第30話

 布が取り払われた瞬間、燦然とした光を振りまきはじめるワインやワインたち。


 これらを作らせた、醸造所のオーナーは想像していた。

 この輝きを前にした審査員や観客たちは、きっとスタンディングオベーションであろうと。


 そしてこの黄金は目くらましとなり、不出来なビールやワインの味を隠してくれるであろうと。


 しかし、それは不発に終わる。

 無理もない、不幸なふたつの出来事が重なってしまったから。


 ひとつ目は、事前にブラッドに言い当てられてしまったこと。

 どんなサプライズであったとしても、事前に教えられてしまっては、インパクトは半分どころか限りなくゼロになってしまう。


 そしてもうひとつは、言うまでもないだろう。

 9人もの参加者たちがみな、同じことを考えていたこと。


 誰もが揃いも揃ったように、成金ビールや成金ワインとあっては……。


 個性、ゼロっ……!

 皮肉なことに、いちばん地味なワリブル村のビールやワインを、際立たせる結果に……!


 バカバッカスは人知れず歯噛みをする。


 ――ぐぐぐっ……!

 ま、まさか、他の醸造所のヤツらも、金にモノを言わせてくるとは……!

 いや、それ以前に、あの、クソガキッ……!

 余計なことを言いおって……!


 バカバッカスは司会者ごしにブラッドの睨みつける。

 ブラッドはひゅうと小笛を鳴らしながら、流し目を向けた。


「やっぱり、今年の酒は相当マズいみたいだな」


「ぐぐぐっ……! そっ……それでも、貴様のションベンビールなんかに負けるわけがなかろう!

 なぜならば……!」


 バカバッカスはつい叫びそうになったが、ぐっと抑こむ。


 ――あ……危ない危ない。

 あやうく審査員を買収していることをバラすところじゃった。


 バカバッカスはすぐに、いつもの自分を取り戻す。


 ――残念じゃったなぁ、小僧!

 審査員にはひとり100万エンダーずつ渡しておる!

 だからワリブル村のビールやワインがどんなに旨くても、絶対に勝ち目はないんじゃ!

 しかもその金は、ワリブル村を売って、貴様からもぎ取ってやった金じゃ!

 生意気なクソガキの金で、生意気なクソガキを負かす……!

 最高の勝ち方じゃわい! ばっはっは……!


 しかしその笑いは、ブラッドの一言によって強制中断させられてしまった。


「お前のことだから酒だけじゃなく、審査員も金粉まみれにしてるんだろ」


「ばはっ……!? な、なにを言う!? このワシが、そんなことをするわけが……!」


「まあいいや、それよりも早く、テイスティングといこうぜ、司会者さんよ」


 司会者はヒジで小突かれて、「はひっ!」と飛び上がった。


 司会者は、本来であるならば黄金の酒たちを褒めそやし、ワリブル村の酒を貶めるつもりであった。

 しかしブラッドに事前に言い当てられてしまったせいで、それもできなくなってしまう。


 ドブネズミと呼んでいた者に言い当てられたものを褒めたりしたら、それこそ茶番であるからだ。

 司会者は黄金の酒たちになんとコメントしていいかわからず、ずっとアタフタしていたが、ブラッドの肘打ちのかげでようやく我を取り戻す。


『そそっ、それでは、ささっ、さっそくテイスティングとまいりましょう!』


 結局、サプライズの黄金には一切触れることなく、審査となった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 『銘酒コンテスト』の審査は、10人の審査員によって行なわれる。

 審査員たちはみな貴族で、名のあるソムリエとしても有名な者たち。


 10の醸造所から出展されたビールとワインを彼らがテイスティング。

 すべて飲み終えたあとで、今年のナンバーワンだと思ったビールとワインの札を、それぞれ上げる。


 上げられた札がいちばん多い醸造所が、その年いちばんのビール、そしてワインとみなされる。

 帝国でのナンバーワンは文字どおり世界一なので、世界一の酒ということになるのだ。


 この『銘酒コンテスト』でナンバーワンとなった酒は引く手数多となり、高値で取引されるようになる。

 だからこそ帝国の醸造所のオーナーたちは、このコンテストに全てをかけていた。


 まずは、ビールが審査員たちに配られる。


 帝国の醸造所のビールはクリスタルのジョッキに入れられ、思わず喉がなってしまうほどの見目であった。

 しかしワリブル村のビールだけは、中身も見えない粗末な木のコップに入れられていた。


 審査員たちはまず、判を押したように見た目を褒め称える。


「うーん、今年も素晴らしい出来ですねぇ!」


「きめ細やかな泡に、黄金色のビールは、もはや芸術の域ですなぁ!」


「いやいや、もはやこれは世界そのもの! 白雲の青空の下に揺れる、黄金の麦畑といっていいでしょう!」


「香りも最高です! ああ、まるで本当に麦畑にいるようだ!」


 彼らはジョッキに鼻を近づけ、上品な仕草でくいっとひと口。

 しかし次の瞬間、


「マズッ!?」


 白いテーブルクロスの審査員席に、金粉入りのビールをぶちまけていた。

 客席がどよめく。


「な、なんだ!? 吐き出したぞ!?」


「それに『マズッ』とか言ってなかったか!?」


「いままで帝国ビールがマズいだなんてなかっただろ!」


「それはいつもだったら、ワリブル村のビールの反応だろ!?」


「そうだ! 審査員たちはワリブル村のビールを吐き出して、さんざんけなすはずなのに!」


「今回は帝国のビールを吐き出したということは、とうとう帝国のビールも……!?」


 しかし、審査員たちの口から飛び出したのは、真逆の言葉であった。


「とっ……トレビア~ンッ!」


「なっ、なんたる美味なビールでしょう!」


「お、おいしすぎてつい、口がビックリして吐き出してしまいました!」


「どっ、どのビールも、甲乙つけがたいほどの、最高の出来ですねぇ!」


 観客たちは「そっか、そんなに旨いのか!」と納得しかけたが、


『だったらもっと飲んだらどうだ? 誰も手を付けてないが』


 ステージ上からのブラッドのツッコミで、それも台無しに。

 観客たちはさらにどよめく。


「そういえば、審査員たちは吐き出してから全然飲んでないぞ!」


「そうだ、そんなに旨いんだったらちゃんと飲めよ!」


「こっちは飲めないんだから、旨そうに飲む姿が見たいんだ!」


 しかしいくらヤジを飛ばされても、審査員たちは聞こえていないかのように、誰もビールに手を付けようとはしなかった。

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