第17話

 ブラッドとベルラインの歌声がひとつとなる。


 ♪ リンリンリン 女神の鈴がリンリンリン

 ♪ リンリンリン すべての邪悪をリンリンリン


 ♪ リンリンリン 天使の鈴がリンリンリン

 ♪ リンリンリン きれいさっぱり払いましょう


 洞窟の最深部で暗雲のように立ちこめていたボーンメイカー。

 その美しい歌声に、一陣の風が吹いたようにゆらぐ。


 ……ぐもももも……!


 と膨らみ、「あの歌を止めろ!」とブラッドたちを指さす。

 するとそれまで立ち止まっていたスケルトンたちが、再びゆっくりと動き出した。


「ヤング、ベイリーっ! この歌が終わるまで援護してくれっ!」


「わかった! うおおおっ! 唸れっ、俺の両手っ! 『ワイルドクロー』っ!」


「ねちゃら、くちゃら、みちゃら……! ねちゃら、くちゃら、みちゃら……! 汝らの脚は、沼のなかにあるように、遅くな~る、遅くなぁ~る!」


 両手の爪で迫り来るスケルトンを蹴散らすヤングと、鈍足の呪術でスケルトンの歩みを遅くするベイリー。

 それでも多勢に無勢、ブラッドたちの包囲網は、どんどん狭まっていく。


 この広間の出入り口もすっかりスケルトンたちで埋まっており、もうどこにも逃げ場はない。

 頼みの綱はベルラインの『浄化』のみで、この歌が途切れた時点でパーティの全滅は確実であろう。


 しかしベルラインの歌声は、みなの命がかかっているとは思えないほどに楽しげだった。

 なぜならば、彼女は練習のときに、ブラッドからこう言われていたから。


「ベルライン、洞窟の探索ではどんな状況に追い込まれるかわからない。

 だから、お前は俺だけを見て唄うんだ。観客モンスターのことなんて気にするな。

 俺とふたりっきりでデュエットしているつもりで唄え。

 どんなことがあっても、俺はお前を絶対に見捨てたりしない。

 だから、俺だけを信じるんだ」


 もはやベルラインの目には、スポットライトを浴びるシルエットしか映っていなかった。

 そのシルエットは翼のようなギターを抱き、空を飛んでいるかのように自由。


 見ているだけで、天国へと連れて行ってくれそうな……。


 まさに、天使であった……!


 ♪ リンリンリン リリリン リンリリリン

 ♪ すべての闇を 消し去りたまえ


 ♪ リンリンリン リリリン リンリリリン

 ♪ 女神のベルで 消し去りたまえっ……!


 フィニッシュとともに、ベルラインは両手に持っていたベルを、天に向かってかざす。

 すると、


 ……カッ……!


 と黄金の光に包まれ、


 ……リリリリリーーーーーンッ!!


 まさに女神のベルのような、どこまでも澄んだ音色が生まれた。


「よしっ、ベルライン! そのベルをボーンメイカーにぶつけてやるんだっ!」


「はいっ、ブラッドさん!」


 ベルラインは戦女神のような勇ましい表情で、大きく振りかぶる。

 その雄々しきポーズは、いつもの楚々としたベルラインとは大違い。


 「「「おお……!」」」と仲間たちも見惚れるほどであった。


 曇りひとつない黄金のベルが、ついに女神の手から放たれる。

 しかしベルラインは女投げだったので、ベルはスケルトンたちの頭上を越えるどころか、


 ……がちょぉぉぉぉぉーーーーーーーーーんっ!


 彼女の足元に叩きつけられるように転がるばかりであった。


 ……ずどどどっ!


 思わずズッコケてしまう仲間たち。


「し……しまったぁ! 歌の練習ばかりで、投げる練習させてなかった!」


「なにやってんだよぉ!? じゃあ俺が、かわりに……!」


「いや、ダメだヤング! あのベルは『清らかな乙女』以外が持つと効果を失ってしまうんだ!」


 すると視線は自然と、ある人物に集まった。


「なら、ベイリーなら……!」


「いや、ダメだ! アイツ以前、カレシなら1000人いたけど、全員振ってやったって言ってたから!」


 しかしベイリーは歯を食いしばって走り出していた。


「はっ……ばっきゃろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーっ!!」


 彼女は泣きたいのを堪えるようにベルラインの元に向かうと、


「ベルっち、あーしに貸して! あーし、『野蛮球やばんきゅう』の投手やってたから、投げるの得意だし!」


「はっ、はいっ!」


 ベルラインからベイリーの手に移った黄金のベルは、なおも純粋なる輝きを保ったままだった。


「へっ!? ってことは、アイツ……!」


 ヤングのツッコミを断ち切るかのように、ベイリーは蛮声をあげる。


「うっ……うおおおおおおおおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 得意のアンダースローで、地上スレスレから放たれたベルは、レーザービームのような筋を残し、ボーンメイカーの身体にモフッと突き刺さる。


 ぐおおおお……! と身悶えするボーンメイカー。


「やったか!?」


「いや、まだだ! あのベルは音色を奏でることにより、不死のモンスターを浄化する! 鳴らそうぜ、ヤング!」


「えっ!? 鳴らすったって、どうやって……!? ボーンメイカーのまわりはスケルトンだらけで、近づくこともできねぇんだぞ!?」


「いいから、俺についてこい! 女たちがやってくれたんだ! 今度は俺たち、男がやる番だろっ!」


 ブラッドはギターを構え、スケルトンの群れに向かって突っ込んでいく。

 「くそっ……! こうなりゃ、やぶれやぶれだっ!」とヤングも後に続く。


 スケルトンたちと激突する直前、ブラッドはヒラリと飛んだ。

 そして、空中で演奏開始。


 ♪うぇい うぇい 俺の道

 ♪うぇい うぇい 歩くのさ


 ♪どけ どけ どかぬなら

 ♪うえ うえ 上を歩くまでさ


 ♪俺の前に道はない 俺にとっては すべてが道さ

 ♪俺の後に道はない 俺以外のやつには 誰も通れないのさ


【うぇいうぇい・マイ・ウェイ】

 この歌を聴いたものは、どこでも歩けるようになる。


 ブラッドが歌声とともに着地したのは、スケルトンの頭蓋骨。

 無数に広がるそれららを、まるで白い飛び石のように踏んで走り出す。


 一拍遅れてスケルトンの頭上に着地したヤングは、モンスターの頭の上を歩くという不思議な感覚に、戸惑いながらも大興奮。


「うおおおっ!? すっげぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーっ!? 走れるっ! 走れるぜっ! 俺にはまだ、こんな力が隠されていたのかっ!?」


 ブラッドとヤングは競い合うようにボーンメイカーに迫っていく。

 ボーンメイカーはベルを受けた瞬間は苦しがっていたが、スケルトンの壁があれば安全だと思い込んでいた。


 しかし、まさかスケルトンの群れをこんな形で利用してくるとは思わなかったのだろう。

 ぐももも……! と驚愕するように顔を歪めていた。


 少しでも距離を稼ごうと逃げだそうとするが、時すでに遅し。


「いくぜっ、ヤング!」


「おうっ、ブラッド!」


 まるで長年連れ添った相棒のように、息のあったタイミングでふたりは跳躍。

 ボーンメイカーの体内のど真ん中で揺れている黄金のベルめがけ、クロスするようにハイキックを放つ。


 それはまるで、悪霊の心臓を蹴り飛ばしたような光景であった。

 瞬転、


 ……リリリリリリーーーーーーーーーンッ!!


 女神のベルは、その名に恥じぬ高らかな音色を、あたり一面に振りまいた。

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