第26話 ディールの〝術試し〟
ディールたち五人は、フェルダとその取り巻きの
修練場は石畳の敷かれた広場だった。高い壁に囲まれており、その壁一面に複雑な呪紋陣が描かれている。〝
そして壁に描かれている呪紋陣は魔術を使用した際に修練場以外に影響が出ないように、結界としての機能をもたせたものだった。
「さぁ、何の〝術試し〟をするんだ?」
そう言ってフェルダは、修練場を見回した。修練場にはディールたち以外にも幾人か学生がいる。その中には先程の騒ぎで興味を持ち、学舎の
「あれがいいわ」
メリッサは修練場の隅に目を向けて言った。彼女の視線の先には、無骨な造りの人型が向かい合うように二体、跪いていた。その下には円形に配置された呪紋陣が描かれている。
「ゴーレム……‥人形遣いか」
「そうよ」フェルダの言葉にメリッサが答える。「あれなら魔力を流すだけで操作できるもの」
メリッサを先頭に、全員がゴーレムの元へと向かった。
「ほう。これが魔術のゴーレムか」
キュアリスが感心したように言う。視線の先にあるのは跪いてなお二メートルを超える巨大な人型のゴーレム。
それはまさしく岩の人形だった。いくつもの岩が連なり人型を形成している。肩幅は異様に広く、太い腕が伸びている。右拳は球状の大きな岩でできており、左は前腕部が盾のようになっていた。
首にあたる部分はなかった。胸部に半ば埋もれるように頭が出ている。頭の正面には横一文字の亀裂があり、辛うじてそこが顔と分かるようになっていた。
体の表面にはびっしりと呪紋陣が刻まれている。
「ふん、いいだろう。これで〝術試し〟をするということだな」
そう言ってフェルダはゴーレムの背後へと向かう。ゴーレムから少し離れた地面に小さな呪紋陣が描かれていた。フェルダがその上に立つ。しばらくして呪紋陣が僅かに輝いた。同時に目の前にあるゴーレムが立ち上がる。
「さぁ、こっちも用意するわよ」
メリッサはディールを、フェルダとは反対側の呪紋陣へと連れていった。そのまま呪紋陣の上にディールを押し出す。
「え? あの……どうすれば?」
ディールが戸惑ったように訊く。
「下の呪紋陣に魔力を流すと、ゴーレムが動くわ」
言われてディールは魔力操作で足もとへと魔力を流した。呪紋陣が輝き、目の前のゴーレムが立ち上がった。その高さは三メートルを超える。横幅もあって、ディールには随分と大きく感じられた。
「あなたが動かせるのは両腕だけ。右腕で殴って左腕で防御よ。魔力を腕に流せば、あとは勝手に呪紋陣が動かしてくれるわ……聞いてる?」
「あ。は、はい」
ディールが慌てて答える。ゴーレムが立ち上がった瞬間から、目が離せないでいたのだ。興奮のためかディールの顔は僅かに上気していた。
「じゃあ、試しに右を動かしてみて」
「えっと……」
意識を集中すると、足もとの呪紋陣を通じて魔力の流れが目の前のゴーレムに繋がっているのが分かる。ディールは魔力をゴーレムの右腕へと流した。
ゴーレムの右腕に刻まれた呪紋陣が輝き、球体の拳が水平に鉤突きされた。
「次は左」
メリッサの言葉に今度は左腕へと魔力を流す。右腕が下がると同時に、盾のような形の左前腕を持ち上げる。その様子はまるで頭を庇うかのようだ。
「大丈夫そうね」
そう言ってメリッサは今からする勝負の説明を始めた。
ゴーレムは円形の呪紋陣の中央に立ち、お互いに右腕を使って殴り合う。顔に当てることができれば、ゴーレムは勝手に下がっていく。そうやって外に押し出された方の負けだ。
攻撃を受けても頭に当てられなければゴーレムは下がらない。防御をするには左腕を使う。そして呪紋陣の外に一歩でも足が出ればゴーレムの動きが止まるようになっていた。
「魔力は一度に右腕か左腕にしか流せないわ。タイミングと精密な魔力操作が必要ね」
「こっちはいつでも構わないぞ」フェルダが言う。
「僕で……大丈夫なんでしょうか」
フェルダの言葉にディールがふと我に返った。ゴーレムが動いたことに興奮していたところを、現実に引き戻される。不安そうな声でメリッサに訊ねた。
「魔力操作ならあなたはわたしに引けをとらないって、お師匠様は言ってたわ。自信を持ちなさい」
そう言ってメリッサはディールの背中を叩いた。決して強くはなかったが、予期せぬ衝撃に思わず咳き込む。
「もし負けた時は何か奢ってもらうから覚悟しておいてね。もちろん四人分よ」
「……え? それは――」
ディールが言葉を継ぐ前に、メリッサはキュアリスたちの所へと去っていった。
まるでそれが合図だったかのように、ゴーレムが呪紋陣の中央へと勝手に移動する。向かい合う二体の距離は思いのほか近い。
先に動いたのはフェルダのゴーレムだった。右の拳がディールのゴーレムを襲う。咄嗟のことにディールは反応できなかった。球状の拳は見事、頭部に当たった。
ディールのゴーレムが僅かに後ずさる。
それに気を良くしたのか、フェルダが立て続けに二発、攻撃した。またも頭部に当たる。ディールのゴーレムはさらに後ろへと下がった。
呪紋陣の広さは直径五メートルほど。ゴーレムの大きさからすると決して広いとは言えない。このままではすぐに押し出されてしまう。
「どうした、もうお終いか?」
そう言って、フェルダは口の
ディールは慌ててゴーレムの左腕を上げた。盾状の前腕が見事に攻撃を防ぐ。そして相手の攻撃が止まったのを見計らって反撃をする。だがフェルダはそれをあっさりと防いだ。
何度か攻撃をするが、すべフェルダに防がれてしまう。
「何をしている。単純な攻撃ばかり繰り返すな!」ビダジールが叫んだ。
「あのゴーレムにはあの動きしかできないわ」横で見ていたメリッサが答えた。「体中に呪紋陣が刻んであるのが見えるでしょう? 魔力が流れると呪紋陣で定められた動きをするように作ってあるのよ」
「なんだと……じゃあ莫迦の一つ覚えみたいに右で殴るだけか? そんなもので勝負になるのか?」
「人形遣い――って
そう話している間にもゴーレム同士の攻防は続いた。ディールは最初の時のように殴られ続けることはなかった。しかしそれは上手く防いでいるというよりは、攻撃する隙がないから仕方なく防いでいるといった様子だった。
「なんとか防いではいるが……埒があかないぞ」
「大丈夫。人形遣いで大事なのは魔力操作の精度よ。一度に動かせるのは左右どちらかだけ。ゴーレムの条件が同じなら魔力操作に長けた方が有利。そしてディールは魔力操作だけは抜群なのよ」
メリッサの言葉を証明するかのように、変化が訪れた。ディールの攻撃が当たり始めたのだ。最初は十回攻撃しても全て防がれていた。それが一回は当たるようになり、やがて二回三回と当たるようになった。
フェルダの攻撃の終わり際を狙ってディールが当てる。だがすぐにフェルダの反撃を受ける。そうして一進一退だった攻防はしかし、気づけばディールのゴーレムが優勢となっていた。
「くっ! なんで押されているっ」
フェルダの顔に余裕はなくなっていた。フェルダのゴーレムは呪紋陣の端まで後退している。押し出されないよう防ぐので精一杯なのは、今やフェルダの方だ。
この状況を生み出したのは、左右の腕の切り替え時間の差だった。右腕での攻撃を終えて左腕で防御するまでの時間。或いはその逆の時間。僅かではあったがディールのゴーレムの方が早い。
「すごい! 勝てそう」
レオティエが言う。ゴーレムは二体とも、左腕を上げた防御姿勢のまま攻撃の隙を狙っていた。
焦れて先に動いたのはフェルダだった。何度も何度も連撃を加える。ディールは冷静にそれを防御し続けた。
「
フェルダの集中力が乱れ始めた。連撃の間隔が空き、ゴーレムの反応も遅くなる。
ディールはその隙を見逃さなかった。相手のゴーレムの拳を防いだと同時に、魔力操作で動かす腕を切り替える。すぐにゴーレムは反応して右腕の拳が襲いかかった。
攻撃のみを意識し、集中力も乱れたフェルダには防御するだけの余裕はなかった。
ディールの攻撃は見事に相手の頭を捉える。受けた衝撃に反応し、フェルダのゴーレムが後退した。その足が呪文陣の外に出ようとする。
「よし、勝ちだ!」
思わずビダジールが叫んだ。
【我思う。汝は阻む擁壁なり】
突如、二節の呪文が聞こえた。魔力を帯びた声。それはフェルダから放たれていた。魔力は呪文により形を与えられ具現化する。
フェルダの正面、ゴーレムのすぐ後ろ。呪文陣の外に石でできた壁が出現した。
斜めに飛び出た壁はゴーレムの背中を支えるようにして後退するのを止めている。ゴーレムの足が呪紋陣の外に出ることなく地面へとつけられた。
「なっ!?」
「呪文! ずるい!」
ビダジールとレオティエが声を上げる。
「フェルダ! あなたという人は!」
メリッサがフェルダを睨み付けて言った。フェルダは一瞬、しまったという顔をしたがすぐに引きつった笑みを浮かべた。
「ふ、ふん。呪文を使ってはいけないと最初に取り決めてないからな。ルール違反ではない。これは〝術試し〟なんだろう?」
確かにルールについて細かい取り決めはしていなかった。通常、〝術試し〟は行う前にいくつか条件を決める。以前メリッサがアッガスと〝術試し〟で障壁破りを行った時のように。
しかしメリッサは最初に条件を決めることをすっかり失念していた。ディールにゴーレムの動かし方を教えて、準備を終えた気になっていたのだ。
「もちろんそちらも呪文を使ってくれて構わない。なんなら俺の呪文を
フェルダの引きつった笑みは、いつの間にか見下す笑みへと変わっていた。
ディールは唇を噛んだ。トリオスにいた時にウォールロックから簡単な呪文をいくつか学んでいた。だがこの場で使えるようなものは知らなかった。まして相手の呪文を
「のうメリッサ。あやつの魔術はディールに向けられておるわけではないのに、
「何言ってるの? できるわよ。
しかしそんな呪文をディールは持ち合わせていないことをメリッサは知っている。
「ふむ。なにやら妾の思うレジストとは違うようじゃな。じゃがそれならディールでも出来ぬことはないじゃろう」
「でもあれを
「呪文でなくとも、要はあの魔力に干渉できればよいのじゃろ? ほれ。ディールも気づいておるようじゃぞ」
キュアリスがにまりと笑う。
メリッサはディールへと視線を向けた。だが彼の口から呪文が飛び出す様子はない。
だが――キュアリスの言うようにディールは気づいていた。呪文を使う以外にも、相手の呪文が起こした現象に干渉する
魔力廻炉を展開。
ディールはキュアリスを書見台から解放した時と同じことをしようとしていた。
思い浮かべるのは石壁が崩れるところ。だが石の欠片として崩れていくのではない。魔力が流れていくイメージだ。
突如、フェルダの具現化した石壁が光り始めた。
「な、何が起こっている?」
フェルダが驚いた声を上げた。自分が唱えたのは、このような現象が起こる呪文ではない。彼は咄嗟にディールを見た。しかしディールが呪文を唱えた様子はなかった。ならばこれは相手からの
フェルダの目の前で石壁が崩れ始めた。石壁としての形を維持できず、魔力の残滓となって消えていくその様子はまるで――
「まさか、呪文に込めた魔力がもう尽きたのか!?」
フェルダは信じられないといった表情を浮かべていた。魔術で起こした現象は呪文に込めた魔力が尽きれば消える。だがこれほど短時間で消えてしまうような魔力の込め方はしていない。
ディールが
現象を維持する時間を減らすくらいには。
「フェルダ様!」
取り巻きの声でフェルダは我に返った。しかしもう遅い。気づいた時にはディールのゴーレムの拳が迫っていた。頭部に打撃を与えられ、フェルダのゴーレムは後ろへと下がる。
石壁という支えを無くしたゴーレムは、今度こそ呪紋陣の外へと足を踏み出した。
途端に体表に刻まれた呪紋陣から光りが消え、その場に跪く。押し出されることによる強制停止だ。
静寂がその場を支配した。
「……ねぇ、もしかしてディールの勝ち?」
あまりの静けさに耐えられなくなったレオティエが、誰にともなく訊く。
「……ええ。そうね」
石壁の消失に目を奪われていたメリッサが答えた。その横ではキュアリスがにまりと笑ってディールを見ている。
「やった!
レオティエはディールの元へ走って行くと、そのままの勢いで飛びついた。
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