第24話 初参入者クラス

 魔術学院の敷地は広い。その中でも主な建物は三つ。在籍年数が三年目までの学生が学ぶ学舎。四年以降の学生が学ぶ研究舎。そして学生たちの住む寮舎だ。

 ディールとキュアリスは学舎の入り口でメリッサと別れる。二人がこれから向かうのは魔術を最初から学ぶ者たちが集まる教室だ。魔術学院では初参入者ニオファイトと呼ぶ。それに対しメリッサのようにすでに魔術が使える者たちは実践者プラクティカスと呼ばれ、集まる教室は区別されていた。


「ここじゃな」


 学舎の一階、端の教室の扉をキュアリスが開いた。中には木製の机がいくつも並んでおり、先客が二名いた。その二人がキュアリスとディールを見る。

 一人は背の高い少年だった。浅黒い肌に茶色の瞳がディールを捉えた。黒い長髪を後ろに撫でつけ大きく額を出している。眉間のやや上、額から鼻筋にかけて白いラインが入っていた。

 もう一人は少女。背はディールよりやや低いくらいか。少年と同じ浅黒い肌と茶色の瞳。髪は両側に垂らした三つ編みで、編み込まれた革の細いバンドを額にしていた。両目のやや下、頬の辺りに赤い線が水平に引いてあった。

 二人とも制服を着ている。初参入者ニオファイトクラスの生徒ということで間違いなさそうだった。


 長髪の少年はディールに目を止めると一瞬厳しい顔をする。だがすぐに興味を失ったように視線を外した。少女の方は興味深そうに二人を見ている。

 ディールとキュアリスは二人の近くに座った。


「アタシ〝疾風はやちかぜなる馬〟のレオティエ。よろしくね」


 三つ編みの少女――レオティエが近寄って来て言う。その顔はにっこりと笑っている。


「妾はキュアリスじゃ。よろしくの」

「えっと……ディール・シュタット……です」

「シュタット……かぁ」


 レオティエがディールの顔をじっと見つめる。ディールの顔が赤くなり始めた頃、レオティエが口を開いた。


「ディールはもう部族を名乗ったりはしないんだね」

「部族? ……あ――」


 少女の言葉を聞いてディールは最初、何のことを言っているのか分からないといったふうだった。しかしすぐに意味を理解したらしく口を開いた。


「レオティエ、そいつは〝捨てたる者〟だ。相手にするな」


 だが長髪の少年の声がディールの言葉を遮った。少年は再びディールへと顔を向ける。その視線には軽い嫌悪のようなものが含まれていた。

 突然の敵意にディールは困惑し、言葉を継ぐことができなかった。


「もう。同じ初参入者ニオファイト同士なんだから仲良くしないと」


 レオティエが少年の方を向いて言う。そしてすぐにディールたちの方を見る。


「あ、あっちが〝疾風はやちかぜなる馬〟のビダジールね。アタシの幼なじみ」


 紹介された長髪の少年――ビダジールは「ふん」と言ってそっぽを向いた。


「ごめんね。アイツ部族を名乗らなくなった人たちを嫌ってるの。そんなこと言ってるの、もうお爺ちゃんの世代ぐらいしかいないのにね」

「レオティエ!」

「はいはい」


 レオティエは軽くウインクしてみせて、ビダジールのそばへと向かった。

 機嫌悪そうに話すビダジールをいなすようにレオティエが相手をしている。その様子はまるで姉と弟のようだ。


「なんじゃ、その部族がどうとか言うのは?」キュアリスがディールに訊ねる。

流浪るろうの民が名乗っている名前です」

「流浪の民? なんじゃそれは」

「約三百年前にこの大陸に流れて来た人たちのことです。昔はどの国にも属さず、部族ごとに分かれて大陸中を放浪してたって聞いています。今は定住してる人たちも多いみたいですけど」


 昔、母のペリアから聞いた話をディールは口にする。父親のベルデスは若い頃、〝桂月けいげつの兎〟という部族を捨て行商人になったこと。そしてペリアと出会い婿入りする形で結婚したこと。

 二人の間にはディールたち三人の子供が出来たが、父親の血を色濃く引いているのは次男のディールだった。


「シルクは母さん似です。兄さんもどっちかというと母さん似です。僕だけが父さんにそっくりなんです」


 浅黒い肌に黒髪。茶色の瞳の人種は、もともとこの大陸にはいなかった。

 キュアリスに話しながらも思い出すのは幼少の頃に感じた疎外感。浮かべた表情は少しだけ苦しそうだ。


「妾が図書館に引きこもっておった間に、世界では色々なことがあったのじゃの」


 ディールの様子から何か感じ取ったのか、キュアリスはしばらく見つめる。それからビダジールとレオティエに視線を移した。


        ☆


「揃ってますね。これから一年間、あなたたちを担当するキンベルです」


 教壇に立つ中年の女性が言う。教室内を見回し、満足そうに頷いた。

 栗毛の髪に青い瞳。白い肌をした小太りの女性だ。白のダルマティカに同じく白のケープを纏い、茶色の革ベルトが腰に巻かれている。

 白のローブやダルマティカを着ているのは、魔術学院の講師の証だった。

 教室の中にいるのはディールとキュアリス。そしてビダジールとレオティエの四人のみ。

 魔術学院の学生の殆どは、実践者プラクティカスであり初参入者ニオファイトは決して多くない。今年はディールたちを含めた四人が初参入者ニオファイトクラスということらしい。


「魔力感知と魔力操作に関しては、皆さん習得されていることは確認しています」


 その言葉で、ディールは面接の時のことを思い出す。初参入者ニオファイトとして入学するには、魔術師の推薦状が必須だ。試験を受ける必要はないが、代わりに推薦状の内容を確かめる為に面接が行われる。

 その時にどこまで魔力を扱えるかの確認も行われる。魔力は生まれつき扱える者がいるため最初に差がつく事柄だからだ。その差によって、初参入者ニオファイトクラス全体の教授内容が決まる。


「ですので私からは『呪文学・基礎』と『魔術史』を学んでいただきます。それ以外はそれぞれで学びたい講義を選んでください」


 魔術学院は学年制ではなく単位制となっている。実践者プラクティカスとして入学した者は、自分の学びたい講義を受講して単位を取得する。これには在籍年数は関係ない。

 しかし無条件で全ての講義から選択できるわけではなかった。特定の単位を修得しないと学べない講義も存在する。

 それは初参入者ニオファイトであっても基本、変わらない。最初の一年間は初参入者ニオファイトとして最低限学ぶべき内容を、クラスを担当する講師から学ぶ。だが他の講義の単位取得が必要条件でない講義ものについては、実践者プラクティカスに混じって学ぶこともできるのだ。


「午前中は『呪文学・基礎』か『魔術史』になります。ですから選べるのは午後から行う講義になります。五日ほど猶予がありますので、それまでに決めてください」


 キンベルの口から、次々と注意事項などが告げられる。キンベルの話だと今日から五日間は講義もなく、その間に受講する講義の手続きを行う必要があるらしかった。

 但し、初参入者ニオファイトクラスに関しては午前中の講義のみ明日から行われる。


「講義によっては写書板や算術板が必要になります。持っていない場合は学院内の購買で買うか、貸し出しもしていますので必要なら一階の受付で申請してください。

 質問はありますか?」


 言うべき事をひと通り言い終えたらしく、キンベルは四人を順に見て問う。そして誰からも質問がないことを確認すると、満足そうに頷いた。


「では、本日はこれで終わります。質問があれば私か、一階の受付まで。私は二階の講師室にいます。明日、またお会いしましょう。

 今年はウォールロック様の推薦で入った学生がいますので、楽しみにしています」


 そう言ってキンベルはディールとキュアリスを見た。面接の時にも感じたが、ウォールロックの推薦というだけでどことなく自分たちを見る目が違っていた。魔術を最初から学ぶはずの初参入者ニオファイトであるにも関わらずだ。

 それは期待の現れであり、また自分に何か不備があればウォールロックに迷惑が掛かってしまうということだ。

 ディールの顔が緊張で引き締まる。


「ねぇ、アナタたちはなんで魔術学院に来たの?」


 キンベルが教室を出て行くとすぐに、レオティエがディールたちに話しかけて来た。


「妾は魔術に興味を持ったからじゃ」

「えっと……僕は魔術に関する知識を学ぶために」

「そっか。アタシはね、魔術師になって部族のみんなの助けになりたいの」

「レオティエ! 行くぞ」


 教室の入り口に立ち、ビダジールが言う。


「アイツは……なんで来たのか分かんないや」

「レオティエ!」

「あー。はいはい。じゃあね」


 レオティエは苦笑いを浮かべながら、ビダジールの元へと向かった。横に並ぶと、ビダジールの横腹を肘でつつく。


「もう。仲良くしなよ。じゃないと魔術学園ここでもアタシしか相手してくれる奴いなくなるよ」

「……俺はそれで構わない」

「はいはい」


 レオティエは振り向くと、ディールたちに手を振って教室を後にする。


「妾たちも行くか」


 二人を見送ってから、キュアリスが言う。ディールは頷いて見せた。

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