第16話

 たったの一撃で、3体ものスケルトンをまとめて葬ったヤング。


「こ、これが、俺の本当の力……!?」


 その圧倒的な力の快感に、ワナワナと震えて心酔しきっている。

 本来のワイルドクローの威力を知っているベイリーは、唖然としていた。


「ど……どうしちゃったの急に!? 今まで引っ掻き傷を付けるのがやっとだったのに!?」


 ブラッドは間奏を挟みつつクルリとターンし、歌の矛先を彼女に向ける。


 ♪ ベイリー 次はお前の番だ

 ♪ ベイリー 残ったホネホネ野郎に、とっておきの呪術をお見舞いしてやれ


「えっ!?」


 ベイリーはいきなり振られてキョドっていたが、すぐに我に返る。

 目のようなタトゥーが彫られた手のひらを、遠くにいる3体のスケルトンに向かってかざした。


「ぼうぼう、もえもえ、あっちっち……! ぼうぼう、もえもえ、あっちっち……!」


 鬼人族オグルに伝わる呪術の文言を唱えながら手をクルクル回すと、手の残像が残る。

 残像の手が赤くなり、やがて火輪となった。


 手をまわすたびに、その炎が中心に集まっていく。

 機械でわたがしを作るように、火の玉が膨らんでいく。


 火の玉がソフトボールくらいの大きさになったところで、ベイリーはアンダースローで振りかぶった。


「我が焔よ、あやつを撃てっ! ファイヤーーーーーーーっ!」


 灼熱の筆を走らせたような軌跡とともに、放たれる火の玉。

 それはいつもならひとつなのだが、


「えっ!? み……みっつ!?」


 己の手から離れた火球が三角を描くように分裂したので、アイシャドウに彩られた瞼をこれでもかと見開いてしまうベイリー。

 しかも3倍に増えた火の玉は、残りの3体のスケルトンを、


 ……スパカァァァァァァーーーーーーーーーーーンッ!!


 ボウリングのピンのように、的確になぎ倒していった。


「ま……マジっ!? ど、どれか1匹にでも当たればいいと思って撃ったのに……! でもいつもゼンゼン当たらないってのに……!」


 そしてベイリーはヤングと違い、その力は誰のおかげなのかをすぐに気付く。


「すっ……すごいすごいすごいっ! すごぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーいっ!!」


 ベイリーは感極まるあまり、ブラッドに駆けよって抱きついた。

 ブラッドは「おいおい」という感じであったが、隣にいたベルラインは「えっ!?」と我が事のようにショックを受ける。


「マジ、超すごくないっ!? ブラッドの言うとおりにしたら、めちゃくちゃパワーアップしたんですけどっ!?」


「いまのは『バトルソング』といって、仲間を鼓舞する歌の一種だな。これで、俺の言うとおりにするほうがいいってわかっただろ?」


「うん! うん! うんっ! 実をいうとあーしとヤングって、モンスターをやっつけたの初めてなんだよね! こんなにキモチイイことだなんて知らなかった!」


 ベイリーはクールなギャルといった印象だったが、ブラッドの歌の前には子供のようにはしゃいでいた。

 大きな身体でブラッドをハグして離さない。


 ベイリーは鬼人族オグルなので大柄で、抱きしめるとちょうど胸のあたりにブラッドの顔が来る。

 それがベルラインの心をさらにざわつかせた。


「べっ……ベイリーさん! い、いくら嬉しいからといって、殿方にそんなに抱きついてははしたないです!」


「いーじゃん別に! ベルっちもありがとうね! ほらブラっちといっしょに、ぎゅーっ!」


「べ、ベルっち!? ブラっち!? きゃっ!?」


 ブラッドとひとまとめにするように抱き寄せられるベルライン。

 こつんと額が当たった先は、


「ぶ、ブラッドさんっ!?」


 睫毛の本数まで数えられそうなほどにブラッドの顔が間近にあり、ベルラインは震えが止まらなくなる。 

 しかしブラッドはふたりの美少女とこれほどまでに密着しても、何とも思っていない様子だった。


「おいベルライン、今回はふたりで片付いたからお前の出番は無かったけど、敵の数が多くなったらお前の『浄化』が頼りだから、油断するなよ」


「はっ、はへっ!? はっ……はひいっ!?」


 とうとうグルグル目を回してしまうベルライン。

 その頃、蚊帳の外にいるヤングはというと……。


「ぐぐっ……! 3匹も狩ったのに、まだ、この手が疼きやがる……! これが大いなる力に目覚めた、代償ってやつかよ……!」


 ひとり右手を抱きしめ、悶々と身体をよじっていた。



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 それからの探索も、ブラッドの歌のおかげで圧倒的であった。

 立ちはだかるモンスターがスケルトンだけで、罠を仕掛ける知能もないので、戦いに集中できたという点も、快進撃に多いに拍車をかける。


 そしてついに、洞窟の最深部らしき、大きな広場に到着した。


 そこには白波のような有象無象のスケルトンと、彼らを操っている悪霊、『ボーンメイカー』が……。

 不吉な暗雲のように、立ちこめていた……!


「いよいよファイナルステージだっ! 頼むぞ、ベルラインっ!」


「は……はいっ!」


 ブラッドに指示され、いよいよ自分の出番がやって来たのだと自覚するベルライン。

 聖堂でステージに立つ時のような緊張が、彼女を包んだ。


 ベルラインは今回、初めて『モンスター討伐』というものに参加した。

 何事にも気負うタイプの彼女は、いつもならこの大舞台に緊張でガチガチになってもおかしくはなかった。


 しかし、不思議と心が固まらない。

 身体が練習したとおりに動かせる。


 その理由をベルラインは知っていた。


 ――ブラッドさんが、そばにいてくれるから……!


 彼女は迫り来る骸骨の集団を、キッと睨み据える。

 そして腰のポシェットにしまっていた武器を取り出した。


 彼女の武器はなんと、


 ……ハンドベルっ!?



 ♪ リンリンリン 女神の鈴がリンリンリン

 ♪ お祈りをしましょう お祈りは楽しいわ


 ♪ リンリンリン 天使の鈴がリンリンリン

 ♪ お歌を唄いましょう お歌は楽しいわ



 淑やかに流れるローブの裾、それを翻す勢いで、踊り出すベルライン。

 それはファウラウ聖堂ではおなじみとなっている、女神を讃える歌であった。


 この歌を聴くと、礼拝者は誰もがつられて踊りだすという。

 しかし、モンスターは……。


 ……ピタリッ!


 清らかな鈴音を前に、見えない壁に阻まれたように動けなくなってしまった。

 ブラッドはすかさずあとに続く。


「よぉーし、いくぜっ! ファイブ! シックス! セブン! エイトっ!」

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