エピローグ③ 山下愛子の物語

あたしの体はおかしい。何がおかしいのか、よく分からない。

あたしにわかるのは、彼のそばに行くと、あたしの胸の奥とあそこが熱くなって、なんか、変な、苦しい気持ちになることくらい。

今までこんなことなかった。

もともとあたしは人付き合いが上手じゃない。あたしがいった言葉でみんなは笑ってくれるけど、それがどうして面白いのか、あたしにはよく分からない。

あたしが思っていることと、みんなが思っていることは違うことが多かった。

みんなの頭の中は、ごちゃごちゃ、ぐちゃぐちゃで、女の子は、ネチネチで、ぐちょぐちょだった。

あたしは、簡単が好き。英語は嫌いだけど、それだけは覚えた。

「シンプル イズ ザ ベスト」

いい言葉。あたしはシンプルな人が好き。


この間、クラスの香川くんと言う名前の野球部の坊主の男の子に告白された。

「山下愛子さん、前からずっと好きでした。僕と付き合ってくれませんか。ダメですか。ダメなら、せめて、友達からでもいいです。ベルの番号を教えてくれませんか。それもダメなら、せめて、毎日お話しさせてもらえませんか。好きな人はいるんですか。彼氏は、、、、」

なんか長いので、断った。彼の言いたいことがよく分からなかった。

友達の恵子ちゃんは

「もったいない。」

って言っていた。でも、私には何がもったいないのか、分からなかった。

「いい男」

ってよく恵子ちゃんは言うけれど、何が「いい男」の条件なのか分からない。

美香ちゃんは、

「優しくしてくれて、好きって毎日言ってくれて、顔がかっこいい人」

がいい男の条件って教えてくれたけれど、そんな人いない。

美香ちゃんも恵子ちゃんも、そんなあたしのことを馬鹿っていう。

でも、あたしは馬鹿じゃない。本当に「いい」って思える男の人がいないんだもん。


高校二年生になったら、クラス替えがあって、あたしのクラスは、女の子5人だけで、あとはみんな男の子ばっかりだった。あたしは男の子と何を話したらいいのか分からないから、とても困った。男の子が何を考えているのかなんて、想像もつかない。

勉強もできないし、部活もやっていないし、夢も目標もない、芸能人の名前もすぐに忘れちゃうし、ニュースも見ないから世の中のことも知らないから、何も話せない。なのに、香川くんはなんで告白したのか、あたしは分からない。恵子ちゃんは

「ただ、やりたかっただけかもしれないよ。愛子はボーとしているから、簡単だと思ったのかもね。」

って言ってた。

「でも、香川くんはセックスしたいって言ってなかったよ。」

そしたら、恵子ちゃんは大声をあげて笑ってたっけ。


あたしはやりたいって思ったことがない。恵子ちゃんも美香ちゃんも彼氏がいて、ほとんど毎日セックスしている。二人の話を聞いていると、「いいなあ」って思うけど、クラスの男の子を見ててもバイトの男の人を見てても「セックスしたい」って思ったことはない。だから、あたしは処女。男の子とチューしたこともない。だって、したくならないんだもん。あたしっておかしいの?そう思っていたら、彼に出会った。


彼の名前は、里中ゆうき。変な名前。そう思った。二年生から同じクラスになったんだけど、席替えで、席が隣になって、話すようになった。

「おはよう。」

彼は毎日、あたしの顔を見ると挨拶する。毎日だよ。

他の男の子はそんなのなかった。最初は無視してたけど、あんまり毎日だから、悪くて、あたしも挨拶を返すようになった。

そしたら、彼は笑った。

あの笑い方は、今でも忘れない。可愛かった。童顔な彼は目も大きいし、女の子にも人気があるって、恵子ちゃんが言っていた。

でも、それは最近で、あたしの方が先に、彼の良さに気がついていたんだ。

彼とは夏くらいから話すようになったんだ。彼はいつもお友達に囲まれているからなかなか話す機会はないんだけど、休み時間と移動教室のときとかは話すことがある。彼はよくあたしに質問する。

「何食べてんの。」とか「今日は元気ないね。」とか「その教科書間違っているよ」とか、いちいち質問するから、あたしも説明する。「クリームパン食べている」とか「今日は生理痛だから」とか「次の授業のことを考えている」とか。

その都度、彼はあの笑い方をするんだもん。

あたしは、いつからか、そんな彼を見ると、胸の奥とあそこが熱くなるようになってきた。

彼はあたしがどんなに言葉が出てこなくても、あせらないで聞いてくれる。馬鹿だって言わないで、いてくれた。いつだって、きちんとあたしが言ったことに応えてくれる。あの、大きな目であたしを見ながら。

だから、あたしは里中ゆうきに勉強を教えてってお願いした。

彼は「いいよ」って言ってくれた。あたしは嬉しくて、彼にチョコパンをあげた。本当はクリームが良かったけど、売り切れだった。そしたら、次の日、彼は

クリームをくれた。それからお互いにパンの交換が始まった。

美香ちゃんも恵子ちゃんもそのことを話したら、

「馬鹿じゃん。」「カラカワレてるだけだよ。」って怒った。

あたしはどうして二人が怒っているのか、分からない。

それで、一回だけ勉強を教えてもらった。だって頭が痛くなっちゃうから。

あたしは英語が苦手だから、英語を教えてもらった。得意な科目なんてないけど。

でもこの前の算数のテストは98点だった。そしたら、次の日先生に職員室に呼ばれた。

「山下。お前、なんかズルしたんとちゃうんか。」

って、メガネハゲチビジジイ先生が言った。あたしはズルなんかしない。したこともないのに、ハゲは信じない。一年生の時も95点をとったら、違う先生に同じようなことを言われた。どうして、あたしが、いい点数を取ると先生は怒るの。悪い点数だと、ママは怒るし、みんなあたしが嫌いなのって思った。

その話をしたら、里中が、そのメガネハゲに文句に行った。あたしを連れて職員室に殴り込みに行った。権利がどうとか、聖職者がどうとか言ってた。

そしたら、そのメガネハゲは参ったした。まるで水戸黄門みたいでかっこよかった。

あとで聞いたら、それはキング・兼本の力もあったって彼は言う。よく兼本くんのことは聞く。学校の影の帝王だとかで、生徒会長で、同じクラスの彼は、三年生よりも、先生よりも偉いんだって。何が偉いのかは知らないけれど、きっとあたしよりは偉いんだろう。里中ゆうきとはどっちが偉いんだろう。クラスで見ているとどっちも威張っていないし、タメ口で話しているよ。

里中ゆうきは、丁寧に英語を教えてくれた。里中ゆうきの教え方は上手だった。あたしはすぐにわかった。だから、英語は生まれて初めて50点を超えた。これって、あたしには、奇跡。

里中ゆうきは、それじゃダメだって言ってた。あたしはテストが終わると、みんな忘れちゃうから。でも、いいんだ。ママは褒めてくれたし、あたしが喜んでいたら、里中ゆうきもいつも笑い方をしてくれたから。

あたしは、里中ゆうきが好きって思った。里中ゆうきと一緒にいると、楽しい。自分がそのままでいてもいいから。すっごく楽だし。

恵子ちゃんと美香ちゃんにそのことを話したら、

「絶対無理。」

「やめときな。」

って言って、反対した。けど、どんどん里中ゆうきのことを考える時間は増えていって、そしたら、ドキドキも多くなって、あたしはこのまま死んじゃうんじゃないかってくらい。心臓が早く動いたんだんだよ。嘘じゃないよ。あそこも毎日おしっこ漏らしちゃったみたいになっちゃって、いつも代えのパンツを持っていくようになった。これって、やっぱり、セックスしたいんだよね。


そんなことを考えていたら、いつの間にか、里中ゆうきに彼女ができた。同じ陸上部の女の子だって美香ちゃんが言ってた。恵子ちゃんは、

「愛子が早く告白しないからだよぉ。」

って言ってた。だって、絶対無理って言ったから。

あたしはそれでも毎日、里中ゆうきに、「おはよ」を言い続けた。相変わらず、心臓は止まりそうになったし、パンツも持っていった。

彼女ができても、里中ゆうきは変わらずにあたしと話してくれた。むしろ、今までよりも、明るく、元気に。楽しそうな里中ゆうきを見ていると、あたしはますます嬉しくなった、彼の目はキラキラ輝いているんだもん。

そしたら冬休みになって、里中ゆうきに会えない日が続いた。つまんなかった。いつもと同じクリスマス・お正月。いつもと同じなのに、すごいつまらなかった。

だから新学期に、里中ゆうきに会うのを楽しみにしていたのに、新年早々、彼は学校をお休みしていた。次の日は会えたから、お正月は何をしていたのかを聞いたら、彼は嬉しそうに彼女との楽しいお正月の話をした。あたしは里中ゆうきの話を聞いて、嬉しかった。

また、美香ちゃんからは

「あんたって、本当のバカなの?」

って言われた。

「だけど、だけど、里中ゆうきは、本当にいい男なんだよ」

って、いくら説明しても美香ちゃんはわかってくれない。


里中ゆうきと、日直に日は黒板に「山下愛子」と「里中ゆうき」が並んでいて嬉しい。一緒に黒板を消す時、あたしは背が低いから、里中ゆうきが上を消して、あたしが下を消す。そうすると、チョークの粉があたしにかかるんだ。それを見たら、里中ゆうきは、あたしの髪についたチョークの粉を払ってくれた。

そしたら、あそこがジュワーてなったから、急いでトイレに行った。やっぱりあたしの身体はおかしい、おかしいから、美香ちゃんにも恵子ちゃんにも言えない。


年が明けて、しばらくしたら、里中ゆうきの彼女が死んだ。交通事故。雪が降ったあとで、凍った道路を滑ってきたトラックに追突されて、死んだ。

あたしも葬式に行ったけど、綺麗な人だった。里中ゆうきは、泣いてなかった。

でも、里中ゆうきは、それから少し変わった。みんなとは普通にお話ししているけど、里中ゆうきは、あたしに挨拶しなくなった。

一人でいることも多くなったし、パンも貰わなくなった。もう、あの笑い方もしなくなった。あたしはすごく嫌な気持ちになった。悲しくて、泣いた。だから、里中ゆうきに元気になって欲しかった。あたしは、生まれて初めて男の子に告白することを決めた。


そしたら、里中ゆうきは、学校に来なくなった。

キング・兼本は、学校のみんなに、里中ゆうきを探すように命令した。あたしも里中ゆうきを探した。だって、あたしは暇人だし、バイトよりも里中の方が大事。

彼の住むアパートを特別にキング・兼本に教えてもらって、学校が終わったら、ずっと彼の部屋の前で、彼の帰りを待ってた。隣の部屋のおじさんが、あたしのことをずっと見ていた。何日間もずっと続けていたら、そのおじさんが、

「寒いから、こっちの部屋で待っていたら」

って言うから、おじさんの言う通りに中に入ろうとしたら、

「結構です。」

って、坊主アタマの男の子で、同じ学校の人が断った。おじさんは怒った顔で、舌打ちして、勢いよくドアを閉めた。大きな音がして、あたしはドアが壊れるんじゃないかと心配した。

坊主頭は、「森谷茂」って名乗った。あたしも自分の名前を言った。彼は中学時代からの里中ゆうきの親友らしい。彼もずっと里中ゆうきを探しているって言ってた。彼は、私に駅の方で探した方がいいって言うから、あたしはそうするって彼に言った。あたしが駅に向かって歩き始めたら、彼は追いかけてきて、

「やっぱり、一緒に探そう。」

って言ってくれた。よかった。本当は、一人は寂しかったんだ。

彼は礼儀正しい。お父さんのような喋り方をする。いっぱい、里中ゆうきの話をしてくれた。あたしの知らない里中ゆうきの話は、どれも楽しくて、森谷も里中ゆうきのことが好きなんだって思った。里中ゆうきは、男の子にも女の子にも人気がある、やっぱり里中ゆうきは「いい男」なんだって思った。

森谷も、里中ゆうきほどじゃないけど、結構いい男で、あたしの話を、バカにせずによく聞いてくれる。お姉さんが3人いるからか、美香ちゃんや恵子ちゃんと話しているみたい。ううん。里中ゆうきのことをわかってくれるぶん、二人よりも話しやすかった。男の子と話すのが苦手な、あたしが、初対面で、こんなに話せるなんて。びっくりした。

あたしは自分の想いを森谷に話した。

「とにかく、里中が無事に帰って来なければ、山下さんの気持ちも伝えられないものね。」

と言って、またあたしを連れて、あちこち行って、里中ゆうきを探した。

あたしは森谷に、

「どうして、いつも、あたしを連れて歩くの。」

って聞いた。

「山下さんが心配だから」

って。あたしはもう迷子になるような年じゃないって思ったけど、森谷があたしのことを心配してくれるのは、悪い気はしないから言わなかった。

一ヶ月間、ずっと探したけど、里中ゆうきは見つからなかった。あたしはだいぶ痩せた。だって、心配で、泣いて、眠れないで、ご飯はいっぱい食べたけど、美味しくなかった。

美香ちゃんも恵子ちゃんも森谷も心配して、よく4人でお昼ご飯を食べるようになった。不思議とみんなでいると、ご飯は美味しかった。あたしの身体はどうしちゃったのかな。もう、心臓もちゃんと動いているし、パンツも必要なくなった。


里中が帰ってきたのは一ヶ月と少したってからだった。

彼の髪は、坊主くらいになって、半分くらいがおじいちゃんみたいな白髪になっていた、それはそれで格好良かった。里中ゆうきもだいぶ痩せていた。

もうあの笑い方はしないけど、目だけは輝いて見えた。

あたしは勇気を出して、挨拶した。

「おはよ。」

里中ゆうきは、小さい声で

「おはよ。」

ってあたしの目を見て言ってくれた!

あたしは嬉しかった。どんなに、里中ゆうきが辛かったのか、あたしにはわかんないけど、里中に会えて、里中の声が聞けて、あたしはそれで十分幸せだった。

(おかえり、里中ゆうき)

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