第31話

 審査員たちはヤジを完全無視し、次にワリブル村のビールを手に取る。

 まずは、見た目のディスりから。


「今年もワリブル村のビールは、最悪ですなぁ!」


「まるで汚水のような色をしているではないですか!」


「こんなのをテイスティングしなくてはいけないとは、まるで罰を受けているかのようです!」


「みなさん、飲み込んではダメですよ! こんなものを身体に入れては、病気になってしまいます!」


 ワリブル村のビールは、テイスティング時に審査員が揃って吐き出すのが恒例となっていた。

 わざわざ吐き出す用の桶まで用意されたうえに、審査員たちは苦い薬でも飲まされる子供のように、ことさら吐き気を催す表情をつくって、ビールを口に含んだ。


 実のところ、いままで出展されてきたワリブルの村のビールは、マズいというわけではない。

 ライ麦を使っているのでクセの強い味ではあるのだが、決して飲めないレベルではないのだ。


 しかし審査員たちは帝国の酒こそナンバーワンで、帝国外の酒はすべてマズくなくてはならないという気持ちがあった。

 なぜならばそうでなくては、帝国外は『この世の地獄』たりえないからだ。


 そして観客たちは誰も、ワリブル村のビールの味を知らない。

 それはそうであろう、審査員が吐き出すようなビールを輸入したがる者などいないからだ。


 観客たちはワリブル村のビールを、想像を絶するほどのマズい飲み物だと思い込んでいた。


 だからこそ期待していた。

 最悪のビールが審査員の口から、ブハーッ! と吐き出されるのを。


 それは毎年恒例の光景であったのだが、今年は違った。

 今年はなんと、


 ……ゴックン……!


 審査員全員が、飲み下した……!?

 しかも、口をついて出た言葉は、にわかには信じがたいものであった。


「ぷはぁぁぁぁぁーーーーっ! うっ……うんまぁーーーっ!」


 それは嘘偽りのない、心の底からの叫びであった。

 しかし、当人たちは「しまった!」とばかりに口に手を当てると、


「……まっ、まずい! 実にまずいですなぁ!」


「えっ、ええ! 今年はいちだんとひどい出来です!」


「身体がビックリして、思わず飲み込んでしまうほどの!」


「まったく、こんなマズいビールは初めてだ!」


 審査員たちは文句を並べ立てながらも、さらに信じられない行動に出る。

 例年であれば、手にした木のコップを床に叩きつけるのだが、今年はなんと、


 ……クビィィィィーーーーッ!


 誰もが、一気飲みっ……!


 これにはさずがに、観客たちも不自然さに気付いた。


「おいっ! おかしいだろ!」


「あんだけ絶賛してた帝国のビールはひと口しか……いや、ひと口も飲まなかったクセに!」


「なんでマズいって言ってるワリブル村のビールは吐き出さずに飲み干してるんだよ!」


「ああっ、見ろよ!」


 そしてさらに、ありえなさ過ぎることが起こる。

 審査員たちはなんと、テーブルにあったワリブル村のビールの瓶に手を伸ばし、なんと……!


 ……トクトクトクトクッ……!


 おかわりを注ぎはじめたっ……!


「おいっ! おかしすぎるだろっ!?」


「いままでこの大会で、おかわりなんてなかっただろ!?」


「しかもよりにもよって、なんでワリブル村のビールなんだよっ!?」


 ステージ上は唖然としていた。


 本来であるならば司会者は、審査員のリアクションにコメントを求めなくてはいけない。

 帝国のビールを一緒になって持ち上げ、ワリブル村のビールはこきおろさなくてはいけない立場であった。


 しかし今回は、なにも言えなかった。

 なぜならば審査員たちのリアクションが、想像とは真逆だったから。


 そして帝国の醸造所オーナーたちは、みなワナワナと震えていた。

 自分たちのビールがマズいのはわかっていたのだが、いざ吐き出されるとショックだったから。


 審査員のコメントが真逆であるのは賄賂のおかげなのだが、それが逆に彼らのプライドをズタズタにする。

 今年の『銘酒コンテスト』はまさに、茶番の極みであった。


 そのなかでも、純粋無垢であるベルラインは別格であった。

 審査員の人たちはワリブル村のビールをマズいといいながら、なんで瓶を空にするまで飲んでいるんだろう? とキョトンとするばかりであった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ワインの審査でもビールと同じような茶番が繰り替えされたあと、ついに審査結果の発表となる。


『さぁ、それではまずはビールのナンバーワンを決定しましょう! 審査員のみなさま、今年いちばんだと思った醸造所の札をあげてくださいっ!』


 ドラムロールのあとに、審査員たちはいっせいに札を上げる。

 上げられたのは、なんと、


 ワリブル村以外の醸造所、ぜんぶ……!?


「いやあ、今年はどの醸造所も、甲乙つけがたい出来でした!」


「ひとつに絞るのは難しかったので、ワリブル村以外は1位とさせていただきました!」


「いやあ、仲良く揃って1位だなんて、気持ちのよい結果ですねぇ!」


 審査員たちは「めでたしめでたし」ムードを出していたが、これには醸造所のオーナーたちが黙っていなかった。


「おいっ、ふざけるな!」


「全部が1位だなんて、今までなかっただろ!」


「あっ、さては、他の醸造所からも……!」


 他の醸造所も賄賂を渡していることに気付くオーナーたち。

 彼らはこの手の悪事については、とても察しが良かった。


 真っ先に、バカバッカスが切り出す。


「よ、よぉし、それじゃあ、その中でも1位を決めるとしたら、どの醸造所になる!?

 き……決めるのは難しいと思うが、仮に、仮にじゃぞ!

 決めたら100万エンダーを貰えると思って、考えてみてくれ!」


 これは暗に『もう100万やるから、うちに勝たせろ』という意味であった。

 審査員たちも悪事についてはとても聡かったので、すぐに乗っかる。


「うーむ、そうですなぁ、100万もらえるとしたら、やはりバカバッカス様の……」


 すぐさま、別のオーナーが割って入る。


「ちょっと待った! か、仮に、110万もらえるとしたら、どこになる!?」


「110万ですか、それなら……」


「待て待て待て! ひゃ、150……! 150ならどうだっ!?」


 そして公然と始まる、賄賂オークション……!

 審査員たちは金額を提示されるたび、醸造所の札を上げたり降ろしたりしていた。


 司会を押しのけてまでステージの前に出て、血眼になってインチキを叫ぶ中年オヤジたちを尻目に、ブラッドは肩をすくめる。


「(ぴゅぅぅ)……やれやれ、茶番ここに極まれりだな」

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