第29話

 怒りに任せて職人を全員解雇してしまったバカバッカス。

 しかし、早まったことをしたと後悔はしていなかった。


 なぜならば、次の銘酒コンテストが終わった時点で、新たな職人たちが手に入ることになっていたから。

 彼らは今の職人よりもずっと腕がいいし、そのうえ奴隷だからタダ同然でこき使える。


 そうなったら今の職人たちにはクビを言い渡すつもりだったので、その口実ができて良かったとすら思っていた。

 しかし、当面に大きな問題は残ったままだった。


 職員たちを追い出した社長室のなかで、バカバッカスはひとり頭を抱える。


「ぐぬぬぬぬ……! こんなションベン以下の酒を出展するわけにはいかん……!

 なにか手を考えねば……!」


 彼は悪知恵だけでここまでのし上がってきたようなところがあるので、閃くのはすぐであった。


「そうじゃ! いい手があるぞ!

 あの小僧から奪った1千万エンダーを使えばいいんじゃ!」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 そしてついに、『銘酒コンテスト』の当日がやってくる。

 ブラッドと村長、そしてなぜかベルラインも巻き込まれる形で、参加者として帝国へと向かった。


 ブラッドは帝国にとっては重罪人であるが、隠密を旨とする『帝国エンパイア吟遊詩人トラバドール』の一員だったため、その顔を知っているものはほとんどいない。

 またすでに彼は死んでいるものとされているので、帝国入国の際の検問も、なんなくパスできていた。


 さらに余談となるが、帝国外の人間が帝国に招かれて入国する際、『紙の国輪』というものが発行される。

 これは水に濡れたりしても破れないようにできていて、一時滞在の身分証明としても使われる。


 帝国を棄てたブラッドとしては、たとえ一時的なものとはいえ首輪をするのは嫌ではあったのだが、しょうがなく身に着ける。


 『銘酒コンテスト』はディソナンス小国にほど近い、帝国傘下のとある国で行なわれた。

 会場にはステージがあり、多くの貴族たちが詰めかけていた。


 貴族たちは酒を取り扱う商人で、このコンテストで入賞した醸造所と商談を交わす目的で来ていた。


 ステージには、10組ほどの醸造所の責任者がおり、司会者によって順繰りに紹介されていく。

 いちばん最初はバカバッカス醸造所で、まるでヒーローのような歓声に包まれていた。


 そして最後にワリブル醸造所の紹介となったのだが、


『さあっ! 今年も性懲りもなく、ネズミがまぎれこんできたようです! ネズミの名前なんてもうどうでもいいですよね!』


 あまりに酷い紹介のしかたであったが、客席どころか審査員席までもが、どっと笑いに包まれる。


 『さぁ、ボスネズミさん、どうぞ!』と司会に促され、ステージ中央に歩み出るブラッド。


 この世界では『拡声魔法』によって声を拡大することができる。

 マイクがわりの『拡声棒』を手渡されたブラッドは、挨拶代わりにとんでもない宣言をした。


 このコンテストのベビーフェイスといっていい、バカバッカスを指さすと、


『おい、バカバッカス! このコンテストで順位が下だったほうが、「ションベンビール」そして「血尿ワイン」に名前を変えるってのはどうだ!?』


 ヒール全開の挑発。

 いままでの責任者であった村長とはまったく違う派手なパフォーマンスに、客席は大盛り上がり。


 となれば、バカバッカスも引っ込むわけにはいなかった。


『ばっ……ばっはっはっはっはっ! 9年連続最下位ネズミどもが、抜かしおる!

 でも、よかろう! お前たちが参加できるのは今年最後じゃから、トドメを刺すにはピッタリじゃわい!

 負けたほうが酒の名前を「ションベンビール」と「血尿ワイン」に変えて、ラベルにもそう書くんじゃな!?』


 あれよあれよという間に、危険な賭け金が上積みされていく。

 一緒にステージにいた村長とベルラインは青ざめ、慌ててブラッドを止めようとしたが、


「大丈夫だ。俺たちの酒なら絶対に勝てる。自分たちのしてきたことを信じるんだ」


 ブラッドの揺るぎなき自信の前には、ふたりとも引き下がらざるをえなかった。


 そしてついに、コンテストが始まる。

 豪華な刺繍の入った布がかけられたゴンドラが、次々と運ばれてくる。


 盛り上がった布の形からして、酒が置かれているのは一目瞭然だった。

 刺繍には金糸で、それぞれの醸造所の名前が書かれている。


 最後に登場したゴンドラは、布ではなく古新聞がかけられていた。

 嫌がらせここに極まれりといった扱いであったが、観客たちは大爆笑。


 すべての酒が出揃ったところで、司会者はバカバッカスとブラッドを招いた。


『それでは布を取り払う前に、参加者の代表として、昨年1位のバカバッカス様にお伺いしてみましょう!

 ついでに昨年最下位だったドブネズミにも!

 まずバカバッカス様! 今年の出来はどうでしたか!?』


『もちろん、史上最高の出来じゃ!

 しかも今回は「あっと驚く仕掛け」を用意させてもらった!

 みな驚きすぎて目玉をなくしてしまうかもしれんぞぉ! ばっはっはっはっはっ!』


『ええっ!? ただでさえ最高の酒に、あっと驚く仕掛けだなんて……!

 それはもう、命乞いをするドブネズミを足で踏みにじるようなことではないですか!

 いくら最後だからって、やりすぎですよ!』


『ばっはっはっはっはっ! 今回のドブネズミはあまりにも身の程知らずじゃったからな!

 でもこれで、思い知るじゃろう! ドブネズミが人間に歯向かうと、どうなるかをな!』


『あっはっはっはっ! それは非常に楽しみですねぇ!

 前回までの村長は、毎回、コンテストが終わる頃には泣き叫んでいましたから!

 今回のドブネズミくんは、それどころじゃすまないでしょうなぁ!』


 そこで司会者は、ブラッドに拡声棒を向けた。


『ドブネズミくんも不安でたまらないよねぇ!?

 だっていつもですら大差を付けられて負けているのに、あっと驚く仕掛けなんてされちゃ!』


『だいたいわかるぜ、バカバッカス……いや、ここに雁首揃えてるバカがやろうとしてることは』


『おおっ? 相変わらず根拠のない自信だけはすごいねぇ!

 でじゃあ聞かせてくれるかな? ドブネズミくんは「あっと驚く仕掛け」はどんなものだと思ってるの?』


『今回は、帝国の醸造所の酒はどれもマズくなってる。

 味じゃ勝負できねぇから、見た目のハッタリで誤魔化そうとしてくるだろう。

 そうだなぁ、酒の中に金粉でも入れてるんじゃないか?』


 するとバカバッカスだけでなく、後ろに並んでいた9人の参加者たちが目を見開く。

 それこそ目玉を飛び出させ、どこかに無くしてしまわんばかりに。


 そのリアクションに、司会者は一抹の不安を覚える。


『ど、どうせドブネズミくんの予想は外れてるだろうけど、いちおう、答え合わせをしておこっか。

 そ……それじゃあ一斉に、オープンしてくださいっ!』


 司会者のかけ声にあわせ、酒に掛けられていた布が一斉に取り払われる。

 そこにあったのは、なんと、


 キラキラと黄金色に輝く、ワインやビールたち……!


 ワリブル醸造所以外のボトルは、すべて黄金のラベルに、黄金の栓、そして……。


 あふれんばかりの、金粉っ……!

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