簡易落語 バレンタイン

紅之模糊(くれないのもこ)

バレンタインとバターとヘルシズム

 最近は「ヘルシズム」なんていう言葉が出てきまして、これは簡単に言えば「人間誰しも健康に気を配るものだよ」というものです。これじゃあまるで、不健康な輩は人間じゃねえ! と言ってるようなものでございます。「平家にあらずんば人にあらず」とは、平時忠が豪語したものでございますが、私はこれがどうも健康優生思想、つまりヘルシズムと重なってしまうんです。時代錯誤もいいところですが、実際のところ私も健康に気を配っているのですよ。


 19歳の男盛りなお年頃、9時就寝の6時起き。朝食にはナポリタン、昼食にはいつも通りステーキにかぶりつき、昼寝をしてはポテチを片手にスプライトを飲む。見る見るうちに実のぎっしり詰まった洋梨体型に成長! とまあ、典型的なデブ活を幼少期から躾けられてきたものですから、30年後、動脈硬化で死にたくはありませんね。誰しも余分な塩分は「用無し」にしたいものです。

 



 「はぁ~。にしても、はっしーの父ちゃんは若ぇなあ。これで52だろ? スラっとしてておまけに髪の毛も真っ黒黒のフッサフサじゃねえか」

 「でも最近ショックだったのは、僕より親父の方が体重が軽かったんだよ。背は同じくらいだし、僕の方が運動してるのにさー」

 チラッ

 「はっ! 別にそんくらいどうってことじゃねえだろ。俺なんか、この前親父と歩いてた時、ふと親父が『はぁ~また太ったかな~』なんて言って俯いたもんだから、太陽が親父の禿げ頭に反射して、向かいの女子高生に『眩しっ!』って言われたんだぞ! その時の悲しさったらねえよ……。とぼとぼ歩く親父の背中がドナドナに見えてさ……。」

 「ん~、それメタボと関係なくない?」

 「いやいやいやいや! 肥満、俯き↓反射↓→『眩しっ』に繋がったんだよ。絶対肥満が原因だね。」

 「そんなもんかな?」

 「そんなもんだよ」

 「でもヨウ君は、ヨウ君の親父さんみたいな体型じゃないじゃん。ガッチリした筋肉隆々のいかにも、漢! って感じの体型してんじゃん。」

 ポッ

 「俺は親父みたいなみすぼらしい体にはなりたくねぇからな。脂肪で猫背になってくると、後ろめたい前傾姿勢になってくるのよ」

 「うーん、矛盾……?」

 ジー……

 「つまりヘコヘコしまくってるわけさ。親父を反面教師にして、俺は健康体になりたいんだよ」

 「なるほどねー。僕もヨウ君を見習わなきゃだね。ヨウ君みたいになるにはどうすりゃいいのかな?」

 ニマニマ

 「ん~……まあ、とりあえず食事制限だな。なるべく炭水化物は抜いてだな……三食のご飯は茶碗一杯分でいいし、最も重要なのはポテチを食わないことだ! あれは油オバケだぞぉ~。」

 「ヒィッ!」

 「それ以外なら、肉でも魚でもなんでも食べて良い。糖質もそうだが、塩分にも気をつけろよ」

 「どうして?」

 「大体うまいものは、脂肪と糖質でできてるだろ。んでもってしょっぱい。たくさん摂ると高血圧、ひいては動脈硬化で死ぬこともあるからな。若いからって甘く見てちゃいかんぞ」

 「うんうん! そうすればヨウ君みたいなたくましくて、セクシーな美体からだになれるんだね?」

 ゴクッ

 「あとは、特に下半身の筋トレを繰り返すことで脂肪が落ち……る。おい、どうした。そんなに息を荒げて」

 「はぁはぁ。……ああ、いやぁごめん。つい見惚れちゃって、ヨウ君は知ってるでしょ? 僕が……」

 「ああ、ホモってことね」

 「そうそう。どうも、さっきからチラチラ見える鎖骨が細くて綺麗で目が離せないんだよ。ははは」

 「いいよいいよ。この会話の始めっからやけに目が合わないなと思ってたし。途中、顔も目の色も変えてたよな、『ポッ』って」

 「バレテーラ」

 「……」

 「……」

 「……」

 「……ねぇ」

 「なに?」

 「ちょっとでいいからさ、胸筋見せ……」

 「ダメ」

 「じゃあ背中を……」

 「無理!」

 「お願い! 5秒! いや10秒! ええい30秒でどうだ!」

 「どんどん延びてってんじゃねえか!」

 「いーじゃんかー。ちょっとくらい。一緒に乗りあった仲じゃないかぁ」

 「……竹馬にな」

 「フゥン……」


 とまあ、こんな収拾のつかないやり取りをしていますと、そこにすーっと一人女子学生がやってきて。

 「ねえ、二人して何話してたの?」

 「あっ、ひまりちゃん! 簡単に言うと、ヨウ君の肉体は女性の妖艶さを凌駕するよねって話!」

 「タシカニー」

 「確かにじゃねえだろ。少なくとも気持ち込めろよ」

 「ヨウの体をチョコでコーティングすれば、もうボディビルダーのソレだよねー」

 「ソレある―! ね、ヨウ君!」

 「ねえよ!」

 「チョコレートまみれのヨウ君が……赤いリボン巻いて……バレンタインに僕の家の前で待っていてくれたら! さすがの俺も! …………引くわ」

 「そこまで想像したお前の脳みそが溶けてんだろ」

 「チョコだけにね!」

 「「…………」」

 「それでさー、チョコと言えばなんだけど―」

 「プリーズフォロー!!!」

 「二人にあげるのは初めてだけどさ、バレンタインにチョコレートクッキー作ってあげようかなって思って雑誌持ってきたんだけどー……」

 「あーそうなのか、でも申し訳ないけど俺は断るよ」

 「ごめん、ひまりちゃん。僕も……」

 「え、どうして? もしかして私の料理が不味いか……ら?」

 「ちがう、ちがうんだひまり! ひまりの料理の腕は一流だし、すごい嬉しいんだけど。……クッキーってバター使うじゃんか?」

 「うん、使うね。美味しくするには当たり前!」

 「だから俺は基本的に料理は……」

 「僕はバレンタインに……」


 「「ムエンだから」」

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簡易落語 バレンタイン 紅之模糊(くれないのもこ) @mokokurebai

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