第26話
バカバッカスはブラッドのことをさんざん罵ったあと、ようやく帝国に帰った。
かに見えたが、
「たっ……大変です! バカバッカス様が火を!」
ある村人の通報によってブラッドたちが駆けつけたところ、醸造所の片隅で松明を持ち、いままさに火を放とうとしているバカバッカスが……!
「ばっはっはっはっはっ! もはやこの醸造所はワシのものではない!
バカばっかとなってしまった以上、遅かれ早かれ灰になってしまうのじゃ!
ならば今、このワシが燃やしてやるわい!」
いままで大人しくしていた村人たちだったが、これにはさすがにキレてしまった。
「な……なんというヤツだ!」
「汚ぇぞ、バカバッカス!」
「コンテストでも俺たちの酒を無理やり最下位にしやがって!」
「それでもまだ飽き足らず、さんざん嫌がらせしようってのかよ!」
村人たちは今にも殴りかかっていきそうだったが、
「おおっと、動くなよ! このあたりにはションベンビールを撒いてあるんじゃ! あっという間に燃え広がるぞ!」
「ぐぐっ……!」と歯噛みをする村人たちの間から、ブラッドが現れる。
バカバッカスはことさら挑発的に言った。
「ばっはっはっはっはっ! 帝国の銘酒コンテストは、必ず帝国外の酒が最下位という決まりなんじゃ! これで、今年はさらに酷い酒が期待できそうじゃなぁ! ばっはっはっはっはっ!」
ブラッドはどこ吹く風のように、ぴゅうと小笛を吹き鳴らす。
「お前はついさっき、コンテストは来月だから、ワインを出展するなど絶対に無理だと笑っていたよな
ならこんなことをする必要はないはずだ」
「そうじゃ! だからワシはあきらめをつけさせてやろうと、こうやって……!」
「そんなに怖いのか?」
「なんじゃと!?」
「この村の醸造所のヤツらが怖いんだろう。
これだけの職人が揃っているのなら、もしかしたらとんでもないワインを出してくるんじゃないか、って
だから火を付けようとしてるんだろう?」
「そっ……! そんなわけあるかぁっ! このワシを誰だと思っておる!
去年の銘酒コンテストでは『ビール王』を勝ち取ったバカバッカス様じゃぞ!
今年は『ワイン王』の栄冠も勝ち取り、前代未聞の二冠王を達成するんじゃ!」
「じゃあ、俺が教えといてやるよ。
来月のコンテストで貴様に与えられる栄誉……それは、『ションベン王』だ……!」
「ぐっ……いっ……言わせておけばぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!!」
バカバッカスは激情に任せ、振り上げていた松明を、びしょ濡れになった醸造所の壁に叩きつけようとする。
しかしそれよりも早く、ブラッドの歌が
それは冒頭の一節であったのに、まるで股間にぶら下げていた爆弾が爆発したかのような衝撃を、バカバッカスに与える。
「ひっ……!? ひぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
悲鳴とともに急激な前屈みとなり、思わず足元に松明を落してしまう。
そして、間髪入れず、
……じょばじょばじょばじょばっ……!
松明めがけて、失禁……!
「これがホントのマッチポンプってやつだ」
ブラッドの一言に、村人たちはどっと爆笑した。
そこから先は、三流の喜劇を観ているかのような光景が展開される。
着替えたはずのバカバッカスのズボンはすっかりびしょ濡れ。
「くううっ……! 1着50万もしたオーダーメイドのスラックスが、2着も……!」
バカバッカスは呻きながら股間を押え、内股をこすりあわせるようにして逃げ出していた。
「ぐううっ……! おっ……! 覚えてろよ!
コンテストでは、いままで以上の赤っ恥をかかせてやるからなぁ!」
「オッサンが人前で漏らす以上の赤っ恥があるのかよ」
とブラッドが追い討ちをかけると、さらなる嘲笑がバカバッカスを包む。
バカバッカスは泣きべそをかくほどに唇を噛みしめながら、停めていた馬車に乗り込んだ。
「ぎゃああっ!? 200万
くそおっ!? おっ、覚えてろよっ! 覚えてろよぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーっ!!」
情けない捨て台詞を吐きながら、バカバカッカスはようやく村から去っていった。
ブラッドはひと息つくように、ぷひゅうと小笛を鳴らす。
「これでヤツもしばらくは大人しくなるだろう」
それまでは涙が出るほどに笑っていた村人たちだったが、急に我に返ったようだった。
「あ、あの、ありがとうございます。ブラッド様。
でも大丈夫でしょうか?
バカバッカスのヤツ、仕返しに来たりは……」
「たぶん来るだろうな」と言いつつ、村長を見やるブラッド。
「村長、ちょっと使いを頼みたいんだが。
まずどこからでもいいから、小麦の種とワインの苗木を調達してきてくれ
金なら俺の相棒が払う」
もう財布扱いされるのは慣れてしまったのか、「はい」と素直に頷くベルライン。
村長を始めとする村人たちは驚愕していた。
「ほ、本当に、小麦のビールとワインを作るつもりなんですか?
コンテストは来月なんですよ? いまから育ててもぜんぜん間に合いません
いやそれ以前に、このあたりの土地は痩せてて、ワインも小麦も育たなくて……」
「そんなことはわかってる。
でも今は説明してる時間も惜しいから、俺の言うとおりにしてくれ」
ブラッドはさらに要求を続ける。
「それと、ファウラウの街までひとっ走り行ってくれ。
酒場にたまってる冒険者を、この醸造所を守る番犬として、ありったけ連れてきてほしいんだ。
俺から頼まれたって言えば、たぶんかなりの数が来てくれるだろう
そのあとは、ファウラウ聖堂に行って、そこにいる聖女を全員連れてきてほしいんだ」
これにはベルラインも「えっ!?」と声をあげた。
「聖女のみなさんを連れてきてどうするんですか!?
彼女たちには聖堂を守る義務が……!」
「聖堂はコンテストが終わるまで臨時休業だ。留守番はヤングにでもやらせとけ」
「そ、そんな……!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから半日ほどかけて、ブラッドの要求したものはすべて揃えられた。
ワリブル村は30人の冒険者と、30人の聖女が押しかけてきて一気に賑やかになる。
そして留守番役を押しつけられてしまったヤングはというと……。
ひとり、礼拝堂のなかで飲んだくれていた。
その日は日曜日だったので、ひっきりなしに礼拝者が訪れていたのだが……。
「ああん? 礼拝にきた? 今日は日曜だから、神様は俺とサシで飲んでんだよ! 帰れ帰れ!」
酔った勢いに任せて全員追い返していた。
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