エピローグ 奇跡

 天気のいい昼下がり。テラスで紅茶をたしなむおば様方の話題は、お城にまつわる不思議な話と決まっている。


「まさかミミー様が衛兵のカレン様とご結婚なさるとは思わなかったわよね」


 おば様方の話の中心は、カレンとミミーに化けたりゅんりゅんとのことだった。なんでも、表向きにはりゅんりゅんの猛アピールが実ったのだとか。まぁ、実際、そうとも言えるのだが。


「そうそう、しかも、男の子をお生みになられたなんて。一体全体どういうことなのかしら?」


 みんなは、カレンの性別が女性だと気づいているらしい。そこでカレンの不貞が疑われたわけだが、実際に赤ちゃんを産んだのはりゅんりゅんの方だった。そう、これもたぶん、りゅんりゅんのイリュージョンのひとつでまちがいないだろう。


「いいんじゃないの。奇跡が起きたってことで。好きになった者同士が結婚して、子供が生まれた。それだけで、存在そのものが奇跡みたいなものなんだから」

「それもそうねぇー」


 おば様たちの話はまだまだつづく。まぁいっか。おれが口を挟むことじゃない。


 ここは、王室御用達のアクセサリー工房兼喫茶店『ミラクル』。この店でアクセサリーを買うと、しあわせになるとか、なんとか言われている。実際、りゅんりゅんが男の子を生んだわけだし。奇跡っていうのは案外普通にあるものなのかもしれない。


 だが、アクセサリーを作っているおれが、奇跡を込めたという自覚はないんだがな。


「パーパーっ!! いっしょにあそんでよぉー!!」

「こら、やめろって。今仕事中だからっ」


 おれの足に、三歳の息子がからみついてくる。まだ足元が不安定だから、壊れちまわないか心配でならない。


「マローンもいい奥さん見つけたわねぇー」

「本当に。それに、ミミー様とおなじ名前の奥さんだなんて。お顔もどこか似ているわよねぇ?」

「しかもすぐに子宝に恵まれて」

「いきなり三つ子だものねー」


 やだなぁ。ひやかさないでくださいよーと頭をかくおれの周りに子供たちが次々とまとわりつく。


 りゅんりゅんのおかげでミミーと結婚して四年。あれから状況は変わった。お姫様に化けたりゅんりゅんを、国王陛下やシシリー様はようやく受け入れてくれた。もうそれしか皇位継承する方法がなかったからだ。


 りゅんりゅんも本当のところはカレンに一目惚れしていたのだった。その想いに、カレンもほだされたのだろう。りゅんりゅんは結婚して、次期女王陛下になるべく、うまく立ち振る舞っていてくれている。


 城の衛兵として活躍しているマリンとジョージも結婚して、二人の子宝に恵まれた。


 みんな、いろいろなことがあったが、しあわせそうでなによりだ。


「そうそう、前にここで働いていたヒロユキって男の子がいたじゃない?」

「あの人、隣町で年上の女房に振り回されて、しあわせそうにやっているらしいわよ」

「当時はマローンに気があるんじゃないか、なんてうわさもあったぐらいなのにねぇ」


 いや、それうわさじゃないから。でも、しあわせにやっているのなら、それでよかったな。あいつには、年上女房がお似合いだぜ。


「マローン。それからみなさんも。よかったら試作品の栗のお菓子を食べてみてくれませんか?」


 年相応に神を結い上げたミミーがかいがいしくテーブルに皿を置く。その上に乗っていたのは……!?


「モンブラン!! おれが一番好きなケーキだ」

「やっぱり。そんな気がしていたの」


 おれが加工したフォークで、繊細に装飾された栗のクリームを一口すくう。口の中で懐かしい甘味が広がった。これはうまいっ!!


 人生は奇跡の連続だ。おれが子猫のミミーを助けたことも、ヒロユキがおれの元妻を寝とったのも、ヒロユキに何度も首を斬られたことさえも、すべて、奇跡の連続なわけで。そして今、おれは最大級の奇跡のかたまりみたいな家族を得て、最高のモンブランに食いついている。


 人生をのぼりつめるのはむずかしいかもしれないけれど、好きな人といっしょだったら、それもまたたのしいかもしれない。


「あらやだ、おいしいわー!!」

「よかった。うふふっ」


 そして、おれとミミーはどちらからともなく手を取り合った。


「本当に、いつまでたってもラブラブなんだから」


 冷やかされるのもいつものことだ。


「すみませんねぇ、ラブラブで」

「あたしたち、愛し合ってますから」


 形を変えてでも、何回でも出会えてこられた。これもまた奇跡の結晶だ。


 さて、今日もきれいなアクセサリーを作るぞぉっ!! おれたちは、この世界で生きていく。本当の愛に包まれながら、本物の愛を子供たちにそそぎながら。


 おっさんが最後にしあわせになる。そんな話がひとつぐらいあっても、かまわないだろう? おれは、これまでの卑屈な自分とさよならをして、全力で人生をたのしんでいる。愛する家族のために。



 おしまい



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四十肩で故障中のヒーラーは、猫耳娘と出会い、ワイヤーアクセサリーを作りながら、ゆるゆると魔王城奪還に向かうことになりました! 春川晴人 @haru-to

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