最終話


大きく何かが崩れる音がして、鼻を啜りながらも改めて周囲を見渡した。

ここは聖女の間ではなかった。

城があったであろう場所には瓦礫の山が積み上がっていた。


ヨムドイトに支えられながら立ち上がった。


その後、パチンと指を鳴らせば城があった場所から火柱が上がり全てを飲み込む勢いで燃えていく。


(………全て、終わった)


もう、異世界人を呼び出す女神は居ない。

聖女を犠牲にして大結界を張る闇の宝玉はヨムドイトの手に戻った。

そして異世界人を生贄にして大結界を張っていた事を知る者は一人もいない。

根絶やしにしたのだ。


轟々と激しく燃え上がる黒い炎を静かに見つめていた。


ヨムドイトは背後からそっと腕を回す。

それに応えるようにヨムドイトに触れた。

チリチリと焼け付くような痛みに目を閉じた。


互いを拒絶する力、けれど心は強く惹きつけられている事に、とっくに気付いていた。



「迎えに行くと言っただろう…?」



ヨムドイトの言葉に、静かに首を振った。



「……要らないって言ったわ」


「我の許可なしに勝手に死ぬ事など許さぬ」


「ヨム…」


「サラの願いは果たした」


「……」


「これで、我の願いは叶うのだろう?」


「………っ、うん」



どこまでも優しいヨムドイトの温もりが、渇き切った心を癒してくれるような気がした。


燃え尽きた火を最後まで見届けた後、小さな声で呟いた。



「ありがとう……ヨム」


「………」


「貴方が…っ、居て、くれて」



(…………本当に良かった)



言葉は最後まで届く事はなく、風と共に遠くへと消えていった。


これから伸し掛かるであろう罪の重さを感じながら、ヨムドイトの胸で啜り泣いた。

ヨムドイトは黙って寄り添ってくれた。





ライナス王国は一晩で消え去った。

ヨムドイトはライナス王国にある教会を全て燃やし尽くした。


そしてライナス王国と女神ライナスは神の怒りを買ったという噂が各国に広がった。


魔族から国を守る大結界も教会も全てなくなり、残された民は拠り所を無くして混乱していた。


そこに魔王ヨムドイトが高らかに宣言した。


ライナス王国は魔王ヨムドイトの支配下に置かれることになった。

ライナスの民達は抗う術はなく、従うしかなかった。


そして魔王ヨムドイトが、他国にライナス王国を支配した事を知らしめた事により、他国から攻められることは無かった。


魔王ヨムドイトは王国を守り、今までの生活を約束する代わりに、ある条件を出した。



それは魔族達に対する偏見を無くす事。



そして、聖女サラが魔王ヨムドイトに嫁ぐ事だった。



「全て我の言う通りになっただろう?」


「………そうね、満足した?」


「いいや、まだだ」



ヨムドイトは髪を撫でながら、嬉しそうに微笑んだ。



「次にサラが望むものは何だ?」


「……私の、望み?」


「そうだ……もっと我に溺れさせて、我しか見えぬようにしたいのだ」


「ふふっ、何それ」


「サラ、お前の全てが欲しい」



金色の月のような瞳が猫のように細められる。

そんなヨムドイトの頬をそっと両手で挟み込んだ後に、そっと口付ける。

互いに力を渡し合い慣らす事で、以前のように触れる事が出来ていた。



「私の望みは、もう叶ったわ」


「………」


「だから、もう何もいらない」



あの日から、どこか心にポッカリと穴が空いているような気がしていた。

自分のした事が正しかったのか、国を壊した事が正解だったのかは分からない。


けれど再びヨムドイトに触れられて幸せだと思う気持ちもある。



「我は我儘な女が好きなんだが…」


「………飽きたら、いつでも私を捨てて頂戴」


「出来ぬと分かっているくせに」



サラは元ライナス国民の拠り所として、プラインと共に忙しく国中を飛び回っていた。


そして光の宝玉を手にしていた。

あの日、女神ライナスが消え去った場所に落ちていたものだった。


光の宝玉を正しく使っている。

その為、世界はバランスを取り戻しつつあった。



「結婚したのだから、もう少し優しくしてくれてもいいだろう…?」


「ふふ、そうね」


「サラ、お前は幸せになっていいんだ」



ヨムドイトはサラの目を見ながら諭すように言った。



「……そう、かしら」


「苦しみも悲しみも一緒に背負ってやる。だから我の手を取れ」


「頼もしいのね」


「我はお前の心が欲しい…欲しくて堪らなーっン!??」



必死に訴えるヨムドイトの口をそっと手で塞いだ。

長い睫毛がパチパチと動く。

不思議そうに顰められた眉を見て、クスクスと笑った。



「本当は欲しいものがあるの……知りたい?」


「むごむ…」


「ふふっ」



ヨムドイトはニヤリと笑ってから手を取り唇を寄せる。



「………早く我に言ってみろ」


「言ったら、私の願いを叶えてくれるの…?」


「勿論だ」



涙を堪えながらヨムドイトに言った。

ヨムドイトはポタポタとこぼれ落ちる涙を拭いながら大きく頷いた。



「お前の願いならば何でも叶えてやる。我は我儘な女が好きだからな」


「………絶対?」


「あぁ、絶対だ。魔族は嘘をつかない」


「そうね、そうだったわ」


「サラ」


「あのね、ヨム………私は」












end


全63話、完結致したました。


番外編を書く予定はございません

最後までお付き合いして下さった皆様、本当にありがとうございました


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【受賞しました!】何もかも奪われた純白の聖女は全てを破壊する【改稿版】 やきいもほくほく @yakiimo_hokuhoku

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