男装令嬢のその後の生活

 翌日の朝、思い出話をしながらガランとした家の中をアチコチ巡った。この家にいたのは、ほんの1年足らずだけれども……たくさん、たくさんの思い出がある。

今日、私達がここから出たら、もう戻ってくることはないんだよね。



「ねえ、ラース」



 転移陣の中心に立ち、ラースが最近よく視線を向ける方向を見上げた。



「うん」


「ほんとに、アレクセイは見てるのかなぁ……?」


「……どうだろう。俺のときは、前後関係がつながらないときもあったから、森に意識が飲まれてる瞬間とそうでないときがあったんだと思う。今、見てるかどうかは分からない」


「そっか……」



 ラースが呪いを受ける直前、奥さんが自分にそっくりな男と仲睦まじくしている姿を見ていたと教えてくれたのは、昨日の晩のこと。『アレクセイが、見ているかもしれない』って――


 彼は、ラースがこの森を出ることによって呪いが移り、呪いの森へと縛られる人。



「私ね。きっと、アレクセイにとって『良い婚約者』じゃなかった」



 私のことを見下して『命令』ばかりを連呼する、説明しようとしても耳を傾けてもくれないその態度に、早々に会話をすることを諦めた。『命令』されたことには全力で取り組んでいるからそれでいいだろうと、ちゃんと向かい合わずに、楽な方に逃げていたんだと、今なら思う。



「アレクセイがして欲しいこと、理解するのを拒否したの。だから、言われたことに全力を尽くして――」



――知らなかったよね、きっと。

  私が、すごい負けず嫌いだって。


 見た目は、頼りなさげに見えるみたいだし。

容姿だけを見て婚約を申し込んできた彼は、気づきもしなかったと思う。押さえつけると反発するタイプだなんて思いもしないで、自分の理想にはめ込もうとしてた。



「――あなたから、あなたを受け入れることも受け入れられることからも逃げようとしたの。森に捨てるだなんてひどいことをするとは思ったけれど、そうなるまでの過程を、私、後悔してない」



――でもね、私は特殊例だと思うんだ。


 普通の女の子なら、不安で不安で情緒不安定になったと思う。拾ってくれたラースは優しい人だったけれど、そんな彼が拾った子たちですら何人も亡くなっている。

 努力を重ねても補えなかった、自らの『足りなさ』を認められず、居丈高に振る舞うことで誤魔化していた、アレクセイ。彼が、自らを呪いから解き放ってくれる相手を得られるのが一体いつになるのかは想像もつかないけれど――



「でも、アレクセイが、一日も早く、ここから開放されることを祈ってる」



――さよなら。


 好きに、なれなかった婚約者さまひと……





 内心はどうあれ、言いたいことだけ言い捨てて、転移術で森の中ほどまで移動したあと、10日近くを森の南に向けて進んだ頃にやっと森の端へとたどり着く。南の方は気温が高い地域で、冬でも私が生まれ育った国の秋と同程度の気温だ。

ラースと暮らしていた家の辺りも春はまだ来ていなかったから、道中ジワジワと暑くなっていくのがきつかった。


 まさか、森を抜けた先の村で、未だに自分を探し回っていた侍女たち(なぜか冒険者になってた)と再会し、こっそりと国に戻ることになるとは思わなかったけど――私は結局、貴族籍には戻らずにラースと二人で、兄の治める領都の片隅で魔道具師としてお店を開いた。

兄の後ろ盾もあってか、経営状況は悪くない。


 呪いの森からはここ数年、凶暴な魔獣が外縁部に出てくることもなく落ち着いているらしい。「多分、新しい森の主が魔獣駆除してる真っ最中」というのが、ラースの予想。なんでも森の主をやってる間の基本業務は、森の深奥に潜む強い魔獣の駆除だったそうだ。「暇つぶし兼八つ当たり先に最適」というのが彼の言葉だけど――凶悪な魔獣が跋扈しているはずの森から魔獣が溢れてこない理由の一端に、その暇つぶしが関係してるかも知れないなと思わないでもない。

 ちなみに、私が髪を梳かす練習用に狩ってくれた毛足の長いオオカミさんも、普通の人では歯が立たない強さだと聞いて「へー」が止まらなかったなぁ。

ラースは、人の身を得直した今となっては、もう自分の方が狩られる立場だと笑っているけど……今でも彼が、人並み外れて強いのを私は知ってる。




 なにはともあれ――


「メル~♪ 美味しい焼き菓子、買ってきたわよ~!」


「わ、ソレって『リーマ』のフィナンシェ!? やだ、シャロン、メチャクチャ愛してるっ!!」



 兄のジョナサンと結婚した親友のシャロンは、夫婦揃ってちょこちょこ遊びに来てくれるし、優しい旦那様もそばにいてくれる。

ご令嬢ではなくなった今のほうが、むしろ私は幸せですっ!

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男装令嬢、森の中~呪いの森で庶民を目指す!~ 灰色毛玉 @haiirokedama

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