第23話
ファウラウ聖堂は、昼夜を問わないチンピラたちの嫌がらせに晒されるようになる。
聖堂にとってはいい迷惑かと思われたが、
むしろ、ブラッドの思慮深さに深く感じ入る。
「ブラッドさん。ブラッドさんがストーンビレーの村の権利を持っていったのは、村の人たちを守るためだったんですね」
「なんでそう思ったんだ?」
「だって、村の人たちに鉱山の権利があった場合、ドカロックさんは彼らに交渉を持ちかけていたでしょう。
そしてその交渉を村の人たちが断った場合、ドカロックさんは村に嫌がらせをしていたと思います。
ゆくゆくはブラッドさんがおっしゃっていたように、村の人たちは木の国輪を与えられて、奴隷化されていたかもしれません。
でも、村の人たちに鉱山の権利がなければ、そもそもドカロックさんは村の人たちに興味を示しません。
ですから、ひいては彼らを守ることにも繋がります」
「おめでたいやつだな。
仮にそうだったとしても、かわりにこの聖堂が嫌がらせされてるんだぞ?」
「ええ。でもそれはわたしにとってはとても幸せなことです。
だって、それでストーンビレーの村の人たちは何事もなく暮らせるのですから」
ベルラインは幼少の頃からそうであった。
いじめられている子がいたら、いじめっ子に向かって、かわりに自分をいじめるように言っていたほどである。
そして信じていた。
いじめっ子が自分をいじめているうちに、他者をいじめる事の空しさに気付いて、反省してくれることを……。
しかし、帝国のいじめっ子は反省することはなかった。
ドカロックは自分の執務室で、レッドカーペットが破れるほどに地団駄を踏んでいた。
「どかっ! どかっ! どかっ! どかあっ!
あれだけファウラウ聖堂に嫌がらせをしているというのに、なぜあのクソガキは根をあげん!?」
「ドカロック様! 嫌がらせに派遣したチンピラどもは、ほとんどが返り討ちにあっています!
昼夜を問わず嫌がらせをさせているんですけど、ヤツらには街の冒険者たちが味方していて……!」
「そんなことはわかっておる!
そんなことよりも、あの聖堂の聖母はなにをしておるんじゃ!?
普通、あれだけ嫌がらせをされたら、迷惑じゃからとクソガキを追い出すはずじゃろうが!」
ベルラインが、ブラッドを追い出す……。
それはもはや、地球がふたつに割れてもありえないことであった。
「どかあっ! あのクソガキも聖母も、イカレとるとしか思えん!
こうなったら、やむをえん……! 最後の手段に出るぞっ!」
ドカロックが決断した、『最後の手段』……。
それは掟破りともいえる、とんでもないものであった。
ファウラウ聖堂に派遣していたチンピラたちを、今度はストーンビレーの村に向かわせ……。
鉱山に爆弾を仕掛けさせたのだ……!
爆弾を仕掛けていることがバレてはいけないので、誰もいない夜の鉱山にチンピラたちは忍び込む。
また、鉱山事態が崩れては元も子もないので、仕掛けられる爆弾は小規模なものであった。
しかしそれによって引き起こされた人工的な落盤は、すでに事故とは無縁だった坑夫たちに、じゅうぶんすぎるほどの恐怖を植え付けたのだ……!
ブラッドはその事実を、ブラッドは早馬でやって来た村長から聞かされた。
「た……大変です、ブラッド様! 鉱山で、落盤が起きました! 幸い、誰もいない夜だったので、ケガ人はいませんでしたが……!」
「ああ、それならほっといても大丈夫だ」
「えっ」
「たぶん、ドカロックの手下が爆弾でも仕掛けてるんだろう」
「ええっ!? ということは、落盤は人工的に引き起こされたものだとおっしゃるんですか!?」
「ああ。そうやって坑夫たちをビビらせて採掘をさせないようにしてるんだろうな。
採掘ができなくなると、俺が鉱山を手放すと思ってるんだろう」
「では、鉱山に寝ずの番を立てれば……!」
「いや、なにもしなくていい。むしろ好きにやらせとけ」
「ええっ!? 爆弾を仕掛けられて、黙っていろというのですか!?」
「ああ。採掘も普段どおりやって問題ないぞ。俺の教えた歌がある以上、落盤は起きないから。
不安だっていうなら、休んでもかまわん。
気付いたらチンピラはいなくなってるだろう。キツいお灸を据えられてな」
なにもしないことが、なぜキツいお灸を据えることになるのか……。
この時、村長はブラッドの言葉の意味がまるでわからなかった。
しかしこのあと、嫌というほど思い知らされることになる。
なんと、爆弾を仕掛けに忍び込んだチンピラたちが落盤に遭い、生き埋めとなって次の日に救出されるということが続いた。
チンピラたちの言い分によると、爆弾を仕掛けようとしたら途端、落盤が起きたという。
ドカロックの元に逃げ帰ったチンピラは、「山の神様がお怒りになった!」と訴えた。
しかしドカロックはそれを一蹴、「効いてる」と勘違いし、さらに続々と爆弾魔たちを差し向けた。
すると、不思議なことがドカロックの周辺で起こり始める。
ドカロックの所有する鉱山は、歌を棄ててから落盤が頻繁に起こっていた。
しかしその数倍ともいえる事故が、鉱山で起こるようになったのだ。
それは落盤というレベルではなく、採掘場全体が丸ごと埋まってしまうほどの大惨事であった。
そうなると、採掘は完全にできなくなってしまう。
次々と潰れていく鉱山に、ドカロックは発狂寸前となる。
「どかっ!? どかっ!? どかぁぁぁっ!? なんでっ!? なんでっ!? なんでじゃあっ!?
なんでドカの鉱山だけ、大事故ばっかり起きるんじゃあぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっ!?!?」
その理由を知っているのは、ただひとりであった。
その人物は、聖堂の居間でくつろぎながら、世間話がてら語ってみせる。
「神様ってのは、不思議な力で繋がっているみたいなんだ。
地脈があるせいか、『山の神』どうしは特にそれが顕著なんだよ
山を崩そうとするヤツらがいたら、ソイツらの親玉を共有しあうんだ。
きっと今頃、ドカロックの鉱山は大変なことになってるんじゃないかな」
「そうなのですか? でも、ストーンビレーの村の人たちが無事なのはなぜなのでしょうか?
山の神様からすると、坑夫の人たちも山を崩していると思うのですが……」
「ああ、それは『山の子供』として認められたからだよ」
「山の子供……?」
「ああ。俺が教えた『採掘節』は、山を親と崇める歌だ。
あの歌で、坑夫は山の子供になる。
子供にスネを囓られたところで、本気で怒る親はいないだろう?」
それからしばらくして、ドカロックのすべての鉱山は、自然災害によって強制閉山させられた。
彼は『鉱山王』の座から転がり落ち、坑夫に逆戻り。
しかし、帝国の鉱山はどこも不況であったため、どこからも雇ってもらえなかった。
そのうえ彼は坑夫への扱いが酷かったので、同じ坑夫仲間からも、ここぞとばかりに仕返しをされたという。
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