男装令嬢の最後の晩餐

 呪いの森から出るための準備を進めつつ、ひどく広くなってしまった台所に複雑な気分になってしまう。今回のお引越しのためにと、彼が作ってくれたマジックバッグは容量が大きくて、食器棚やベッドもヌルンと入ってしまうけど――初めてラースと顔を合わせたこの場所が、こんなにスッキリ片付いてしまうと、なんだか寂しい。



「ねえ、ラース」



 移動式の結界具に刻印を刻む作業の合間に体を伸ばしていた彼に声をかけ、後ろからムギュッと抱きつく。



「お家の中に、ベッドも食器棚もなくなってしまったけれど、ほんとに持って行っちゃっても大丈夫……?」


「ああ――平気平気。どうせ次の主が就任したら、地表部分は殆ど残らない」



 地表にある家や畑に塀などは、全部、ラースが自分で作ったものらしい。



「必要なものも、そうでないものも。地下にたくさん保存されてるから大丈夫」


「そっか」


「そうそう。――あ、女の子用のズボンはなかったな」


「それは……今後も必要、かなぁ?」


「まあ、布はあるよ」



 イコール、私達が用意して残してやる必要はないってことだ。


――まあ、材料があるならいっか。


 ラースが、一晩で用意してくれたお着替えズボン。その後、自分で挑戦してみた結果、手習いの刺繍とはまた違うものだと理解した。あれは、ラースの小器用さと睡眠が要らない精神体だからなんとかなっただけで、ホントはとっても大変な作業なんだけど――必要になったら、出来るようになるだろうってことにしておこう。



「ラース、あらかた荷物は回収し終えたけど、あとはどうすればいい?」



 彼の首筋に頬を擦り寄せながら訊ねると、期限良さげな声でお夕飯のリクエストが返ってきた。



「玉ねぎをベーコンと一緒にトロットロになるまで煮込んだスープが食べたいなぁ」


「ふむ……じゃあ、ロングヘアーウルフのローストも作っちゃおう」


「豪勢!!」


「明日には出発するんでしょう?」


「その予定。今日は、コレを仕上げたら畑を潰して転移魔法陣の下準備をするつもり」



 どうやら大量の魔力が必要になる転移術を行使するために、魔法陣を利用して負担を軽減するつもりらしい。結界具はもうすぐ出来上がりそうだけど、地ならしした上で魔法陣を書くとなるとソコソコ時間がかかるだろう。



「となると、結構時間もかかりそうだし、ポテサラも追加しちゃうね」



 ローストも多めに作って、明日のお昼用にサンドイッチも作っておこうかな。そうしたら、明日のお昼にも楽しめるし。



「え、待って。それは何の記念日!?」


「んー? 呪いの森、脱出準備完了記念ってことにしとこっか」


「それは脱出し終えてからやるもんのような気がするけど……」


「んじゃ……快気祝い、とか」



 今まで忙しくしてたせいで頭になかったけど、長患いのあとにはお祝いをするものだよね。なんだかんだで10日以上も寝込んでたし、せっかくだから快気祝いってことにしてしまおう。



「そしたら……なにか甘いものも作るよ。何がいい?」


「プリン!」



 目をキラキラさせて即答されたので、今日のデザートはプリンに決定!




 ローストは肉汁が落ち着いたらスライスすればいい状態だし、スープは暖炉の隅でコトコト煮込むだけ。



「ポテサラ用のジャガ芋を茹でてる間に、プリンの用意~っと♪」



 温めたミルクで砂糖を溶かし、溶きほぐした卵と混ぜてザルで漉す。ラースいわく、ザルで漉すと舌触りが良くなるらしい。

あとは、プリン液をバターを塗った器に移してから水を張った深めの鍋に入れ、スープのお鍋とは反対側で放置するだけ。ポテサラが出来上がる頃に取り出して、お外に残ってる雪を持ってきて冷やせば、美味しいプリンの出来上がり!



 ロングヘアーウルフのローストをスライスし、明日のためにたくさんのサンドイッチを作ってく。お肉だけじゃ飽きてしまうから、ポテサラのサンドイッチも作ることにした。


――今日のとまるっとおんなじメニューになるのはつまんないな。


 ちょっぴり悩んで、ジャムのサンドイッチも作り始める。



「あれ? ――なんか、想定以上にテーブルが賑やか」



 フワリと入り込んできた冷気を感じて扉の方へ振り向くと、目をまんまるにしたラースの姿。彼の視線は、サンドイッチが山のように積まれたテーブルに釘付けだ。



「……明日のお弁当、作りすぎちゃった♪」



 私がテヘヘとごまかし笑いを浮かべると、彼はプッと吹き出した。



「3日分はあるんじゃない? コレ」


「う……そうかも」


「んじゃ、3つに分けてしまっちゃおうか。まだ寒いし、状態維持の魔法をかけときゃ、3日は余裕で保つでしょ」


「ラース、大好きっ」



 うっかりな作り過ぎを怒るでもなく、サラッとフォローしてくれる。なんか、さり気なく優しい。胸いっぱいに『大好き』な気持ちが溢れてしまって抱きつくと、ラースの体はひんやりしてた。



「お外で作業、お疲れさまでした」


「なんのなんの。メルの作った美味しい夕飯を楽しみに頑張りました」



 彼を見上げて労うと、嬉しそうなニンマリ笑顔が返ってくる。かわいい。

ひとしきり甘えて満足したら、二人でササッとサンドイッチを包んでしまい、お夕飯に取り掛かる。



「メル、あーんして」


「あーん……」



 具合悪いさんだった時に、ラースは『あ~ん』にハマったらしい。食べさせ合いっこは、恥ずかしいけど――でも、ニヨニヨが止まりませんっ!

デザートのプリンがいつもよりも甘く感じたのは……やっぱり、ラースの笑顔が甘いせい、かなぁ?

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