第18話

 ボーンメイカーは、心臓の爆弾が起動したかのように苦しみ悶えたあと、


 ぐもももももーーーーーーーーーーーっ!!


 断末魔とともに、雲散霧消。

 爆心地を中心に金色の音色が広がり、淀んだ空気を清らかに塗り替えていく。


 スケルトンたちはガラガラと崩れ去る。

 骨の檻から解放された霊魂たちが、空へと還っていく。


 坑夫の姿をしたその者たちは、洞窟内にいるブラッドたちに手を振り、頭を下げている。

 多くの魂が救われた瞬間であった。


「みなさま、安らかにお眠りください……!」


 跪き、祈りを捧げるベルライン。


「きれい……なんか花火みたいだし」


 祝福の花火を見送る勝利投手のように、天を仰ぐベイリー。


「伝説の幕開けにしては、悪くないセレモニーだったな」


 フッ、とうつむくヤング。


 初めてのモンスター討伐を終え、思い思いの感慨に浸る仲間たち。

 ブラッドはさしたる感情もない様子で、彼らに向かって言った。


「さーて、終わったから帰るぞ」



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ブラッドたちは鉱山を出てストーンビレーの村へと戻る。

 ボーンメイカーの討伐を報告すると、村は感謝のお祭り騒ぎとなった。


「やった! これで採掘を再開できるぞ!」


「ああ、助かった! これで飢え死にせずにすむ!」


「あんたたちは救いの神様じゃ!」


 村人たちはわずかな食料を持ち寄って、ブラッドたちに振る舞ってくれた。


 しかしその最中、ベルラインはどうしても気になっていた。

 祝いの席の片隅で、ドワーフの子供たちが怨むような視線で、ずっと自分たちのことを睨みつけているのを。


 彼女はそっと席を立ち、子供たちがいるテーブルに行って話しかけてみた。

 すると彼らが口にしたのは、ベルラインが思ってもみないことだった。


「お前たちは、おっ父を殺そうとしてるんだ」


「ボーンメイカーがいなくなったら、おっ父たちはまた採掘を始めるんだ」


「採掘は落盤事故が多くて、しょっちゅう人が生き埋めになってるんだ」


「今のままがよかったのに。ボーンメイカーがいてくれたほうが、おっ父たちは採掘をせずにすんだのに」


「ひどい貧乏でも、おっ父がいなくなるよりはましだ」


「もしおっ父が死んだら、お前たちのせいだ」


 ベルラインは、村の子供が自分たちを歓迎していなかった理由をようやく知った。

 そして彼女は、幼くして親を失うことの辛さを知っていたので、深く思い悩む。


「み……みなさん、大丈夫です。私が明日にでも、安全祈願のお祈りを……」


 それが、いまの彼女にできる精一杯のことであった。

 しかし、子供たちの恨みがましい表情は晴れることはない。


「聖女様を呼んで安全祈願するのは、もう何度もやった」


「でも、落盤事故はなくならないんだ」


「そんなに安全祈願がしたいなら、やってみるといい」


「それでもおっ父が死んだら、俺たちは聖女様を一生怨むぞ」


 ドワーフというのは老け顔が多いので、子供でも妙に貫禄がある。

 そんな面々に絡まれて、ベルラインは半泣きになっていた。


 そこに、救いの手が現れる。


「おいガキんちょども、そのへんにしとけ」


「ぶ、ブラッドさん……!」


「俺は、鉱山を再開させたお前たちを怨む」


「そうかい、怨んで解決するならいくらでもするがいいさ。

 鉱山なんかの辛気くさいところで生まれ育ったガキには、ふさわしい生き方だぜ。

 まぁこの俺がこの村に生まれたとして、お前たちみたいにウジウジ怨んだりはしねぇけどな」


「……口ならなんとでも言える。他に、なにができるっていうんだ」


「それは、俺に協力することだな。そしたら、二度と鉱山で落盤事故が起こらないようにしてやるよ」


「そんなことができるのか? 聖女様の祈りですら、落盤事故は防げなかったのに」


「聖女の祈りで落盤事故が防げない理由も、俺にはわかってる。どうだ、協力するか?」


 割って入ってきたブラッドと子供たちとのやりとりに、ベルラインが目をまん丸にしてキョトンとするばかり。

 それからブラッドは、あっという間に子供たちとの『商談』をまとめてしまった。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 次の日。

 ストーンビレーの村は、採掘を再開するべく早朝から動き出していた。


 そんな村人たちを、ブラッドは村の広場へと呼び集める。

 一同に集められた村人たちは、何事かとざわめいていた。


「おい、ブラッドさんよ! まだワシらに用があるのか!?」


「俺たちゃ鉱山に行かなくちゃならないんだ!」


「さっさとやらなきゃ、おまんまを食いっぱぐれちまうよ!」


 ブラッドは広場にある朝礼台に立つと、村人たちを見下ろしながら咳払いをひとつ。


「オッホン。あー、今日集まってもらったのは他でもない。報酬のことだ。

 ボーンメイカー討伐という依頼の割りには安すぎたから、もうちょっと色を付けてほしくてな」


 すると不満が噴出したが、ブラッドは「まぁ最後まで聞け」となだめながら続ける。


「お前たち村人を全員逆さにしても、小銭しか出てこないことはよーく知ってる。そこでだ、オマケを付けてやろうと思ってな」


 「オマケ?」と村の誰かが言った。


「そうだ。オマケとして、鉱山でおきる落盤事故をゼロにしてやろう」


「そ……そんなことができるのか!?」


「いままで高い金を払って聖女様にも来てもらったけど、落盤事故はゼロにならなかったんだぞ!?」


 半信半疑の村人たちに、ブラッドは自信たっぷりに頷き返す。


「ああ。俺の教えるとおりにすれば、落盤事故は起きなくなると保証しよう

 そのかわり、これから俺が言う報酬を上乗せしてもらおうか」


 ブラッドが要求した『報酬』……。

 それはなんと、


 採掘収入の、1割……!

 それも毎月、永続的に……!


 これには怒号とも呼べるヤジが、ブラッドめがけて飛んできた。


「む……ムチャだっ!? 今でさえこの村はギリギリだってのに!」


「そのうえ1割を持って行かれたら破産だっ! ふざけるなよっ!」


「それもずっとだなんて、足元見やがって!」


「この村がギリギリなのは、鉱山で落盤事故が多いからだろう? 落盤事故がゼロになれば採掘量も増えるから、俺に1割払っても得することになるぞ」


 すると村長を中心として、村人たちはひそひそ話を始める。

 やがて、村長がブラッドに向かって言った。


「わかった。その要求を飲もう。

 ただしそれは、本当に鉱山の落盤事故がゼロになった場合のみとさせていただく。

 1週間ものあいだ落盤事故が起きなかったら、毎月1割を払う契約を交わそう」


「よし、決まりだな! んじゃあ、さっそくこの場でやってやろう!」


「えっ? この場で? 鉱山でやるのではないのですか?」


「ああ、現地に行ってやるのはお前たちの仕事だ」


 ブラッドはそう言いながら、背中から白いギターを引き抜いて構えた。

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