エピローグ④ 森谷茂の物語

今日も朝早くから起きて、畑に向かう。

普通の男子高校生なら眠っている時間だ。なのに、僕は毎朝必ず早起きしなければならない。

僕は親父の言いなりになってきた。小さい頃からずっと。

なぜなら僕は4人目の子供で、長男としての期待を生まれる前からずっと背負ってきたからだ。

姉たちは、いつも僕をかばってくれたし、可愛がってくれた。長男ではあるけれど、一番年下の僕は姉たちに甘やかされて育った。

そんな僕はとにかく親父を毛嫌いした。

親父はいつだって僕のやることなすことに文句をつける。自分の価値観しか認めない。古いタイプの人間だった。

僕の将来も、自分ので勝手に決めている。跡取りのいない農家なんて惨めなものと決め付けている。だからこそ、14年もの歳月をかけて、跡取りを製造し続けてきたのだろう。僕はそんな親父を軽蔑している。同じ家にいても。ほとんど必要以外には口はきかない。元々。親父は口数が少ない。だからって、彼の抱えている、高圧的な態度や理不尽な理屈や頑固な性格がなくなる訳ではない。

僕は親父の外見も好きではない。背が低く、身体中に筋肉がついていて、その体格だけで十分に威圧的なのだ。僕はああはならない、親父は僕にとっての反面教師なのだ。


僕はずっと孤立してきた。

特に同性の中では。姉が三人いたこと、親父みたいになりたくないという思いから、私の性格は、同性とは交えないものとなってしまった。もちろん、努力はした。けれど、どうしても駄目だった。同年代の男の子たちと、粗暴な行動をとることも、体を鍛えたり、喧嘩をしたりなんかしたくなかった。極力目立たないように生きてきた。周囲からはさぞ浮いていたことだろう。みんなが外でサッカーをしているのに、一人で縄跳びをしたり、教室でも男子がプロレス技を掛け合って遊んでいるのに、僕は女子とのおしゃべりに夢中だ。

小さい頃から男子の遊びを与えられなかった。いつも周りには女子の遊び、女子の友達ばかりだった。近所の幼馴染も女子だった。

いじめられても、助けてくるのも、女子。

だから僕は恋愛経験ゼロ。僕には何もない。夢も希望も趣味もない。好きな人も。あるのは、この世界、僕の周りのごく限られた世界に対する反発だけだった。

だからってグレる度胸もない。僕は黙ってひっそりと生きていく。そのつもりだった。


そんな僕に転機が訪れたのは、中学生になってからだった。

僕は彼に出会った。里中ゆうき。に。彼は僕に話しかけてくれた。僕たちの通う中学校はいくつかの小学校から上がってくる。僕たちは初対面だった。彼はどういう訳か僕に興味を示した。

僕は変わっている。普通の男子と違う。それは話し方や仕草で一目瞭然だった。だから、初対面の人は、僕に興味を示す人はほとんどいない。むしろ軽蔑する人間がほとんどだ。

僕の中の何が彼のかきたてたのか分からない。しかも、彼はその興味を3年間ずっと持ち続けてくれた唯一の同性だった。

僕なんかといても面白くないだろうと、彼に尋ねたことがある。

「森谷は大人だよ。他の馬鹿どもとは違う。」

とよく口にした。彼には同年代との付き合いは興味のない事項だったらしい。

彼にはたくさんの友人がいた。ちょっと悪ぶっている人から、クラスでのけものにされている人まで、彼は本当に分け隔てなく接していた。僕もそんな彼の友人のうちの一人に過ぎないだろうと思っていた。

僕の方から彼に話しかけることはない。僕は彼に友人と出かけるから一緒にどうだと言われても大抵断った。

なのに、彼は、そんな僕のことを理解してくれて、受け入れてくれた。僕がどれだけ断ろうとも、それでも彼は僕に声をかけ続けてくれた。

信じられなかった。僕には。もし、僕が彼の立場なら、腹を立ててもおかしくない。彼は不思議な男だった。

いつしか、僕にとって彼は、この世でただ一人、「友人」と僕が呼べる唯一の同性になった。

彼はいつも明るく、前向きだった。曲がったことが嫌いで、周囲の誰からも好かれていた。当然、男女問わず人気があった。そんな誰もが知っている人気者の彼と、変わり者の僕が一緒にいることは、どう考えても不自然だった、だから僕は、学校ではほとんど他人で過ごした。彼のそばに僕がいることで、彼の迷惑になりたくなかった。

彼は、それもきちんと理解してくれていた。僕がどんなに冷たい態度をとっても、週末には電話をよこして、僕の家で二人で会った。たまにはプールに行ったり、買い物したりした。

それは、僕にとっては貴重な経験だった。プライベートはいつも一人だったから。学校では女子とばかり話している僕の世界は、彼の存在で確実に広がっていった。彼から伝えられる、価値観や考え方は、僕の今まで生きてきたそれとは違って、開かれていた。僕は彼が好きだった。


彼と同じ高校に進みたかった。親父は農業高校を進めた。いや、強制的に決めていた。僕は必死に抵抗した。どうせ家を継ぐにしても、せめて高校は普通高校に通いたかった。農業は大学にいってからでも学ぶことができる。親父は当然反対したが、見かねた姉たち三人の説得で、あの頑固者の親父が俺た。僕は姉たちに感謝した。しかし、姉たちは勘違いしていた。姉たちは僕に、特定の彼女がいて、その彼女と同じ高校に行きたがっているのだと。

女子は、自分だけでなく、他人の恋にも積極的だ。可愛い弟の青春時代の恋を応援してやろうという誤解の甲斐もあって、僕は公立の普通高校へと進学した。


彼も同じ高校に進学した。しかし、同じクラスにはならなかった。それでもよかった。僕たちには適度な距離があった方が上手くいく気がするからだ。


そんな僕たちの友情が危うくなったのが、高校二年生の春だった。

僕は生まれて初めて恋というものした。そんなことは誰にも言えなかった。女子の友達にも、姉たちにも。もちろん、彼にも。

僕はその人をただ遠くから眺めているだけだった。声をかけることもできない。僕は学校に行くと、その人を探した。その人のことを考えると、胸が苦しくなった。


きっかけは、どこにでも転がっているような、些細な出来事だった。

ある日僕は、通学途中に、自転車で思い切り転んだ。うずくまっていた僕のところにたまたまその人は通りかかった。

白く均整のとれた生脚が僕のすぐ目の前にあった。そして彼女は、真っ白なハンカチを僕に渡してくれた。僕は美しい指先から差し出されたハンカチを受け取って礼を述べた。

「ありがとうございます。」

そこで、初めて彼女の顔を見た。朝日を浴びて、キラキラ輝く瞳、真っ黒なストレートヘアー。真白な肌に、高い鼻、潤いを閉じ込めた唇、服の上からでもわかる線の細さ、僕と同じ高校の制服。端正は顔立ち、清潔感のある身なり、同年代には見られない落ち着き。

彼女の返答はあっさりとしたものだった。

「それ、返さなくていいから。」

その瞬間、僕の中に電気が走った。彼女の口から発せられた言葉は、「大丈夫」でもなく、「どういたしまして」でもなかった。完全に僕の想定外の言葉だった。冷たい訳でもなく、同情的でもない彼女の言葉を僕の心を打った。彼女は顔色も変えずそのまま行ってしまった。僕はいつまでも、彼女の後ろ姿を見つめていた。

彼女が同級生であると分かったのは、それから一週間が過ぎてからだった。僕は人付きあいはもちろんのこと、恋愛に対しても非常に消極的だった。里中君のようにアグレッシブにアクティブにはなれない。

僕が彼女を目にする機会はほとんどない、クラスも違うし、僕は水泳部だから、他の部活とは隔離されている。

それでも、僕は幸せだった。他人から見れば、何一つ変わっていないだろうけれど、僕の中では確実に革命が起きていた。親父に対する反発も少なくなり、毎日が楽しくなってきた。

僕はいつも自分自身にコンプレックスを抱いていたし、他人の顔色を極度に気にしすぎる傾向にあった。それは、里中君に出会ったとき以上の変革を僕にもたらした。「僕も異性を好きになる」それだけでも大収穫だった。

僕は無理なことは望まない。下手に夢も見ない。だから。彼女に近づくことは決してない。

きっと女子の友人や、里中君に相談すれば、快く協力してくれると思う。皆とてもいい人たちだから。でも、僕には「恋している」なんて誰にも言えない。僕みたいな人間が誰かを好きになったりしたら、その相手は迷惑するに決まっている。だから誰にも言わずに、ずっと自分の中に閉じ込めておく想いだった。

その想いは、時が経っても忘れ去られることも、消えることもなかった。僕はずっと幸せだった。あの時のハンカチも肌身離さず持ち歩いている。


それは夏休みのことだった。里中君が突然電話をかけてきた。

「英語を教えてくれ。」

と行って僕の家に通うようになった。「思い立ったらすぐ行動」の彼らしい。

彼は昔から、英語が大の苦手で、中学の英語すらほとんど理解できていなかった。僕も人に教えるほどできるわけではないが、基礎くらいは教えられる。

彼は、基礎を教えると、驚異的なスピードで吸収して行った。夏休みのわずか40日間であっという間に中学校3年間分の英語をほぼマスターしてしまった。

彼のすごいところは、こういうところ。自分がこうと決めたら、迷わずに全力で取り組む。僕には真似できない。

あっという間に彼は、テストで僕よりも良い点数をとるようになってしまった。彼は英語を一生懸命勉強し始めたきっかけを僕に話してくれた。


「生まれて初めて心から好きな人ができたんだ。」

彼はいつも以上に目を輝かせて、そう語った。

彼は中学時代から年上の女性に大変人気があり、彼の彼女は歴代、年上の女性のみだった。そんな彼が、初めて同級生を好きになったという。僕は心から応援する。


僕は彼が羨ましかった。真っ直ぐで、明るくて、プラスのエネルギーに満ちている。恋のために努力して、自分を向上させたり、自分の内面を磨いたり、そのことを友人に正直に打ち明けることができる自信も。いつだって彼はネガティブな時がない。僕と違って人付き合いも上手で、中学同様に高校でも多くの友人がいる。要領もいいし、愛想もいい。彼は生まれながらにして、人に好かれる才能を持っている。何年、彼と一緒にいても、彼がなぜ僕なんかと仲良くしているのか、理由が分からない。

とにかく、僕は彼の恋愛が成就することを祈った。

年末に彼が、無事に告白して、念願の彼女と付き合うことになった第一報を聞いて心底嬉しかった。その晩、僕は涙を流した。


僕はもう彼女を見つめることはなくなった。

そして、彼女は僕たちの前から永遠に消え去っってしまった。


僕は悲しむよりも何よりも、彼を守ることを考えなければならなかった。僕は彼を失いたくなかった。彼のそばにつきっきりになった。彼の心は空っぽだった。以前の輝いていた彼の姿はなかった。どこかへ行ってしまった。僕には何もできなかった。彼を守ることすら。


一週間彼のそばに寄り添っていたが、僕がいなくなった翌日の朝、彼は姿を消した。

僕には彼の考えがわかっていた。長年、ずっと彼の心の声を聞いていたのは、同性では僕だけだったから。

僕の知っている里中ゆうきはもう戻ることはない。彼は彼女を探しに行った。見つかるはずのない彼女を探して、今頃どこかを彷徨い歩いていることだろう。彼が彼女にもらった赤い手編みのマフラーと財布がない。コートもない。床には割れたマグカップが散乱していた。


僕は彼を探した。学校の影の帝王の兼本君も里中君とは仲が良かったらしく、自慢のその人脈を使って、大捜索が行われが、彼の姿は発見されなかった。

僕は、個人で動いていた。僕が、里中君のアパートに行くと、部屋の前で、同じ高校の女子がいた。確か、彼と同じクラスの山下愛子さんだ。彼は以前に、「うちのクラスの不思議ちゃん」と語っていた女子だ。みると、彼女は、隣に住む明らかに危なそうな大人の男の人の部屋に連れ込まれそうだった。僕は見かねて、彼女を助けた。彼女はちょっと天然系のキャラで、自分が危険な目にあっていたことすら気がついていない。今時珍しいタイプの、純朴さだ。僕は、その後、彼の捜索時にはいつも彼女を同伴させた。彼女一人では危なっかしすぎるからだ。


結局、彼が見つかったのは、彼が姿を消してから一ヶ月後だった。僕は見舞いに行って、彼の変わり様に驚き、言葉がなかった。


のちに、僕は山下愛子さんと兼本賢哉くんと3人で話をする機会を得た。

といっても、それが一体何のためのものなのか、僕には分からなかった。

僕たち三人の共通点は、「里中ゆうき」なのだが、僕たちが、学校で交わることは今まで一度もなかった。

学校の影の帝王、兼本賢哉。天然不思議系少女、山下愛子。同性の友人のいない変人の僕。皆、普通ではない個性の持ち主だ。そんな三人が集まって何を話そうというのか。

僕たちは偶然、里中君の見舞いの帰り道に出会い、一緒にファミリーレストランに入ってお茶をすることになった。

最初に口を開いたのは兼本君だった。

「こうして、考えると、里中ってやっぱ、変わったやつだんだろうな。俺を含めて、森谷も、山下もなかなか普通の場所じゃ生きづらい部類だろう。」

「そうですね。」

と、僕。山下さんは黙っている。

「里中の魅力は。きっと俺らと同じ部分、人と違った欠落した部分が、どこかにあると感じさせるところがあるってことなのかな。」

「そうかもしれませんね。彼は一見すると、明るくて、前向きで、悩みなんかこれっぽっちもなさそうに見えるけれど、その実、彼は僕たちみたいな人間に興味を持つってことが、彼にも欠落した部分があるってことなのかもしれませんね。」

「ねぇ。ケツラクってなに?」

山下さんはおっとりとした口調で質問を投げかけてきた。

「本当はあるはずのものが、なくなっていることだよ。」

さすがに、影の帝王は頭の回転が早い。即答だった。

「ふーん。あたしもあなたも森谷も里中も何が足りないんだろうねぇ。」

「俺は『人を信頼する心』、森谷は『自信』、山下は『人を見る目』だろうな。」

「じゃぁ、里中ゆうきは?」

「強い心かな。」

「里中は強いよ。」

山下さんはまっすぐ兼本君を見据えて言った。兼本くんも負けじと返す。

「強い人間が現実逃避するかよ。俺が見舞いに行った時もあいつは・・・」

「ハコさんが好きで好きで仕方なかったからでしょう。あたしだって里中に死なれたら、その現実逃避ってやつするよ。でも、そんなに誰かのことを強く想える?あなたには、好きな人がいないの?その人が死んだら、あなたは平気なの?」

「平気じゃないけど、里中みたいに逃げ出したりしないぜ、俺は。」

「嘘。あなたは里中よりも弱いと思うもん。」

「山下が俺のことをどう思おうと勝手だし、どうでもいい。だけどな、正直俺は里中に失望したんだよ。俺にとってもあいつは大事なダチだからな。」

「どうして?」

「そりゃ、気持ちはわからないでもないよ。恋人に死なれたら、誰だって辛いさ。だけど、あいつのその後の行動は、人から責められても仕方がないことだろう。」

「友達なら許してあげないの?」

「間違ったことをした人は、あんたは『はい、そうですか』って、すぐ許せるのか?」

「間違ってる?里中が?何が間違っているの?」

「だからぁ、あいつが現実から逃げたってことだよ。」

「そんなの里中の勝手でしょ。学校を休むのに、あなたの許可がいるの?ひとり旅するのにも?里中が誰に迷惑をかけたの?一人で一ヶ月間消えていただけでしょ。別に、里中はあなたに『探してくれ』なんて頼んでないでしょ。あなたが勝手に探して、勝手に怒っているだけじゃない。私だって心配だったよ。でも、里中が悪いなんて思わない。あなたは、友達なのに、里中より、自分のことをかんがてる。だから怒るんだよ。里中が大事なんて嘘。自分が大事なんだよ。」

山下さんは途中何度もつかえながら、まくし立てるようにそう言い切った。僕は兼本くんが怒り出すんじゃないかと、ヒヤヒヤしていた。

「はっはっはっは。山下ぁ。お前は以外に面白い奴だな。俺にそんな口利ける奴が、この学校に里中以外にまだいるとはな。確かに、お前の言う通りだ。俺は自分のことであいつに腹を立てている。お前は里中のことが大好きなんだな。」

「うん。大好き。」

「そっか。良かった。あいつは全然一人じゃないんだよな。山下や森谷みたいないい奴らがそばにいるのにな。早く目を覚ましてくれるといいだけどな。」

「里中は起きているよ。」

山下さんは、里中くんの言う通り、不思議な女の子だった。いつも、真剣に話しているのだけれども、そのほとんどが、的を得ていないことばかりなのだが、たまに、先ほどみたいに、意外にも、きちんとした自分の意見を言えたりもする。それが彼女の魅力なのだと思う。

「森谷はどう思う?里中はこれからどうなるかな。森谷がこの中では一番付き合いは長いだろう。あいつの性格にも詳しいだろ。」

「僕がどれだけ彼と親密であったかは疑問が残りますが、僕が知っている里中ゆうきは多分、もう一度社会生活には復帰すると思う、してくれると信じています。でも、恋愛となるとかなりハードルは高いんじゃないでしょうか。おそらく、彼は二度と恋愛はしないでしょうね。」

「なんで?」

「彼は、混じり気のない水なんです。一度異物が混入したら、見かけには透明な液体にしか見えなくても、もう二度と純粋な水に戻ることはないんです。」

「そんなの誰だって同じじゃないか。誰だって、生きていれば、いろんな不純物を取り込んで生きていくしかない。そう言うもんだろう。普通。」

「普通なら、そうですね。でも、彼の水は純粋な水なんです。知ってますか。水は実は電気を通さない液体なんですよ。その中に入っている様々な不純物のせいで電気を通すようになっているけれど、元々は電気を通さない。彼は、そんな水なんです。自然界ではまずあり得ない、『純水』。純か不純か。プラスかマイナスか。白か黒か。両極端しかない。単純な人なんだけれども、だからこそ、ある部分では人よりも秀でているし、逆にある部分では人よりも劣っている。でも、そんな人だからこそ魅力的なんじゃないかな。」

「さすがに付き合いが長いと違うな。俺には、そこまでは分からない。ただ、あいつは心に寂しさを抱えている者を救ってくれる。そんな奴だと思っている。事実、俺はあいつに救われた。」


そこからは、互いに暴露話になった。

はじめはやはり兼本くんからだった。

「俺はずっと孤独だった。小学校時代から色々と悪さもしてきたし、それなりに頭もよかったから、周りからは孤立していた。そんな俺に誰もが畏怖と尊敬を称え、誰も俺と対等に付き合えるはずがなかった。なのに、あいつは初対面で、俺に対等の口を利いて、しかも俺と対等の頭脳がある。そんな奴は俺の人生で初めてだった。俺は、初めてあいつとハコさんを、俺の最愛の人に会わせた。俺には半分血の繋がったフランス人とのハーフの姉がいる。姉さんは病気で、先は長くない。その姉さんの願いだったからな。断れなかった。でも、俺は会わせて良かったと思っている。姉さんにとっても、俺にとってもな。里中は俺の姉さんへの特別な想いも分かってくれた。だからこそ、あいつが現実逃避したことが、余計に裏切り行為のように感じたんだ。俺も小さい人間だよな。」

「あたしは、里中に出会って、生まれた初めてセックスしたいって思えた。里中のそばに行くだけで、胸がドキドキして、あそこがジュワーってなった。里中に会えなかったら、こんな経験できなかったと思う。」

二人の赤裸々な暴露話は、とても衝撃的だった。二人ともスッキリした顔をして、こちらを見ている。今度は僕の番だ。僕が二の足を踏んでいると、兼本くんが先を促した。

「森谷は、里中とのエピソードは沢山あるだろうけれど、あいつのいないところで暴露しちゃえよ。あいつに言えないことの一つや二つあるだろう。俺たち三人は、今日のことを絶対誰にも言わない、三人だけの秘密にするからよ。」

「うん。秘密。あたしも今まで、誰にも言えなかったこと言ってスッキリした。」

「僕は、初恋をしました。」

「里中にか。」

「まさか。僕は同性愛者じゃないですよ。」

「冗談だよ。マジにとるなよ。それで、誰にだよ。」

「里中の彼女さんに。」

二人とも目を丸くして驚いた表情を浮かべた。猫背でうつ向きがちな僕の表情を注視している。

「ハコさんに?」

山下さんが優しい声で聞いた。僕は首を縦に振った。

「僕が彼女に想いを寄せ始めたのは、高校2年生の春。里中くんよりも早かった。夏に、彼が自分と同じ人を好きになったと聞いた時は驚きました。だけど、僕は彼に自分の想いを伝えることはなかった。僕にとっては里中くんもハコさんも大切な人でしたから。二人が、冬ごろ、付き合うって聞いた時も嬉しかったです。」

「本当に、それだけだったのか。」

と兼本くん。

「意地悪な質問ですね。そうですね。きっと僕は怖かったのだと思います。彼と争うことも、彼が僕に気を遣って100%自分の恋に集中できなくなるのも。もちろん、自分が傷つくことも。僕は、こういう性格ですから、他人と争ったりすることは苦手ですし、まして、長年の友人である彼と争うなんて考えもしなかったです。でも、一方でもくは彼に嫉妬していたと思います。自分の初恋の人と、美しいあの人と肩を並べて歩ける彼に。」

「里中にはそのことを?」

僕は頭を横に振った。

「墓場まで持っていきますよ。彼の傷をこれ以上広げても何にもならないですから。」

「それで、森谷は後悔しないのか。」

「しませんよ。僕はこれからもずっと彼と付き合っていきたいですから。」

「そうか。お前は男だな。」

僕たち三人には、奇妙な連帯感が生まれた。その後も、僕たち三人は時々、こうして三人で集まって、それぞれの想いを語り合った。てんでバラバラの僕たちだけど、妙に馬が合い、長い付き合いとなる。

里中は?

彼は、彼の進むべき道へと進んだ。

僕との友情もずっと続いている。


これで、僕の話はおしまい。僕は、彼と彼女を忘れない。これからもずっと。





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hako 〜たった一つの宝物〜 @kyoushi

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