第13話

 幽霊が天に昇っていったあと、ブラッドは聖女たちに向かって言った。


「これでわかっただろう? お前たちがボーンメイカーを浄化させられない理由が。村長にゴーストが取り憑いていることも見抜けないほどの未熟者なんだからな」


 七つ子たちは、「がーん!」と口にするほどにショックを受けていた。


「村長におばけがついていたなんて、ぜんぜん見えなかったのです……」

「聖女しっかくなのです……」

「聖女といえば、おばけのプロなのです……」

「それなのに、しろうとに負けてしまったのです……」


 ベルラインは目を丸くして尋ねる。


「あの、どうしてブラッドさんには、坑夫さんの幽霊さんが見えていたのですか?」


 ぴゅう、ととぼけるような音色を返すブラッド。


「さぁな。俺は生きてるヤツの知り合いよりも、死んでるヤツの知り合いのほうが多いからじゃないか? 墓から声が聞こえてくることもあるしな」


「それは完全にホラーなのですっ!」


「そんなことよりも野暮用を背負い込んじまったから、俺はちょっと出かけてくる。ベルライン、お前も一緒に来い」


「は、はい、わかりました」


「レットたちもいくです!」


 七つ子たちもこぞってついてこようとしたが、ブラッドはまたシッシッとやった。


「お前たちは留守番だ。お前たちが行くにはまだ早い場所だからな」


「それは、どこなのですか!?」

「言えないような場所なのですか!?」

「言えない場所といえば、歯医者さんなのです!」

「そうなのです! ベルラインさんがフルーたちを歯医者さんに連れていくきも、どこに行くのか教えてくれないのです!」


 すると七つ子たちは、ざざっと部屋の隅に固まり、断固拒否の姿勢を見せる。

 よくわからないがついてくるのはあきらめたようなので、ブラッドはベルラインだけ引きつれて聖堂を出た。


「あの、それでどちらに……?」


「『ボーンメイカー』をなんとかしてくれって頼まれちまったからな。でも俺たちで乗り込むにはちょっと心細いから、ツレを探しに行くんだ」


 ブラッドの足は、ファウラウの街でいちばん大きな酒場だった。


 スウィングドアを押し開いてさっさと中に入っていくブラッド。

 ベルラインは酒場になど入ったことがなく、おっかなびっくりだったのだが、ままよとばかりに飛び込んでいった。


 するとそこは、荒くれ者たちのたまり場。

 むせかえるような汗と、酒の匂いが充満した空間。


 まるでスラム街に迷い込んだかのように、氷結するベルライン。

 さらに追い討ちをかけるかのように、


 ……ギロリッ!


 と店内じゅうの視線が、ブラッドたちに集中する。

 さっそく、からかうようなチャチャが入った。


「なんだぁ、見たことねぇ顔だなぁ。よそ者かぁ?」


「しかも聖女様をお連れとは、おそれいったぜ」


「ここは優男と聖女様が来る場所じゃないぜぇ」


「説法がしたきゃ、そっちの便所でやってな!」


「へへ、この聖女様なら、便所で説法ってのも悪くねぇなぁ!」


 ギャハハハハハハハ! と下品な笑い声に包まれ、ベルラインは卒倒寸前。

 彼女にはあまりにも刺激が強すぎる空間であった。


 しかしブラッドはものともせず、酒場のカウンターに歩みよる。

 「ご注文は?」と尋ねてきた店の主人に対し、


「今はいい。こんな辛気くせぇ酒場で酒を飲むくらいだったら、外で泥水でもすすってたほうがマシだからな」


 「なんだとぉ!?」とブラッドの背後で、客たちが一斉に立ち上がる。

 ブラッドは背を向けたまま、彼らに向かって言った。


「俺はブラッドってんだ。今からこの俺が、最高に旨い酒をお前たちに飲ませてやるよ。そうしたら、一杯おごってくれるか?」


「ハッ! なに言ってんだテメェ!?」


「あっ、もしかしてお前、大道芸人かなんかか!?」


「どうりでそんなヘンテコなのを担いでるわけか!」


「大道芸人なら、この前ナイフ投げのヤツが来てたぜ!」


「ソイツはどうなったか知ってるか!? あまりにつまらねぇから、俺たちのナイフ投げの的になったんだ!」


「そうなっても良ければやってみな! もし面白かったら、一杯どころか何杯でもおごってやるよ!」


 ブラッドはすでに、片脚でリズムを刻んでいた。

 そばにいたベルラインを、エスコートするように手を差し出す。


 ベルラインはおそるおそる、その手を取った。


「あ、あの、ブラッドさん、まさか……」


 その、まさかであった。


「ワン・ツー・スリー・フォーっ!」


 ……がばっ!


 かけ声とともに椅子を踏み台にし、カウンターに飛び乗るブラッド。


「きゃあっ!?」


 ベルラインも問答無用であとに続く。

 思わずのけぞる店の主人や客たちをよそに、ついにもたらされる。


 酒のいちばんの友といえる、『歌』が……!


 ♪ カンパイ グラスを打ち鳴らせ

 ♪ イッパイ グラスを飲み干そう


 ♪ 空になったら ケンパイだ


 ♪ 腕を絡ませ ジョッキをあおれば

 ♪ 俺たちゃみんな 友達さ


 ♪ 友達100人 できあがり


 ♪ 100人で 飲みたいぜ

 ♪ 肩を組んで 冷たいビールを


【避けるよりも酒】

 酒場を盛り上げる歌。酒とツマミの味を100%向上させる。

 また聴いたものは陽気な気持ちになり、みんなで一緒に飲んで歌いたくなる。


 客たちはみな「なんだコイツ!?」という表情をしていたが、「カンパイ!」というハーモニーにつられ、


「か、カンパイっ!」


 隣り合った者どうし、グラスを打ち合わせた。

 そして太い腕を絡ませあい、イッキ飲み……!


 すると酒場のあちこちとで、


 ぷぁぁぁぁぁぁーーーーーっ!!


 と歓喜の溜息がうまれる。

 そして、


「うっ……うめぇぇぇぇぇぇぇーーーーーっ!?!?」


 白い髭の向こうで、笑顔が弾けた。


「いつも飲んでるビールが、こんなに旨いものだったなんて!」


「なんだろう、あの兄ちゃんの言うことに合わせて飲むと、メチャクチャ旨くなるな!」


「酒だけじゃねぇ、ツマミも最高だ!」


「おいオヤジ、おかわりっ!」


「こっちもだ!」


「兄ちゃんと聖女様にもやってくれ!」


「俺からもだっ! こんなに旨い酒を飲んだのは初めてだぜ!」


 ブラッドとベルラインの足元に、シャンパンタワーのように酒が積み上げられていく。


 店内は客も入り乱れてのお祭り騒ぎ。

 もはやブラッドとベルラインを拒絶する者はいない。


 酒場はもはやひとつのグルーヴとなって、みんなで大いに盛り上がる。

 それは酒場の前を通りがかった者たちまで足を止め、何事かと引き寄せるほどのパワーがあった。

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