第27話

 すべての準備が整ったところで、ブラッドはワリブル村の者たちを全員集め、2班に分けた。

 ビール班とワイン班である。


 収穫の終わったライ麦畑も2区画に分け、それぞれに小麦とワインの苗木を植えさせた。


 そしてブラッドは醸造所の屋根に登る。

 丘の上の醸造所の屋根からは、この村のすべてが見下ろせた。


 彼の足元には、何をするつもりなんだろうと、ぽかんと口を開けて見守る村人と、冒険者と聖女たちがいる。

 ブラッドは咳払いをひとつすると、


「これから俺たちは、来月行なわれる『銘酒コンテスト』に向けて、小麦のビール造りとワイン作りを行なう。

 帝国のヤツらを見返すような酒を、みんなで作ろうぜ!」


 「おーっ!」と盛り上がったのは、冒険者と聖女たちだけ。

 村人たちは誰もが「なにを言ってるんだ」とでも言いたげな表情をしている。


 みなの気持ちを代表するかのように、村長が叫んだ。


「あ、あの! 私たちも、作ったビールをさんざん帝国にバカにされてきましたので、同じ気持ちです!

 でも、今から小麦のビールとワインを作るだなんて、ムチャです!

 何度も言っているではありませんか、今からでは時間がぜんぜん足りないと!

 それにこの土地は痩せているので、小麦もブドウも育たないと!」


 他の村人たちも賛同する。


「麦もブドウも、できるまで半年以上かかるんですよ!?」


「それに、この村でも小麦は何度も育てようとした、でも、無理だったんです!」


「ブラッド様はなにもわかっていないんだ! 酒造りの前に、農業を学ばれたほうがいい!」


「冒険者や聖女様たちもブラッド様と同じ素人だから楽観的でいられるんだろうが、やらされるこっちの身にもなってくれ!」


 すると、一団のなかではひときわ背の高い、鬼人族オグルのベイリーが素人代表として音頭を取った。


「違うし! あーしらだって、今から小麦とブドウを育てようなんてことが、どれだけバカげてるか知ってるし!」


 他の冒険者たちが賛同する。


「俺たちだって、そんな簡単にできるもんだって思っちゃいないさ!」


「でもよぉ、できる気がするんだよな!」


「そうそう! だって、アイツがそう言ってるんだから!」


 「アイツ……?」といぶかしがる村人たちに向かって、示し合わせたわけでもないのに、冒険者たちは……。

 それどころか聖女たちまで、口を揃えた。


 「……ブラッドだよっ!」と。


 それが、幕開けの合図となる。

 新たなる、伝説の……!


「ワン! ツー! スリー! フォー!」


 ブラッドは空気椅子のようにしゃがみこみ、リズムにあわせてヒザとヒジを打ち鳴らす。

 すると、


 ズダダダ ダダダッ!


 マシンガンを打ち鳴らしているようなドラムの音が、周囲を震わせた。


 ♪ ズダダダ ダダダ 目を覚ませ

 ♪ ズダダダ ダダダ 大地たち


 ♪ 俺が星を 掴むため

 ♪ その力を 貸してくれ


 ♪ ズダダダ ダダダ 星が降る

 ♪ ズダダダ ダダダ つかみ取れ


【目覚めよ大地】

 その土地に眠る、大地の精霊を目覚めさせる歌。


 その歌声とドラムは、やがて地響きのように足元までもを震撼させる。

 それは長きにわたって眠りについていた、大地の精霊たちが飛び起きた合図であった。


 「み……見ろ!」とひとりの村人が、丘のふもとを指さす。

 するとそこには、信じられないような光景が広がっていた。


 なんと、植えたばかりの小麦の種や、ぶどうの苗木が……。

 映像の早回しをしているかのように、にょきにょきと……。


 その芽を、その蔓を、伸ばし始めたのだ……!


 「えっ!? ええええっ!?」と驚くばかりの村人たちに向かって、


「よぉし、みんな! 小麦とぶどうの世話をするんだ! 冒険者や聖女たちも、手伝ってやってくれ!」


 「おーっ!」と動き出したのは冒険者と聖女たち。

 村人たちはまだ足がすくんでいた。


「あっ、あなたたちは、なんともないのかっ!?」


「なんともないって、なにが?」


「こっ、こんなのを見て、なんで平然としてられるんだよっ!?」


「ああ、俺たちもビックリしてるさ、でもアイツならこのくらいのことは、やってのけても不思議じゃねぇさ」


「あ、アイツって、まさか……!」


「……ブラッドだよっ!」


 冒険者や聖女たちに手を引かれ、村人たちは畑へと降りた。

 生き物のように蠢く小麦やぶどうに水をやると、さらに成長は加速する。


「す、すげえっ!? どんどん大きくなってる!?」


「小麦なんてもう、夏麦になっちまった!?」


「ぶどうなんて、木になっちまったぞ!?」


「これはひょっとすると、ひょっとするかもしれない……!」


 ついに村人たちの間にも、希望が芽吹きはじめる。

 彼らは活力を取り戻し、繁忙期のようにハリキリはじめた。


「こ……こうしちゃいられない! 麦の整理をするんだ! 最高の小麦を作るぞ!」


「こっちも負けちゃいられない! ぶどうの蔓を拡げるための準備をするんだ!」


 とうとう村全体がひとつの目標に向かって動き出す。


 村人たちは農作業に精をだし、冒険者は畑の見回りや力仕事を手伝う。

 聖女たちは食事の準備に大わらわ。


 その間もブラッドはずっと屋根の上で歌い続けていた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 その頃、帝国にある、自らの醸造所に戻ったバカバッカスはというと……。


「ばっはっはっはっ!

 銘酒コンテストで、どうやってあのクソ生意気なガキをやり込めるか、考えるとしよう!

 今年は10回目で、ワリブル村の参加も最後じゃから、徹底的に屈辱を味わわせてやる!」


 バカバッカスは相変わらずバカ笑いしていたが、ワリブル村に同行していた部下は心配していた。


「でも、大丈夫なのでしょうか? あの青年が自信たっぷりなのが、私にはどうしても引っかかって……」


「まったく、お前までバカばっかとは、どうしようもないな!

 ヤツらは逆立ちしたってワインどころか、小麦のビールすら用意できんわい!」


「あっ、もしかしたらあの青年は、小麦とブドウを帝国から取り寄せるつもりなんじゃ……?

 帝国外の人間からすれば、かなり高価となるでしょうが、ワリブル村を買うために1000万も出したほどですから……」


「ばっはっはっはっはっ! だからお前はバカばっかというんじゃ!

 ビールもワインも醸造するのに何ヶ月もかかるんじゃぞ!

 いくら材料があったところでぜんぜん間に合わんわい! ばっはっはっはっはっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る