第19話

 その日の午後から、鉱山での採掘は再開される。

 ブラッドたちは鉱山の入り口にいて、洞窟の中から漏れ聞こえてくる歌に耳を傾けていた。


 ♪ハァ~ おいらにゃ おっ母 ふたりおる

 ♪家のおっ母と 山のおっ母


 ♪山のおっ母 おおきくて

 ♪ワシらをやさしく 包み込む


 ♪ワシらは 山のおっ母に

 ♪育ててもらった 山の子じゃ


【採掘節】

 山の神や精霊を鎮め、讃える歌。

 山での自然災害をなくし、多くの山の恵みを得られるようになる。


 坑夫たちはみな、ブラッドたちから教わった歌を唄いながら作業をしていた。


 ノミで石を掘る物、掘り出した石を運び出す者、積み上げられた石から鉱石を取り出す者。

 坑夫見習いの見習いの子供から、この道何十年というベテラン坑夫まで、誰もが歌を口ずさむ。


 すると、ふぞろいだったノミを打ち付ける音も、リズムに合わせて自然と揃い始める。


 「よし、これで坑夫たちはひとつになったな」とブラッドは満足げに頷く。

 ブラッドたちは鉱山を下り、村へと戻る。


 すると村の中も、どこも歌声でいっぱいだった。


 ♪ハァ~ おいらにゃ おっ父 ふたりおる

 ♪家のおっ父と 山のおっ父


 ♪山のおっ父 おおきくて

 ♪ワシらを遠くで 見守りなさる


 ♪山のおっ父や おたのみします

 ♪家のおっ父を 守っておくれ


 家を守る女たちは、洗濯や薪割りをしながら、誰もが歌を口ずさんでいる。

 鉱山での歌声は村まで届かないはずなのに、不思議と坑夫たちのリズムとシンクロしている。


 ふと、ブラッドと一緒に歩いていたヤングが言った。


「本当にこんなんで、事故なくなるのかよ?」


「ああ、これは山の精霊を鎮める歌なんだ。聖女の地鎮の祈りほど効果は強くないんだがな」


 すると隣にいたベイリーが「えっ?」と声をあげる。


「聖女の地鎮って、効果ないって言ってなかったし?」


「いや、聖女の地鎮にも落盤事故防止の効果はあるんだ。しかしどんなに能力の高い聖女の祈りでも、いずれ効果は切れてしまうから、定期的に祈りを捧げないと事故が起きてしまうんだ」


「あっ、なるほど……! ブラッドさんがこの歌を村の方々にお教えしたのは、ずっと唄って地鎮の効果を持続させるためだったんですね」


「そういうことだ。この歌を唄い続けている限かぎり、落盤による事故は起こらないだろう」


 「マジかよ」とヤングは半信半疑だった。

 村の者たちも同様に、気休め程度にしか考えていなかったのだが……。


 ストーンビレーの鉱山では、それまでは1日に小規模な落盤が10回は起こっていた。

 しかしそれが、急にピッタリと無くなったのだ。


 しかも、1週間連続で……!


 村人たちは、絶大なる効果に驚いていた。


「す、すごい……!」


「こんなに安全に採掘できた日なんて、この村ができてから一度もなかったぞ!」


「しかも1週間無事故だなんて……!」


「奇跡としか思えんっ」


 再び村の広場に村人たちを集めたブラッド。

 もはや村人たちの視線は、英雄を見るそれであった。


「んじゃ、約束どおり、永続的に1割をおさめる契約を交わそうか」


 すでに記入済みに契約書を見せられた途端、村人たちは急に夢が醒めたようになる。


「そ、それは……!」


「あの時は、こんなにうまくいことは思わなかったから……!」


「永続的に1割だなんて、ちょっと多過ぎだろう!」


「そうだ! 1年間のあいだに5分というのはどうだ?」


「そうじゃ! そのくらいなら払ってもいいかもしれん!」


「だいいち、こっちはもう歌を教えてもらってるんじゃ!」


 手のひらを返したように、ディスカントを始める村人たち。

 それどころか、


「こっちはまだ契約を交わしておらんから、払わないっていうのもできるんじゃぞ!」


 などという暴論で、脅しにかかる始末……!


 これには仲間たちも、さすがに憤った。


「ブラッドに助けてもらっておきながら、いざお礼をする時になったら惜しむだなんてサイテー! マジありえないし!」


「お前ら、汚ぇぞ! 約束を破るってなら、俺の拳でその黒い腹を破ってやろうか!?」


「あ、あの、ベイリーさん、ヤングさん、落ち着いてください。村のためになったのですから、お礼なんて、べつに……」


「「ベルラインっ!? お前はどっちの味方なんだよっ!?」」


「きゃっ!?」


「ふたりともそのへんにしとけ。俺も別に構わないぜ、村人コイツらが払わないってんなら、払わなくても」


「って、マジかよブラッド!?」


「ああ。だってまだ契約を交わしてないんだからな」


 ブラッドは未練もなさそうに言ってのけると、懐から紙切れを取り出した。


「それに、俺にはコレがあるし」


 それは、別の契約書であった。

 記入済みで、多くの署名と血判がなされている。


 ブラッドの手のひらでヒラヒラと舞う、その書面を見た村人たちは、


「えっ!? ええええーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」


 と誰もがひっくり返らんばかりに驚愕した。


 無理もない。

 それほどのことが、契約書にはあったのだ。


 なんと、契約者はこの村の子供たち全員で、


『この中の誰かが村長になった場合、鉱山収入の8割をファウラウ聖堂の寄進とする』


 とんでもない条文が……!


 ブラッドはフフンと鼻を鳴らす。


「いま払ってもらわなくても、もう少し待てば8倍の収入があるんだからな。待てば海路の日和あり、ってヤツだ」


 村人たちは激昂する。


「な、なんじゃ、そのムチャな契約はっ!?」


「さては、子供たちを騙したなっ!?」


「そんな契約、無効じゃ! 無効っ!」


「子供たちをたぶらかしおって! 許さんぞっ!」


 大人たちは、いまにもブラッドに殴りかからんばかりに大騒ぎ。

 一触即発を前にして、子供たちが広場にどやどやと押しかけてきた。


「おっ父、見苦しいぞ!」


「ブラッドさんは、ちゃんと落盤事故をなくしてくれたんだ!」


「だったら払うのが筋ってもんだろう!」


「実は俺たちは、採掘には反対だったんだ! だって、落盤事故でおっ父が死んだら、俺たちは……!」


「でもおっ父たちは俺たちの言うことも聞かず、採掘に行こうとした!」


「だから俺たちは、ブラッドさんと契約を交わしたんだ!」


「俺たちが大人になったら、自分の子供たちを悲しませる採掘をやめようって……!」


「8割払う契約にすれば、割りに合わなくなって、嫌でも採掘はやめるだろう!?」


「そうしたら、おっ父を失って悲しむ子供たちはいなくなるんだ!」


 子供たちの訴えに、大人たちは黙ってしまった。

 ブラッドは契約書を指でヒラつかせながら、うなだれる大人たちに向かって言う。


「これの契約書は、俺にとっても子供たちにとっても保険だった、ってワケだ。

 でも俺からすれば、採掘を止められたらどっちにしても取りっぱぐれになっちまう。

 そこで、だ。

 特別に、再契約を結ばせてやろう。

 俺と改めて契約を結んでくれたら、こっちの契約書を破棄してやってもいいぜ」


 すると、大人たちは急に元気になった。


「ほっ……本当かっ!?」


「い、いやあ、ブラッドさんは話がわかる!」


「もちろん、1割払わせてもらおう! 無事故のかわりに1割払うなんて、安いもんだ!」


「……誰が1割だけなんて言った?」


「えっ」


「お前たちがゴネずに素直に契約に応じてくれていたら、俺は子供たちとの契約書は見せずに破棄するつもりだったんだ。

 でも、お前らはたった1割を惜しんだ……。

 だから罰として、再契約をしたければ1割に加えて、この村と鉱山の土地の権利をすべて俺によこすんだ」


「そっ……そんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーっ!?!?」


「嫌ならいいんだぜ? なら子供たちとの契約を有効にして、この村は将来的に採掘ができなくなるだけだ」


 大人たちは「ぐっ……!」と歯噛みをしていたが、やがてがっくりとヒザをつくと、ついに観念した。


「わ、わかりました……! こ……この村は今から、あなた様のものです……!」

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