第34話
ワリブル村は、帝国のコンテストにおいて、帝国外の国が1位になるという、前人未踏の快挙を成し遂げる。
『ワリブルビール』『ワリブルワイン』はそれぞれ『女神のビール』『女神のワイン』に名を変え、ディソナンス小国いちばんの名物となった。
帝国の商人たちからも複数の取引を持ちかけられたが、オーナーであるブラッドは国内を優先して流通させ、余った分だけを販売する。
しかも帝国に流通させる分には、かなりの高値で売りつけた。
そうなってくると、帝国の商人たちはディソナンス小国に流通している『女神の酒』を買い占めようとした。
しかしそれは、できなかった。
なぜならば酒のラベルには、とんでもない帝国ディスりの文章が書いてあったから。
こんなものを帝国に持ち込んでしまったら、『非国輪』になってしまうのは間違いない。
帝国流通用の『女神の酒』にはその文章が無かったので、帝国の商人たちはしかたなく、その高価なほうを求めるしかなかった。
そしてワリブル村には、多くの観光客が訪れるようになった。
いくらおいしい酒が作られる地だといっても、そこでしか手に入らないというわけではないので、わざわざ訪れる客というのは
しかしワリブル村は、毎日お祭り騒ぎとなっていた。
なぜならば、ブラッドが仕掛けた、とあるパフォーマンスのおかげであった。
醸造所の外には、ステージのような舞台が作られ、そこでは連日、聖女たちが唄っていた。
ローブの裾をつまみあげ、裸足で踊る彼女たちの足元にはなんと、
採れたての、ブドウが……!
♪ ある日 ブドウ畑で
♪ おおきなブドウさんに 出会った
♪ ブドウさんが 言うことにゃ
♪ お嬢さん 踊りましょ
【ぶどう踏みの歌】
この歌を唄いながらブドウを踏むと、ブドウの美味しさが100%アップする。
今日もステージは大盛況。
ファウラウ聖堂の聖女たちが歌い踊るところを、ブラッドは遠くから見つめていた。
その隣に、ベルラインが寄り添う。
「ファウラウ聖堂から聖女さんたちを呼び寄せたのは、このためだったんですね」
「ああ。この歌は女が唄ったほうが効果が大きいんだ。
それに『女神の酒』なら、聖女が作ってるところを見せたほうがウケがいいと思ってな」
「……ブラッドさんは、本当にすごいです」
「なんだよ急に」
「ファウラウ聖堂だけでなく、ストーンビレーの村、そしてこのワリブル村まで建て直してみせるだなんて……」
「でもそのおかげで、寄進は相当増えたんじゃないか?」
「はい。そうみたいです。
わたしはもう通帳を見ていないのですが、銀行にいくと店員さんたちが総出で出迎えてくれるようになりました」
「なんで通帳を見てないんだよ」
「あまりにゼロの桁数が多すぎて、失神してしまったんです」
「なんだそりゃ」
話の途中、ベルラインはあるものに気付く。
「ブラッドさん、ちょっと失礼させていただきます」とブラッドの元を離れる。
ベルラインはバスケットをひとつ持って、ぱたぱたと小走りで走り出した。
向かった先は、人ごみからかなり外れた場所で、ひとり佇んでいる男。
男は痩せこけ、汚れきった身体とボロ布のような服で、ひと目でホームレスとわかった。
近づくだけで腐臭がするというのに、ベルラインはまったく気にする様子もなく近づいていく。
自分とはあまりにも違いすぎる美しい少女に、男は「ううっ」と怯んだ。
しかしベルラインはにっこり笑って、バスケットを差し出す。
「こちらをどうぞ。この村で作ったお酒と、パン、そして少しばかりですが、お金が入っています」
「ううっ……! な、なぜ……!?」
「なぜって、あなたがとてもお困りのように見えたからです。
いろいろと大変なことがおありになったのでしょう?
わたしには、その辛さの半分もわかることはできません。
ですがせめて、立ち上がるための元気を差し上げたいのです」
ベルラインは手を握りしめるようにして、男にバスケットを手渡す。
そして、ぺこりと一礼。
「それを食べて、がんばってください。
やり直す気持ちさえあれば、きっと女神様は見てくださいます。
お困りのことがありましたら、ファウラウの街のファウラウ聖堂にお越しください。
わたしでよろしければ、お力にならせていただきますので」
ベルラインはまさに女神の羽衣のようにローブの裾を翻し、ぱたぱたと走り去っていく。
男は崩れ落ち、泣いていた。
しかしその涙は、ステージで流した憎悪の涙ではなかった。
あんな心まで清らかな少女を奴隷にしようとした、心の底からの悔悟の涙であった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから数日後、もう村人たちに任せても大丈夫だろうと判断したブラッドは、聖女たちを引きつれてファウラウ聖堂へと戻る。
礼拝堂では、あたり一面を酒瓶だらけにした、泥酔状態のヤングが迎えてくれた。
さらに数日後、ワリブル村から、木箱に入った積荷が届く。
中身は、新製品のブドウジュースだった。
聖女たちは子供ばかりで酒が飲めず、作ってもらった酒がおあずけだったのが村人たちには心残りだったという。
それで聖女たちにも飲んでもらえるものをと、ブドウを使ったジュースを作ったのだという。
ベルラインたちはさっそく、みんなでブドウジュースを飲んだ。
そのお味は、言うまでもないだろう。
「お……おいしいですっ!」
「こんなにおいしいブドウジュース! 初めて飲んだのです」
「ういーひっく! なのです!」
「わぁ、あまりのおいしさに、オレンちゃんが酔っ払ってしまったのです!」
「あれ? このブドウジュース……ラベルにベルラインさんが描いてあるのです!」
紫色の液体を、ブフォッ! と鼻から吹き出すベルライン。
「……げほっ! ごほっ! けふっ! な、なぜっ……!?」
むせながら、ブドウジュースを手にとってみる。
するとそこには確かに、女神を模したベルラインと、天使を模した七つ子たちのイラストが……!
隣でワインを飲んでいたブラッドが、なにを今更、といった感じで言った。
「なぜって、俺がそうしろって村のヤツらに頼んだからだよ。
っていうか、知らなかったのか? ビールとワインのラベルも、ずっと前から同じデザンだぞ」
「えっ……!? えええええーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
ブラッドの手によって、知らず知らずのうちに全国デビューを果たしていたベルライン。
彼女が『聖教司』から『大聖教』へとランクアップしたのは、さらにその数日後であった。
歌うたいのブラッド 佐藤謙羊 @Humble_Sheep
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