第14話

 酒場に初めてもたらされた歌は、大いに人々を酔いしれさせた。

 宴もたけなわとなった頃、ブラッドはステージがわりにしていたカウンターを降りる。


 今度は何事かと戸惑うベルラインを引きつれ、酒場の隅にあるひとつのテーブルに近づいていく。

 そこには若い男女が座っていて、肩を組んで合唱していた。


「カンパイ、グラスを打ち鳴らせー!」


「イッパイ グラスを飲み干そうーっ!」


 男は16~17歳、ブラッドと同じくらいの年頃の見目で、ウルフカットに革ジャンのような鎧をまとう、いかにも血気盛んそうな若者であった。

 口から覗く八重歯は大きく、それだけで半獣族ハーフビーであることがわかる。


 女も同じくらいの年頃だが、身体は体格はほうよりもだいぶ大きい。

 派手でギャルメイクに巻き髪、薄いピンクの肌に肌も露わな虎革のビキニという姿から、鬼人族オグルであることがわかった。


 ブラッドはふたりの対面の席に、どっかりと腰を降ろす。

 もはやブラッドはこの酒場ではヒーロー同然だったので、男女は歓迎してくれた。


「おっ、ブラッドじゃねぇか! いっしょに飲もうぜ!」


「あんたってサイコーっ! いぇーいっ!」


 すっかりいい気分の若者たちとハイタッチを交わす。

 ブラッドはベルラインを隣に座らせると、さっそく本題に入る。


「お前たち冒険者だろ? いい仕事があるんだが、一緒にやらないか?」


 すると、隣の席の冒険者パーティから横槍が入った。


「なんだよブラッド、お前、冒険者を探してたのかよ!」


「ならソイツらはやめときな! 駆け出しのクセして生意気で、しかも落ちこぼれときてやがる!」


「今日もモンスター討伐の依頼を失敗して、仲間とケンカしてパーティから追い出された奴らなんだぜ!」


 ギャハハハ! と嘲笑されたが、ブラッドの前に座っていた青年はフッと鼻で笑い返す。


「やれやれ、弱い犬ほどよく吠えるってのは、本当だったんだな」


「なんだとぉ!?」


 椅子を蹴る勢いで立ち上がる、隣の冒険者パーティ。


「♪カンパイ グラスを打ち鳴らせ~」


 しかしブラッドの爽やかな歌声が割り込んできて、険悪になりつつムードを打ち消した。


 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 邪魔もなくなったところで、ブラッドは若者たちを自己紹介を交わす。


「俺はヤングだ。職業ジョブは格闘戦士をやってる」


 男は名乗りながら、格闘戦士の証である篭手ガントレットを突き出した。


「あーしはベイリー。職業ジョブはこのとおり、呪術師っしょ」


 女はウインクしながら、呪術師の証である、肩に彫り込まれたタトゥーを向ける。

 ブラッドは頷いた。


「俺の名前はもう知ってるよな。職業ジョブ吟遊詩人トラバドールだ」


 吟遊詩人トラバドールという職業は、サウンドザンド帝国にしか存在していなかった。

 ヤングとベイリーは「とらばどーる?」と、まさに初めて聞いた単語のような反応を見せる。


「例えるなら、『付与術師エンチャンター』みたいなもんかな。んでこっちは俺の相棒のベルラインだ」


 まさか相棒扱いされるとは思わなかったので、ベルラインは酒を飲んでもいないのにこの場の誰よりも赤くなる。

 ジュースの入ったコップをわたわたさせたあと、


「はっ、はじめまして……! べべべっ、ベルラインと申します! ふふふっ、不束者ですが、どうかよろしくお願いいたします! しゅしゅっ、趣味はお裁縫で……!」


「まぁ、職業ジョブは見てのとおり聖女だ。ところで……」


 ブラッドはベルラインの自己紹介を打ち切って、さっさと話題を変える。


「ヤングとベイリー、明日さっそく俺たちと一緒に来てくれ。ある鉱山に出た『ボーンメイカー』を退治しに行んだ」


「ボーンメイカーだと? なかなかタフな相手だな」


「そうだ。できるか?」


「俺のパンチで沈まないのは朝日くらいのもんだ」


「っていうか、あーしらゴブリンとしか戦ったことないじゃん」


「おいベイリー、余計なこと言うんじゃねぇよ」


「ああ、そのことなら隠す必要はない。お前たちふたりがFランクの冒険者ってのは、見ればわかる」


「なんだと?」


「装備が貧弱だし、酒もツマミも貧相だ。依頼が失敗しまくりで、ロクに稼げてないんだろう? 俺についてくれば成功間違いなしで、一気に名を挙げられるぞ」


「おいブラッド、まさかお前、俺たちにお情けをかけようってのか? かけ算ですら掛けられなかったこの俺に」


「勘違いするな。会ったばかりのヤツに情けをかけるなんて、俺の相棒くらいのもんだ」


 ベルラインはキョトンとした表情でブラッドの言葉を聞いていた。

 しかしそれが自分のことだとわかると、人知れず頬を染める。


「俺はお前たちふたりに『可能性』ってやつを見いだしたんだ。だから俺についてこい。悪いようにはしないから」


「可能性か……いい言葉じゃねぇか」


「ヤングってば、そういうの大好きだし」


「よし、じゃあ決まりだ! それじゃあ今日は親睦を深めるために、とことん飲むとするか! まわりのヤツらがおごってくれるから、じゃんじゃん飲もうぜ!」


 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆


 ブラッドたちが、新たなる出会いを酒と歌であたためていた頃。

 帝国の酒場はどうなっていたかというと……。


 酒場といえば、音楽は付きもの。

 酒で気分が良くなったところで飛び出すものといえば、歌しかない。


 しかし帝国では歌を追放してしまったせいで、おくびに出すのも許されない。

 歌なき酒場はどこも、お通夜のようなムードに包まれていた。


「なんか、酒がまずいなぁ……」


「あぁ……なんでだろうな……」


「おい、そこの新入り! 辛気くせぇツラすんじゃねぇよ! 酒がさらにまずくならあ!」


「何だと、テメェ! 俺は新入りじゃねぇよ! それに、テメェのほうがよっぽど暗ぇじゃねぇか! 母ちゃんが寝取られちまったのか!?」


「なんだとぉ、やろうってのか!? どこの誰だか知らねぇが、かかってこいよ!」


「お、おい! 落ち着けって! こんな楽しい場所でケンカすんじゃねぇよ! 仲良くしろって!」


「邪魔すんじゃねぇっ! こんな初めて会ったようなヤツと、仲良くなんかできるかよっ!」


「まぁまぁ、そう言うなって。ほら、お互い乾杯しようぜ」


 仲裁に入った男は、つい口ずさんでしまう。


「カンパイ、グラスを打ち鳴らせ。イッパイ、グラスを飲み干そう」


 すると、男の首筋にあった鉄輪が、


 ……ぶわぁぁぁぁぁぁっ……!


 どこからともなく現れた、黒いオーラに覆われてしまう。

 途端、酒場じゅうの男たちが、椅子を蹴る勢いで立ち上がった。


「テメェ、『唄い』やがったな!?」


「この『非国輪』がっ!」


「コイツ、きっとブラッドの手先に違いねぇ!」


「ああ! あの歌●●●はブラッドの歌だっ!」


 酒場の男たちは昨日までは、その歌を仲良く陽気に唄っていたはずなのに……。。

 しかし今や、『敵性音楽』のように扱っていた。


 一節でも口ずさむ者は、すべて極刑とばかりに……!


「ま……待ってくれ! 俺はこのギスギスした雰囲気をなんとかしようと思って、つい……!」


 荒くれたちに包囲された黒き首輪の男は、半泣きで許しを請う。

 しかし、ささくれだった荒くれたちには、その思いは届かない。


 彼らは理由のわからない鬱憤を晴らすために、『非国輪』に一斉に襲いかかった。


「やっちまぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーっ!!」


 ……それまでは、ずっと非戦闘地帯であった酒場。

 冒険中に他のパーティといがみ合うことがあっても、ここで盃を打ち鳴らし、肩を組んで唄いあえば、きれいさっぱり水に流せていた。


 秘境の温泉のように、狼も鹿も、狐も狸も仲良く浸かっていた憩いの地は、もはやこの国にはない。


 あるのは怒号と悲鳴。

 そして少しでも音楽に身を委ねようとする『非国輪』を見つけ、制裁するという……。


 居心地の悪い『同調圧力』のみであった。

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