第32話

 賄賂オークションは5000万エンダーという高値をつけ、バカバッカスが競り落とした。

 これは審査員ひとりあたりの値段なので、バカバッカスは5億エンダーを支払わなくてはならない。


 審査員たちはホクホク顔で、バカバッカスの醸造所の札を天高くかざした。


『き……決まりました! 今年の「銘酒コンテスト」のナンバーワンは、ビール、ワインともにバカバッカス様の醸造所に決定しました!』


 司会者はもうヤケクソで、勢いに任せてバカバッカスの優勝を宣言する。

 ステージ上のバカバッカスは、諸手を掲げて大喜び。


「や……やったやったやったっ! やったぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!

 ついに、ついにワシはビールとワインの二冠王……!

 まさに『造酒王』となったんじゃーーーーっ!!」


 そして喜び冷めやらぬうちに、バカバッカスはブラッドをビシッと指さした。


「おい、小僧っ! 約束どおり、貴様のビールとワインを、それぞれ『ションベンビール』と『血尿ワイン』に変えてもらうぞっ!」


 絶体絶命のピンチであったが、ブラッドは表情ひとつ変えない。

 彼はバカバッカスを無視して、司会者から拡声棒を奪い取った。


 そして、観客席に向かって告げる。


『なぁ、みんな、おかしいと思わないか? マズいと言って吐き出した帝国の酒が上位を争っているのに、うまいと言って飲み干されたワリブル村の酒が蚊帳の外だなんて』


 観客たちは腑に落ちない表情のまま、拍手を送っていた。

 しかしブラッドの投げかけには、誰もが呼応する。


「そ……そうそう! そうなんだよ!」


「俺もずっとおかしいと思ってた!」


「いつもならワリブル村の酒は最下位でおかしくなかったけど、今年はなんだか変だよなぁ!」


 我が意を得たりとばかりに頷くブラッド。


『どうやら観客たちはみんな、おかしいと思ってるようだな。そこで、だ』


 ここでようやく、ブラッドはバカバッカスと対峙する。


『バカバッカス、最後にハッキリさせようじゃないか。俺の酒とお前の酒、どっちが上なのかを』


「な……なんじゃとぉ!?」


『ワリブル村のビールを飲んで、お前が一言でも「うまい」って言ったら俺の勝ちだ。

 それを言わなかったら、俺は負けを認め、ワリブル村のビールを「ションベンビール」に変えよう』


「ふ、ふん! ワリブル村のビールがうまいわけがなかろう! じゃからそんなこと、やるだけ無駄だ!」


 バカバッカスは警戒していた。

 なぜならば審査員がワリブル村のビールを口にしたとき、思わず「うまっ」と言っていたのを思い出していたからだ。


 もちろんバカバッカスはワリブル村のビールを飲んで、それがどんなに美味でも「うまい」と言わないだけの自信はあった。

 しかし現時点ではもう優勝は決まっている。わざわざそんなリスクのある賭けに乗る必要はないと思っていた。


『まぁ聞けって、それにこれは、お前の身の潔白を証明するチャンスでもあるんだぞ』


「なに?」


『ワリブル村のビールは「女神のビール」といって、インチキをするような邪悪な者が飲むと、失禁しちまうんだ。

 お前がこのビールを飲んで失禁しなかったら、お前は正々堂々と戦ったことを、この俺が認めよう』


 それは聞いたこともない謎の効果であったが、バカバッカスはすぐに察した。


 ――小僧っ……!

 ワシがビールを飲んだ瞬間に、あの歌を『唄う』つもりじゃな……!


 そしてバカバッカスの頭の中に、ある名案が閃く。


「よ……よしっ!

 そこまで言うなら、このワシも鬼ではないから、特別にワリブル村のビールを飲んでやろう!

 マズいビールをわざわざ飲んでやるんじゃ! ワシにもメリットがないとなぁ!」


『いいぜ、なんでも言ってみろよ』


 バカバカッカスは中年オヤジ独特の嫌らしい笑みを浮かべると、ある人物を指さした。

 それは、


 ベルラインっ……!?


「ワシが勝ったら、そこにいる聖女を置いていってもらおうか! ワシはちょうど、秘書を探しておったんじゃ!」


 いままでベルラインは事の成り行きをハラハラと見守っていたが、指名された瞬間「えええっ!?」と全身の毛が逆立つほどにビックリしていた。

 それどころか、ブラッドに『いいぜ』即答されてしまい、


「そっ、そんな!? ブラッドさ……!」


 途端、うおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!! と湧き上がる観客席。

 ベルラインの泣きつきは、歓声によってすっかりかき消されてしまった。


 そしてあれよあれよという間に、事は進んでしまう。


 ステージに運ばれてきたワリブル村のビールを、わし掴みにするバカバッカス。

 スタッフに渡されたグラスの中に、トクトクとビールを注ぐ。


 司会者は改めて叫んだ。


『きゅっ、急遽行なわれることになった決勝戦!

 バカバッカス様がワリブル村のビールを飲んで「うまい」と言わなければ、バカバッカス様の勝ちです!

 そしてもし失禁しなければ、バカバッカス様は不正をしていないということが認められ、文句なしの優勝となります!』


 司会者はブラッドたちを手で示す。


『挑戦者側のドブネズミくんが負けた場合は、ワリブル村の酒は『ションベンビール』と『血尿ワイン』となったうえに……!

 こちらにいる帝国外の聖女が、バカバッカス様のモノとなりますっ!』


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーっ!!!!」


 『銘酒コンテスト』は今までにないカオスな展開を迎え、観客席の熱気は最高潮。

 特に、ベルラインほどの美少女が賭けの対象になっていることが、観客の劣情を誘った。


『そ……それではいよいよ参りましょう、決勝戦!

 バカバッカス様、最後にひとことお願いします!

 そのあとに、ビールをお飲みになってください!』


 司会者に振られたバカバッカスは、得意の高笑いを響かせる。


「ばっはっはっはっはっ! この勝負、ワシの勝ちじゃっ!

 小僧っ! 貴様の魂胆など、とっくにお見通しじゃ!

 ワシがビールを飲んだ途端に、『唄う』つもりなんじゃろう!

 じゃが、残念じゃったな!

 帝国外の人間であった貴様は知らんと思うが、この帝国では、歌は禁止されておるんじゃ!

 貴様があの歌を少しでも口にした瞬間に、貴様は『非国輪』となるっ……!

 この会場にいる全員から、袋叩きにあい、殺されてしまうんじゃ!

 命を賭けても唄う度胸が、貴様にはあるかっ!?

 ないじゃろう、ないじゃろうっ!

 でも、今更知ったところで遅いわ!

 貴様は唄うこともできず、自分が敗れるところを、そこで指を咥えてみてるがいいっ!

 ばっはっはっはっはっ! ばぁーーーーっはっはっはっはっはっはっはぁーーーーーーーーーっ!!」


 勝利の美酒に酔いしれるように、バカバッカスは手にしていたグラスを一気にあおった。

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