! そうだよね! 普通同じ高校生で年なんて聞かないよね!


 僕は赤面し、更に差し出された飲み物を見つめる。


 責任を持ってこれを飲まなきゃいけないのか? コーヒーなんてほとんど初めてだけど、こんなに砂糖が入ったらチョコレートみたいなものなのか?


 で、でも僕甘いの苦手だし……でもせっかく先輩が用意してくれたのに断ったら――お、怒られそう。


 こうなったら飲め、飲むんだ本多 秋良! たぶん毒じゃないから死にはしないはずだ! ただ寿命が少し縮んで虫歯になりやすくなるだけだ!


「いや、無理しなくていいわ、というかごめんなさいね。そんなジャンクなものは川崎君が責任をもって飲むから」

 困っている僕の手から鈴木先輩がカップを取り上げると、ぐいっと川崎先輩と呼ばれた眼鏡の先輩の胸に押し当てる。


「す、すみません! コーヒーなんて飲んだことなくて……」


「あらそうなの? それじゃあ、カフェオレならどうかしら。ちょっと待ってね」

 川崎先輩は渡されたたカップと僕を見てから、ため息をややつくと


「ッチ……こいつの良さがわからないとは、お前も凡人だな」

 と一気にカップの中身を飲み干した。


「そんなもの飲んだら糖尿病になるわよ」

「お前らのような頭を使わない連中と一緒にするな。俺にはこれでも足りないくらいだ」


 いや、もうそれなら砂糖食べたほうが効率的なんじゃないのか――いや、液体だから流し込みやすくて吸収にはいいのだろうか。


 川崎先輩はやや機嫌を損ねたのか、奥の席に座り再びデバイスに目を移した。僕への興味をすっかり無くした様子だ。


 代わりに、鈴木先輩がカフェオレを用意してくれた。

 初めての体験に恐る恐る一口運ぶと、思ったより苦くなく、ほどよい甘みがある。これなら確かに僕でも飲めそうだ。


「それで、ここに来たって事はもちろんゲームが好きなんでしょうけど、あなたはどんなのをいつもやってるの?」

「えっと、RPGが多めです。エンファンとかドラモンとか……」

「なるほどね。私もよくやってるわ。ドラモエはどれをやっているの?」

「えっと……最新のも好きですけど、やっぱり何度もリメイクされているⅣ・Ⅴ・Ⅵの連作が一番好きです。特にⅥはよくストーリーが練られていて、ボスが容赦なくてすごい好きで……」


 やっぱりゲームの話をリアルで出来るのは楽しいな。SNSでは僕がツイートしてもほとんど反応なんてないし、こうしてゲームのことを話すのは、小学校以来かも。


 ここに入部できたらこんな話が毎日できるのかな?


「えっと……じゃあTAは?」

「え?」


 TAってなんだろう。DQにそんなシリーズあったかな?


「ベストタイムはどれくらい? さすがに8時間は切ってるわよね?」

 TAってタイムアタックのことか! や、やばい。そんなのやったことないぞ! 何周もしてるけどせいぜいメインメンバー代えたり職業変えたりして遊んでるだけだし……。


「えっと……あんまりそういうプレイはしてなくて……」

 鈴木先輩が不思議そうに首を傾げた。


「あぁ、レアハンター系? そういえば、私も『おれないこころ』とクイーンパーパンの『おかまのつめ』をカンストさせるまで集めるのには苦労したわ」


 ……やばい、そういうプレイもしたことなんてないんだけど。ていうか『おかまのつめ』ってイベントで一個手に入るだけじゃなかったんだ。……確かあの手のゲームのドロップ率って最大二百五十五分の一とかだったよね。それをカンストって――どんだけやればできるんだ?


「鈴木、お前みたいな脳筋プレイをするゲーマーなんて今時いるわけないだろ。おい一年、FPSはやるのか?」


 デバイスを横目に川崎先輩が僕に尋ねる。


「えっと……PCでなら少しだけ……でも、プロゲーマーの人みたいにうまくいかなくて……どっちかっていうと苦手です」

 川崎先輩がまたため息を吐いた。鈴木先輩も何かを察したかのように僕を見て、困ったように笑う。


 重たい空気が流れる。


 やばい――この人達、僕なんて遙かに凌ぐゲーマーなんだ! そ、そうだよな。少数精鋭のレンジャー部隊なんていうくらいだから僕なんかよりゲームをやってるんだよな。


 完全に僕はこの二人の先輩の期待から外れてる。そう言えば、僕ってあんまり対戦だとか記録とかは苦手で、避け続けてたもんな……。

 うっ……サーバーの音がさっきより大きく聞こえる。何か話題を――でも、また期待外れの話になって先輩達を困らせるかもしれないし――あぁ、こんなことなら一度くらいTAでもFPSでも本気でやってみればよかった!


「やぁやぁ、お待たせ。昼休みに屋上で転寝していたら、授業が終わっていてびっくりしたよ」


 そう言って重たい扉から重たい空気を吹き飛ばして入ってきたのは、僕にチラシを渡してくれたあの先輩だった。


「あ……えっと……失礼しています」

 名前は確か山葉部長だったよな。た、助かった……。これでこの重たい空気から解放される。


「誰だい? 君は?」


 え? あの……朝に一回の掲示板で……あれ? 何これ? この先輩が僕のこと覚えてなかったら僕って完全に不審者じゃないか!


「山葉部長が勧誘したのでしょう?」

「そうだったっけ? 今朝は寝不足でぼんやりしてたから、あんまり覚えてないや」

 やばい! 川崎先輩の眼光が強くなった! にらみつけるの攻撃が僕の防御力を下げている!


「確かに先輩から貰いましたよ! ほら、ここに先輩から貰ったチラシが……」

「ん? こんなにクシャクシャなのを? それとも今朝受け取ったってことは、この半日でこんなにしちゃったのかい? 確かに今時珍しい古風なものだけれど、これでも一冬と鈴木さんが一生懸命つくったんだぜ?」


 し、しまった! 僕がやったわけじゃないけど、こんな状態のチラシを見せるなんて!


 あぁ、川崎先輩のデバフでこれ以上防御力が下がらないところまでいって、更に鈴木先輩が引きつった笑顔をしている!


 た、たすけて! これ以上この空気に耐えられない!


「まぁ、いいや。それじゃあ、とりあえず入会試験でも始めようか」

 全然良くないんけど! 完全に二人の僕に対する第一印象は最悪なんですけど! 試験前に面接でもう不合格確定なんですけど!


「やるゲームは、今話題沸騰中、全国で二十億人以上のプレイヤーがいるとも言われている今世紀最大のモンスターゲームだ」


 ん? それって聞いたことがある。

 確か、去年くらいから話題になっていて、世界大会まで行われたやつだよな。プレイしたことはないけど、プレイ動画とCMは何度も見たことがあるぞ。確か――名前は――


「『セイグリッド・ウォー』さ」

 そうだ。現代やファンタジーの数多ある兵科から一つを選んで戦うPVP系のサバイバルゲームだけじゃなくて、チーム戦やAIの敵を倒すクラン戦なんかもあるんだっけ。


 とにかく事前人気が凄くていろんなゲーム配信者が話題に為ていたし、僕も興味があった。

 ただ、去年は受験があってゲーム禁止だったから、完全に乗り遅れてしまったんだっけ。


「そう。そこで僕たちは……このセイグリッド・ウォーのことだけを目標にしている」


 その言葉に僕は目を見開き、三人の先輩達を見た。


「え? 二十億人も参加しているゲームでですか?」


 何かの冗談だろうか。それとも僕を脅かそうとしているのだろうか。

 だけど、山葉先輩のその言葉に、他二人の先輩は僕と違ってまったく揺らいで等いなかった。


 むしろ、そんな僕の不安の言葉など気にもとめていない。


 そんな三人の個性と、その目標の大きさに、僕はただ圧倒されるばかりで……。



「――優勝する?」



 その言葉の意味を、僕はまだ理解できずにいた。

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