第25話

 頭を下げる村人たちに、ブラッドはぴゅう、と小笛を吹いて応じる。


「気にすんな。ところであのバカバッカスとかいう野郎は、いつもこんなくだらねぇ嫌がらせしてるのか?」


「はい、月にいちどくらいでやって来て、私たちのビールをさんざんけなしていくんです」


 「なにそれ、超ムカつくんですけど!」とベイリー。


「でも、仕方がありません。あの方はこの村のオーナーですので」


「なるほど、そういうことか。それでここまで好き放題やられてるんだな」


 おおかたの事情を飲み込めたブラッドは、他の村人たちに介抱されているバカバッカスの元へと向かう。


「おい、オッサン。村のヤツらから聞いたぜ、お前がこの村のオーナーなんだってな?」


 するとバカバッカスは、汚液でぐちゃぐちゃになった顔でキッと睨み返してくる。


「なんじゃ!? いまさら謝ろうったって遅いぞ! まったく、この国は本当にバカばっかじゃ!」


「いくらで買ったんだ? 相場からするに、200万エンダーくらいか?」


「ま……まぁ、そんなとこじゃな!」


 ブラッドの背後から、村長がらしき男が耳打ちする。

 「いえ、100万エンダーです」と。


「オッサン、ずいぶん買い叩いたんだなぁ! まあいいや、俺にこの村の権利を売ってくれないか?」


 するとそこにいた全員が「ええっ!?」となった。

 バカバッカスは一瞬、「とんでもない!」という表情になったが、あることを思いだして、ニヤリと笑う。


 そして舌の根も乾かぬうちに、値段交渉を始めた。


「そ……そこまで言うのであれば、売ってやらんこともないぞ!

 でもこの村の醸造所のビールは、ワシの指導のたまもので高く評価されておるから、かなり上乗せしてもらわんとなぁ!」

 そうじゃなぁ……300……いや、500万は……!」


「まったく、さっきまでションベンビールとか言ってたクセに、よく言うぜ。

 まあいいや、ベルライン、1000万エンダーの小切手を切ってくれ」


 するとまたしてもそこにいた全員が「ええっ!?」となった。

 ベルラインは一瞬どころかずっと「とんでもない!」という表情のまま。


 最近は寄進も高額になってきたので、聖堂に置いておいては危ないと、銀行口座を開設していた。

 そこにはストーンビレーの村の収入のほかに、多額の寄進が振り込まれている。


 そしてベルラインは最近、ブラッドに命じられて小切手を持ち歩くようになっていた。

 小切手なんて何に使うのかずっと不思議に思っていたのだが、まさか村を買い上げるために使うとは……!


「そっ……! そればかりは、いけませんっ! いくらブラッドのさんのお願いでも、大切な寄進を、そんなに使うだなんて……!」


「これはお願いじゃない、命令だ。それに倍にして返してやるから安心しろ」


 『倍にして返してやる』。

 通常であればこれほど信頼のおけない言葉もないのだが、ブラッドにとってはその限りではなかった。


 なにせブラッドが来てくれたその日から、ファウラウ聖堂の寄進は倍々ゲームで増えていっている。

 この世はお金がすべてではないのだが、人々が寄進にお金を払ってくれているということは、幸せであることの証でもあった。


 結局、ブラッドに押し切られる形で、ベルラインは1千万もの小切手を発行。

 バカバッカスの使いの者が街の銀行まで確認にいって、有効であることがわかった時点で、村の権利の譲渡手続きがなされた。


 そして契約が終わったとたん、バカバッカスはバカ笑いを始める。


「ばっはっはっはっはっ! バカめ! まんまと騙されおったわ!

 帝国で開催される『銘酒コンテスト』でここのションベンビールが10回連続で最下位になった場合、この村の者たちは全員、ワシの奴隷になる契約が別途なされておるんじゃ!

 そして来月開催されるコンテストが、ちょうど10回目……!

 ここのションベンビールが最下位になるのは、もう決まっているようなもんじゃ!

 ばっはっはっはっはっ! 残念だったなぁ、小僧!

 お前は誰もいなくなる村の権利を買わされたんじゃ! ばっはっはっはっはっ!」


 帝国で開催されている『銘酒コンテスト』は、帝国の醸造所しか参加できない。

 なぜならば、帝国外の醸造所が参加しても、最下位になるのはわかりきっているからだ。


 バカバッカスは己の地位を利用して、ワリブル村の『ワリブルビール』を無理やりねじ込んでいた。

 理由としては、アテ馬にするためである。


 しかしこれが帝国の人間たちには大好評。

 コンテスト当日は『ワリブルビール』をさんざんバカにするというのが定番になっていた。


 なにせ、帝国外の国でいちばんといわれる酒が、帝国では万年最下位……。

 これほどまでに、帝国の虚栄心を満たしてくれるものなど他にはない。


 ワリブル村の人たちは、奴隷契約を返上するのと、職人のプライドにかけてビール造りを行なっていた。

 しかしライ麦のビールでは、小麦のビールに太刀打ちできるはずもない。


 コンテストでは毎年、嘲笑と罵声に打ちひしがれていたのだ。


 村人たちは奴隷契約を知っていたにも関わらず、ブラッドに伝えずに契約をさせた。

 それには理由があった。


「す、すみませんっ! ブラッドさん!

 私たちはもうすぐ奴隷になってしまいますが、バカバッカス様は誰もいなくなったこの村に、火を放つとおっしゃったんです!

 10回目の最下位を記念して、帝国の人たちを呼んで、盛大に焼き払うって……!

 たとえ離れることになったとしても、故郷が焼き払われるのが、どうしても嫌で……!」


 土下座をする村人たち。

 ブラッドは激怒してもおかしくないのだが、飄々と小笛を鳴らしていた。


「(ひゅうひゅう)そういうことか、まぁ、気にすんなって。あとは俺に任せとけ」


 すると、バカ笑いが割り込んでくる。


「ばっはっはっはっ!

 この小僧、村人たちがいなくなっても『ワリブルビール』を作り続けるつもりなのか!

 あれほどのライ麦ビールを造れる職人など、探したところでおらんというのに!」


「なんだオッサン。ションベンビールとか言いながら、村のヤツらのことを認めてるんじゃねぇか。

 どうりで、奴隷にしてたがってるわけだ。

 この村の職人たちを連れ帰って、小麦のビールを作らせれば、かなりいいビールが作れるんだろう?」


「あっ……!? い、いまのは口がすべっただけじゃ!」


「まあいいさ、どっちにしろ、コイツらは渡さねぇ」


「なんじゃと!?」


「なぜならば次のコンテストでは、『ワリブルビール』と『ワリブルワイン』はダントツの1位と2位を獲得するからだ」


「わっ……ワリブルワインじゃとぉ!?」


「ああそうさ。俺がこれから作らせる」


「ばっはっはっはっはっ! コンテストは来月だというのに、今からワインを作るとは!

 ぶどうの一粒もないのに、どうやってワインを作るつもりなんじゃ!

 こりゃ傑作じゃわい! ばっはっはっはっはっ!」

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