第28話

 バカバッカスが余裕たっぷりでいられたのは、『醸造』があるからであった。

 小麦のビールやワイン作りにまつわる、材料や設備というのは金の力でどうとでもなる。


 でも、ビールやワインには発酵するまで『時間』が必要となる。


「醸造の時間がなければ、どんなに良い材料と職人が揃っていても、ただの麦ジュースにぶどうジュースじゃ!

 もしそんなモノを出してきたら、それこそワリブル村の評判は地に落ちるじゃろうなぁ、ばっはっはっはっはっ!

 まぁ、あのクソ生意気なガキに、神の力でもあったら別じゃがの! ばっはっはっはっはっ!」


 バカバッカスがバカ笑いしていた頃、ワリブル村ではちょうどその問題が持ち上がっていた。


「ブラッド様! ブラッド様の言うとおり、ビールとワインを作って貯蔵しました!」


「でも飲めるようになるまでには、ビールもワインも早くて3ヶ月後です!」


「ブラッド様の歌の奇跡に驚いてしまったあまり、すっかりお教えするのを忘れておりました……」


 またしても落胆する村人たちに向かって、ブラッドは言った。


「とりあえず、みんなで貯蔵庫に行こう。話はそれからだ」


 関係者全員を引きつれ、醸造所の地下にある貯蔵庫におりたブラッド。

 うず高く積み上げられた樽を背に、彼は言った。


「お前たちにひとつ、教えておくことがある」


 「なんですか?」と村長。


「ビールやワインが飲めるようになるためには、『時間』が必要だと思っているよな? それは間違いなんだ」


 いきなり酒造りの常識をひっくり返すような発言に、どよめく村人たち。


「ええっ? ビールやワインは発酵することによりお酒になるんですよ?」


「そのためにはどうしたって時間が必要だ!」


「俺は小麦の種とブドウの苗木を、1日で実らせてみせたよな?

 あれは時間を早めたわけじゃない。大地の精霊の力を借りただけだ。

 精霊ってのは怠け者だから、毎日少しずつしか植物を成長させない。

 それを無理やりやる気を出させたんだ」


「えっ? ということは、『醸造』にも精霊の力が働いていると……?」


「そうだ。厳密には精霊じゃないがな」


「それは、いったい……!?」


 村長の問いに対し、ブラッドは背中から白いギターくるりと回してきて、前面に構える。

 瞬間、翼がはためいたかのように、白い羽毛があたりに散ったように見えた。


「それは……『天使』だ! ワン! ツー! スリー! フォーッ!」


「まっ、まさか醸造まで、歌でするだなんて……!」


 そう、そのまさかであった……!


 ♪ さぁ お飲みなさい 白き翼を投げ出して

 ♪ 白き翼を休めて 赤いワインで その唇をそっと塞ぎましょう


 ♪ この世界は 天国だってハードだから

 ♪ 天使だって くつろぎたいのさ


【天使たちのララバイ】

 天使たちに酒を振る舞う歌。

 天使たちが飲んだ酒は、1ミリリットルごとに美味しさが1%アップする


 ブラッドが歌い始めたとたん、ここは地下であるはずなのに、天から光が降り注いだ。

 そして、どこからともなく白い羽毛が空から降ってくる。


 その場にいた者たちは、新たなる奇跡に目を奪われる。


「き、きれいなのです……!」

「まるで、姿の見えない天使様が舞い降りてきているみたいなのです……!」

「こ、これは、もしかして……!」

「フルーちゃん、知っているのですか!?」

「もしかして、『天使の分け前』というやつかもしれないのです!」


 間奏に入ったブラッドは、ピュウと小笛を鳴らした。


「その通り! 酒のうまさを決めるのは時間じゃない! 天使たちだ!

 だが天使たちは酒を探すのが下手だから、こうやって歌で教えてやるんだよ!

 見てみろ! 天使たちはもう宴会状態だ!」


 背後の酒樽に手をかざすブラッド。

 しかしそこには、群れ遊ぶような羽毛があるばかり。


「もしかしてブラッドさんは、天使様のお姿が見えているというのですか!?」

「くっ、レットちゃんたちには、なにも見えないのです……!」

「聖女は天使様のプロだというのに……!」

「またしてもしろうとに負けてしまったのです……!」


 ぐぬぬ……! と悔しがる七つ子たち。

 ベルラインをはじめとするその他の聖女たちは、ヒザを折って祈りを捧げていた。


 ブラッドの歌が2番に突入すると、貯蔵庫は太陽が降りてきたかのようなまばゆい光に包まれる。


「おっと、でかい獲物が釣れたようだな!」


 「あの、おおきな獲物、って……?」とベルライン。


「ああ、大天使が来たんだよ!」


「だっ、大天使様が!? はっ、ははーっ!」


 その場にいた者たちは、跪くどころかとうとう床にひれ伏す。

 しかしブラッドだけは尊大な態度のまま、天に向かって手招きしていた。


「こいよ! 一緒にやろうぜ!」


 ブラッドは樽のそばにあった木のコップを取ると、樽の栓を抜いて中身を注いだ。

 芳醇な赤さの液体を、ぐいっとあおると、


「うっ……うめぇぇぇぇぇーーーっ!

 できたてのワインなんて飲めたもんじゃないが、こいつは天使たちがさんざん味見しただけあって、最高のワインになってるぜ!

 おい、みんなも飲んでみろよ!」


 ついには人間をも巻き込んだ、大宴会へと突入っ……!



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 最高のビールとワインを手に入れたブラッドたち。

 その頃、バカバッカスも銘酒コンテストに出展する酒を味見していた。


 ビールはひと口飲んだ瞬間、


「ごはあっ!? なんじゃこりゃ!? ションベンビール以下でないか!」


 呼び出されたビール職人たちは、困り果てた様子で弁明する。


「す、すみません、バカバッカス様。今年は小麦のできがよくなくて……」


「だからといって、ここまでマズいことなど今まで無かっただろう! お前たちはバカばっかなのか!?」


 続いて味見したワインも、


「げほおっ!? なんじゃなんじゃ! これではまるで、血尿ではないか!」


 ビール職人の隣に立たされていたワイン職人たちが頭を下げる。


「す、すみません、バカバッカス様、今年はブドウのできが……」


「ええい、お前たちの言い訳はもういいわ!

 今年はビールもワインも、去年作ったやつを出すことにする! 去年はいいできじゃったからな!」


 バカバッカスは念のためにと思い、貯蔵庫から昨年のビールとワインを持ってこさせた。

 昨年のコンテストでは高評価を得た、安牌であるはずの酒たちを一気にあおる。


 しかし、ぶふぉぉぉぉぉぉーーーーっ! と吹き出していた。


「なっ……!? なんじゃこりゃあ!? ションベンどころではないではないか!?

 いったい、なにがあったというんじゃ!?」


 すると、職人たちが口々にいった。


「あの、バカバッカス様! それはおそらく、歌を唄えなくなった……いや、唄わなくなったせいだと思います!」


「はい、我々職人は毎年、天使様を迎える歌を貯蔵庫で唄っていたんです!」


「そしたら樽の中の酒が少しずつ減っていって、おいしいビールやワインになるのですが……」


「歌を唄わなくなってから、今年の酒も過去の酒も、ぜんぜん減らなくなったんです!」


 職人たちの訴えは必死であったが、バカバッカスには通用しなかった。


「お前たちは揃いも揃って、バカばっかなのか!?

 歌で酒が旨くなっていたとでも言いたいのか!?

 バカばっかり抜かすのも、たいがいにせい!

 あっ、さては自分たちの不出来を歌のせいにしようとしておるんじゃな!?

 お前たちみたいな役立たずはもう要らんわ!

 クビじゃっ! クビぃぃぃーーーっ!!」

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