胸に劔を突き刺さなければ言の葉は出てこず

藤泉都理

胸に劔を突き刺さなければ言の葉は出てこず








 呼吸困難になるのは。

 胸に劔を突き刺した所為。

 胸から噴出する。

 紅の所為。

 














「よお」

「おう」


 幼稚園小中まではいつも行動を共にしていたが、高校になってからは、クラスもつるんでいる連中も違う俺たち二人が顔を合わせるのは、自然と帰る時だけになっていた。

 最大級の災害に巻き込まれるまでは。


 休日。

 お互いに力なく片手を上げて、無言で公園に向かう。

 学校からもお互いの家からも徒歩五分で着くそこは、狭いうえに、遊具が一つもなく、ベンチしかなかった。

 そのたった一つしかない桃色のペンキが塗られたベンチに横並びに座った俺は、どうだったと相方に尋ねた。

 相方はしばらく、無言だったが、肘で腕をつっつけば、白だったと答えた。


「そうか」

「おまえは?」

「赤」

「ふーん」


 どちらともなく、俺たちは頭を触った。

 正確には、髪の毛に隠されている、とても小さな角を、である。


 一週間前のことだ。

 一緒に帰っていた俺たちはなんとはなしに、この公園へと向かった。

 しいて言えば、呼ばれているような感覚だった。

 そこで、蔓の植物に襲われ意識を失い。

 気づけば、目の前に鬼が立っていて。

 言ったのだ。


 想像した劔を胸に突き刺し、銀杏の葉を出さなければ、おまえたちはこのまま鬼になる。


 正直、相手にしなかった。

 鬼に言われた通り、頭には角が生えていたが、ただの変異コブだと取り合わず、相方と病院に行こうという話になって、鬼を放置して、病院に行った。

 そしたら、なんかヤバいと言われた。

 なんか、頭にできているこぶが生命力を吸い取っていると言われた。

 うちでは対処できない、ほかの病院を紹介するからと、救急車で連れて行かれた場所が、鬼の巣窟だった。


 人間社会やべえ、鬼に支配されてるじゃん。


 乾いた笑いしか出てこず。

 顔はパンパンに腫れるわ、頭以外の身体からはひょろひょろに痩せ細るわで。


 セカンドオピニオンサードオピニオンしても、連れて行かれるのは鬼の巣窟。

 正直、このまま鬼になってもいいかなと思った。

 現状をすべて受け入れているわけではないけど、このまま人間でいたってなんかあるわけでもないし、どっちかっつーと、年を重ねるほどマイナスしかないじゃんって。


 でも、その考えがひっくり返ったのは、好きな子の好きな人の名前がわかってしまったから。

 もちろん。俺じゃない。

 俺じゃないって思ってたけど、希望はあるかなって。高校の間くらい、想うだけは自由だろうって、思っていたら。

 鬼になる副作用なのか、好きな子の好きな人の名前がわかってしまった。


 すみません。想うだけは自由だろうって格好つけました本当は脈があるんじゃないかって大いに胸をときめかせてました。高校三年間そうやって胸をときめかせ続けられるものだと思ってましたわーるーいーでーすーかあ?




 絶望した。




 俺は泣いた。顔がパンパンに腫れているのに、むせび泣いたおかげで、余計にパンパンに腫れた。


 いやだ!

 好きな子の好きな相手の名前なんか知りたくない!

 鬼になりたくない!


 俺は藁にも縋る思いで、想像した劔を胸に突き刺した。

 ら。

 秋桜の花が噴出した。

 赤だった。


 突然出現した鬼に、乙女の愛情とか言われた。

 ええ俺って乙女だったんだぶっへーっとおどけながらも、またちょっとだけ泣いた。

 顔の腫れは引いて、身体も肉と筋肉が戻ったが、角だけは残った。

 完全に治すには、銀杏の葉を出さなければいけないとしつこく言われた。


 相方も秋桜だったらしい。

 白。

 乙女の純潔。

 

 鬼に遭遇してから、一週間が経った。

 胸に劔を突き刺すようになってから、三日経った。 

 俺たちはまだ、秋桜の花を出し続けている。




「なあ」

「ああ」

「思うんだけどよ」

「おう」

「告白すればいいんじゃね」

「きちんと振られろって?」

「おう」

「いやごめんそんなメンタルないわー」

「だよなー」

「ああ」

「じゃあどうするよ」

「あたらしい恋を見つけるか。恋をあきらめるか」


 相方の提案を否定した俺は、この二つのほかに、もう一つ提案した。

 相方はそれしかねえかと、頷いた。


 公園にいる間、ずっと俺たちの視線は学校に注がれていた。



 

 
















「なんかよ。気持ち悪くなってきたかも」

「俺も」


 学校に行って、銀杏の木の下に落ちている銀杏の実を拾って、俺の家でスマホを見ながら食べられるようにして、限界まで食べまくった俺たちは、それぞれ吐き出すまいと、味の変化を求めてコーラを飲んでから、一旦食べるのを止めた。

 ベッドに背を預けて、天井を見上げ、俺は口を開いた。

 相方も同じ姿勢を取っている。

 視線は合わない。


「なあ」

「んー」

「おまえ、誰が好きだったんだ」

「言わねー。おまえは?」

「言わねー」

「ふーん」

「………」

「………」

「なあ。俺たちまた好きな子できるかね?」

「あきらめんのか?」

「付き合ってるらしいし」

「ふーん」

「あきらめないのかよ?」

「いや。俺も付き合ってるらしいし。伝える気もなかったし。けど。なんか、宙ぶらりんで」

「…秋桜出てるぞ」

「おまえもな」

「白だな」

「赤だな」

「乙女だな」

「ああ」

「乙女ならこーゆー時どうすんだろうな」

「スイーツやけ食いか」

「銀杏ならやけ食いしたけどな」

「銀杏好きじゃないだろ」

「茶碗蒸しの銀杏は好きだぜ」

「へー」

「寿司食いに行かね。回転ずし」

「泣きそーだから、スーパーで山ほど買ってうちで食おうぜ」

「一番高いやつ買おうぜ」

「おう」

「あとはみたらし団子」

「俺は牛肉コロッケ」

「気持ち悪くない程度にな」

「ああ」

「なあ」

「おう」

「行くか」

「おう」

「なあ」

「あ?」

「たまには帰りにうち寄らね?」

「…たまにはな」

「なあ」

「おう」

「好きだったんだよ」

「……おう。俺も」

「………なんか今なら銀杏の葉が出そうだわ」

「用意してからにしようぜ」

「だな」

「………泣いても笑うなよ」

「………誰が」









「っは。バカばっかりだな」


 無事に銀杏の葉を出した二人から秘かに銀杏の実を奪い取った鬼は、言葉通り心底そう思ったのであった。


「胸に劔を突き刺さなければ言の葉が出てこないとはな」







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

胸に劔を突き刺さなければ言の葉は出てこず 藤泉都理 @fujitori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ