第2話 僕の冒険が始まった【日】

 世界ベルト朝神派宗教団コクランの名の下に統一された。


 社会では聖典ロエヌが頂点に立ち、ルナによって選ばれた為政者タカではなく、その解釈を知る教皇ヤリとそれを守護する六人の枢機卿達ソティが治め、人間の意識もまた共有ウィニされた。


 争いはなくなり、その代わり聖典に書かれた百二十八の大罪ヴィル・デ・ボノウにより、自由も権利もなくなった理想郷ユトピアというなの絶望郷ディスピア


 先人達が作り上げた破壊エゴの結晶――兵器マシナは、退廃的技術ロストテクノロジーと蔑まれ、それを扱うもの、作り出すものは『異端者アリエナ』と揶揄される。


 その中で、僕は世界の真実を知る最後の王子ドゥティとして、二十一番目のロストテクノロジーの手がかりを探すため、信頼できる側近達ナマカと共に旅をし、今は廃墟と化したかつての大都市『デロトルト』に辿り着いた。


 そこで待っていた戦争によって手足を失い、ロストテクノロジーによって延命している科学者が言う。


「つまり、ボルスのランジのディムがポータでバジーンってわけじゃ」


「え? ボルシチをレンジでチンしてポークがバーンしたって? ダメだよ。スープ類を袋に入れたままチンしたら。そういうのはまずお皿に移してからチンしないと」


「いや、誰がロシア風インスタントスープの話をしたんじゃ。天獄のデルシ様の従者ディムが箱庭で楽園を追放されたという意味じゃ」


「いや、どんな略称の仕方だよ! ていうかいきなり専門用語多すぎて全然ついていけないよ! 異世界ファンタジーの大長編ラノベ一作目かよっ!」


 去年からずっと期待して迷い無く初回限定版を予約し、下校と共に帰宅部のエースの如く、馴染みのゲーム屋で購入したのは、この『エンド・オブ・ファンタジーの最新作』。


「おい、大丈夫かお前――この世界の常識だろ?」

 側近にして幼馴染みで、しかも剣の師でもある『ディアブロイス』が現実とゲームの狭間で混乱している僕を宥める。


 輝かしい高校デビューなんてものも飾ることは出来ず、二週間目に突入した僕は、今だにクラスに馴染めていないのに、ゲームですらこんな扱いなんて……


「こないだのフレムの新作ダークソースXも、内容がよくわからなかったし――難解な世界観が最近の主流なのかな……」


 元兵器科学者から情報を引き出すため、任務お使いを頼まれた僕達は、広大なマップを見渡しながら目的地を探す。


「ぐぇ! いきなりエリアマップに赤文字の敵が――ってなにこいつ! Lv70!? めちゃくちゃ強いじゃん!」


 大通りを横断中に赤い敵が接近してきていると思ったが、逃げ切る前に捕まってしまい、エンカウント。


 そして現れたのは、今まで出会ったことがない巨大な肉食恐竜のようなフォルムのエネミーだ。


 まだ始めたばかりで、武器も弱い僕らに、あの見たこともない極彩色の体力ゲージを削りきれる分けがない! 急いで逃げないと――


「ホンダ! 俺に任せろ! 俺達はお前の剣に――」

 おい、やめろディアブロイス! なんでお前等武器取り出してんだっ


「ぎゃああああああああ! 仲間の槍使いが一瞬で消し炭になったぁぁぁぁぁぁぁ!」

 なんだよこの仲間のAI! なんであんな敵相手に無策に突っ込むんだよ! こうしちゃいられない! 急いで敵から逃げないと……


「俺のそばから……離れるな……」

 だが、瀕死になったディアブロイスが僕の足を掴んでるぅぅぅぅ!


「は、はなせぇ! いや、マジで! お前が勝手に突っ込んだんじゃんか! みんな! ちょっと助け――」

「アアアアアア」


 なんで仲間がゾンビになってんだぁあぁ! いつのまにアウトハザードみたいなホラーゲームになったんだよ!


『クルシャウラァァァァァァァ』


 そして降り注ぐ理不尽モンスターによるブレスにより、僕達の冒険はここまでとなった。


 ◇


 僕はコントローラーをベッドの上に置く。


「うーん、またゲームオーバーだ……このゲームでもパッとしないなぁ」

 僕は黒く暗転しGAMEOVERと表示された画面から目を移し、デバイスで記事を検索する。


「レトロゲームは一本道が主流なのに……最近のゲームはどこいったら良いかわからないし、難しいよ……」


 このゲーム『エンド・オブ・ファンタジー』は、プレイヤーの行動や発言、思考によって物語が分岐するらしく、CMの謳い文句ではエンディング・ルートが1000を軽く超えるらしい。


 だからこそ、最初の一周だけは『ネタバレ』を極力避けつつ自力でエンディングを見ようと誓った僕だったが――プレイ開始から早四時間――この最初の任務で早くも躓いている僕は、あっさりと決意を砕かれた。


「えっと……こういうときは――」

 ネタバレされみなければいいんだ。簡単なレベル上げ方法とか、おすすめの初期武器とかなら問題ないだろう。


 と、僕は攻略WIKIのページを開くと同時に驚いた。


「すごいなぁ、今日発売のはずなのに、もうストーリー攻略ページが埋まり始めてる……」


 日本では発売日が今日だけど、海外版は数日前に発売されてたんだっけ? それにフライングゲットした人もいるんだろうけど……もうクリアした人もいるなんて……。


 僕はWIKIサイトの管理者のツイートでも見ようとデバイスを開くと、数少ないゲーム仲間のフォロワーからメッセージが届いているのを確認した。


「ん? 速報? 拡散希望か――」


 中身を開くと、そこには英文記事の切り抜きが貼り付けられており、読み取れるのは『ワールド・レコード』と掲げられた記事のタイトルだけだった。


 すぐに翻訳をかけ、中身を確認する。


「うわぁ、また『クライスト』がラスベガスのゲーム大会で優勝か……うわっ、しかも賞金5000万円!? これで賞金ランキングで二位との差がまた開いた」


 『クライスト』というのは、ゲーム業界で今、文句なく一番有名なプレイヤーの名前だ。

 圧倒的な強さでたくさんのゲームにジャンルに参戦。ゲームに関するギネス記録も多数持ち、誰もが認める世界最強の


 FPS、MOBA、TCGなどの対戦ゲームだけでなく、レトロゲームのクリアタイムや対戦格闘ゲームのコンボ数や難易度を競う大会にも参加し、優勝し続けている。


 ただし、年齢も素性も誰も知らない。開催する会場に現れることはなく、常にオリジナルCGのヴィジュアルモデルでのみ、姿を現している。


 一時期は人間ではなくAIの仕業ではないかと疑われたが、海外のAIを研究している企業が調査したところ、AI判断は0.001――限りなく人間に近い思考をしているということで、更に話題になった。


「今季で、年間獲得賞金がすでに五億円越えなんて……すごいなぁ」


 たった数ヶ月で五億を一人で稼ぐ人物か。


「クライストの神プレイ……か……」

 更にリンクについていた動画を開くと、クライストの様々なゲーム大会でのプレイが編集されて動画が公開されていた。


「どうやったらこんな風に動けるんだろ。うわっ! すごい集中力。迷いなくどんどん敵陣に切り込んでいくし、また相手の裏とってこれで40キル越え……」


 一瞬で敵を見つけ、仕留める反射神経。不利な状況でも迷わない行動に、相手を翻弄する動き。


 どれもこれも、僕にはわからない動きだらけだが、動画のコメントは世界の様々な言語でそれを解説し、絶賛するもので飛び交っていた。


「ダメだ……自分には足りないものだらけで参考にならないや……」


 僕はフォロワーの記事をリツイートし、デバイスをベッドに放って寝転がった。

 いつのまにか暗くなった部屋の天井を見上げる。


「すっごいなぁ……どんな人がやってるんだろ。やっぱりゲームが好きな人がやってるのかな?」


 僕は目を閉じ、クライストスの姿を想像する。


 若い人なのか、それとも意外にも年を取っている人なのか……どこの国の人なのか、僕のように高校時代があったのか……。


 ベッド近くの本棚には、共に地獄の冬を乗り越えた中学時代のノートと、今まで収集してきた古いゲームの攻略本が混沌として並べられている。


 そして、その下に置いてある鞄には、現在進行中の新生活を象徴する高校指定の電子教材デバイス


 ゲームは新作情報が出ればそのグラフィックにワクワクするし、レトロゲームの今でも色褪せない王道ストーリーには感動する。それ以外にも、すごいプレイをする人を見るとドキドキする。


 プロゲーマーはもちろん尊敬しているし、憧れもするけど、何か新しいゲームをプレイする度に、いつも思うことがある。



「僕って才能ないんだろうなぁ……」



 自分は平凡で、何の取り柄もない人間だ。

 勉強も苦手だし、運動も苦手。やってきたのはゲームだけなのに、とてもじゃないがプロゲーマーたちのようにはできない。


 そして、最近は特に思うことがある。


 僕にも高校生活が始まった。県内一とも言われる進学校に入学したことで、半年間の『ゲーム禁止』も解かれたから、このまま退学にさえならなければ少なくとも三年間は自由にゲームができる。


 新しい生活が始まったのに、友人もそれほど作らず、学校が終われば一番に帰宅してゲームをする。


 こんな風に毎日を過ごして、高校を卒業し、大人になるんだろうな……。


「このまま、ゲームこんなことを続けててもいいのかな」

 そんな思いが頭に過ぎり、言葉になる。


「……ちょっと、寂しいな」


 それは、この孤独からくる『寂しい』なのか。

 それともこんなに大好きなゲームへの熱が、冷め始めている、自分の変化にたいする『寂しい』なのか。



 今の僕には、それがどちらなのかは、わからない。



 昨日、ふと浮かんだ感情に突き動かされたのか、僕は学生専用の掲示板画面に目を移す。


 小学生の時は、この手の掲示板はお手製の紙のチラシだったが、高校とも成れば電子掲示板が定番らしい。画面には大会動画やら手作りCGやらポップアニメやらの個性的な広告が飛び交っていた。


「部活か……何か運動部に入れば友達とかもできるのかな?」


 サッカー部、野球部、テニス部にバスケット――ダメだ。スポーツの経験なんてないから……団体競技は迷惑をかけちゃうかもしれない。僕のせいで負けたなんてことになったら申し訳ないし、かといってマネージャーや応援なら僕よりも女子のほうが嬉しいだろう。


「それだったら文化部がいいのかな?」


 クラシックは好きだけど、楽器なんてやったことないし……たかだか30人のクラスメイトの前ですら緊張して早口になっていた僕だ。吹奏楽も演劇も放送部も緊張して固まって、迷惑をかけるのが関の山――これも難しそうだ。


 そして目についたのが、掲示板の隅に表示されている同好会だ。


「将棋・囲碁くらいならできるかもだけど……」

 ただ、これは家でネット対戦ゲームしてるのとあんまり変わらない気もする。同様の理由でボードゲーム同好会も候補から外れる。


「ん? コンピューター部は自作デバイスの組み立て・改造・OSの開発なんかをしているのか……」

 これなら僕でも何か手伝えるかも――と思ったけどプログラミングなんかできないし、前に工作授業でラジコンを作ったときは、ひたすら後ろにしか進まない欠陥品ができあがったんだっけ。


 ふぅ……やっぱり、僕って何も出来ないダメ人間なんだな。


 不意に湧き上がった衝動すら、僕を突き動かすことなんてなかったようで、僕は諦め下を向く。

 やっぱり、このまま帰宅部でいよう。誰にも見つからず、気にされない――でも、誰にも迷惑をかけないし、期待もされないから裏切らない。


 そんな、気楽さもいいじゃないか。


「なにか部活動をお探しかな? 新入生ぼうけんしゃ君」


 不意に背中を叩かれ、声をかけられた。心臓が口から飛び出し、目からビームでも出るような驚きだった。


「えっ! あっはい!」


 僕は勢いよく振り向くと、そこには青の校章の――一つ上の先輩が立っていた。


 僕とは違い綺麗な整った黒髪のストレート。前髪はざっくりと斜めにザックリと切られたおかっぱ? どこか古風なこけし人形を思わせる容姿だが、糸目ではなく愛くるしい大きな目の中性的な顔立ち。


 履いているのがスカートではなく僕と同じズボンなところを見ると、もちろん男性だとわかるのだが、それでも光る瑞々しい唇と長い睫にドキリとする。


 先輩に話しかけられたのなんて中学でも一度か二度程度しかなかったので、実は先生以上に緊張する。


「そうかそうか。そいつはちょうどよかった。ちょうど一枚余っていてね。よかったらあげるよ」


 そう言ってペラッと、ほどよい硬さの特有の、紙の気持ちの良い音と共に、一枚の用紙を渡される。


「ん? これって……」


 それは古風な手書きのチラシ。

 そのタイトルには整った青のアウトラインと黄色の文字で『eスポーツ同好会』と描かれていた。


「エレクトロニック・スポーツ同好会……うちの学校にも、あるんだ――じゃなくてっ! あ、あるんですね!」


「おや? 知ってるのかい? ということはキミもゲームをやる人種だね」


 先輩が白い歯を見せて『にしし』と笑うと、小さな肘で僕の胸を小突いた。

「は、はい。据え置きのRPGとかがメインですけど――」


 その言葉に先輩の目がキラリと光る。

 僕は脳回路を通さずに発した言葉を処理し、慌てて


「で、でも、たまにPCゲームもやったりします!」

と訂正する。


 せっかく先輩から勧誘してくれているのに、壁作ってどうするんだ。なるべくオープンに……失礼の無いようにしないと。


「ふーん……そっかそっか。それじゃあ、暇だったら腕試し程度にいかがかな?」

「腕試し?」


 僕より小さいその先輩が、僕より小さな細い手で僕の握ったチラシの一部分に指を指す。


「部員募集中……ただし審査と試験あり……ですか?」

「うん。同好会だけど目標は高いからね。数は集めるつもりはないんだ。あくまで少数精鋭のレンジャー部隊って感じかな」


 少数精鋭? レンジャー部隊ってなんかファンタジーミリタリーみたいだし、古風でかっこいい!


「放課後に入会試験やってるから、気が向いたら遠慮なくどうぞ。でも、こっちも遠慮なんてしないけど」


 そう言って先輩は背中を向けて手を振ると、二年生の教室がある二号棟へ続く廊下へ歩いて行った。


 去り際に僕を横目で流して


「じゃあね……まだ『名前もない新入生ニュープレイヤー』君。君の壮大な冒険は、もしかしたら『ここから』始まるかもしれないぜ?」


と、ニヒルに笑ってみせた。


 そんな煽り言葉に、トキメク僕は、やっぱりゲームが好きなんだと実感した。

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